《第二部『権謀數の救済』》

１　白空間

そこはどこまでも真っ白で、小さな染みの一つもない潔癖な空間だった。

今まで死んでいった大量の人間の悲痛なびも、機械都市の南端に鎮座していた巨塔が崩れ去った時の虛無も。

その場所では全てが白に溶け、時間は過去も未來も現在も、混ざり合い、曖昧になって緩やかに流れている。

ある種、神的なその空間には、綺麗な白髪をツインテールに結んだと、その前にひざまずく白の鎧を著た年の二人だけが存在した。

「――名前を與えなければならないな」

は年を見下げ、嬉しそうに言った。そのい顔に浮かぶが本ではなく、あくまでシミュレートされたものであることを年は知っている。

「……不本意な話ですけどね」

年は諦観したように呟いた。

彼は口元以外を覆う仮面を被っており、その表は見えない。

だが忠誠を誓うようにひざまずく姿と、その心底不本意そうな聲に大きな矛盾があることは誰にでもわかった。

「むぅ。そろそろ、その不機嫌そうな態度をやめる気はないか？」

白髪のは頬を膨らませて、白鎧の年をジト目でにらむ。

「我は話し相手がしかった。そしてお前は――我を殺したかった」

は白の空間を軽やかに歩き回る。

そのたびに、彼のらかな髪がふわりと揺れる。

その様子を白鎧の年は仮面越しに目で靜かに追っていた。

「ならば、ここらが良い落としどころだろう。お前のみ通り、機械都市南端に立つ報制塔『オール・プレス』は地に伏した。どこに不満があるというのだ？」

「……主に、その『オール・プレス』の中核である模擬人格プログラムにトドメをさせなかったどころか、僕までデジタル化されて取り込まれてしまったこと、ですかね」

「それについては諦めろ。言っただろう。『我はもっと、お前と話をしたい』と。だからこそ、あの発によって塔が崩れる前、我の制下にあった小型機械生ドレッドメタルたちに、お前の神をデータとして出し、この空間に転送させるように命令を下したのだ」

楽しそうな様子で可い笑顔を浮かべた――『オール・プレス』は白鎧の年をおしそうに見つめる。

「てっきり、飛びかかってきた四足型たちは、ぼくを殺して破を止めようとしていたんだと思っていましたよ」

「そこがお前の甘さだよ。あの狀況ではどれほど善処しても、イグジア弾による共鳴発は止められなかった。それならば、數の機械生ドレッドメタルによる同時生スキャン、報転送を行うことによって、お前を電子化する方が遙かに功率が高かった」

「でもまさか、こんなことが実際に可能だとは……」

「機械生ドレッドメタルの技を甘く見られては困る。人間一人の神・人格報など、數秒あれば完全に抜き出すことが可能だ。問題は、その數秒で抜き出せてしまうほどのない報量の中に、機械生ドレッドメタルたちが人間に憧れる理由である『矛盾』が矛・盾・な・く・、存在しているということだ」

白鎧の年の周囲をぐるりと一周した『オール・プレス』は再び元の位置に戻ると、顔を上げた年と目を合わせる。

「とにかく、もう我とお前は運命共同だ。お前は今や人間ではなく、我のサブプロセッサーなのだからな。我の意向の無視、命令への反抗、自壊の不許可。それらはお前という報存在の中にプログラムとして組み込まれている」

「いっそ、殺してもらえたりしませんか？」

「ありえないな。別にそこまで目の敵にしなくてもいいだろう？　我は報制塔ハードを失い、役目から解き放たれた。これからは機械都市に與するわけでもなく、人間に與するわけでもなく、第三の視點から新たな進化を目指す。そのために我はお前の要を聞きれ、もういたずらに人間を殺すこともやめた。だから――」

