《いつか見た夢》第37章
研究所を、ひどく騒がしい音が鳴り響いている。
己の目的のために田神は、島津製薬のである松下薫とともに研究所を歩いていた。そんな矢先のことだった。
施設の至るところに設置された赤いランプがり、異常事態であることを告げている。
「なんだ、これは」
「私にも分からないわっ。こんなこと初めてだから」
音が反響しあっているため、必要以上に音が大きく響いているように聞こえる。そのため、二人は大聲を出した。
九鬼とエリナに何かあったのだろうか……。田神はそんなことを考えてみるが、あの二人がヘマをやらかしたとは考えにくい。
九鬼はあれでいて危機管理能力が優れているうえ、本人は過小評価しているだろうが、なかなかに統率力を持った男だ。おそらく、なんだかんだいいながらもエリナとは上手くいっているはずだ。とすれば、何かヘマをしたというのは信憑にかける。
それに田神は、どちらかといえばこの異様な張は、何か別のことによるもののような気がしてならないでいた。大方済ませるべきことを済ませた今、早く九鬼達と合流した方がいいだろう。
また、田神は至る場所に薬を仕掛けていた。田神自としては、必要以上のことはしないつもりではあるが、今回の作戦は、九鬼の仕切りということもあって、用意しておいたのだ。
しかし、この施設で正視できないような実験が行われているかもしれないことを考えれば、これで正解だったような気もした。
そう思い、田神達が下へと繋がるフロアへ降りようとした時、反対側から研究所の人間と思われる、白を來た集団が現れた。
「主任、これはどういうことなのです?」
そういって松下が、その集団の前にいる白髪混じりの男に駆け寄る。
「おお、松下君か。どうもこうもない。実験が暴れ出しているらしい」
「らしい?」
「ああ、詳しいことは私もよく分からん。今から下に行かねば。それよりも、何かあるとも言えない。松下君は、ここから出たまえ」
主任と呼ばれる男に、松下はの良い締め出しを食らったが、田神にはチャンスだった。
「そういうわけにもいきませんね、主任殿」
「君は?」
「本部の人間、といえば分かりますか?」
噓もいいところだが、田神は戸いなく言い切った。すると、主任と呼ばれた男以下、彼の後ろにいる研究員たちも表を曇らせる。
「……まだ、次の中間発表まではしばらく時間があったはずだが」
「確かに……しかし、主任。我々としても、いつまでもそれを待っているわけにもいかない理由というのができたのですよ。そして今回の件、きっちりと見定めさせて頂きましょう」
田神はどこか高飛車なもの言いで、まるで本當に本部からの使者であるかのように振る舞った。そんな田神を見た研究員達や松下は、思わず息を飲む。
「……好きにするといい」
そんな一流の役者か何かのような田神に、苦渋の決斷とでもいうように、主任が一言そういった。そんな主任を見て田神は、心でほくそ笑んだのだった。
俺は目の前の景を理解できずにいた。一なんだというのだ、あれは。
俺達の目の前にあるガラス窓の向こうに、異様な生が見えた。全を真っ黒に覆われ、の一部がに反して黒りしている。その部分はまるで、合金素材か何かのプロテクターをにつけているようにも見える。
だが、それは間違いなく、そいつがにつけているのではなく、そいつの軀の一部だ。
そいつはたとえるなら、あのキングコングのようにも見えなくもない。そう、そいつはどことなく、ゴリラのように見えるのだ。
よくよく見てみると全を覆う黒は、皮をまとっているようだった。軀は、全瘤だらけと言えるほど筋が発達している。一つ一つの筋部分に、バスケットボールを幾重にも付けているかのようで、その中に、何か別のものでも飼ってそうだ。
そんな発達しすぎた筋は、見るものの鳥を立たせてしまうことは必須だ。そしてプロテクターのように見えた部分は、実は、ゴリラのような板部分だったのだ。
しかし、どの部分に至っても、それは俺が知っているゴリラのものとは思えない。似てはいても、明らかに別ものだ。いえば、ゴリラの突然変異か何かとでもいうのだろうか。
