《無冠の棋士、に転生する》第24話「自稱竜王の弟子」
ふわふわとした覚。曖昧な風景。をうまくかせないし、かそうと思わない。明らかにおかしいのに、それが正しいとじてしまう。
これは夢だ。
私は夢を見ている。夢の中で夢だと気づく事を明晰夢と言うのだったかな。
夢の中で私は真っ白な部屋の中で座っていた。
將棋盤の前で胡座をかいて、アゴに手を當てて盤上を見下ろす。
向かい側には誰もいない。
私は一人で將棋を指していた。
駒を持つその大きな手は懐かしさすら覚える。
自分のを見渡すと、立派な袴をにまとっていた。
その容姿は今のような子ではない。
私はプロ棋士。かつては天才と言われながら、魔王の世代に阻まれタイトルを手にする事が出來なかった、そんな男がそこにはいた。
この男は前世の私。
もう名前すら思い出せない。
將棋だけに生涯を費やし、將棋だけに全てのプライドを持ち、そしてその將棋すらも本の天才たちの前で打ち砕かれてしまった。
聲がした。私ではない他の男の聲だ。
いつのまにか3人の男が部屋の中にいた。
私はその3人をよく知っていた。
一際目立つその長。將棋ではなく、バスケやサッカーなんかの屋外スポーツを嗜んでいそうな男。魔王の眷屬――その中でも雙璧と呼ばれるの1人『竜王』だ。
あいも変わらず黒縁メガネを用している黒髪の天パ。雙璧のもう片割れ『叡王』角淵影人。
私がぶっちーと出會っているからだろうか。この男だけは顔がはっきりと見える。
むむむ、思ってたよりもイケメンに長しててびっくり。
そして最後。
二人に比べてし小柄な男。今にも折れてしまいそうな華奢な格。
一見、どこにでもいるような細の男。しかし私は知っている。この男が、この男こそが私の宿敵。
最強の世代の稱される彼らの中でもさらに頭一つ飛び抜けた時代の覇者であり魔王。
『名人』。
幾度とこの男たちと指した。
絶対に勝てないわけではない。
晩年には眷屬たちと順位戦を爭い、彼らを制して名人とのタイトル戦まで進むことはできた。
名人戦でも名人相手に3勝はできた。私は彼らに勝てないわけではなかった。
しかし私はタイトルを一度たりとも手にすることはなかった。
運がなかったのだろうか。
將棋は完全な実力ゲーだと言われている。
ゆえに運なんてものに縋るほど私は將棋に対して軽く向き合ってはいなかった。
勝てるが勝ちきれない。
最後の1勝が取れない。
名人が私の前に座る。
そして駒を取り一手指す。
彼はまるで全てを理解してるかのように指す。彼の將棋は悪魔だ。どんなに強い一手を指してもまるで効いてないようにみえる。絶対に越えることのできない壁が圧殺しようと押し寄せてくる、そんな將棋だ。
氷のように冷たく、心がじられない。
ゆえに世間は彼を魔王と稱する。
私だって彼のことを魔王と呼んでいた。
私の前に何度も立ちふさがり、タイトルに君臨していた男。
私は自分を勇者と名乗るつもりはの先ほどもないが、彼は勇者の前に立ちふさがり絶を撒き散らす魔王そのものだった。
とはいえ彼も無敵ではない。
彼は圧倒的な強さを持っていたが、私にも、そして眷屬にも負けることはあった。
それは魔王の気まぐれかもしれないが……。
結局のところ、私が弱かったのだ。
大事な場面で勝ち切れず結果を殘せない。
だから私は無冠の棋士だったのだ。
――だが、私はこの世界でも敗北者になる気はさらさらない。
私は名人の一手に対抗する手を指す。
今度こそは、今世こそは彼らの上をいく。
私の一手を見て名人は微笑する。
普段は笑う事どころか表すら変えることのない彼が唯一かすかにその表を緩ませる瞬間。
それはいつも私が會心の一手を指したときだった。
■■■
「……知らない天井」
寢汗でしっとりとするTシャツが気持ち悪い。
ベッドから起き上がり、辺りを見回す。
時計の針は16時をし回ったところだった。3時間くらいお晝寢をしてたことになる。いやーしかし変な夢だった。ぶっちーがイケメンなのが笑える。
「……そういえば倉敷のホテルに著いたんだっけ」
私は朝からし熱っぽかった。だからホテルにチェックインすると同時に私は部屋のベッドで橫になった。
桜花とルナは神無月先生とそのまま観に行った。私の看病したがってたけど、せっかくこんな遠くまで來たのに私のせいで観できないのは勿無いし、お土産だけお願いして観に行かせた。
お母さんが私の看病をしてたはずだけど見當たらない。し出かけてるのかな。
「渇いた」
が水分をしていた。
確か寢る前にお母さんがペッドボトルの飲みを買ってくれていたはずだ。
探すと、枕元に空のペットボトルが置かれていた。
そういえば寢る前に飲み干したんだっけ。
「んぅあ……」
ベットから起き上がり、バックから財布を取り出す。