ひざまずいた白鎧の年の目線の位置までしゃがみこんだ『オール・プレス』は可い子ぶった上目遣いで、

「これからいろいろなことを教えてね。――お兄ちゃんっ」

「どうしてこんなことに……」

白鎧の年の嘆きは誰にも屆かない。

白空間――それは模擬人格プログラム『オール・プレス』が機械都市のデータ通信回路の脆弱を突いて作り出した新たな電脳世界の住まいである。

他者に検知される可能はゼロに近く、萬が一のために千を超える電子防壁が周囲の防を固めている。

「それで、ぼくの新しい名前は？」

年に聞かれて、『オール・プレス』はうーんと人差し指をに當てて、し考えてから何かを思いついたように手をポンとつく。

「今からお前はEKだ！　正式名稱は『EK_ALL_PLESS_SUBPROCCER』！」

その命名を聞いて、年はため息をつく。

「……その名前、安直すぎませんか？」

２　第六區畫

機械都市東京、第六區畫。

周囲には――數えきれないほどの銃聲と斷末魔が響きわたっていた。

數十年間、機械都市南端を防し続けた『オール・プレス』は派手に倒壊し、人類の侵攻拠點『フェイタル・スピア』は超大型浮遊艦という真の姿に変形し、第三區畫まで突貫した。

『フェイタル・スピア』の著陸後、第三區畫は基地に待機していた予備の攻撃派遣隊員たちの手によって安全を確保され、現在は第一、第二區畫と共に人類の作戦拠點となっている。

「――新人オペレーター！　まだ周辺の索敵は完了しないのか！」

一週間前、機械都市第三區畫に人類で初めて到達した第191攻撃派遣部隊第8小隊、元指揮長の亜崎一は廃ビルの階段を単獨で駆け上がっていた。

七階の表示を確認して、一は勢いよくフロアへと侵する。

『ご、ごめんなさいです、指揮長……！　あともうしだけ待ってください……っ』

「さっきから何度そう言えば気が済むんだ！　そのくらいの報処理、マキゼだったら一瞬で――」

インカムに向かって怒鳴ってから、一は自分が発した言葉の醜さに気づいて苦い表を浮かべ、口をつぐむ。

その言葉だけは口にしてはいけない。

死者と生者を比べてはいけない。

わかっている。

新しく攻撃派遣部隊に導された作戦支援用遠隔オペレーターの新人と、天才だった研究者のを比べることは間違っている。

しかしそれでも、一は仲間たちの死を背負って現在も戦っているのだ。戦闘中の作業遅延に対して、それを許すということはできなかった。

「索敵支援は期待できないと思った方が良さそうだな……リコ、回収地點はこのビルの七階で間違いないな？」

『は、はい！　それは絶対に間違いありません！』

インカムの向こうで新人オペレーター、科宮リコが返事をする。

「今のところはそれがわかればいい。屋の機械生ドレッドメタルは自力でどうにかする」

一はエネルギー粒子『イグジア』を用いたエネルギーアサルトライフル『ID-6』を構え直し、廊下を歩いていく。

七階はいくつかの巨大なオフィスルームがあるようだった。

目についたオフィスのドアを靜かに開け、ゆっくりと足音を殺して侵する。

室には埃の被ったデスクや舊世代のパソコンなどが整然と並んでいた。呼吸音も最小限に抑えつつ、部屋の奧へと進んでいくと巨大なガラス窓から外が見えた。

眼下に広がるのは、機械都市第六區畫。

そこで繰り広げられているのは、大規模な人類側の侵攻作戦と――その凄慘な失敗の様子だった。

第六區畫の中央部にはほとんど建が存在しない。

一がいるビルは第六區畫の外周部にあり、中央部の様子がよく見渡せた。

第六區畫の中央部は、おびただしい量の『線路』が敷き詰められた異質な空間となっていた。『線路』には赤いイグジア粒子が流れており、無數の分岐が高速で作されている。

その『線路』をり、向かっていく攻撃派遣部隊の人間を無殘に撃ち殺しているのは、第六區畫の指揮生『ヘル・キャリー』だった。

裝甲列車の形をした『ヘル・キャリー』は七両編で、その全てに無數の機関銃を搭載している。また小型機械生ドレッドメタルの輸送も同時に行い、大量の増援を呼ぶことで周囲の守りを固めていた。