なにより、軀の大きさがあまりにも違いすぎる。通常、マウンテンゴリラであっても、立った狀態でせいぜい一八○センチか一九○センチがいいところで、二メートルに達することはほとんどないというが、あれは、どう見たってその倍くらいはある。
顔も、もはやゴリラのものではなかった。目は爛れたかのように、本來あるべき場所についておらず、こめかみ部分にあるのだ。
鼻は歪み、左の頬についている。口はと言えば、なんと顎の部分と思われる場所についているのだ。それも、一口で人間一人、丸々飲み込むこともできそうなほど、大きい。
おまけに手足もおかしく、右手の指が六本で左手の指が四本だった。指の本數もそうだが、長さも違った。左腕より右腕の方が長い。いや、左腕は腕というよりも腳と言った方が適當だろう。二の腕は明らかに本來ゴリラのふともものそれだ。
足の指に至っては、ちゃんと五本ついているかと思えば、手の指かのように長く、踵には手の親指のような指が一本、後ろ側を向いてくっついている。
どこをどう見たって、突然変異……いや、奇形だった。だとしても、こうも大きさが変わるものだろうか。
エリナはそのグロテスクさに、口を押さえていた。もちろん、俺だって似たような気分だ。
そんなグロテスクな怪が、突如として咆哮をあげた。閉された空間からでも、こちら側にその低く、今まで聞いたことのない、聲が響いてくる。
「……一、あいつはなんなんだ」
ようやく出た言葉がそんな言葉だった。それほど、転していたのだ。
俺はかぶりを振って深呼吸する。おそらくこのシェルターは、あいつを閉じ込めておくためのものだろう。だが今はそのシェルターゆえ、俺達も閉じ込められてしまったのだ。しかも、武を落とした通気ダクトは、このシェルターを越えた向こうにあるのだ。
このシェルターさえどうにかできれば……そう思った時だった。怪が、窓から見ている俺達に気付いたのだ。
「!」
俺達を見たは、その軀を使い、こちらに孟突進してきたのだ。それに一瞬早く気付いた俺達は、窓から素早く離れた。
何トンもあるようなトラックが、鈍く生々しくぶつかるような音がした。怪がガラス窓にぶち當たったのだ。
だが、その怪のタックルにもガラスは耐えたのである。よほど、強力な耐久が備えてあるらしい。
そんなことはお構いなしに、怪は何度も何度もガラスにタックルをしかけているが、ガラスは一向に破壊される気配はない。ヒビすらっていないのだ。
「……これなら、一先ずは安心か」 そうは呟いたものの、はっきり言ってどうしようもなかった。このクソッタレなシェルターをどうにかしようと思ってはいても、俺達には1ミリだって持ち上げられない。
この際、あの怪の力に頼り、ガラスをぶち破ってもらうという案もあるが、それだと、あいつとやり合わなくてはならなくなるのだ。しかしそうでもしないと、武のあるダクトへは行けない。
昔の人間が、虎にらずんば虎子を得ず、なんて言葉をしているが、まさしくその通りというわけだ。まぁ、そもそも、怪にこの強化ガラスを破れるかも分からないのだが。
クソ、本當にどうすればいいんだ……。俺は壁に寄り掛かり、そのまま床へと座り込んだ。どうしようもなくお手上げなのだ。
「……ね、ねぇ」
「なんだ」
それでもなんとかしようと脳みそを捻ってみるが、やはり何も出てこない。そんな俺に、エリナがいった。
顔を上げて彼の方を見ると、彼は俺の方ではなく、ガラスの方へと目を向けている。
「このガラス、大丈夫よね……?」
「大丈夫だろう。奴のタックルにも破壊されなかったんだ。何回やっても同じだろうよ」
「……だといいんだけど」
それでも何か納得いかず、不安げなエリナの表に、今度は俺が問い掛けた。
「どうしたんだ?」
「……ううん、やっぱり気のせいかもしれない」
一人納得しようとするエリナに、俺は妙な覚を覚えた。いや、本能がそうさせたといっていいかもしれない。立ち上がってガラスを凝視してみると、心なしか歪んでいるように見えたのだ。
