《永遠の抱擁が始まる》第一章 二人の抱擁が始まる【例えば世界が滅んでも2】

崖の側面を掘り抜いた橫といった尋常ではない場所に俺は住んでいる。

人と接したくない一心で作った素っ頓狂な棲み家だ。

厚手の木の板を削って作った歪な玄関を開け、窟のような我が家にってランタンに火をれる。

換気のための小さなから蓋を外して、俺は小さな椅子に腰掛ける。

 

「シスター、びっくりするだろうなあ」

 

俺は気味悪くニヤニヤ笑って、今夜も唯一の特技を振るった。

キャンパスに筆を走らせる。

 

普段から世話になりっぱなしだというのに、俺にはを買う金が盡きている。

プレゼントといったら、俺には絵を描くことぐらいしか思いつかない。

下書きはもう出來ていて、あとはを塗るだけだ。

絵の中の教會の前にはガキどもと、シスターと俺が立っている。

買ってやれなかった花をここぞとばかりに周囲に咲かせた。

「喜んでくれるといいなあ」

腕をまくり、わずかに熱っぽい額の汗を拭う。

のけだるさにはこのとき、描くことに集中していたので気づくことはできなかった。

が発熱していることに気づいたのは、絵が完した日だ。

溫を計るがないからどれだけの熱なのかは判らないが、おそらく高い。

を橫たえ、安靜にすることで回復を図る。

 

絵の完からさらに一週間。

いつの間にやら手足にシスターと同じような赤紫のアザができていて、それは日に日にしずつ大きくなり、の中心へと進行している。

視界が日に日に霞んできていることも気がかりだ。

シスターやガキどもはどうしているだろうか。

この癥狀が教會の皆に現れていないか心配だ。

 

よろよろと立ち上がり、水を汲むために表の井戸へと歩を進める。

夕刻の空はオレンジではなく、鮮やかな赤でゾッとした。

珍しい天候だ。

井戸水を汲み、その場でゆっくりと飲み込む。

 

突如、俺は足をすくませてしまった。

大空で月が破裂したかのような大轟音がいきなり鳴り響いたからだ。

雲に屆きかねないような巨人が太鼓を全力で叩いても、ここまで大きな音は出せないだろう。

あまりの衝撃と恐怖で、けなくも餅をつく。

 

どこで鳴ったのだ、この音は!

 

していると、やがて地面が揺れき始める。

どこの誰がどんなを使っているのか。

大地の震えはどんどん大きくなり、やがては立ち上がることさえできないほど地面がく。

嵐吹く大海原の上にいるかのようだ。

木々が揺れ、派手に葉を散らせる。

 

どうしたことだ。

何が起こっているのだ。

大地が揺れるだなんて現象、聞いたことも見たこともない。

 

激しく狼狽しながらも、ふと街で聞いた噂のいくつかを思い出す。

流行り病のこと。

天変地異のこと。

 

どうにかを起こして、よろめきながら俺は街に向かって歩き出した。

シスターたちは無事だろうか。

教會が崩れたりしていないだろうか。

 

疑うまでもなく、これは天変地異だ。

激しい揺れは多和らいだとはいえ、大地はまだ振を続けたままだ。

滝の音のような轟音も遠くのどこかで鳴り続けている。

 

熱で朦朧とする意識をい立たせ、どうにか足を前に出す。

 

街まで來ると、そこには見慣れたなど一つもなかった。

は崩れ、あるいは焼けている。

原型を留めていないのは人間も同じだった。

倒れている者を踏みつけながら多くの者が逃げっている。

大慘事だ。

 

よろよろと、どうにか教會の前に立つ。

これは神とやらの加護があったのだろうか。

石造りの古びた教會は、まだそこに在ってくれていた。

 

「シスター! いるかー!? おーい! ガキどもー!」

 

踏みると教會の中には人影はない。

 

「どこだー! おーい!」

 

びながらドアを開けて回る。

懺悔室、臺所。

やはり誰もいない。

 

「みんな無事かー!? おーい! 頼むから返事しやがれ!」

 

一番奧のドアを暴に開ける。

 

「なんてこった」

 

そこは子供たちの部屋だった。

二段ベットが並んでいて、その全ては埋まっている。

 

「なんてこった。マジかよ。なんてこった」

 

