《異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~》★パンダと対話する第22話

新品の服ってのは、何かこう獨特の匂いがする。

どう表現すればわかんないが、「あ、新品だ」ってなる匂いがあるだろう。

そんな匂いのするタキシードにを包み、俺は鏡臺の前で盛大に溜息を吐いた。

「我ながら……」

「似合わんな」

「うい」

「クソだな」

先に言われた。

しかも3人連攜して畳み掛ける様に。

現在地は、デヴォラの屋敷の東側。

執事やメイドの居住區。その一室。

俺達にあてがわれたのは、20畳ほどの広さはある洋室。

20畳と言ってもわかり辛いか……そうだな……

こう、そこそこ大きな車が2・3臺駐車できる広さの部屋だ。

やや埃をかぶっていたが、最初からタンス等の家は充実していた。

元は誰かが使っていたのだろうが、しばらく空いていた部屋なのだろう。

今シングとサーガが腰掛けているキングサイズのベッドから察するに、俺らと同じく複數人で寢泊りしていたのか。

それともただ単純にこの屋敷のベッドが全部無駄にデカいのか。

「その整髪料を使ってみたらどうだ?」

「ワックスねぇ……」

鏡臺の上には、さっき執事長から服と一緒にいただいた整髪料がある。

あんま整髪料って好きじゃねぇんだよなぁ……

祖父がいわゆる若ハゲだったらしいから、伝的な心配であんま髪はいじりたくないのだ。

「タキシードの似合わん男でも、オールバックにすればそれなりに見れるだ。やってみろ」

「そうか?」

まぁそこまで言うなら……

「うむ、まぁさっきよりはマシじゃないか」

「……そうか?」

「うぶい」

「まぁ、マシかどうかで言や、マシだな」

そこは誰か1人でもいいから「格好良い」って言えよチクショウ。

「だっぷ、だぼん」

著替え終わったなら抱け、とサーガが俺に手をばす。

「いや、これから執事長と研修だし……」

「やう、だぼん!」

「サーガ様、ロマンは今から…」

「うー……」

「ロマン、早く抱っこして差し上げろ」

「切り替え早ぇよ!」

「ベビーショルダーを使えば、手を塞がずに抱っこできるだろう? それに、執事の仕事ならば危険はあるまい」

まぁ、シングの言う通りではある。

魔法の修行や獣退治とかと違い、執事の仕事と言えば掃除・家事・炊事等々。どれも赤ん坊を背負ってちゃできませんという作業では無いはずだ。

実際赤ん坊をあやしながら家事をこなす奧様なんてごまんといる訳だし。

その辺をわかっているのか、サーガは今回は退く気は無いらしい。

斷固として抱っこを要求してくる。

「うぶ、うい」

まぁオンブでもいいんだぜ? とか何か折衷案を模索する姿勢まで見せ始めた。

「ったく……仕方無ぇな」

本當、手間のかかる奴だ。

まぁ、それだけ俺から離れたくないってんなら、もう本當にマジで仕方無いさ、うん。

「アタシはちょっと、あのキリカというお嬢様の所へ行ってくる」

「へ?」

「お前が働いている間、サーガ様のお世話をさせていただくつもりだったのだが……その必要が無くなった以上、アタシも何かしら…」

「ついて來ないのか?」

こいつの事だし、「アタシがサーガ様から離れる訳が無いだろう!」と俺が働いてる間もついてきそうなモンだと思ってたが……

「同じお世話役として、もうお前は信用していいと思っている。サーガ様の事は任せた」

「……そらどうも」

「それに、アタシが付き纏っていては、作業の邪魔にもなりかねんしな」

そう言うと、シングはサーガを抱きかかえ、俺の方へ。

サーガを差し出して、彼は笑いながら言う。

「だから、サーガ様に何かあった場合、アタシの代わりに死ぬ気で守れ。頼んだぞ」

「……おう」

「うい!」

……ま、何だ。

ヴァルダスにはああ言ったが、俺が気付いていなかっただけだった様だ。

いつの間にか、それなりに信頼される様にはなっていたらしい。

いや、それなりっつぅか、こいつがサーガの事を任せるって、相當なんじゃないか?

