《いつか見た夢》第13章
沙彌佳と斑鳩、綾子ちゃんと俺という組み合わせで、アーケード街を歩く。俺と綾子ちゃんは沙彌佳達の前を歩いているため、俺は沙彌佳の視線を背中に一手にけていた。
斑鳩は、そんな妹を口説こうと必死のようだが、當の本人は何も耳にっていなさそうだ。
「九鬼さん」
「ん?」
「ごめんなさい。こうなったの私のせいですよね……」
「またそれか。気にしすぎだぜ、君は。そもそも絶対斷るとたかくくってた俺が一番問題なんだ。気にすることじゃぁない。
それに今回のことで、しは他の男に関心もってもらいたいって気持ちは、確かにあるんだ。いつまでも、兄貴一筋ってわけにもな」
綾子ちゃんは眉をひそめ、し困ったように笑う。これは彼の苦笑の仕方なんだと、最近気付いた。それだけではない。最近はことあるごとに、この子の々な仕種と意味にも気付くようになった。
禮儀正しくしている時はすごく張していたり、饒舌になる時は相手に心を開いているし、何より大膽な行をとる時が、本當の彼なのだと思うようになったのだ。
(まるでもう一人妹ができたみたいなんだよな……妹ともし違うかもしれないが)
彼のそんなことが分かることができたのも、ストーカーをおびき出すという、囮作戦だったというのがなんとも皮な話だが。
しかし、その代償とも言うべきが、今日の今この時間というわけだ。まぁ、これも妹のためだと思って、甘んじてけようではないか。
ぶらぶらと目的もなく(一応はあるのだが、ないも同然)、俺達はアーケード街を練り歩く。
最初は斑鳩のことを無視していた沙彌佳だったが、しずつ打ち解けてきたようだ。……俺への態度は相変わらずだが。
しかし幸か不幸か、斑鳩がいてくれたおかげで、例の視線を浴び続けることはなくなって、救われたのは確かだった。
「あ……ここ、新しくオープンしたんですね」
綾子ちゃんが、つい昨日まで近日オープンになっていたアクセサリーの店が、オープンしているのに気付いた。
「本當だな。どうする、ってみるか?」
綾子ちゃんと後ろの二人に聞いてみたが、沙彌佳と斑鳩はすでに、店にろうとしていた。
「やれやれ……じゃぁ俺達もるか」
「はい」
二人を追って、俺達も店の中へる。店は床が白いタイルで張られ、壁はガラスや鏡で覆われている。
アクセサリーの店とはいうものの、ちょっとした帽子やインナー、パンツにジャケットといったも売られている。香水なんかも置いてあり、アクセサリーを主とした総合的なファッション店と言ったところだろうか。
まぁ、総合的なファッション店なんか今時珍しいものでもないが、アクセサリーを全面に押し出している店は、そう多くはない。
つい數日前に、どういった店ができるのか楽しみだなんて、綾子ちゃんと話していたのが思い出される。
「うわっ、これとか沙彌佳達ちゃんに似合うんじゃない?」
「そうですか?」
「うん、似合うと思うよ〜。ちょっと付けてみなよ」
「……そうですね、付けてみようかな」
沙彌佳はし考えた後、斑鳩に差し出されたネックレスをけ取り、さっそく首周りに付けていた。
「ちっ……斑鳩の奴」
思っていたことが、ついついそのまま口に出てしまったようで、綾子ちゃんはそんな俺を見上げて、どう聲をかけていいのか分からないっいった顔をしている。
「……すまん。何を腹たててるんだかな」
聞かれていたことへの、照れ隠しにおどけた口調で、綾子ちゃんに謝った。
「いえ、別に謝るようなことじゃないですけど……やっぱり妹さんが、他の男の人と仲良くしているのは嫌なものですか?」
「おいおい、綾子ちゃん。別に嫌とかではなくてだな、単に斑鳩のような奴と沙彌佳じゃぁ、不釣り合いだと思ってだな」
「ふふっ。心配されてるんですね。隠さなくてもいいですよ」
「う……」
