《無冠の棋士、に転生する》第15話「類は友を呼び、才は惹かれ合う」
桜花がトイレにたどり著いたのはアニメイトを出て10分としが経った頃だった。
彼は自分が生まれつき他人より記憶力が優れている事を理解していた。學校の勉強でも、そして將棋においても一度覚えたものはなかなか忘れることがない。
そんな彼だが、道を覚えることに関しては苦手だった。何故ならば彼は歩く時はいつも何かに集中して周りを見ていない。例えば大好きな姉との會話、例えば頭の中に思い描く子供らしい空想。
通學路のような毎日歩く場所ならともかく、一年に數える程度しか訪れることのないショッピングモールなどは彼にとっては迷路でしかなかった。
トイレを済まして、指の先から指と指の間まで丁寧に手を洗う。大きな音をたてる乾燥機で手を乾かして、「早くアニメイトに戻らないと」なんて考えながらトイレをあとにする。
「……ここどーこー?」
桜花の前には見覚えのない風景。ショッピングモールの端にあるトイレの前。ここまで自分の足で歩いて來たにも関わらず彼は迷子になってしまった。
姉であるさくらが待つアニメイトからここに來るまでの道順を思い出そうとするが、それは無駄な労力で終わる。
「多分二階……だった……はず」
吹き抜けの天井から見える二階フロアを見上げ呟く。なんとなくだがエスカレーターを使い一階まで降りた気がする。そんな微かな記憶から推測した。
とりあえず歩いてみないことには何も始まらないと、桜花は歩み始めた。
このショッピングモールは地域では最大規模を誇っており、東西に縦長く広がっている。また南と北にも通路を経て別館へと行くこともできるため、田舎にあるとは思えないほどの巨大な建となっている。
またこの一帯の地域で最大規模であるということは、それだけ人で賑わうことでもある。今日は土曜日。家族連れや學生が友達と遊びに來ていたりと、多くの人が行き來している。
「あら、お嬢ちゃん。お母さんやお父さんは?」
小學一年生の児が一人で歩いていることが気になったのか、優しそうな老婆が話しかけてきた。
「おねぇと友だちと一緒にきたの。でもおねぇ達が迷子になったから探してる」
とりあえず人のせいにする。
迷子になったなんて恥ずかしくて正直に言えないお年頃の桜花であった。
「そうなの。それは困ったわね。じゃあここで待っててね。店員さんに事話してくるからね」
老婆は桜花の言葉を鵜呑みにすることはなかった。桜花の方が迷子なのは明らかであるため迷子センターに連れて行ってあげようとしたのだ。
しかし桜花は。
「いーです。自分で探すからー」
と言い殘して、老婆に背を向けて走り去った。背中には老婆の心配そうな視線をじたが、ちょっぴり人見知りする桜花には優しそうな老婆とはいえお世話になるのが嫌だった。
一度駆けだしたらなかなか止まらないのが子どもである。桜花もその例にもれず、自分の限界までショッピングモールを駆けた。
そして息が切れたので立ち止まり、壁によりかかる。肩で大きく息をして、呼吸を整える。
「……あれ、ここどこ」
そしてまたよくわからない場所へり込んでしまった。ショッピングモールの中心からはずれ、人の気配が薄い店舗が立ち並ぶ。シャッターが閉じて、出店補募集のチラシがられているところもある。
薄暗い雰囲気に背筋が粟立つのをじる。
早く戻ろうと思い、人の雰囲気がする方向を向いた時に、視界の端にガチャガチャが目にった。
「なんかないかなー」
興味を惹かれ、ふらふらとガチャガチャが立ち並ぶコーナーへと足を踏みれる。
せっかくこんな変な場所まで來たのだから、何かしないと気が済まなかった。
そのガチャガチャコーナーはショッピングモールの辺境にあるためか、子供向けとはいえない渋いものが立ち並んでいた。一回三百円もする大人向けの高級なものが基準のようだった。
そこには桜花の他にもう一人先客がいた。
獣耳の形取ったデザインのフードを深くかぶった怪しげな人。長は140をし超えた程度だろうか。フードから垣間見える長い黒髪やく見える橫顔から中學生くらいのである事がうかがえる。
