「こらそこの２人。バスの中で騒がない、寢ている人もいるんだからね」

「あ、すいませんデス。彼方ノ原さん」

そんな彼たちを靜かな聲で嗜めたのは、やたらと筋質のをした"子"だった。

大人顔負けの太い腕に、ずんぐりとした厳つい人相の子は彼方ノ原あっちのはらきなこ。彼は我らが２年４組のクラス委員長を務めており、その地位と相貌に違わない人と腕力を持ち合わせていた。

彼に逆らった人間は、問答無用でそのバールもへし折りそうな腕で首っこ引き抜かれるともっぱらの噂だが、今のところ真偽は不明である。

「そっちにいるのは……朱酒と寧々か？」

「ああ、２人とも気持ち良さそうに眠っているよ」

隼人がそっと彼方ノ原の隣を覗いてみると、そこには２人のがスヤスヤと眠っていた。

口元によだれを垂らし、幸せそうな表で眠るショートカットのは水三田井みずみたい朱酒しゅしゅ。普段はやかましいくらい騒がしい彼だが、今日という日は隨分と大人しく、バスの座席で心地良くくつろいでいた。

そしてもう１人のが寢貓ねねこ寧々（ねね）。銀髪のツインテールに高校生にしては非常に小柄な軀、一見して小學生に間違われてもおかしくないくらいい容姿だ。

そんな彼は今、分厚い本をまるでぬいぐるみのように抱きかかえていた。容は分からないがどうやら外國の本に見える。おそらく今の書はその抱いている本なのだろう。

元々本好きな寧々は、通常の學校生活でも寢ているか本を読んでいるかのどちらかで過ごしており、彼が活的に過ごしている姿をクラスの誰も見たことがなかった。

「しかし、寧々はともかく朱酒まで眠っているなんて珍しいな」

「うむ、いつもはクラスの半分くらいの騒音を発しているような奴なのに、今日に限って不気味なくらい靜かだ。悪い予兆かもしれんな……」

「いや、水三田井は今日のことが楽しみで昨晩から一睡もしなかったそうよ」

「それでバスに乗るや否や睡したというわけデスか」

「……ま、水三田井が眠っていたとしても、うちのクラスには他に騒がしい奴らが大勢いるけどな」

彼方ノ原はちらりと、バスの後部座席の方に視線を向けた。そこにもやはりクラスメイトが何人か居て、皆修學旅行に躍らせながら楽しく過ごしているようだ。

「いや〜楽しみだねぇ〜修學旅行！ 向こうにはどんな可いたちがいるんだろう、今からドキドキが止まらないよっ！」

制服のブレザーや學校指定用カバンにたくさんのバッチを付けているこのは大獅子おおじし最もあ。っからの"好家"である彼は、旅のしおりを読しながら今後のふれあいコースを獨自に形していた。

「う〜〜んっ、今日はイマイチ髪型が決まらないなぁ。バスが到著する前にセットを整えたいところなんだけど……」

そして、先ほどからずっと手鏡を片手に前髪を弄り続けているのが弁天寺べんてんじ影踏かげふみ。自稱・男子、自稱・リア充。一般的な男としては整った顔立ちと長のスタイル、オシャレにも気を使い髪のセットは朝早くから起きて２時間かけて行っているそうだが、何故か全くモテない男。

とある子陣たちからの報によれば『言がウザい』『き方がキモい』『そもそもその髪型がダサい』などの意見が出ているという。

若干ナルシズムがっている部分もあり、それがモテない理由の一つにもなっているのだが、本人は全く自覚していなかったりする。

「んんっ、影踏くんはいつもと変わらないような気がするんだなぁ。あ〜ご飯まだかなぁ……」

彼は大袋おおぶくろ福富ふくとみ。世界の５１%の福袋を製造している大袋財閥の一人息子で、一人っ子としてかなり甘やかされて生きてきた彼は、型はえまくったように太っている。とはいえ鼻持ちならない格ではなく、悪い奴ではないので特に嫌悪されることはない。食べることを何よりの幸せと考えており、彼の頭の中は常に食のことで満ち溢れていた。