俺がこの數日で綾子ちゃんのことが理解できてきたように、彼もまた俺のことが解るようになってきたらしい。かといっても、ここは素直に頷けないのだが。
「でも、さやちゃんとあの斑鳩さん、結構似合ってると思いますよ。絵に描いた、男というじです」
「綾子ちゃんは、あの斑鳩のことをあまり知らないから無理はないだろうけどな、奴は希代のったらしなんだよ。
そんな奴と妹が似合うわけがない。外見だけで判斷したら、痛い目を見ちまうぜ」
きっと何も知らない人が聞けば、モテない奴のひがみとでもとられそうな臺詞だ。自分で言っておいて言うのもなんだが。
しかし、俺が言ったのは本當だ。そもそも奴には、別に本命がいるのだ。そんな奴を、妹の際相手になぞ認められるわけがあろうはずがない。
「……あはは、もう九鬼さんったら」
「な、なんだ、突然」
「だって、まるで娘の結婚に反対するお父さんみたいなんですもん」
「な、なんだって?」
しかし、改めて考えてみると確かにそうだった。
(くそっ、いつから俺はこんな奴になっちまったんだ)
綾子ちゃんに指摘され、自己嫌悪してしまう。まるで、俺が斑鳩に嫉妬しているみたいではないか。
そんなことあってはならないはずなのに、斑鳩と、その斑鳩と楽しく話している沙彌佳を見ると、どうしようもなく自分の腹の底から、なにやらドロドロとしたものが込み上げてくるのだった。
「九鬼さん」
「……ん、あ、ああ」
そういって綾子ちゃんは、ある商品を指差した。
「指か。そいつがどうかしたのか?」
「これ、プレゼントするっていうのはどうですか?」
「え? プレゼントって、君にか?」「えぇっ!? そ、そんな違いますよ! わ、私にじゃなくてさやちゃんにですよぅ!」
「沙彌佳に? ……ああ、つまり仲直りの印にってことか」
顔を赤くしつつも、綾子ちゃんはよく気付いてくれましたと言わんばかりの笑顔になって頷いた。
「いいアイディアだが……初めての他人へのプレゼントが妹ってのは、なんともな……おまけに、指ときたもんだ」
「もう。何言ってるんですか。こういうのに初めてだとか関係ないですよ!」
「……そんなもんか?」
「そんなもんです!」
顔が昂揚のために赤くなっている綾子ちゃんは、本気に言っているんだろう。それにこの目は、まさしく何かを決意した時のあの目だったのだ。こうなると、この子は、沙彌佳同様に梃子でもかなくなるほど頑固になるのだ。
仕方ない……そう思い値札を見ると、その値段に心臓がまる思いだった。
¥13800(稅別)
…………こいつを買えって言うのか、綾子ちゃんは。いや、買えなくはない。けれど、バイトもまともにしていない高校生には、あまりに高い値段だ。
財布を取り出し、中を覗くと二萬と五千ちょっと。しかしこれはこの數ヶ月かけて、ない小遣いからちょっとずつ貯めたもので、今ここで使ってしまうわけには……。
そんなことに思いを巡らせている間にも、綾子ちゃんは俺に買ってあげてと目で訴えてくる。
どうしたものか……そう思案していた時、カウンターにオープンセールで全商品20%オフの文字が飛び込んできた。ということは……。
俺は頭の中で計算し、値段を弾き出す。ふと、自分がすでにこの指を買おうとしていることに気付き、苦笑した。
(まぁ……いいか)
「……仕方ない。今回は君とこ店のオープンに免じて、買うとしようか」
観念してそういうと途端に綾子ちゃんは、あの最高の笑顔を披してくれた。
(全く、そんな顔されたらこっちの意思なんざ、有って無いようなものだな)
俺は指を取り、カウンターへと持って行った。
店を出た時、閃いたことがあったため三人にし待つように言い、再び店に戻る。指を買った時、次回來店時に使えるクーポン券なるものを貰ったからだ。
先ほど店の中を見て回った時に、しばかり値は張るが、良いと思えるものがあったからだ。まぁ、言われて買った指ほどの値はしなかったが。