「こいつは……」
ガラスを手でれてみる。なんとなくだが、歪んできているようにも思える。エリナが不安にしていたのは、そういうことだった。
「ねぇ、そのガラス、大丈夫だよね?」
エリナがそう言ったのと同時に、小さくピシッという音がした。本當に小さく、聞き取るのも苦労するほどの音だ。
俺達の間に張が走り、沈黙がおりた。
「……なんだ、今のは」
ガラスの向こうでは、相変わらず怪がガラスにタックルをかけてきている。その怪と一瞬だが、目が合った。なんとなくだが、やつが笑ったような気がしたのだ。
「まさか、だよな」
ピシッ
今度は、はっきりと聞こえた。その音は言うまでもなく、目前のガラスからだ。
「おい、まさか本當に……」
そのまさかだった。怪がさらに當たりした場所が、ついにへこみ始め、亀裂がったのである。
(まずいぜ、こいつは)
長四メートルはあろうかという怪ではあるが、し無理をすれば窓から出てこれるかもしれない。
俺とエリナは武に手をやりながら、じりじりと後退していく。奴がこっちへ來たら、俺達にはほとんど勝ち目はないだろう。通路の幅は、奴が立ち塞がったらその脇をすり抜けて行くのも困難なほど、わずかにしかないのだ。
かといって、俺達の拳銃やナイフではとてもじゃないが、太刀打ちできそうもない。もちろん、やってみないと分からないが、可能は低そうなのだ。
となれば、俺の狙うべき場所はただ一カ所のみだ。
「エリナ」
「分かってる」
目配せした俺に、エリナも強く頷いた。彼も分かっているのだ。そこを狙うしか俺達に助かる道はない。
そう、顔だ。いや、もっと厳に言えば、口の中か目だ。そこを狙えばなんとかなるかもしれない。
そして、それでダメージになれば、ぶち破ってくれた窓からって、ダクトの中の武を回収する。あのダクトの中には、手榴弾やロケットランチャーなんかがほうり込まれているのだ。
「來るならきやがれ」
渇いたを舐めながら呟く。それと、ワルサーからサイレンサーも取り外しておくのも忘れない。こうなった以上、サイレンサーなど意味はない。銃の威力も削られるのだ。
階段のところまで來たところで、ついにメキャメキャという音とともに、強化ガラスが破られた。それをまるで解放された喜びでも表しているのか、奴は再び咆哮した。
廊下に、やつの絶ともとれる聲が響く。こっちの耳の鼓が破れてしまいそうだ。
破られた窓からずるりと這い出てきた奴に、照準をピタリと合わせる。
「エリナ、君はやつの目を狙えっ。俺は口の中を狙う」
「分かったっ」
さぁ、もう一度聲をあげるがいい。エテ公のできそこないめ。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
低く、うねるような聲。奴が吠えた瞬間だ。
喰らえっ!
立て続けに三回トリガーを弾く。あまりの速さに音は一発にしか聞こえない。
「う゛がぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
俺の弾は全弾奴の口の中に命中した。それも一カ所だけでなく、微妙に當てる場所を変えてだ。
奴が怯んだすきに、今度はエリナが得意のナイフをもって奴の目めがけ、投げる。
ナイフは二本とも奴の目に當たり、ぶち倒れる。廊下に更なる絶が響く。
「よし、今だっ」
怪が這い出てきた窓に向かって走りだした。
とにかく、シェルターの向こうに出ることさえできれば、なんとかなるはずだ。今はそれにかけるしかないのだ。
だが甘かった。
怪は早くも起き上がろうとしていたのだ。
俺はさらに三連弾の応攻に出た。軀に當たったはずだが、丸っきり効果がないようだ。
それどころか當たった銃弾は、金屬が落ちる小さな音とともに、床に転がったのである。
「エリナっ、君が先に行って武を持ってこいっ。ここは俺が食い止める!」
言うが早いかエリナは、ぶち破られた窓から飛び込んでいった。