ガキどもは皆、全を赤紫にさせ、息絶えていた。

部屋の奧には椅子があって、シスターがうなだれるように座り、目を閉じている。

その顔はもうではなかった。

が抱いているい子も、もう息を止めてしまっているのだろう。

 

「おい、シスターよお! 大丈夫か! おい! なあ!」

 

肩を揺さぶる。

はゆっくりと目を開けた。

 

「ロウェイ、さん……?」

「おう、俺だ! 大丈夫かよ!?」

「わ、たしは、だいじょう、ぶ、です……」

「くっそう! なんてこった! ガキどもが……! ガキどもが……! みんな……! あんな元気だったじゃねえかよ! いつも飛び跳ねてたじゃねえかよ!」

「ロウェイさん、逢えて、嬉しい」

 

ベットの一つ一つを確認していると、シスターは「子供らは天に召されたんですよ。神様に守られたんです。だからロウェイさん、悲しまないで」と、途切れ途切れに言った。

その目は焦點が合っておらず、何もない方向を見つめている。

 

「こんなの納得できねえよォ!」

 

涙でぐしゃぐしゃになりながらシスターから子供を奪い、小さな亡骸をベットの中にそっと寢かせた。

 

細いを抱き抱え、外に出る。

病に蝕まれている俺でも簡単に持ち上げられるほど、シスターは軽かった。

 

「最近なかなか教會に來れなかった。ごめんな。みんなに見せたいがあってよ、それ準備してたんだよ。ごめんな。遅くなって、ごめんな」

 

シスターが次に目を閉じたらもう二度と目覚めてくれないような気がして、俺は聲を張り上げる。

 

「俺よ、驚かそうと思って緒にしてたんだ。ごめんな。もっと早く言えばよかったよ」

「なに、を、緒、に……?」

「俺、俺よ、絵、描いたんだよ。あんたと、ガキどもに見せたくってさ。ごめんな。俺、遅かったよ」

「絵、ですか」

「おう! もう完したんだ!」

 

そうだ、あの絵だ!

ガキどもも俺たちも、あの絵の中でなら元気にしている。

シスターにあの絵を見せよう。

あの絵と同じような元気を取り戻してもらおう!

 

地鳴りが再び激しくなり、ドラゴンの咆哮を思わせるような音が徐々に迫ってきている。

自分のふらつく足をずるずると一歩一歩、ゆっくりと前に進ませてゆく。

その前進は沈もうとする夕日のように遅く、微々たるものだ。

街道はまだまだ、めまいがする程、遠くまでびていた。

 

「もう、ちょっとだけ、辛抱な」

「ロウェイさん。し、休みましょう?」

「大丈夫だ。俺は、ホント、大丈夫なんだ。もうしだけ、待っててな」

 

息が切れ、視界がぼんやりと歪み始める。

震える地面に、俺はとうとう膝をついてしまった。

 

神様よ、あんまりじゃねえか。

あんたに仕えたこの人だけでも、せめてどうにか幸せな最後を迎えさせてやってくれよ。

今まで祈らなかったのは謝るよ。

俺ァどうなってもいいからよ。

だから、頼むよ、神様よ。

 

生まれて初めて神に乞う。

涙のせいか、病のせいか、視界がさらにぼやけた。

 

「頼むよ! 神様よォ!」

 

魂からの咆哮はしかし、謎の轟音の中へと消えていった。

シスターを地面に降ろし、息を整える。

地面の揺れは収まるどころか、さっきよりも大きくなっていた。

 

遠くから、さらに別の地響きが近づいてくる。

懐かしいリズムで地面が脈を打った。

遠くから何かが來る。

これ以上、何が起こるってんだ。

 

涙を拭って目を細める。

 

「なんだ……?」

 

い立髪が力強く蹄の音を鳴り響かせているのが、どうにか見えた。

あの馬だった。

 

「相棒!」

 

先日まで一緒に働いていた、馬車を引いていたあの馬だ。

寒い夜には布をかけ、毎日聲をかけていた、年老いた俺の相棒だ。

 

「來てくれたんだな。相棒、ありがとな。神様よ、ありがとな」

 

最後の力を振り絞るかのように再びシスターを抱きかかえ、相棒の背中へと乗せる。

俺はまたがって、相棒の首筋をゆっくりとでた。

 

