《都市伝説の魔師》第四章 年魔師と『二大魔師組織間戦爭』(10)
「……それはあなたがしているということではない、ということですか?」
時雨の質問に、アリスは眉を顰める。
「どうして、そう思ったのかしら?」
ワイングラスを置いて、彼は言った。
「だって、言い方が至極他人事だったから。実際、もしあなたがそれをしているのならば、あなた自の意識でしているのならば、きっとそんな言い回しはしないはずだから」
「……君はほんとうに察しがいいな。そうだよ、そのとおりだ。私がしているのではない。私の『協力者』とでも言えばいいかな。彼が、あの目がしい、と嘆いているのだよ。まったく、花一匁じゃあるまいし、しいと言っただけでそれが実現されるわけでもあるまいて」
「協力者……いったいどのような人間なのですか?」
「ほんとうに人間なのか、解らないがね。私がそれを言うのはどうかと思うが。あいつほど不気味で恐ろしい存在も見たことがないよ。実際問題、私の復活にかかわっているから、おそらく相當面倒な魔知識を蓄えていることは確かだろうが」
「……復活? それは、いったい?」
時雨の言葉を聞いて、アリスは首を傾げる。
「何だ、言わなかったか? まあ、いい。まだ時間はある。これくらい時間を無駄に使っても問題はなかろう。……あの科學者、名前を確かハイドといったか。あいつはバケモノだよ。悪い意味で、ね。あんなマッドサイエンティスト、今まで見たことがない。充分に発達した科學技は魔と見た目に區別がつかない、とは聞いたことがあるが、まさにそれを実現しようとしているらしい」
「……る程。魔と科學の融和を目指しているジキル氏がいる、と」
「ハイドだ、ハイド。なんという間違いをしているのだ、お前は。……まあ、いい。そんなことよりも、話をつづけるぞ。ハイドは、あるものをしているらしい。それは『実験』という名目らしいのだが……詳しいことは私にもわからん。魔師と科學者は、存外混ざり合わないものだ。面白いことに、な。そして、あいつはそれを私に提供してほしいと促してきた。その代り、あいつは私の組織で働くことを確約してくれた、というわけだ」
「ハイド氏は何をしていたんです?」
「……『目』だ」
「ははあ、る程。そこで先ほどのなんでも見える目に繋がるわけですか」
こくり、とアリスは頷く。
「そういうこと。まあ、それほど時間もかからないでしょう。どうやら、あちらから出向いてくれるみたいだし」
そうして、彼は言ったその時だった。
遠くで地響きが鳴った。
時雨は、それが彼たちのってきたり口に設置したバリケードを何者かが破壊した音だと理解した。
そしてそれを破壊した人間など一人しかいないこともまた――理解できていた。
「ユウ・ルーチンハーグ……!」
「そう。もうやってきたのよ。いったいどんなルートを使ったのか解らないけれど、末端の魔師じゃ足止めすらできなかったということになるわね。まったく、使えないったらありゃしない。これが終わったら改善するわよ。もちろん、今までいた魔師の大半を解雇することになるでしょうけれど」
「……そうですね。まあ、それはまたいずれ。とにかく今はこの狀況をうまく乗り越えていきましょう」
そうして、木崎市の地下にて。
一つの激突が起きた。
6
警視庁魔師対策課の近藤昭文は鳴りやまぬ電話と被害報告を聞いて怒りを納めることが出來なかった。
そのすべての報告が魔師関連のものだったからである。木崎市――地方の港灣都市で、魔師組織が衝突を繰り広げているという。それにより、多數の一般人に危害が及ぶ恐れがある、ということだ。まだ被害が及んでいないものの、いつ被害が発生するか解らない現狀では、安全を確保するのが優先事項とされる。
「まったく、課長は何をしているのだ!」
どん! と機をたたくのは若いだった。ショートカットの髪に、スリットがってショーツのがちらちらと見えるのではないか(警察としてそれはどうなのか倫理に問題があるレベルだが、本人曰く「見えなければどうということはない」ということらしいが)とヒヤヒヤしてしまうほどのスーツを著こなしている若いだった。
スマートフォンを作しつつ、彼もまた怒りを募らせていた。
怒りの矛先は、言うまでもなく課長――高知隼人だ。
隼人は一人で木崎市に向かい、魔師組織と接近し、その衝突を未然に防ぐべく活をしている――はずだった。しかしまだ連絡がないところを見ると、うまくいっていない可能が高い、というのが上の判斷だった。
近藤と若い――名前を紅崎風香という――は魔師ではない。正確に言えば、魔師としての素質はあるのだがコンパイルキューブを持っていないと言えばいいだろう。魔対課に所屬するにあたって、魔師としての訓練をけることになっており、ある程度の素質が無ければ魔対課にることはできない。そのため、魔対課にっている人間は全員コンパイルキューブさえ持たせれば魔師として活できる潛在的な能力を保持していることになる。
「それにしても、どうして課長は何の連絡もないのでしょうね?」
このまま怒りを機にぶつけていても無駄だと判斷したのか、風香は近藤に聲をかける。
近藤は風香の斜め前に座っている。ずっと考え込んでいるポーズをとっていたが、風香の言葉を聞いて顔を上げた。
「ん。……なぜだろうな。上は『何らかのトラブルに巻き込まれているのでは』と言っていたが、わたしとしてはそれを無下に信じたくないな。実際問題、ほんとうにそうかどうかも危うい。危険な狀態にある、という可能が高いのは事実だろうが、それが良い方向に捉えられないのも悪いとは思えないかね?」
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