クーポン券を使って目的のを買い、すぐに店を出る。沙彌佳と斑鳩は俺のことなど待つことなく、向かいの店の前であれこれしていた。
それでも綾子ちゃんは律儀に、店の前で俺が出てくるのを待っていてくれた。こういう気遣いがまた、男として嬉しいのだ。
(まだまだだな、妹よ)
それから、再び四人でアーケードをまわった。
沙彌佳の様子を見ていると、だんだんと笑顔も見せるようになっていて、大分落ち著いてきているように思える。だがそれは、俺ではなく斑鳩への態度であるから、兄である俺としてはなんとも複雑な気分だ。
やはり、まだ俺に対しては気持ちは変わっていないのかもしれない。斑鳩と別れた途端に、不機嫌な態度をとられてもかなわない。ここはひとつ、そう思っておいた方がいいだろう。
「なあ、九鬼ぃ」
「なんだ?」
「ちょっと喫茶店にでもよってかねぇ?」
「今からか?」
「そそ。せっかくのダブルデートなんだし」
こいつの中では、もはや完璧に沙彌佳を口説いたあとのことまでシミュレーションしているのだろう。
「何がせっかくだ。強引に頼んだようなやつが……まぁいい。どうする?」
俺は隣に立つ綾子ちゃんに、尋ねる。
「私は構いませんけど……」
「おまえはどうだ?」
「……いいけど」
ほぼ一日ぶりに、沙彌佳は俺に口をきいた。けれど、そんな些細なことでも嬉しくなる自分がまた悲しくもある。
だってそうだろう。これではまるで思春期の娘にいちいちお伺いをたてる、ダメな父親みたいではないか。
「……じゃぁそこの店にするか」
俺はすぐ目の前にある喫茶店を指差しながら、三人に聞いた。
「んーいいね。そこにしようか? さやかちゃん」
沙彌佳に馴れ馴れしく話しかける斑鳩に、いちいち腹を立てるのはおかしいのだろうが、それは無理というものだ。しかし、選択権は妹にあると言った手前、その當人がそれを許容してしまった以上、俺にとやかく言う権利はない。
けれどかと言って、気にらないと思う俺に、誰が文句をつける奴などいようか。そんなことを考えながら、自分が指差した喫茶店にっていった。
ウェイトレスに案され、四人が座れるボックス席に移し、外と同じ、沙彌佳と斑鳩、綾子ちゃんと俺でそれぞれ相席になって座る。
それぞれ頼むものを決めて、ウェイトレスを呼び注文すると、そのままウェイトレスは立ち去っていった。
喫茶店にっても斑鳩のやつは、相変わらず沙彌佳を口説こうと頑張っていて、當の沙彌佳も最初の時ほどの嫌悪はしておらず、斑鳩のいう冗談にも時折、笑顔をのぞかせていた。
そんな中、俺の隣に座った綾子ちゃんが小聲で話しかけてきた。
「九鬼さん。さっきの指……」
「あ、ああ」
そう、俺が斑鳩の提案にのって喫茶店にったのは、買った指を沙彌佳に渡せる口実になるかもしれないと思ったからなのだ。
けれど、いざ渡そうとなるとなぜこうも張するのだろうか。いつものように、ぶっきらぼうに振る舞い、ほらよなんて言って渡せばいいのだ。単純に、ただそれだけでいいはずなのだが、どうにも渡すことができないでいた。
どうやって渡せばいいのか思案しているうちに、先ほどのウェイトレスが注文の品を、持ってきた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
この店は、よほど従業員に教育が行き屆いているようで、丁寧にお辭儀をして立ち去っていった。
楽しそうに話している沙彌佳・斑鳩ペアに対し、俺と綾子ちゃんはほとんど喋ることはなかった。いや、正確には俺がいつ行にでるかを、綾子ちゃんが固唾をのんで見守っている、というのが本當だろう。
もちろん、俺にだって早く渡して仲直りできるものならしたいところだが、斑鳩のトークにまんざらでもない様子の沙彌佳にはどうしても話しかけづらく、そのタイミングをつかめないでいたのだ。
(俺はこんなに臆病なやつだったのか?)
