「というのは、もちろん冗談です。あの質問の真の意図は、ですね」

田中先生が可笑しそうな表を浮かべたまま、何故か優しそうな眼差しを遠くに向けていた。そして時計に目を走らせている。そりゃ、オレにとっては記念すべき局一日目だけれど、田中先生とか他の人には「日常」の慌ただしい朝でしかないのも事実だろう。獨占しておくのも悪いような気がした。

「そうなんですか……。だったら安心しました」

経済のこととかは大學の一般教養で終了していたのも事実だが「世界の」香川教授の元には國はもとより海外からも患者さんを迎えれるということで有名だった。だから、當然それなりの教養が求められたのかと思っていた。

「ま、その話は手の後でしますね。晝食の時にでも……。もしかしたら、時間が取れないかも知れませんが」

時計を見た田中先生は急に真剣そうな眼差しへと変わった。

外科醫の正念場が手なのだから、ある意味當然かもしれないけれどもその切り替えの早さとか、全から漂う真剣さは「現役」の強みなのだろう。

「あ、遠藤先生、久米先生のことを宜しくお願いします」

醫局には手に向かうと思しき先生方と、そうでない人が畫然と別れていた。

前者の方が輝いて見えるのは言うまでもないし、そのの中にるためにここに立っている。それに香川外科ではアメリカ式の合理主義を貫いている。だから実力が教授の――高すぎるかも知れないけれども――お眼鏡に適えば手スタッフに選ばれるだろう。

現に白を翻して醫局を出て行った田中先生は研修醫からの抜擢だった。モニタールームで見ていた限り、醫局のトラブルを解決に導いたからというような溫人事とも思えない。そういう點ではシビアな評価を下す教授だと聞いているが、患者さんの命に関わることなのである意味仕方ない。

「久米先生、どうも遠藤です。どうですか？教授の懐刀とか醫局の小姑とも呼ばれている田中先生の印象は……」

いかにも研究者というじの遠藤先生が――といっても何となく育會系の頭にが上ると怖そうな気もした――気さくなじで話しかけてきた。

「良い先生ですよね。頼り甲斐の有るお兄さんみたいで。あ、私は一人っ子なので、そういう存在に憧れていたので嬉しいです」

遠藤先生が（おや？）と思ってそうな表で返してきたが、それがオレの本音だった。

そりゃ、目出度く社會人になったのだからホンネとタテマエを使い分けなければならないことは分かっていたが、今のは本音中の本音だ。

ほんの一瞬だったけれども、からかわれていたけれども直ぐに打ち消してくれた。

そういう優しさというか、懐の深さみたいなモノを垣間見ると――ちなみにお母さんが蛇蝎のように嫌っている、お父さんのお姉さん、俗に言う小姑のような険さは微塵もじられなかった――割と悪意が籠っているじの「醫局の小姑」という言い方は違うような気がした。懐刀というのは當たっているだろうが。

多分、醫局のことを考えて、敢えて嫌われ役というか苦言を呈しているだけだと思う。

そしてそれを宥めるのが柏木先生とか黒木準教授なのだろう。

あっと言う間に――もう目まぐるしくすべきことを遠藤先生とかナースの皆様に教わっていた――晝食の時間になった。

醫局に、手スタッフが戻って來たので無意識に田中先生の長を探してしまった。

すると。