一方で、その一つ前の座席では１人の生徒が口元を押さえて苦しんでいた。

「あ、高村くん。調子はどう？」

「うぅ〜……。くそっ、なんで俺は後部座席に乗っちまったんだ…………うっぷ！」

「バスが揺れているのにゲームなんかするから酔うんだよ。ほら、これ酔い止めの薬」

「ゲームなんかとはなんだ百之助、ゲームこそが俺の存在理由なんだぞ…………ウォエッ！」

バスの後ろから２番目の席には、２人の男子生徒が隣り合わせで座っていた。

バス酔いしている方が高村たかむら銀河ぎんが。

そんな彼に薬を差し出している方が鬼石田おにいしだ百之助もものすけである。

旅行中のバスの中でも構わずゲーム三昧に明け暮れいていた銀河は、不規則なバスの揺れに酔い潰れてしまい先ほどからずっと唸っていた。百之助はそれを介抱しており、容の優れない銀河を付きっ切りで看病している。

そんな彼らの様子を眺めて、隼人はそっと自分のあごに手を當てた。

「なんか銀河、調子悪そうだな」

「ふっ、いつも所構わず電子遊戯に沒頭している奴だが、流石にこの『死出の旅デス・ロード』の苦行には耐え切れなかったようだな」

「ゲームばっかりやってるから、畫面酔いもするデスよ」

「そうだなぁ……、ちょっと様子を見に行った方が良さそうだな。水を飲ませたらしは良くなるかな？」

「水ってバス酔いに効果あったっけ？」

「それに詳しそうな奴に聞いてみよう。おーい誠十郎」

隼人が前の座席の方へ呼びかけると、落ち著いた雰囲気の男が通路側に顔を出してきた。

彼の名は一斉野いっせいの誠十郎せいじゅうろう。切れ長の細目にスッとした顎とサラサラの髪。所謂『イケメン』に分類されるだろうその青年は、クラスの中でも人一倍大人びており、また博識で見聞に長けていることで有名だった。

「まずは高村くんのゲームを取り上げた後、前の座席に移してリラックスさせることが大切ですね。それからアイマスクなどで目を閉じさせ、各部を氷で冷やしあげれば幾分かスッキリさせられるでしょう」

「さすが誠十郎！ 何一つの説明も無しに、まるで聞いていたかのような的確な対処法を教えてくれたぜ！」

「まあ、普通に聞こえてただけなんですけどね」

「ふふっ、隼人くんたち賑やかだから」

誠十郎の隣の座席でコロコロと微笑んでいるのは花華戯げげげ香織かおり。名前の通り花のように可憐なでふわっとしたウェーブのかかった髪質は花びらのようにしっとりらかく、きめ細かく白いはぷるんとみずみずしく潤っている。

學年、いや、學でも一二を爭う貌を持つ彼は、學園のアイドル的存在として多くの生徒・教師たちを魅了し、その地位を揺るぎないものにしていた。

「ありがとな誠十郎。じゃあ銀河を前の席に移して……、」

「あ、僕も手伝うよ」

「おいおいなんだなんだ？」

銀河は両肩を隼人と百之助に擔がれ、強引に前の座席へと移させた。

銀河を降ろし、ふうと一息ついて銀河の様子を伺う。なるほど、確かに銀河は調子が悪そうだ。顔は悪く、額に大量の汗をかいて苦しそうだ。なのにゲームだけは手放していないのがいかにも彼らしい。

「移させたらアイマスクなどで目を閉じさせる。……誰かアイマスク持ってないか？」

「麻袋なら持っているデスけど」

「なら代わりにそれを被せよう。銀河、目を閉じてくれ」

「ちょっと待て！ なんで麻袋なんて持ってアブシュッ！？」

銀河が何か言ったような気がするが、隼人は構わずデス子に渡された麻袋を銀河に被せ、彼の視界を奪った。ついでに麻袋をロープで固く縛り、簡単に取り外せないように強く結んだ。

「おい、なんでロープで縛るんだよ！」

「だって、銀河は麻袋取ったらまたゲーム始めるだろう？ これはこれ以上お前をバス酔いさせないために必要な措置だ」

「なんでバス酔い如きで麻袋なんぞ被らされなきゃならんのだ！ うげっ、首……強く、締め過ぎだッッ！？」

銀河はロープの紐で首を絞められ呼吸困難に陥っている。麻袋を被っているせいで顔は伺えないが、彼のもがくような激しいきとかすれたような喋り方から鑑みるに、かなり辛そうであることは容易に想像できた。

まあ死にはしないだろうと、絞殺されそうな銀河を放っておいて瀬奈は隼人が戻ってくるまで＂デッキ＂の整理でもしていることにした。