たかだか妹一人の機嫌をとるために、薦められたとは言え、わざわざ買った指だったがなんだかそれも馬鹿らしく思える。
「それで九鬼ってば小町ちゃんに呼び出されてたんだぜ〜?」
「そうなんですか? やっぱりお兄ちゃんは家でも學校でもダメダメですね」
斑鳩はにやつきながら、沙彌佳は相変わらずの鋭い視線でこちらにむけてきた。いつもならそんなの無視するところだが、今日は件の二人からの視線は、やけに腹立だしくじさせたのだ。
すぐさまその雰囲気を察したのか、勘の鋭い綾子ちゃんは、きょときょとと目がせわしくかした。
俺はそんな綾子ちゃんを見て、自分のを落ち著かせようとする。ここで発するのはいい。だが、それではせっかく綾子ちゃんがお膳立てしてくれたのに、無意味になってしまう。
斑鳩のことなどどうでもいいが、沙彌佳との亀裂がさらに大きくなるのだけは、なるべく避けたい。どうすればいい……いい加減怒りのボルテージが頂點に達しようとしたその時、手がたまたまポケットに當たった。
そのはさっき買ったアクセサリーであり、それは沙彌佳に買った指とは別に、綾子ちゃんにと再度、店し買ったものだ。初めてのプレゼントが妹というのは、なんとも気のない話で、それならばと買ったのだ。
綾子ちゃんは、最近自分の髪がび過ぎてきていることを憂いていたのを思い出し、シンプルだがやや凝ったデザインの髪留めを買ったのだ。妹の前哨戦としてはちょうど良い。
「そ、そうだ綾子ちゃん」
俺はなんとか二人を無視して、綾子ちゃんに話しかけた。
「え? は、はい」
彼は、いきなり自分に話しかけられるとは思っていなかったようで、やけに驚いてしまったようだった。
「実はさっきの店で、君にと思って買ったものがあるんだ」
「私にですか?」
「ああ。前に髪が欝陶しいと言ってたろ? それでちょうど良いかと思ってね」
制服の側にあるポケットから、包みを取り出して、綾子ちゃんに渡す。
「あ、で、でも……」
「いいから貰ってくれ。俺がプレゼントしたくてプレゼントしてるんだ。それに……」
橫目で一瞬だけ沙彌佳の方を見やって、合図する。綾子ちゃんは勘の良い子だから、なんとなくだが察してくれたのかも知れない。
「……わかりました。それでしたら……。開けても良いですか?」
「ああ、もちろんだよ」
包みをけ取り、綾子ちゃんは包みに封をしているシールをはがし、中から髪留めをとりだした。
「わぁ……髪留めですか?」
「おっ。結構いいデザインじゃん?」
「……」
俺達のやり取りを見ていた沙彌佳達も含め、三者三様の反応をみせた。
「あ、あの早速つけて見てもいいですか?」
「ああ」
綾子ちゃんは興気味に、その髪留めを前髪につけた。
「お」
「……」
俺と斑鳩は、思わず息を飲んだ。
似合っている。もちろん綾子ちゃんに似合うようにと買っただったが、かなり似合っていた。
俺から見て、左から前髪を右の脇の方まで留め、余った両脇の髪を垂らした綾子ちゃんは、より大人な雰囲気が引き出され、それでいて、らしい雰囲気が絶妙な合に、互いを引き立たせていたからだ。
おまけに、彼の知的さもより際立ったような印象もける。
というのは、その本人に似合えば、たったアイテム一つで一気にその良さを引き出すというが、まさにその通りだった。
あれだけ沙彌佳にご執心だった斑鳩でさえ、綾子ちゃんに見とれている。元々沙彌佳と比べても、中々の人だったけども、いまひとつだった綾子ちゃんだが、これなら沙彌佳に見劣りすることはないだろう。
ここまでの果があげられるなんて、思いもよらないことなので、今の自分には高い買いであったはずのものも、途端に安い買いのように思えてくる。いや、むしろ出來過ぎて怖いほどだ。