「怪しい人には近づいちゃダメっておねぇがいつも言ってるもんなぁ……」
ガチャガチャの前に座り込みひたすら一つのガチャを回し続ける怪しげな。その小柄な格から桜花は中學生くらいかな、と思った。中學生でならそんなに怖くないかなと思い、桜花はガチャガチャコーナーを見て回ることにする。
「『超ゴリラガチャ〜ゴリラ出現率二千%〜』、『バージェス群シリーズ3』、『ダンゴムシ』……イロモノばっか」
姉が好きそうな変なガチャばかりに桜花の期待はだだ下がりになる。実は『ダンゴムシ』ガチャはちまたで人気で都會では品薄なのだが、桜花がそんなこと知るよしもない。
桜花は最後にパーカーのが何のガチャをずっと回してるのか気になり、それを確認してから帰ろうと思った。
パーカーの隣にはタワーになった百円玉が積み重なっている。何がそんなにあのパーカーを駆り立てるのだろうか。
「『海洋道カプセルガチャ〜カプセル將棋バージョン〜』?」
パーカーが回していたガチャは將棋だった。どうやら將棋の駒を模したキャラが出てくるガチャで全部で九種類あり四十集めれば將棋が実際にできるというものだ。歩だけで二十集めなければならない鬼畜仕様に桜花は震える。ちなみに一回三百円。綺麗に揃っても総額一萬二千円だ。
「ん?」
桜花の視線に気づいたのかパーカーが、振り向く。
目が合った桜花はしたじろぐ。しかしそんなことお構いなしとでも言うように、パーカーは懐から財布を取り出した。
「キミキミ、暇ならそこのゲーセンで両替してきてくれないか」
鈴の音のような綺麗な聲でそう言い、財布から一萬円を取り出して桜花に渡した。あまりの唐突さについ桜花は一萬円をけ取ってしまう。
「え……あの……」
「任せたよ。ぼくがここを離れると、殘りのガチャ取られてしまうかもしれないからね。あっ、コインと間違えちゃダメだよ」
桜花は「誰もそんなガチャ取らないと思うよ!?」と心の中で突っ込む。表には出さない。
一萬円札を渡されてしまい、今更嫌だとは言えない桜花は仕方なくゲームセンターに両替しに行った。コインゲーム用の黒のカップをに両替した百枚の百円玉をれ、ガチャガチャコーナーに戻る。
「ありがとう。はいこれお禮」
そう言ってガチャのカプセルを渡される。中はパーカーが回しているガチャのようだ。パカっと開けると中から飛車と書いた服を著ているの子のフィギュアが出てきた。
「飛車……」
「それもう三個目なんだ。余ったからお禮も兼ねてあげるよ」
どうやら余分に出てしまったガチャのようだ。タダだしありがたく貰っておくことにした。
そのあともそのはガチャガチャを回し続ける。その姿がなんとなく面白おかしくて、桜花も隣で膝を屈め頬をついて眺めていた。
普段はし人見知りをしやすい桜花だが、このパーカーに関してはなぜか親近を覚えた。
閑散としたコーナーで、ガチャガチャを回す音だけが響く。20分経つ頃には、百枚の百円玉も底をつきかけようとしていた。また両替に行かないといけないのかな、と桜花が思い始めた時。
「……やっと出た! 見てみて、これがシークレットの玉ぎょくだよ。これでコンプ!」
「おめでとー」
パーカーの手には王とは違いの銀に塗裝されたのフィギアが握られていた。
なんとなくだが拍手をしなければならない気がしてパチパチと桜花は拍手をする。
「しかしキミも好きだね。最後まで付き合うなんてさ」
「珍しくて面白かったよー」
「はははっ、ぼくは大人だからね。これが大人買いってやつさ」
「大人? ちゅーがくせいじゃなくて?」
「確かに背は低いけど、ぼくはこう見えてももう二十歳だよ。というか中學生に見えてたの!?」
桜花は目を丸くさせて驚く。桜花より20センチばかり高い長の目の前のが実は20歳だった事実にだ。下手したら小學校の六年生の先輩よりく見えかもしれない。
深くパーカーを被り、長めの黒髪がはみ出て垂れている。左右での違う長い靴下を履いていて、まるで子どものファッションセンス。姉である桜花を彷彿とさせる人だ。
「まっ、せっかくの機會だし自己紹介でもしようか。ぼくはユサ。キミの名は?」
「桜花」