「何をニヤけている?」

「いや、ようやくフラグの兆候が見えたなと……」

「また旗の話か。お前も好きだな」

「まぁな」

さて、何かしテンション上がってきた。

はどうあれ、に信頼されるってのは、男として悪い気はしない。

一丁、頑張ってみるとしよう。

「まぁ不似合いと言う程では無いな」

あんたもそういう言い回しか……俺はし自分とタキシードの相の悪さを呪う。

支度を済ませ、俺は、執事長マコトの部屋へ向かった。

背中にはベビーショルダーで縛り付けたサーガ、ベルトには一応コクトウを引っ掛けてある。

執事長の部屋、室の広さは俺らの部屋と同じだ。

特に小も無く、整頓されている。ってか、整頓され過ぎてて生活が無い。

「改めて自己紹介だ。俺はマコト。この屋敷の執事長を任されている」

「…………」

「どうした?」

「いや、何かさっきまでと口調が偉く違うなと……」

「俺はお客様とお嬢様と旦那様以外に敬語は使わん」

なるほど、もう俺は執事ぶかであって客では無いから、素の口調で喋っているという事か。

「ところで、その赤ん坊……」

「あ、すみません……絶対に離れないと聞かなくて……」

「うい、うっぷす!」

離れん、意地でも離れんぞ! とび、サーガがぐわしっと俺の背中にしがみつく。

「まぁ構わない。キツくなるのはお前だ」

「ですよね」

まぁ、仕方無いさ。

それでも力には自信あるし、どうにか……

「とりあえず、今日は邸の構造を把握してもらう事に重點を置く。屋敷のどこに何があるのか、把握しておかないと話にならんからな」

「はぁ……」

「仕事容や執事・メイド達は折を見て紹介していく。いいな」

「はい」

「うい」

「では、これとこれを」

「?」

渡されたのは、モップと……地図?

