《姉さん(神)に育てられ、異世界で無雙することになりました》空から落下の異世界はじめ
「なんだこりゃぁぁぁぁっ!」
俺は現在、盛大に落下中だった。
命綱無しのバンジージャンプ? いや、パラシュート無しのスカイダイビングだ。
普通に地面に落ちれば間違いなく死ぬ。
「闘気解放っ!」
全に闘気を纏う。
外では使わないように言われていたが、そうは言っていられない。
これで落ちても大丈夫。死にはしない。
そう思ったが、困った事態が起きた。
落下地點に人影が見えたのだ。
「くっ」
このまま落ちたらぶつかるかもしれない。
そう思った俺は、咄嗟に闘気を両手に集め、それをそれぞれ斜め下の方向に放った。
その力により、俺の落下方向がずれたが――それでバランスを大きく崩してしまった。
――ヤバイっ!
そう口に出す暇もなく、俺は頭から地面に激突したのだった。
「いってぇ……本當にヤバかった」
闘気の大量に放出したせいで、を守るための闘気がぎりぎりだったのだ。あとし闘気足りなかったらと思うとぞっとする。
朝に首を寢違えたような狀態になっていたかもしれない。
って、そうだ。さっきの人は?
顔を上げると、俺より年下――十歳くらいの子供が立っていた。
よかった、無事だった……とはいかない。
その人は、三頭の狼に囲まれている。牙をひん剝いている狼たちの食事時間というじだ。
「待ってろ、いま助けるっ!」
俺はそう言って足の裏に闘気を溜め、壁蹴りの時と同じように一気に解き放つ。
一気に狼と距離を詰めると、俺は狼の腹に拳をぶつけた。
貫かないように手加減したその拳は、狼を一頭、遙か上空へと吹き飛ばした。
それを見た殘りの狼たちは、仲間を殺された報復をすることもなく、蜘蛛の子を散らすかのように逃げていった。
數秒後、落ちてきた狼が鈍い音を立てる。絶命しているようだ。
咄嗟に毆っちまったけど、絶滅危懼種とかじゃないよな――と思いながら、その狼を観察する。
日本の園で見た狼よりは大きいけれど、しかしそういう種族だと言われたら納得する大きさ。別に目が四つあるわけでも手が六本生えているわけでもない。
おっと、それより人だ。怪我とかしていないだろうか?
そう思って、俺は気付いた。
こっちの世界の人間の言葉、俺、知らないじゃないか。
「あ…………ええっと」
どうしたらいい? そう思ったとき、相手から聲をかけてきた。
「助かったよ。ありがとう」
その子が発した《《日本語とは異なる》》その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。
日本語ではないが、意味はわかったから。
「クラ・トーラス語っ!?」
俺は、相手の言葉に合わせて――クラ・トーラス語で語りかけた。
「え? あぁ、そうだよ。どうしたの? そんな當たり前のこと」
そりゃ驚く。
だって、クラ・トーラス語は、俺が子供の頃から姉ちゃんに教わった言葉だったから。
『てんちゃん。うちの檀家さんには、クラ・トーラスっていう島の言葉を話す海外の人がいるから、ちゃんと覚えておこうね』
そう言われて學んだんだ。実際、檀家として訪れるいとこの姉ちゃんが使っていた言葉だった。クラ・トーラスがどこにあるかはわからなかったけれど、まさか異世界の言葉だったなんて。
「それより、大丈夫かい? さっき、空から落ちてきたように見えたけれど」
「あ、大丈夫――」
言いかけて、僕は気付いた。
突然、この世界に來た僕はこの世界の報を知らない。
えっと、確かこういう時、記憶喪失のフリして報を聞き出すのがセオリーなんだっけ?
ここはひとまず「いや、今の衝撃で頭をぶつけたみたいで、記憶が……」とかなんとか言ったらいいのかな?
そう思ったときだった。
「ところで、変なこと聞くけど、あんたがテンシさんか?」
「え? なんでそれを!?」
記憶喪失の設定をすっかり忘れ、俺は思わず聲をあげた。
「そうかそうか。おっと、自己紹介がまだだった。おいら、ギルドでポーターをやってるチッケってケチなもんさ。ここには依頼でやってきたんだ。ここにいればテンシって男がやってくるから、この荷を屆けるようにってな」
「荷?」
チッケから荷をけ取る。
その中にっていたのは、乾パン、水のった革の水筒。さらに小さな革袋……中は銀貨と銅貨? さらに一枚のカード――分証明書のようなものだろうか? 『テンシ』とこれもクラ・トーラス語で書かれている――がっていた。さらに、封筒もっている。
「中を確認したら、これにサインをしてくれ。お金も確認してくれよ。あとから盜ったって言われても困るからな」
言われた通り、紙に書かれた一覧と荷を比べる。問題はないようなので、サインをした。もちろん、クラ・トーラス語で。
「えっと、これ、誰に屆けるように言われたんですか?」
「依頼人は匿名だったよ? ただ、珍しくおいらへの指名依頼でさ。いやぁ、現場に來ても誰もいないし、狼に襲われた時はこんな仕事けるんじゃなかったって思ったけど、無事に屆けられてよかったよ。あとはテンシさんを町まで送ったらおいらの仕事は終了だ」
チッケがそう言ったときだった。
俺は遠くの空を見た。
「どうしたんだ? テンシさん」
「いえ、なんでもありません」
そうだよな、異世界だもんな。《《あれ》》も普通なんだろう。
「……テンシさん、敬語はいらないよ? おいらも敬語なんてまったくわからないからな」
「そうか? じゃあ、俺も“さん”はいらないよ」
むしろ他の言葉がため口なせいで、敬稱だけ浮いていたからな。
「そりゃ助かるよ」
チッケはそう言うと、あっちだ! と俺を案した。
ちなみに、町に著くのは明日の夕方になるらしい。空から落ちてきたとき周辺に町なんてなかったが、異世界の不便さがに染みる。
俺一人の足だったら、數時間で到著するだろうけど、闘気をチッケに見せていいものかどうか悩むな。
まずは、気になっていた封筒の中を見ることにした。
【てんちゃんへ】
その場に頽《くずお》れそうになった。いきなり日本語で書き始めたその文字は、確かめる必要もないくらいに姉ちゃんの文字だった。
姉ちゃんの文字は癖が強いからすぐにわかる。
【いきなりこんな変な世界に行かせちゃってごめんね。せめて、てんちゃんが困らないように、信用できそうなポーターさんに、當面生活できる荷を渡してもらうように手配したから。あと、気付いていると思うけれど、クラ・トーラスっていうのはこの世界の名前で、本當は地球にはないの。ウソをついていてごめんね。闘気はこの世界の魔法とはし異なるから、使うときは十分に気をつけてね。魔法については、ポーターさんにギルドに案してもらって、そこで聞いて。最後に――この世界には侵略者の他に、魔って呼ばれる怖いがいるから、襲われないように注意してね】
へぇ、魔……ね。
もしかして、魔ってあいつのことなのかな。
「あわわわわわ……」
俺は先ほど頽れるのをなんとか堪えたが、チッケはその場に餅をついてしまった。
なるほど、さっき空で見つけたあれは、やはり魔だったのか、と俺は納得する。
獅子のに鷲の頭を持つなんて、どう見ても普通じゃないもんな。
その魔が空を飛び、こちらに真っすぐ向かってくる。
この魔の名前、聞いたことがある。
確か……、
「……グリ……フォン……」
チッケが震える聲で言った。
そう、グリフォンだ。
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