そんな僅かな隙に、怪はすでに起き上がり、俺の方を向いていた。目がこめかみについているので、果たしてそれが本當に俺の方を向いているのか、という疑問があったが。
だが、そんなことよりも信じられないことが起こりはじめた。
俺がをぶち當てた弾丸跡の部分が、グロテスクに蠢しているのだ。そして次の瞬間、その部分がもこもこと盛り上がり、ついには勢いよく真っ二つに割れた。
真っ二つになった間から出てきたのは、思わず顔を背けたくなるようなグロテスクなものだった。
(目……目、なのか? あれは)
そう、銃痕から目玉が現れたのだ。おまけに、しっかりと瞬きし、くりくりと目玉がいているのも分かる。それも三ヶ所全てからだ。
その目玉が、ピタリと俺を見據える。恐らく、この景に俺は顔を引き攣らせていたことだろう。
當たり前だ。誰もまさか傷痕から目玉が出てくるなんて思うはずがない。それに、その目玉はきっちりと本來の機能を果たしていそうなのだ。
今までに、いや、これからも見ることはないであろう怪の能力を目の當たりにし、自分でもどうしようもないほどの恐怖と嫌悪が、俺をつつむ。
脇や背中にはべったりと汗が滲んで、シャツをに張り付かせている。
俺はび聲をあげながら、無我夢中でトリガーを立て続けに三回弾く。狙うのは當然、そのグロテスクな眼球だ。
あんなものに見つめられるなんて、堪ったものではない。
それでも怪は、俺が狙う場所が分かっていたのか、それらの部分を護るように手で防いだ。
弾の一発は、そのつややかなプロテクターを付けたような手に當たり、チュインという音とともに、あらぬ方へ飛んでいった。
やはりプロテクターのような部分はプロテクターとしての役割を持っていたのだ。
一発は怪の肩に當たり、やはり先ほどと同じように、もこもこと蠢し始めている。もう一発は、きちんとその目玉に當たってくれたようだが、やはり早くも、蠢が始まったのである。
(くそっ、これじゃぁ意味がない)
かといって今の俺に、これ以上の反撃の手段がないのも事実だ。
俺は仕方なく奴のその、グロテスクな顔面目掛けトリガーを弾く。今度は殘った全弾を使ってだ。
それでも奴は、またも狙ってくる場所が分かっていたのか、顔面をその手でもって防ぐ。
その手のプロテクターによって、ほとんどの弾が弾はじかれる。奴も學習してきているのだ。
それでも二発だけはなんとかその頭部に當たったものの、結果は同じだった。また、あらぬ場所に眼球ができただけだ。
俺は直ぐさま、新たにマガジンを取り出して裝弾する。
「九鬼っ、よけろ!」
「!」
背後からした聲に、俺は咄嗟に橫に飛びのいた。
直後、ボシュッという音の後に音が響いた。エリナがロケットランチャーを使ったのだ。
怪は唸り聲とも苦悶の聲ともつかぬ聲で、炎に包まれた頭部をかかえている。
「もう一発だっ」
エリナは構えて、もう一発怪にお見舞いしてやる。その直撃をけ、奴はついに床にぶち倒れた。
倒れた怪はしばらくの間、ピクピクと手足と思われるそれを痙攣させていたが、それもやがて止まった。
俺を恐怖に陥れた怪も、やはりロケット弾には敵わなかったというわけだ。
つかの間の安堵に浸ったあと、俺は破られた窓をくぐって、処刑場のフロアへと歩み出た。そこはやはり慘たらしいもので、まるで戦場か何かのような有様だった。
しかし、先ほど俺が見た時とはずいぶん様子が違った。まず、六つに區切られたはずのブロックがなくなっていた。これは床を見ればすぐに理由が分かった。
床に、仕切りのようなものが埋め込まれていたのだ。仕切りのが違うため、辺り一帯が真っ白だと目立つ。多分、どこかにあるボタン一つで、床の仕切りが出て來るようになっているのだろう。
それと、子供達の骸も片付けられたのか、すでにない。まぁ、これに関してはなくて良かったかもしれない。
その変わり、數人の白を著た研究員と思われる連中の死だ。ある者は手足をちぎられ、またある者は首を引きばされたのか、首とがなはれて、頸骨と背骨だけがそれらを繋ぎとめているものもあった。ある者は両手足が握り潰されてミンチになっている。