「俺からの、最後のお願いだ相棒。今日も踏ん張ってな」

ささやかな我が家に著くとシスターをベットに橫たえ、キャンパスを近くまで運んだ。

油の絵のはもう固まっている。

 

「シスター、見てやってくれよ。これ、俺が描いたんだぜ。みんなに見てほしくってよ、上手くねえかも知れねえけどさ、俺、一生懸命描いたんだ」

 

シスターはにこりと笑んで、うなずいてくれた。

ところがその視線は絵ではなく、何もない宙に注がれている。

 

俺は彼の手を持ち上げ、その指をそっと絵にれさせた。

 

「これが教會だ。ほら、屋も直ってるだろ? で、こいつがガキども。アンに、リークに、これがロイ」

 

俺の赤紫の手がシスターの赤紫の指を取り、導いてゆく。

はうんうんと頷き、微笑んでいる。

 

涙と鼻水まみれになっていることをシスターに悟られぬよう、俺はせいぜい聲の震えを抑えた。

 

「ガキどもみんな、今の俺たちに向かって笑ってるぜ。判るか? ミューイもワイサも、みんな笑ってる」

「はい、判ります」

「で、これが俺で、これがあんただ」

人に描いてくれて、嬉しい」

 

シスターはにこやかに絵の方向に顔を向けている。

病のせいで視力を失っているというのに。

 

「前に俺、花を買ってこれなかったじゃねえか。だからよ、ほら。教會の周りに咲かせたんだ。黃いやつと、オレンジの花だ。あんたみてえな、太みてえなにした。いっぱい咲いてるだろ?」

「綺麗」

「そうか。気にってもらえて、嬉しいよ」

「ロウェイさん」

 

謎の轟音のせいで、彼のか細くなった聲が聞き取りにくかった。

一言だって聞きらしてなるものかとばかりに、俺はシスターの口元に耳を近づける。

 

「なんだ?」

「私、実は、ロウェイさんに、隠していることが、あるんです」

「なんだ、どんなことだい」

「私が病気で、頭がおかしくなったなんて、思わないでくださいね」

「當たり前だろうが。信じるぜ」

「よかった」

 

そう言って、彼は長い話を始めた。

 

「実は、私も、子供たちも、この世界の人みんな、ロウェイさんのこと、騙していたんです。ロウェイさんが生まれてから今までに知ったことって、全部噓なんですよ」

 

何を言い出すつもりなのだろう。

黙って、俺は彼の言霊の続きを待った。

 

「この世界、全部が噓なんです。ロウェイさん一人を騙すための、偽の世界なんです。人間は、本當は、ロウェイさん一人だけなんです」

「じゃあ、あんたは人間じゃないのかい」

「そうなんです。神様が、ロウェイさんを騙すようにって」

「なんでまた」

「ロウェイさんは、実は、まだ産まれていないんです。本の世界で産まれるのは、これからなんですよ。そのために、ロウェイさんに、試練をけてもらっていました。今までずっと」

「試練?」

「そうです。これに合格したら、ロウェイさんは改めて、本の世界で産まれるんです。ロウェイさんは優しい人だから、絶対に合格します」

「そりゃ、ありがてえな」

「これ、緒ですよ、神様には。私が打ち明けたって、誰にも言わないでくださいね。でないと私、怒られちゃいます」

「おう。約束する」

「私はもうすぐ死んじゃいます。でも、それは神様が書いた臺本ですから。噓の世界でのことですから」

「おい、待てよ」

「悲しまないでくださいね。私、本當は死にません。この世界は登場人が多いから、一人で何役もこなすんです。今のこのシスター役が死んでも、私はちゃんといますから。また別の誰かになって、絶対にロウェイさんの前に現れます」

 

息を呑む。

自分のが大変なときだというのに、なんてことを思いつく人なんだ。

なんて偉大な……。

もはや相槌すら打てそうもない。

涙で、聲が出せないのだ。

 

「私、もしかしたら、次は、ロウェイさんを怒らせちゃう役に就くかも知れません。だから、もしそんな人が現れても、その人は、私かも知れないから、ぶたないでくださいね」

 

何度も何度も、俺は頷いた。

 