その様子を見ていた沙彌佳を橫目で見ると、切れ長の目をこれでもかと言わんばかりに見開いていた。
そこに先ほどまでの、鋭すぎる目をしていた様子は一切伺えない。そのあまりの変貌ぶりに、逆にこちらが心配してしまうほどだ。
「……さ、沙彌佳?」
俺の聲に反応したのか、その貌をこれもまた今まで見たことがない程に歪ませ、テーブルを両手で思いきりたたき付けながら、勢い良く立ち上がった。
その大きな音に俺達はおろか、周りの客や従業員も驚き、一瞬にして店がしずまる。店に流れるBGMが、稽だ。
「……さ、さやちゃん?」
「あ、あれ〜どうしたの? さやかちゃん」
突然のことに、店の誰もがこちらに視線を集めている。しかし、またひそひそと話始めたが、その話題は言うまでもないだろう。
「…………ごめん。私、もう帰るね」
「お、おい、沙彌――」
「お兄ちゃんは黙っててよっ!!」
俯いたまま、大聲を張り上げる沙彌佳に、俺達は思わず肩をビクリと震わせた。
大聲というよりも、絶に近かったかもしれない。綾子ちゃんは、全を震わせて半ば泣く寸前だ。
「…………お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて……」
うわごとのように呟いている沙彌佳の手はぶるぶると震え、力の限り握られているのか、もはや鬱し始めている。
これは普通の狀態ではない。そう判斷し、今日はもう帰るべきだと聲をかけようとした時、ふっとその手から力が抜けた。
見上げた沙彌佳の顔は、まるで生気というものが抜けたかのように蒼白とし、目には意思というものをじさせない。
いや、顔だけでなく全から、生気が抜けてしまったように見える。生きていながら死んでいく人の顔とでも言うのだろうか。
これは非常に巧に作られた、沙彌佳の人形にも見えなくもない。そうじさせるほど、今の沙彌佳は普通の狀態ではなかった。
「ぁ……さ、沙彌佳……」
沙彌佳はそう呼ばれると、ふらふらと歩きはじめ、おぼつかない足どりで店の外へ出て行った。
俺は、いや俺達はい付けられたように、その場からけなかった。何もかもが予想を超えることだった。頭が混していた。
ついさっきまで、俺に対して親の仇でも見るかのような目で見、口も聞かず、かと思えば斑鳩とは親しげに話していた。
そんな俺は、綾子ちゃんにプレゼントを渡して、その後には、仲直りの印として沙彌佳にもプレゼントを……そのつもりが、どうだ。何故こうなったんだ。
「く、九鬼。追わないと」
「え? あ、ああ、そうだな。追わないとまずい。とにかく今はここを出よう」
そういって立ち上がった時、斑鳩が伝票を取り、自分の顔の橫でピラピラと合図した。この男は、こういう時でも融通を利かして、おごりなり貸しなりにすらするつもりはないようだった。
俺はぶっきらぼうに千円札を二枚出し、テーブルにたたき付けた。
「払っておいてくれ。行こう」
綾子ちゃんに顎を使ってジェスチャーし、店を出た。綾子ちゃんも、無言でついてくる。
「くそ、一何がどうなったって言うんだ」
毒つきながら辺りを見回したが、すでに沙彌佳の姿はなかった。
攜帯を取り出し、履歴から沙彌佳の番號へとかけるが、繋がらない。
「駄目だ。出ない」
その時、店の中から會計をすませた斑鳩が出てきた。
「斑鳩。お前にも手伝ってもらうぞ」
「ん〜仕方ないねぇ。そんじゃぁあっち見てくるから、九鬼たちはそっちな」
「ああ。見つかったらすぐに連絡してくれ」
「了解了解」
こいつのあまりの軽さに、毆り付けてやりたくなったが、今はそんなことをしている暇はない。
「しっかり頼むぞ」
そう言い殘し、妹を探すべく移を開始する。
「一どこに行ったんだ?」
沙彌佳の行き先など全く見當もつかないし、つくわけもない。しかし、黙って何もしないわけにもいかない。