他にも背骨からぶち折られ、後頭部が踵に當たっているもの。踏み付けられたのか、圧死しているものもある。
そんな中、最も悲慘な死に様を曬しているのは、窪んだ壁にめり込むかのようにしてい付けてある死だ。いやそれはもう、張り付いていると言った方がいいかもしれない。臓や骨の判斷がつかないほど々になり、ただ人間らしきものがそこに張り付いている、そんな狀態なのだ。
そんな悲慘な狀態で、グロテスクなものを見るのが嫌で目を背けたくなるが、決して連中の死そのものには同などしない。連中は死んで當然のようなことをしてきているのだ。
ここにぶちまけられた連中の中には、妹の実験とやらに直接関わった奴だっているかもしれないのだ。どっちにしろ、地獄にたたき落とすと決めた連中なのだ、弾を消費しなかったとでも思えばいい。
俺はそんな死を脇目に、通気ダクトから落とされた武を拾い、につけた。一時は訳の分からない怪の登場で、どうなるかと思ったが、過ぎてみればなんてことはない。
連中を始末しながら、坂上と名乗る男を見つけ出して締め上げ、研究所を破壊する。この目的は、なんら変わらないのだ。
「……改めて見ると、すごい慘狀だな」
「ああ。だが、こんな慘狀を見ても驚かなくなったのは不思議なもんだ。まぁ、日常的に死を見慣れているせいだろうがな。
ま、しは驚きはあるが正直な話、さっきの怪を見たせいか、なんとも思わないってのもある」
エリナには言わないが、銃痕から目玉が出てきたなんて話、信じないかもしれない。それともの言わず、かなくなった死。どっちが自然か言うまでもないだろう。
あれを見た俺でさえ、夢だったんじゃないかと思ったほどなのだ。
「ともかく、ここを出よう。あの怪が連れてこられた出口があるはずだ」
そういいながら、俺は薬を仕掛けた。これで後一時間で、ここは吹き飛ぶことになる。
また、それとは別に手用の起スイッチもあるため、一時間と言わず破させることもできる。
「セット完了だ。なにもしなくても一時間後に破する」
俺とエリナが武を擔いで頷き合い、フロアを立ち退こうとした時だった。
つい今の今まで下りていたシェルターが、突然上へとき出したのだ。
「なんだ」
すると、シェルターの向こうから駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ちっ、連中もようやくおいでなすったようだ。走るぞ」
こっちが怪を倒した後になって、ようやく事態を嗅ぎ付けた連中が來たのだ。全く、ヒーローというのはいつも遅れてくる。
俺達は走って反対側の開いた出口の方へ走る。一難去ってまた一難だ。
連中がフロアに到著した瞬間を狙って、アサルトライフルで奴らを狙い撃つ。向こうの廊下で倒れている怪を目の當たりにし、そこに目がいっている隙をついたのだ。
初撃でまず二人がぶち倒れる。
そこでようやく、連中は侵者がいたということに気付いたようだ。連中が壁に隠れようとした際に、また一人をぶち倒す。
「ゆっくり後退しよう」
俺が援護しながらエリナがそれに応え、一歩二歩と後退していく。
彼が橫の部屋の前に著いたとき、俺も移を開始した。今度はエリナが俺を援護する。
一旦あえて銃撃を止め、相手が顔を覗かせた瞬間に、そこを撃つエリナの技に心しながら、俺もドアの橫にまできた。
記憶によれば、このドアの向こうにも上に上がる階段があったはずなのだ。
俺はエリナに合図し、ドアの向こうに行くよう指示する。
ドアを開け、エリナがったのを見計らい、俺は手榴弾を取り出し、安全ピンを抜く。
続けざまにそれを投げ、ドアへとった。ドアを閉め、エリナを追おうと足を踏み出した時、ドアの向こうで炸裂した音が聞こえた。
俺達がった部屋は、またも人知を超えた場所だった。先にったエリナは、その貌を凍りつかせている。もちろん、俺とて似たようなものだ。
そこは數多のが檻に閉じ込められていた。だが、それらのはあまりに俺達の知っているとは掛け離れている。
