「きゃあ！」

ペンシルバニアはに走る激痛に思わず悲鳴を上げた。

激痛と同時に艦も大きく揺れ、被弾したことを認識する。先ほどの魚雷の傷に響きはするが、それほど大きなダメージではない。

「ただ、この程度では私は止まらないわ！」

腹部から流れ出るを気にすることなくペンシルバニアは立ち上がった。彼が被弾したのは艦首の錨鎖庫付近だ。

この時、四十六センチ砲弾は艦首の甲板をいとも容易く打ち抜き、艦の下部に位置する錨鎖庫に侵。そこで発した。

発した瞬間、中の錨鎖は々に吹き飛び艦から盛大な音を立て錨が著水。そのまま沈んでいった。

この被害は錨鎖庫に留まり、他の箇所や艦腹にを空けるようなことがなかったのは運が良かったと言えよう。どこかに引火でもしたのか多量の黒煙も発生している。

しかし、戦闘面では何の支障も無い。

「主砲発準備用意レディ！」

拳銃を構えながら言い放つ。

ペンシルバニアの目には遠くに浮かぶ大和の巨軀を見據えつつ、タイミングを待つ。

「ファイヤー！」

その瞬間、艦の前部と後部に配置された計八門の３５．６センチ砲が一斉に火を噴く。

數多くの優秀な砲が誕生してくる中で未だに使われるこの砲は、ペンシルバニアが持つ最高の牙であり、彼はこの砲こそ世界最強だと考えていた。

これには彼なりのしっかりとした理由がある。

３５．６センチ砲はかなり古くから誕生しており、時代を経る毎に使いやすさ、信頼、整備など様々な點で発展してきた砲だ。逆に言えば、一番安心して仕える砲塔と言っても過言ではない。確かに威力だけでは引けを取るかもしれないが、兵として考えれば決して引けを取るものではない。兵というのは威力などだけでは測れないのだから。

ペンシルバニアの砲塔はその事を訴えるかのように傲然と砲弾を撃ち出した。

これと同時に遠方でもポウッとが見えた。大和が主砲を斉したのだ。

時刻は既に二十時半を回ろうとしており、辺りはすっかり暗くなっている。天には満點の星々が輝き雲一つ無い。その中での斉のはしくも儚いものであった。

しかし、そのもあっという間に僚艦の砲撃の水柱が包みこむ。どの艦のものかは分からないが、挾叉はしているようだ。

「さて、次はおそらく被害が出るわね」

先ほどの砲撃があれだけの被害で済んだのはただ単なる幸運だ。

しかし、幸運は続かないからこそありがたみがあるもの。次は確実に二発から三発の命中段が出ることはペンシルバニアには分かっていた。

日本海軍の散布界は米軍のものと比べ狹い。故に一回の斉で複數の砲弾が命中するのだ。この散布界というものは簡単に言えば、砲弾がどれくらい拡散するかという指標である。

大和の周囲の水柱が収まり、大和が姿を現すが特に大きな変化は見られない。挾叉に留まったようだ。おそらくは次から大和を斉が襲うことになる。

敵弾の飛翔音が大きくなってくる。その轟音はどこか故郷を通る大陸橫斷鉄道の走行音にも聞こえた。

それらが耐えがたいほど大きくなった直後、敵弾が周囲に著弾。

同時にペンシルバニアのにも今までにじたことのない激痛が走り、艦が大きく振する。

「があっ！　げっほ！」

が肺からせり上がってきて甲板に吐する。見れば肺の付近に大きな傷が出來ており、人間であれば確実に致命傷となっている傷だ。

しかし、彼は艦魂。たとえ、人間にとっては致命傷であっても彼にとってはそれは致命傷ではない。一見、それは多の傷を負っても耐えられる丈夫なと捉えられるが逆を返せば、それだけ長い間苦痛に耐えるという恐ろしいものである。駆逐艦のような小型艦であれば、苦痛は短くて済むが彼のような大型艦は悲慘だ。場合によっては中を切り刻まれても息があると言うこともある。

「煙路に被弾か……。いや、下手をすると缶室にまで被害が出たわね」

自分のの狀況を冷靜に捉える。先ほどから左足が思うようにかない。足に問題が無いことから彼の心臓部、缶室に被害が出たと考えたのだ。

実際この時、４６センチ砲弾は彼の中央部と後部を襲った。

それぞれの箇所に一発ずつが命中。中央部を襲った砲弾は煙路にったところで発。煙路を破壊するだけには留まらず、その発力は煙路を逆流していき、艦の下部にある缶室を襲った。