桜花とお揃いのクマちゃん財布だ。
1階のフロントに自販売機があったはずだ。
一眠りして調もだいぶ良くなったしいても問題ない。
元気が一番だね。
エレベーターを使い1階まで降りる。
フロントのおじいちゃんとおしゃべりしながら、買ったポカリを飲む。
がカラカラな時のスポーツドリンクってなんでこんなに味しんだろう。
「お嬢ちゃんも明日の將棋大會にでるんじゃな。頑張るんじゃぞ」
「うん、任せといてー」
「ほれ飴玉食べるかい?」
「食べるー」
レモン味の塩飴貰った。
いいよね〜塩飴。汗で失った塩分補給できる便利アイテム。桜花は塩飴あんまり好きじゃないらしいけど。
「そうそう。將棋といえばそこの機で將棋指してる子がいるよ」
「ほん?」
貰った飴を口の中で転がしながら振り向くと、2人の年が盤に向かい合っていた。
1人は黒縁眼鏡の角淵。今日も今日とて安定のキャ顔だ。將棋をしている時の彼は特に暗い。ネチネチとめてきそうな顔。
角淵の相手をしているのは誰だろう。
角淵と同じくらいの年頃の男の子だ。
小學生なのに髪にメッシュれてるよ。怖い。いまどきアニメのキャラでもこんな子供の髪とか染めないよ。
これはあれだね。超キャな匂いがプンプンする。
あんまり近寄りたくない。見つからないうちに部屋に帰ってお寢んねしよ。寢る子は育つ。目指せ長5メートル。
「あれ、さくら。調はもう良くなったんですか?」
角淵に気づかれた。
流石に無視するわけにはいかない。
無視はいじめの始まり。いじめダメ絶対。
「だいぶ良くなったよ。ぶっちーは電車酔い大丈夫?」
「何時間前の話だと思ってるんですか。というか、ぶっちー言わないでください」
「にひひ、角淵くんもしつこいね。観念してぶっちーになっちゃいなよ、ユー」
「しつこいのはあなた方でしょ……」
角淵にジトっと睨まれる。
相変わらず頑固だね。將棋する子は我が強くて困る。もっと素直になった方が可いのにね。
「……影人。その子はお前のガールフレンドか?」
赤メッシュの男の子の第一聲が、それだった。
「ルナちゃんという馴染がいながら他のの子とも仲良いとかお前はあれか。ハーレム系漫畫の主人公か!」
「イヤ、別にさくらはただの同じ県代表なだけですよ」
「県代表ぉお? このちっこい子が?」
私を指差して赤メッシュの男の子がぶ。
ちっこくて悪かったな。將來は長5メートルだから首洗って待っとけや。
「……影人。お前今年は県大會2位だったな。まさかお前このちっこい子に負けたのか! 噓だろ! こんなにちっこいのに」
「ちっこいちっこいうるさい! 私が歳下だからって何言ってもいいと思ってるの!」
角淵に初めて會った時もムカついたけど、こいつはもっとムカつく。ムカっとプリキュア 。
おやおやぶっちー。なにそのめんどくさいことになったなーって顔は。間違って混ぜちゃダメな洗剤を投口にれちゃったよどうしようって顔は。
「ちっこいお前、名前は?」
「空亡さくら。というか自己紹介は自分から名乗るものだよ!」
「オレか? オレは飛鳥あすか翔しょう。あの竜王の弟子! …………になる予定だ」
予定かよ!
リザベーション系男子!
あの人はトッププロとして多忙なはずだから弟子はとらないと思うんだけど。
「お前も県代表なら明日オレと対局する可能があるってことか。は〜マジかよ。お前といいルナちゃんといい最近は子が將棋するの流行ってんのか? 子は負けるとすぐ泣くから嫌なんだよなぁ」
「……ねぇ、角淵くん。こいつぶっ倒してもいい?」
「……良いですけど、ボク帰っていいですか?」
角淵は後方勤務がご希かね。
もちろん逃さない。ついでにその椅子を半分譲ってもらおうか。
「やる気満々なところ悪ぃんだが、オレは大會以外じゃ子とは將棋指さないって決めてんだ。明日の大會で頑張って勝ち抜けてこられたら指してやるよ 」
傲慢にもそう言い放つ飛鳥。
……薄々じてたけど、こいつ魔王の眷屬だよな。
角淵と仲の良い將棋指しという時點で怪しい。私の覚がアラームを鳴らしている。
誰だ。『棋聖』か『王位』か……。角淵と仲が良さそうなところから『竜王』の可能もあるか。
まぁ、誰でも良いや。倒すことには変わりない。
私の経験値になってもらおう。
「うん、わかったわかった。じゃあ振り駒していい?」
「話聞いてたかお前!?」
「さくら。翔は絶対に指しませんよ。諦めて下さい」
「ぶっちーは黙ってて!」
明日絶対に指せるとは限らない。
眷屬と將棋できるチャンスを易々と逃すわけにはいかない。
「もうボク部屋に帰っていいよねこれ。というか帰りたい」
私の隣で角淵が窓の外を見てそう呟いていた。
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