「ただいまー」

夕方。大學から家に帰ってくると、部屋には既に彩音が居た。今までは俺の方が先に帰っている事も多かったのだが、最近はける講義が増えたりサークル関係で集まる日も増えてきたことから、こういった事例もなくない。

まあ、それはいいのだが……。

「おかえり、ゆうにぃ」

覇気をじられない気怠けな聲。

彩音はこちらに顔を合わせることなく制服のままダブルベッドの上に突っ伏していた。おかげでスカートの裾が捲れておりしい裏ももがこれでもかと出している。

若い男とひとつ屋の下で暮らしているのに、余りにも無防備過ぎるな。きっと俺を信用してくれているんだろうけど、もうしの子としての意識を持ってもらいたいものである。

「パンツ見えそうだぞ」

「…………見たいの？」

「違うよ。だらしないからタオルとか掛けて隠しておけ」

「むぅ……。別にゆうにぃなら見られてもいいのに……」

そういう問題じゃない。大、今更彩音のパンツを見たところで俺は何とも思わない。

いくらアイドル並に可い子高生とはいえ彩音は実妹に近い存在の家族なのだから、みだりに興したりしないのだ。……多分。

「そういえば寢てたのか？」

「うん、ちょっとだけ……」

相変わらず気の抜けた聲で返事をする彩音。

最近の彼はどうも元気が無いようなのだ。毎日眠そうな顔をしているし、口數も若干減った気がする。

しかも普段なら事ある毎に俺に抱き著いていたのだが、ここ數日はそれらのスキンシップが一切無い。寂し……くはないが、やはり心配になってしまう。

「合は悪くないんだよな？」

「うん、平気。多分ただの寢不足だから……」

「悩みとかも無いのか？　俺で良ければ相談に乗るぞ」

「大丈夫だよ。ありがとね、ゆうにぃ」

そう言ってニコッと優しく微笑んだ彩音を見て、俺はほんの僅かながらもの高鳴りを覚えた。

普段は有り余るのパワーを俺にぶつけているというのに、今はまるで別人のようにしおらしい態度だ。

不謹慎かもしれないが正直凄く可いと思う。彩音がもし従妹ではなくて赤の他人だったら速攻告白しているはずだ。こんなよくできたの子は世界中探しても早々見つからないだろうからな。

「今日の夕飯は俺が作るから。彩音はしばらくそこで寢てていいぞ」

「ありがと。じゃあお言葉に甘えて」

彩音は寢転がった狀態で頭元の枕を手に取り、の辺りまで持ってきてぎゅっと抱き締めた。それ俺の枕なんだけど……。

「ゆうにぃ、大好きだよぉ」

「だからそれ、俺の……」

枕に向かって囁く彩音がやけに可く見える。ダメだ、これ以上見ていると俺は何か間違いを犯してしまう気がする。煩悩排除。真面目に生きるのだ星月佑真……。

「あぁん！　ゆうにぃ、そこは……いやっ！」

「お前はもうしを隠してくれ、頼むから」

しおらしさと相俟って気が凄まじい事になってるから！

暴走する彩音は取り敢えず無視して、今夜の材を冷蔵庫から取り出す。

やれやれ、俺が理を保とうとするよりも彩音を自重させた方が早いかもしれないな。

◆

夜が更けてきた頃。

すっかり寢靜まった彩音を起さないようにしながら、俺はパソコンを使って調べをしていた。

ここ數日の彩音の様子は明らかにおかしい。本人は何も無いと言っているが、原因は間違いなくあるはずだ。お節介かもしれないけれど、俺に出來ることがあれば何でも協力したいと思う。

「難しいなぁ……」

関連するような単語でネット検索してもそれらしい原因は見つからない。鬱うつではないだろうし、特有の……とも思えない。

途方に暮れたまま検索畫面をひたすらスクロールしていく。するとある一つの記事に目が止まった。

「五月病、か……」

記事には大まかな概要として次のように書いてあった。

『生活環境が大きく変化した者の中で、新しい生活や環境に適応できないまま疲れが溜まり、ゴールデンウィーク明け頃から理由不明確なや心の不調に陥る、というものがある――』

時期も含め、彩音とそっくりな狀況ではないか。言葉だけは知っていたが、まさか本當に五月病の疑いがかかるとは思わなかった。

癥狀としては睡眠不足や疲労、他者との接を拒む傾向にあるらしい。これらも概ね今の彩音と合致しているだろう。

更に調べていくと五月病の対応策として、ストレスを溜めないようにする。気分転換や知人との流を深める等が挙げられていた。これならば俺にもできそうだ。

思えば彩音は突然都會に飛び出してきた上に、の回りに誰も友達が居ない狀態で高校生活をスタートさせたんだ。神的に參ってしまう事も容易に考えられる。

後ろへ振り返り、ぐっすりと眠る彩音に目を向ける。楽しい夢でも見ているのか、らかな笑顔を浮かべていた。しかしながら彼の寢顔は天使のようにしく可らしい。眺めるだけでこちらも幸せになってしまうような、そんな魅力を持ち合わせていると思う。

だからこそ、俺は彩音の従兄として辛い心境の彼をサポートしなくてはならない。気晴らしにどこかへ遊びに出掛けたら喜んでくれるだろうか。

俺は再びパソコンの畫面に向き合い、ブラウザのタブを一つ増やして検索する単語を力した。

『東京　遊園地　おすすめ』

今週末、もし彩音が暇だったら遊びにおうと思う。二人で出掛けることになるが、決してデートではない。…………殘念ながら。