一瞬で缶は破壊され部から高溫高圧の蒸気が所構わず噴き出した。これらは缶室で働いていた機関員達を容赦なく襲い、蒸し焼きにしていった。

傷ついたを引きずって大和の方を見る。すると艦の前部と後部から黒煙が上がっており、時折炎も見える。

ペンシルバニアは有効打ではあったが敵の戦闘力を奪うに至ってはいないことは直で分かった。

「日本海軍もやるわね！　でもまだよ！」

そう言って彼は傷ついたにむち打って斉を行う。

一瞬だけ艦の煙を吹き飛ばし、被害箇所があらわになるがその事を気に掛けるほど彼に余裕はなかった。

ペンシルバニアが斉をするのを待っていたかのように大和も同時に斉を行う。前部と後部にが見え、大和の戦闘力を奪っていたいことがはっきりと確認できた。

直後、今度は僚艦の砲撃が大和に殺到。周囲を白い壁で囲う。中で発炎らしきものが見えるが水柱が邪魔ではっきりとは確認できない。

そうこうしている間に敵弾の飛翔音が聞こえ始めた。

（まずい！）

何故かは分からないが本能的にそうじ取った。

それはペンシルバニアに座乗していたキンメルも同様であった。

「総員、何かにつかまれ！」

艦長でもないのに勝手に指示を出し、その時を待った。

飛翔音が耐えがたいまで拡大した直後、今までに無い激痛がペンシルバニアを襲った。

「ぎゃあああ！」

今回ばかりは痛みに耐えきれず甲板上を転げ回る。主に痛みは足と手だ。

見ると右手と左足が丸ごと吹き飛んでいる。

「や……られ……た」

思わず呟いた。

この時の砲弾は主に艦橋の手前と艦尾を襲った。

艦橋手前に落ちた砲弾は、第二砲塔の天蓋を貫き砲塔で発した。

その瞬間、艦橋はカリフォルニアを襲った大地震のように揺れ、電燈がチカチカと明暗を繰り返す。

キンメルも思わずその場に倒れ込み、頭を壁にしこたまぶつけた。

「長！」

すぐにスプルーアンスがキンメルを抱き起こす。スプルーアンス自信も額からを流しておりどこかにぶつけたことが分かる。

「第二砲塔、火薬庫に急ぎ注水せよ！」

艦長はキンメルに構うよりも先に自艦の安全を図るため、火薬庫への注水を命じた。

この発力は砲塔を全壊させるだけに留まらず、周囲の電路をズタズタに切り裂きいた。これにより第一砲塔は撃指揮所との電路を斷ち切られ、管制撃が不可能となる。

艦尾を襲った砲弾は甲板を貫通。左舷の軸室を襲った。ここで発した砲弾は左舷二機の軸をへし折り、推進力を奪う。

これにより艦は勝手に右へ右へと勝手に進んでしまうようになった。

「だ……けど、さっきの…砲撃がある」

そう言って大和を見つめるが、ペンシルバニアの弾著は大和の遙か手前に著弾した。

「どう……して？」

実は先ほどの煙路を被弾したときに後部を襲った砲弾は左舷艦腹付近で発。浸水を起こし、気付かぬ間に傾斜が起きていた。彼はそれに気付かず発を行ったため、標準が狂ったのだ。ペンシルバニア艦長はすぐにそれに気付き、右舷隔壁への注水を命じた。

「でも……まだ！」

そう言って殘った左手で拳銃を持ち、砲撃を行う。

後部からのみ砲聲が聞こえ、大和に向け四発の砲弾を発。それに続くように前部の第一砲塔も砲撃を行う。

しかし、ここまで浸水による傾斜や推進に被害の出た艦がろくな命中を出せるはずもないのは誰の目にも明らかであった。

大和は六隻の米艦から狙い撃ちされても全く微だにせず、ペンシルバニアに向け主砲を斉する。

しかし、ペンシルバニアが被弾して右に進んでいるためか砲弾は左舷前方に著水。派手な水柱を挙げるに留まった。

ペンシルバニアの砲撃も全弾、大和の手前に著水。無駄弾となる。

「ファ……イヤー！」

もう、ペンシルバニアに先ほどのように元気な聲を出す力は殘されていない。

その聲と同様に砲聲も後部からしか響かなくなっている。第一砲塔は測距中なのか撃たない。

そうこうしているうちに大和が斉を放った。闇夜にるおぼろげな。何故であろうか、それがペンシルバニアには誕生日の時のケーキのろうそくのに見えた。

「きれい……」

ぽろっと呟いたその言葉は、４６センチ砲弾の飛翔音にかき消される。

（私はここで沈むんだ……）

次の砲撃が自分にとって止めになる事をペンシルバニアは何となく悟った。

（やっぱり最新鋭の兵には敵わないか……）

３５．６センチ砲が最強と考えていても思い通りにはならなかった。

冷靜に考えれば進水は１９１５年。今から２０年以上前の老齢艦だ。最近出來たばかりの新鋭艦には敵わないのは至極當然といえば當然であった。

かつて合衆國海軍最強と謳われた戦艦も時が経てば老齢艦になる。

心の底から分からされたのは敵艦の砲弾によるものであった。

思うことは々あるが、飛翔音が徐々に大きくなりもうそう長くはないことが分かる。

「きれいね……」

ペンシルバニアの周囲に著弾。

砲弾の一発が第一砲塔を捉えた。天蓋を突き破った４６センチ砲弾はそのまま艦奧深くに侵。第一砲塔下部にあった火薬庫で発した。

その瞬間、周囲の裝薬が一気に。艦橋にいたキンメル達はまるで目の前に炎の壁ができあがったかのような錯覚に陥った。同時に艦の電気が全て消え、辺りは真っ暗闇になる。

同時に竜骨が耐えきれず破砕。艦は真っ二つに折れ、前部はあっという間に沈んだ。後部はしばらく海上の松明となって浮かんでいたが、やがて多量の蒸気を上げながら前部の後を追った。

米太平洋艦隊旗艦の最後であった。