「私、この後、神様にお願いしてみます。次は、ロウェイさんが慕うようなの役をやりたい、って。そう、神様に禊を捧げていない役。そしたら、ロウェイさん、そのときは、私を、お嫁さんにしてくださいね」

 

どうにか返事をしなくては。

は俺のが見えていない。

俺まで病に侵されていることを知らないのだ。

 

「ロウェイさん、これからも、誰かを好きになってあげてください。それはきっと、私です。私はロウェイさんに、試練のこととか、今の私のこと、知らない振り、しちゃいます。でも、それは私ですから」

 

もはや言葉にならない。

俺はなんて素晴らしい人を好きになったのだろう。

 

「私、今から楽しみ。ロウェイさんにしてもらえるなんて」

 

俺もだ。

あんたと一緒に暮らすのが楽しみだよ。

そのときはちゃんした家を建てねえとな。

もう喧嘩しねえし、腹も立てねえ。

ぶっきらぼうな格も直して真面目に働くよ。

そうだ、教會のガキどもと同じぐれえ子供がいたら賑やかだろうな。

そう言わねえと。

最後ぐれえ、しっかり伝えねえと。

それでも先に喋ったのは彼だった。

 

「好きですよ。あなたが。私、あなたに逢えて、本當に幸せでした」

 

シスターはそして、ゆっくりと瞼を閉じる。

安らかな寢顔のようなその顔はやはり赤紫に染まっているけれど、俺には最高にしく見えた。

 

シスターの隣にを橫たえ、その手をさらに握り締める。

もはや聞こえてはいないであろう彼に囁く。

 

「おう。俺ァまた、あんたを好きになるよ」

 

このまま世界は一度終わるのだろう。

そんな気がした。

 

大洪水が起こり、大陸を全て飲み込むかも知れない。

一つだった大陸は一気に砕かれ、バラバラになるかも知れない。

王の巨塔は崩れ去り、箱舟と呼ばれる移式シェルターが役に立ち、やがて人類が再び繁栄する日が來るかも知れない。

高速で移した大陸はやがて速度を落とし、水が引いた後の世界には洪水伝説だけが殘るかも知れない。

もしかしたら「一夜で消えた幻の大陸」なんて言い伝えが、どこかで語られるかも知れない。

 

例えばそんな時代が來たとしても、俺はこの手を絶対に離さない。

「いい加減、答えてよ」

 

彼に詰め寄る。

メインディッシュはとても味しかったけれど、このままでは気になってしまって料理の余韻に浸るどころではない。

 

「そんな話、いつ考えたの?」

 

なくとも、三組目の骨発見が報じられたのは今朝だ。

急遽作った話にしては設定が細かい。

 

彼はワインのボトルをもう一本追加するべく、ウエイターを呼んだ。

 

「まあ、飲もうよ」

「その発振りも謎」

 

決して安いお店じゃないのに「最近は金がない」が口癖の彼にとっては、けっこうな散財になるはずだ。

 

食後のワインが屆いて、彼は今度もまたあたしのグラスを優先して満たす。

 

「そうだなあ。この話を僕が知ってる理由だろ?」

「なにその『今から考えます』って雰囲気」

「実は、僕の正が太古から生きてる死神だった。ってのは?」

「あたしは何度もあんたに直でってるっつーの」

「あ、そうか」

「ねえ、なんで? ホントに気になるんだけど」

「そんなことよりさ、抱き合った骨の畫像、持ってたよね?」

「え? うん」

「ちょっと開いてみて」

 

彼に言われた通り、あたしはケータイを作して目的の畫像を表示させる。

 

「その畫像がロウェイとシスターだ」

「なんで判るの?」

「頭の部分、見て」

 

言われるがままに注目をする。

彼が再び得意げな笑顔を見せた。

 

「鼻先がれそうになってて、完全に橫顔になってるだろう? 二人とも」

「うん。なってる」

「ハートの形に見えないか?」

「あ!」

 

厳格なお店の中だということも忘れ、私はつい大聲を出してしまった。

彼の言う通りだったからだ。

 

頭蓋骨を真橫から見ると、そのシルエットはまるでアフリカ大陸のような形に見える。

二人の鼻先同士を付けるように向かい合わせると、その橫顔は羽を広げた蝶のように左右対稱となり、ハートを型どっているではないか。

 

彼が優しげにグラスを持ち上げた。

 