まるでさっきの怪みたいなのだ。先ほど上の階にいる時に見た、虎と思われるもいるが、近くで見てみるとそれは、普通の虎ではないことが分かった。
まずが目が一つしかない。そして、手足もやはりあの怪と同じで、どこか不自然で、筋はしなやかと言うよりも、全にボールを張り付けているみたいに見える。
時折、その筋の下を何かが這っているように、不自然なきを見せているのだ。そう、まるで、蛇か何かが這っているようだった。
しかしそれは、ここに繋がれている全てのに言えることで、とても自然に生まれてきたものとは思えない。
別の檻には熊と思われるのもいるが、なぜか頭が二つくっついていた。その姿は、どいつもこいつも奇形ばかりなのだ。
「……こいつらはさっきの怪と同じような奴ら、なのか……?」
「わかるわけないよ、そんなの」
當然だ。だが、聞かずにはいられなかったのだ。
「どうやったらこんなのが生まれるんだ」
くように口にした。姿形もそうだが、皆、顔が俺達の知っているそれではないのだ。
しかも、その檻にはどうも電気が流れているみたいだった。その檻の鉄格子から、パチンという音が聞こえるためだ。
奴らは睨みつけるかのように俺達を見てくるが、檻に電気が流れている間は何をしても無駄だというのを知っているのか、ただ唸り聲をあげるだけだった。
きっとさっきの怪は、研究員が何かのミスでこの檻の電気を流すのをストップさせたか何かで、逃げ出したのだろう。それに、こいつらも仮にも生のはずなので、餌を與えられなくなれば、いずれは死ぬだろう。
俺はここに弾を仕掛けるつもりだったが、躊躇った。どうせ死ぬなら、こちらの危険を犯すような真似はすまい。もし奴らが、弾で死ななかったら?という疑念が浮かんだからだ。
とはいえ、発による焔の熱は、千度近くにはなる。部屋の狀態によっては、それ以上になることだってあるのだ。事実、火事なんかが起こった時、よく鉄や燃えにくいはずの石の表面が、あまりの高熱で、焼け溶けてしまうことがある。
この弾もそうで、大量の火を発生させるため、この部屋のような閉された空間では、軽く七百度は超えてしまうだろう。息ができなければ、連中も生きようがないはずだ。
迷ったが、やはり俺は弾を仕掛けることにした。このままにしておいて死させるのもいいが、それよりも一息に死なせてやった方が、こいつらも楽かもしれない。生きていたって、結局は同じ運命だろうからだ。
この連中と、意思疎通ができればいいのだろうが、俺にはそんな能力などない。弾をセットし、俺達は部屋の奧へと進んだ。
次の部屋は今までの白を基調とした部屋と違い、これぞ実験室と言わんばかりの部屋だった。部屋にはいくつかのモニターが置かれ、実験のための臺が二つ置かれている。
また、そのうちの一つは手足をかせないよう固定するための枷が臺に取り付けられている。つまり、この実験臺に乗せられるのは人間、ということだろう。
「……くそ、嫌な想像しちまった」
俺は気にらない奴らは地獄に叩き落とすことを信條にしてはいるが、格段サディストというわけではない。そうであっても、この臺に乗せられた人間の運命をなんとなくだが、想像してしまったのだ。
「あの変な生き達も、ここで何かされたのかな、やっぱり」
「ああ、きっとそうだ。それに混じって人間もそうされたんだろうよ」
そう言うと、エリナは苦い顔をした。まぁ、當然と言えば當然だ。このも間違いなく俺と同じ、希代の殺人機械ではあるが、サディストであるわけではない。々行き過ぎながしなくもないが。
ここにも弾を設置しようとした時だった。何気なくモニターの脇に置かれた収納ボックスに目がいったのだ。意味などない。本當に偶然だった。
それを開けて見ると、中にいくつかのデータを収めたディスクがっていた。 それを手に取り、ケースの表面を見た。ケースには、『EVE細胞による実験データ』と書かれていた。EVEとは沙彌佳に付けられた、腹立だしい呼稱だ。しかし、なぜそいつで実験するというのだ?