「桜花ちゃんか。可い名前だね。……桜花ちゃんは將棋知ってるの?」
「……どうしてわかったの?」
「やっぱり。さっき余りのガチャをあげたときに飛車って分かってたし、そうじゃないかなーって思った」
ユサは「そっかーそっかー」とひとりでに納得して、懐から今度は將棋盤を出した。あの懐は四次元ポケットなのだろうか。四次元パーカー。
「これを使ってみたいし將棋指してみない?」
ユサはガチャのフィギュアを指差して、桜花を將棋へとった。パーカーから見えるユサの瞳はまるで桜花の全てを見通すかのようなを帯びていた。
桜花がこれから何度も將棋をすることになる一人のユサ。
これがその出會いであり、初めて盤上で向き合った瞬間だった。
「うーん、負け。強いね桜花ちゃん」
ググッと両手を天にばしてをパキパキとユサは鳴らす。
結論から言えば桜花の圧勝だった。
序盤から優位に立った桜花は、ユサが盤面を整える前に一気に詰ませたのだ。しかし桜花には勝利の喜びの顔はない。
ユサの將棋は気持ち悪いと桜花はじた。桜花がどう指してくるか試しているかのような打ち筋。まるで桜花の好きなように攻めさせてそれを楽しむかのように。
桜花よりはるかに高い場所から見下して――だ。
「ユサユサって……」
「あっ、それってぼくのあだ名? 嬉しいなぁ。ぼくって友達ないからあだ名は付けられたことないんだよね」
自ネタで笑いながらユサは駒をかす。詰み盤面よりし前。桜花が深い読みをちょうど始めた盤面だ。ユサはその盤面を指差して言葉を続ける。
「桜花ちゃんってここから詰みが見えてた?」
「うん」
「そっかー…………もしかしてキミも線ラインが見えてるの?」
「……? よく分からないけどわたしはモヤモヤしてるものを払うじー。こー詰みが見えるとパーっと晴れるの」
桜花はいつもの覚を自分の持つ語彙の範囲で言語化する。覚的にやっていることなので、なかなか言葉にするのが難しいのだ。
ユサはそんな桜花の言葉を聞くとパァと顔を輝かせる。
「へぇへぇへぇ〜〜」
「ユサユサ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「気持ち悪くてごめんねー。でも嬉しくってさ。まさか仲間・・がいるなんて思ってもみなかった」
両足をブラブラとさせて喜ぶユサ。その姿はまるでおもちゃを與えられた子どものようだ。見た目よりく見える仕草。しかし実際の年齢は二十歳と見た目よりずっと歳上の彼。アンバランスという言葉がユサというを最も的確にあわらしている。
ポーンポーン……
ショッピングモールに十二時を知らせるチャイムがなる。の聲による広告付きだがそれを聞く人がいるのかは甚だ疑問ではある。
「十二時…………十二時!? やばい、おねぇ達待たせてたの忘れてた!?」
「桜花ちゃん、誰かと待ち合わせしてたの?」
「えーと大そんなじ。ユサユサ、アニメイトってどこにあるか知らない?」
「アニメイト? それならほら」
ユサが指差す先。通路を出て吹き抜けを挾んだ向こうにアニメイトの青い看板が見えた。
「近っ!! 全然気づかなかった。ありがとうユサユサ。じゃーね」
「うん、ばいばーい」
桜花はしでも早く行こうと駆け出す。姉もルナも優しいから怒ることはないとは思うけど、待たせてしまうのは申し訳がなかった。
「あっ、桜花ちゃん」
「ん、なーに」
急いでいるのに後ろから話しかけてきたユサにしイラッとしながら桜花は振り向く。
「もし次あったら、その時は本気で將棋指そう。さっきのがぼくの本気と思ったら大間違いだからね」
「…………」
コクリと一度だけうなづいてアニメイトの方へ桜花は走っていった。
一人殘されたユサは將棋版とガチャのフィギュアを一つを殘してパーカーの懐に戻す。
ユサは殘した『王』のフィギュアを手でいじり一人呟く。
「『桜花』ちゃん…………彼は『王花』となれるのかなぁ、……なーんてね」
ユサは小さく微笑む。まるで悪戯を思い付いた子どものように。
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