「ハートは一人じゃ作れない」

「凄いよ、凄い! ホントにハートじゃん!」

「実は四組目の話があるんだ」

「え?」

 

意外な展開に耳を疑う。

 

「四組目?」

「そう。でも、まだ発見されてない」

「じゃあ、なんであんたが知ってるの?」

「発見されない理由があるんだよ」

「あたしの質問に答えない理由も知りたいんだけど」

「四組目はまだ生きていて白骨化していない。ってのは、どうかな?」

「なによ、『どうかな』って」

「いやあ、やっぱり張する」

 

彼はそれで背もたれにを預け、ネクタイを緩めるような仕草をした。

 

「実は最初からね、考えるつもりだったんだよ、骨のエピソード。君、一組目が見つかった時から興味を持ってたじゃない。それで『これは使える』って思ってね」

「あ、やっとタネ明かしだ」

「そしたら抱き合う骨が続々と発見されるでしょ? その度に話を考えることにしたんだ」

「へえ」

「不思議なもんで、ニュース番組で映された骨の畫を見てたら自然とアイデアが湧き出てきて、話を作るのには案外苦労しなかったけどね」

「さすが空想家」

「どうも。ただ今朝のニュースを見たときはさすがに『急がなきゃ』って慌てたなあ」

「それはそれはご苦労様でした」

「裏設定まであるんだぜ?」

「どんな?」

「三組の発見場所だよ。世界地図をさ、大陸が一つだった頃まで戻すとそれなりに三ヶ所は近くなる」

「あ」

 

頭の中で、あたしは世界地図を広げた。

イタリア、アメリカ東部、エジプト。

確かに。

大昔、大陸移を始める前の狀態まで地図を戻すと、それぞれの発見場所はそう遠くない。

 

彼、なんだってここまで頑張って話を作ったのだろう。

謎が謎を呼ぶとはまさにこのことだ。

 

その點を問い質すと彼は今までの笑顔を曇らせる。

 

「いや、だってさ。凝りたいじゃないか。たぶん僕の人生で、最初で最後のことだし」

「なにがよ?」

「クイズ形式にしようかどうしようか、今、迷ってる」

「ヒントは?」

「もう出てるかも」

「どれがヒントになるのか、わかんないよ」

 

すると彼は「じゃあ第一問」と言って出題を始めた。

 

「最初の怖い話では、奧さんが疑わしい行を取っていたよね。その行は、実は何のためだった?」

「えっと、結婚記念日」

「そう。五年目のね。続けて第二問」

「はい」

「最近の僕にお金がなかったのは、なんででしょう」

「知らないよ、そんなの」

「うう~ん。まあ、そうだよね」

「なんでなかったの?」

「実は、今日のために貯めてた」

「そうだったの!? なんで?」

「続いて第三問。四組目はまだ生きているから発見されていない。ってのは、どうかな?」

「もはや問題じゃないじゃん。でも、いいんじゃない? そんな設定も」

「だよね」

 

そこで彼は「ふう」と長めの溜め息をつき、大きく天井を仰いだ。

 

「やっぱりアレだな。思い通りに切り出せない」

「なんなのよ、さっきから」

 

いぶかしむと彼はいそいそと姿勢を正し、気を張っているかのような真剣な眼差しをあたしに向ける。

 

「君にプロポーズがしたいんだ。ずっと二人でいたい」

「へ?」

 

思わず間の抜けた聲が出た。

今、なんて?

 

「ここで格好良く『僕らが未來で四組目になろう』なんて言えたらいいんだけどね。でも我ながらキザっぽくって」

 

どういう、ことですか?

思わず敬語で訊ねそうになる。

 

「僕ら、付き合うようになってもう五年だし、そろそろいいかなって」

 

彼は上著の側に手を忍ばせる。

 

「ちゃんとベタに給料三ヶ月分だ。律儀だろう?」

 

もじもじと、それでいてどこか誇らしげに、彼は小さな箱をゆっくりと取り出し、私の前に置く。

頭の中が一気に真っ白になって、回転しなくなった。

それでも箱の中が何なのかぐらいは判る。

 

ここまで手の込んだ求婚に対し、私はどのようにイエスと言えばいいんだろう。

がいっぱいで口が開けそうもない。

 

あたしはただただ、永遠に抱擁すべき相手を見つめている。

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