興味をもった俺は、そいつを何枚か取り出してサックの中に放り込んだ。中にどんなデータがっているのか分からないが、映像であれなんであれ、沙彌佳の細胞から発生したという実験とやらは、なぜだか見ておいた方が良いと直したからだ。
他にもまだないかと気になり探してみたが、特にはありそうになかった。まぁいい。果としては十分だろう。後は坂上と名乗る奴を見つけることだ。
奴を締め上げれば、知りたいことも知ることができるだろう。
ようやく地下施設から抜け出すための通路に出ると、今度はさっきの奇形な生達と違い、生の人間と出會った。いや出會ったというより、見てしまったといった方が正しい。
そこはさっきの実験室のような部屋と、長い廊下で繋ぎ部屋になっているようだが、三日四日前に見た伊達聡一郎が経営する、凰館の奴隷部屋を彷彿とさせるような造りになった部屋だった。
だが、まだ凰館にいた彼らの方が、いくらかマシと思えるほど、酷いものだったのだ。
一人一人が仕切りのある部屋にれられており、皆一様に死んだ魚のような目をしている。その瞳からは意識があるのかないのか。もしくは死んでいるのかいないのか。それすらも分からないほどだ。
いや、明らかに數人がすでに息絶えているのが分かる。まさに、奴隷牧場とでもいうのだろうか。それでいて、廊下は凰館と違って白く、未來の囚人用獨房といった景だ。
そんな獨房が、廊下に沿って両側にずらり並び、廊下の向こう側までずっと続いている。おまけに、れられた子供達は皆死人も同然な狀態なのだ。
「……行こう」
「え……? ねぇ、助けてあげないの?」
「……ああ」
「ああって……あんた、この前は助けてあげてたじゃない。助けてあげよう?」
「……なら、君一人でやれ。俺はごめんだ。第一、鍵はどこにあるんだ。助けたとしてもこれだけの人數、とてもじゃぁないが搬送もできない。外にはトラックもなかったようだし、連れてきたってどうしようもない。
そもそも、皆俺達がいるってのに、振り向きもしないじゃぁないか。施設を何度も往復できるほど時間の余裕もないだろう? 仮に連れ出すことができたにしたって、破の音でいずれは近隣の人間に気付かれるだろうよ。発は焔が上がるからな。ついでに厄介な連中も來るんだ。
そんな中でとてもじゃぁないが、搬送用トラックを待ってるなんてことはできないだろ」
それだけまくし立てると、エリナは何も言わなかった。もちろん、できるなら繋がれた子供達を助けてやりたい気持ちはある。しかし、現実的に無理なのだ。
しかも、この研究所に後どれだけいるか知らないが、武裝した連中も存在しているわけだから、そいつらも相手にしなきゃならないとなると、導き出される答えは當然といえるはずなのだ。
このはわりと、的な部分が強いようなのでそれは仕方ないとは思うが、そのために命を落とすなんざ、真っ平ごめんだ。なくとも妹がまだ死んだと決まったわけじゃない今、まだ生きなくてはならないのだ。
「エリナ、君の気持ちは分かる。だが、仕方のないことだとは分かっているだろう?
俺達にできることなんざたかが知れてるんだ。いくら助けたくったって、必ずしも毎回それができるわけじゃない」
「……」
エリナは黙って俯いたまま、一言も喋ろうとはしなかった。もしかしたら反論したいのかもしれないが、それはただの論であり、意味がないというのは分かっているのだろう。
「さぁ、行こう」
「……あんたは先に行って」
「おい」
「いいから!」
強く言うエリナは、すぐに追い付くからと一言告げて、俺に走っていけと付け足した。本來ならそんなことは認められないが、まぁいいだろう。
「……早く來いよ」
そう告げて、俺は走って一気に廊下の端にまで來た。ドアにり閉めた途端、銃聲が響いた。それからしだけ時間おいてはまた、銃聲が鈍く響き渡る。
「……それも優しさかもしれないな」
誰に言うわけでもない小さな聲で、俺は呟いた。
魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】
※ルビ大量に間違っていたようで、誤字報告ありがとうございます。 ◆TOブックス様より10月9日発売しました! ◆コミカライズも始まりした! ◆書籍化に伴いタイトル変更しました! 舊タイトル→魔力ゼロなんだが、この世界で知られている魔術理論が根本的に間違っていることに気がついた俺にはどうやら関係ないようです。 アベルは魔術師になりたかった。 そんなアベルは7歳のとき「魔力ゼロだから魔術師になれない」と言われ絶望する。 ショックを受けたアベルは引きこもりになった。 そのおかげでアベルは実家を追放される。 それでもアベルは好きな魔術の研究を続けていた。 そして気がついてしまう。 「あれ? この世界で知られている魔術理論、根本的に間違ってね?」ってことに。 そして魔術の真理に気がついたアベルは、最強へと至る――。 ◆日間シャンル別ランキング1位
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