俺は、いきなり出鼻をくじかれたような気分になった。まだ頭にどこか靄がかかっているような気がする。まだ混しているのだろう。
「綾子ちゃん、君ならどこか沙彌佳が行きそうな場所分かるか?」
「いえ……」
「だよな……」
そもそも、あいつは放課後は真っすぐ家に帰ってくるので、あまり遊ぶということをしない。行くにしても、いつも俺と一緒に行きたがったからだ。
しかし、いくら行き先不明でも、探さないわけにはいかない。ここ數日の神不安定な沙彌佳を、放ってはおけるはずもない。
俺は、再び攜帯を取り出して、沙彌佳の番號にかけた。しかし、やはり反応は先ほどと変わらない。
こうなったら手當たり次第、人に聞いてまわるしかなさそうだ。
「仕方ないが、人に聞きまわってみるしかなさそうだな」
「……あの」
「どうした?」
「やっぱり、私の」
「そいつは違う。何度も言ったはずだ。あいつだって分かってるはずだ。それにこんなことになるなんて誰も分かりはしなかった」
語気を強めながら、早口にまくしたてた。確かに事を自分と結び付け、あれこれと考えるのは綾子ちゃんの點だろうが、そういつまでもネガティブでいてもらっても、こちらとしても困る。
またいらぬ心配をかけてしまうし、こちらもまた心配になってしまう。
「こうなってしまったのならそれは仕方のない話だろう? だったら今度はそいつに対して一杯努力しなくちゃぁな。
だから、いちいち気に病む必要なんてないんだ。別に誰も君を咎めはしない」
左手を綾子ちゃんの肩におき、目を見ながら語る。その目からしばかり、不安げな雰囲気が抜け、今度は目に明なものがたまり始めていた。
「……九鬼さんの目って不思議」
「あ? 目がどうしたって?」
「九鬼さんの目ってとても不思議です……だって、こっちも思わず本気になっちゃう」
「そ、そういうものか? 特別意識したことないからわからんが……」
なにやらいきなり変なことを言われると、つい照れてしまう。前までなら、そんなことはなかったはずなのだが。
泣きそうになった綾子ちゃんは、その目を拭いて、今度は力強い目と口調でいった。
「すみません、いつも弱音ばっかりで……。でも、もう大丈夫です。さやちゃんを探しに行きましょう」
「ああ」
綾子ちゃんの力強い言に、俺も力強く頷いた。
【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔術師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】
※書籍化決定しました!! 詳細は活動報告をご覧ください! ※1巻発売中です。2巻 9/25(土)に発売です。 ※第三章開始しました。 魔法は詠唱するか、スクロールと呼ばれる羊皮紙の巻物を使って発動するしかない。 ギルドにはスクロールを生産する寫本係がある。スティーヴンも寫本係の一人だ。 マップしか生産させてもらえない彼はいつかスクロール係になることを夢見て毎夜遅く、スクロールを盜み見てユニークスキル〈記録と読み取り〉を使い記憶していった。 5年マップを作らされた。 あるとき突然、貴族出身の新しいマップ係が現れ、スティーヴンは無能としてギルド『グーニー』を解雇される。 しかし、『グーニー』の人間は知らなかった。 スティーヴンのマップが異常なほど正確なことを。 それがどれだけ『グーニー』に影響を與えていたかということを。 さらに長年ユニークスキルで記憶してきたスクロールが目覚め、主人公と周囲の人々を救っていく。
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