「生憎、邸を案してやる暇は無い。通路と各部屋のモップかけをしつつ、自分で邸の構造を覚えてもらう」

「まぁ広い広いとは思っちゃいたが……」

モップを杖代わりに、俺はフロントホールの真ん中で溜息を吐いた。

この屋敷の広さを舐めてた。

流石に疲れてきた。

執事長に渡された地図…というか、屋敷の見取り図を確認する。

この屋敷はフカンで見ると、T字型に近い形をしている。

で、もう従業者の居住區や倉庫等がある東側と、多目的な部屋の並ぶ北側は終わったから……殘りはお嬢様方関係の部屋が集中する西側とこのフロントホール。

……ようやく3分の2くらいか。一応終わりは見え始めているな。

ただ、かれこれもう3時間半くらいモップかけしてるんだが。

途中サーガのオムツ替えだったり、モップの洗浄だったりで合計十數分ロスしたとは言え、異常だ。

「ってか、全然人に會わねぇな……」

「だぶ」

話では、執事長を含み3人の執事と、メイドが1人いると聞いていたのだが……

ってか、このバカ広い屋敷を4人の従業者でカバーしてたって馬鹿なのか。

やはり、立地が立地だけに人が集まらないのだろうか。

「今後は、俺込みとは言え5人でこの屋敷を…」

……ハードな執事生活になりそうだ。

ま、気分を下げていてもどうにもなるまい。

やると決めた以上、やる。

俺を取り囲む狀況はシンプルだ。

働いて認められれば修行を付けてもらえる。

ダメだったら追い出されておしまい。

四の五の言わず、やるしか無いんだ。

不幸中の幸いと言うべきか、選択肢が無いってのは逆に助かる。うだうだ迷わなくて良いから。

「うし、あとしなんだ……気合れてくぞ」

「うぶい!」

「あ、ロマンだ」

「げ」

西側、相変わらず広くて高い廊下。

まぁ、お嬢様方関係の部屋が集中してるって前報の時點で覚悟はしていたが……

ユウカお嬢様のご登場だ。

「そのリアクションはし悲しい」

と言う割にその顔は、相変わらず無表

「あー……ごめん……」

つい「げ」と言ってしまったが、まぁ確かに人と會った第一聲では無いな。

でも正直こいつには苦手意識というか何と言うか……

「何か私に苦手意識もってる?」

「エスパーかお前は……」

こいつとの初顔合わせがアレ過ぎたせいで、改めて顔を合わせると、その、何か気恥ずかしい。

それが多分、苦手意識につながっているのだろう。

「ていうか、今回は服著てるんだ……」

「殘念そうなじ出すんじゃねぇ」

「あれ、そういえば何で執事の服?」

「ああ、俺、ここで執事として働く事になったんだよ」

「…………」

「チャンスきたこれ的な雰囲気だしてんじゃねぇ」

「ロマン、エスパー?」

なんとなくだが、そのガッツポーズを見れば察せるもある。

「なんにせよ、ロマンはもうウチの執事なんだし、お嬢様の言う事は聞かなきゃダメだと思う。という訳で……」

「セクハラって知ってるか」

「小賢しい……マコト達と同じ事を……」

執事長にも同じ事言ったのかこいつ。

「それにしても…何て言うか……うん、似合い過ぎず似合わな過ぎずってじ」

「……本當に不評だな、俺のタキシード姿……」

服を替えてここまで皆から何かしら言及されたのは初めてだ。

俺、前世でタキシードと何かあったんだろうか。

「今はモップかけ?」

「ああ、それのついでに屋敷の構造を把握しようってじかな」

「ウチ、広いからぶっちゃけキツくない?」

「まぁぶっちゃけ」

でも、やらなきゃいけない事だ。

世の中ってのは殘念な事に、大抵「やらなきゃいけない事=キツイ事」となる様にできている。

「ま、これも修行の一環って事だろ。執事としての仕事の中で、何か俺を試す気っぽいし」

「試す……? キリカちゃんはただ単に労働力がしいだけだと思う」

「人のモチベーションを壊しにかかるのやめろ」

空気を読みやがれ。

「そう言えば、もう1つ質問したい」

「どうぞ」

「その子…サーガちゃんだっけ? ロマンの?」

「うい?」

自分の事に話題が及んだ事に気付き、サーガが會話に參戦してきた。

「いや、のつながりとか親子関係は無いんだけど……まぁ、々と諸事があって、世話を見てるってじだ」

「うっぷす!」

「じゃあ、あの魔人のの子は?」

「あいつとも殘念ながら特別な関係はねぇよ」

「あんなに人さんなのに手を出さないとは……貞こじらせてる?」

「放っとけこの野…このアマ」

まぁ、あんだけ一緒に過ごしてきて、ほんのちょっぴり信頼関係が築けてきたかな、程度だもんなぁ……

本當に俺のフラグ建築力の無さが悔やまれる。

「疑問も解決できたし、今回はここまでにしとく。モップ、頑張ってね」

「おう」

「うぶ」

「サーガちゃんも、今度遊ぼうね」

「うい!」

む所だ、と何故かサーガは出もしない力こぶを出しながら承諾。

「ところで、どっか行くのか?」

「うん。ヘルとお散歩してこようかなって」

「ヘル?」

「ペット」

ペットにエラい名前つけてんな……

とか何とか考えていた時だった。

「おいユウカ。隨分待たせてくれるじゃあねぇの」

すごく渋い、もう本當に渋い、ハンサムボイスとかそういう系統の低トーンボイス。

そんな、お茶の間の奧様方を聲だけでけさせてしまいそうな聲が、俺の背後から聞こえた。

男の俺でも素直に「かっけぇ!」と思ってしまう程の聲だ。

どんなハードボイルドな野郎が俺の背後に……

「ごめんねヘル。もう行くから」

「…………」

「おう、何だこの変な面した執事は? 新人か?」

……そら、変な面にもなるだろうよ。

「ういー!」

サーガのテンションが上がりだ。

ちなみにサーガは今、「なにあのモフモフしてそうなの! りてー!」と言っている。

俺の背後に居たのは、もう、アレだ。

一言で言うと、パンダだ。

全長は2メートルあるかないかくらい。

「どうした、そんなに俺に見惚れちまってよう」

すげぇダンディな聲で喋ってるし、直立二足歩行をしている。

首にはどっかの改造人間の様な真っ赤なスカーフも巻いてる。

でも、その白と黒のツートンカラーなモフモフ皮と、くりくりっとしたお目目、そしてずんぐりむっくりな型……

どう見ても、パンダだ。

俺の元いた世界では陸上哺類最強と呼び聲高い生、『熊』の近縁種、パンダだ。

極一部の地域にしか生息していない珍獣、パンダだ。

産気づいただけでちょっとしたニュースになる、パンダだ。

笹を喰らう事から七夕系のネタでよく笑いのタネにされる、パンダだ。

実はウサギとか狩猟して食っちゃう、パンダだ。

とりあえずもう1回。

パンダだ。

「パンダだ……」

何故だ、何故パンダがこんな所に……

ってか、待て、そこじゃない。もっと々……

「うん、ヘルはパンダ。でもただのパンダじゃない」

「その通り。俺は、いわゆる『魔パンダ』って奴だ」

何だ魔パンダって。

パンダの種類って言えばジャイアントかレッサーかタレだろう。魔って何だ。

「魔パンダ……?」

「パンダの『魔獣種』。それを魔パンダって略してるだけ」

魔獣種。

そういや、この世界の教育番組的なので、そんな単語を聞いた気がする。

生まれつき魔力の量が多いと、その影響からか極端な突然変異を起こして生まれてくるモンスターがいるらしい。

それが、魔獣種。

魔人についても、『人間の魔獣種』が種族として立したモノでは無いかという説があるんだとか。

……いや、いくら突然変異っつっても、限度ってモンがあるだろうよ。

つぅか外見はまんまただのパンダじゃねぇか。

あ、でも直立二足歩行して人語を理解してしかも喋れるって事は、の方は通常パンダより大分変異してるのか。

「まぁ何だ、新り」

魔パンダことヘルが、相変わらずのイケボで俺に語りかけてきた。

「何か困った事があったら、俺を頼りな。執事供は忙しくて、新人のために割ける時間はねぇだろうからよ」

俺は基本暇だぜ? とヘルが笑う。

「お、おう……」

まぁ、何だ。々とおかしい點はあるが、何か良いパンダっぽいな。

「あ、だが、それなりに見返りはいただくぜ」

「見返り?」

「ああ、俺を頼るなら、報酬として……」

何だ、笹か?

「誠心誠意、俺の顎の下をナデナデしてもらう」

あ、ダメだこいつ。

聲めっちゃ渋いのに超可いこいつ。

自分よりデカい生き、しかも熊相手にこんな気持ちになったのは初めてだ馬鹿野郎。

もうあれだ、ちょっとでちまおう。

「あ、おいコラ、俺はまだ何もしてないのに何で顎の下を……あふぅ、ごろにゃあああぁぁぁ……」

「ヘル、気持ち良さそう」

「おふぅ、やるじゃねぇか新りふふぅん……中々のテクニシャあああぁん……」

ただ何だろう、渋い聲のぎ聲って、ちょっと気持ち悪いな。

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