《出雲の阿國は銀盤に舞う》二章(2)
「ね。話、なんかホントっぽいでしょ?」
姉がフフンとドヤる。別にこのネコが出雲の阿國なの、姉の手柄じゃないだろ。そもそも手柄と評していいのかも分からない。
「――で、お前、阿國だっけ?」
俺はベッドの上のネコに目を移す。彼はチーズ鱈を嚙み千切りながら、偉そうな目で俺を見返した。
「事は分かったよ。お前が阿國だってのも、まあ信じていい」
『うむ』
「でもさ、ネコに取り憑いて、なにがしたいわけ? 願いは葉えてやりたいけど、さすがに俺、ネコと結婚はできねえし。まあ、こうなった以上、害もなさそうだからさ、飼うまでなら母さんに頼んでやるけど」
『いや。お前と結婚など免こうむるし、それに家を覗いたが狹い。あたえはこちらで暮らす。うるさい娘がおるがチーズ鱈もたらふく買うてもらえるしの』
「ちょっと、うるさい娘って誰?」
その前に狹い家って誰ん家だ。
『ただ、この世でなにがしたいか。それはもう分かっておる。しかしそれを告げる時節はしばらく待ちたい』
「ナイショっかよ。お前、立場分かってる?」
『いま話しても詮のないこと。まあ、朋時。お前にさんざ様と似た気配をじ取れたのは、なにも筋によるものだけではあるまいよ。いまはそれを確かめたい』
「言ってる意味がさっぱり分かんねえ。協力してやろうって言ってんだからさ、なにをしたいかってくらい言ったら?」
俺は質す口調で阿國を見る。すると彼はチーズ鱈を飲み込み、ふてぶてしい面構えで答えた。
『ま、傾きに來た、と、言っておこうか』
※
夢を見た。
と言っても、それは自分の視點で展開していく普通なものではなく、とてもい頃……、八歳か九歳くらいの自分がいて、それを映畫のように俯瞰して見るような、変わったタイプの夢。
でも、この景はよく覚えている。舞臺は雨上がりの、よく晴れた晝下がり。家は建て替える前のもの。
庭に面した畳敷きの和室で、俺と姉が苺大福を食べながらテレビを見ている景。軒先にそびえる二本の木が日差しから部屋を遮蔽していて、その影はテレビ畫面をちょうど見やすい明るさにしてくれていた。
俺と姉が見ているのは、父さんが現役のフィギュアスケーターだった時代のDVDだった。詳しい経緯は忘れたが、母さんに頼んでよく見せてもらっていたもの。
姉は俺の分の苺大福までモグモグ食べながら、食いるようにテレビのモニターに魅っていた。その映像の中では、ドレッシーなブルーの裝を纏う若い頃の父さんがいる。いつか俺が勝手にクローゼットから引っ張り出し著ようとしたら、「まだ早い」と、ひどく叱られたもの。憧れでもあった裝。
父さんは満員になったアリーナの中央でそれを著て、知らないの人とそっと手を繫いだ。するとそれが合図になったように観客たちは靜まり返り、やがてその白く靜謐なリンクには音楽が流れてきた。
曲は覚えていないが、とても優雅なものだったように思う。
父さんたちはまるで人形のに魂がったようにらかくき始め、鮮やかなのこなしで自分たちの世界を築き上げていった。キラキラしたリンクに、キラキラした二人。アリーナは完全にこのカップルに支配されていて、その一挙手一投足に、俺たちはもう片時も目が離せないでいた。膝を上手く使い音楽に乗って、力強くしく、まるで白いリンクに蕓を描いていくよう。
――俺の父さんだぜ、これ。
俺はいつもそう思い、誇るような気持ちでこのDVDを見ていた。でも俺一人なのは面白くなくて、このときは確か姉にそれを自慢したかったんだ。だから俺はテレビ畫面に目を置きながらも、姉をチラチラ確認していた。
赤いワンピースを著た姉は、苺大福を手に持ったまま、恍惚とした表で映像の中に引き込まれていた。それで俺はますますいい気になっていたんだ。すると、
「また、それを見ているのか」
そのタイミングで父さんが帰ってきて、上著を母さんに渡していた。いつもは厳しい父さんだけど、このDVDを見ている間は俺を怒ったりしない。
「うん。花お姉ちゃん呼んだんだ。一緒に見てるの」
「そうか」
父さんは無表でシャツのボタンを外した。そしてそのまま足をリビングの方に向ける彼に、俺は、「ねえ」と、聲をかけて呼び止めた。自分でも理由は分からないけど、たぶんもうし父さんと話したかったんだと思う。
「俺もこれ、やってみたい」
深く考えず、俺は父さんにそう言った。それまでは俺がなにかやりたいと言っても、いつも冷たい口調で「そうか」としか言われないから、このときもどうせそう返ってくるだろうと思っていた。
でも、違ったんだ。
「お前もやるのか?」
いつも表を欠いた父さんの顔だけど、このときは微かに口角が上がっていた。それはたぶん俺が見た彼の表の中で、一番嬉しそうな顔だった。俺は父さんに認められた気がして喜びが走り、
「うん!」
と、思い切り返事をした。當時の俺はあがり癥でもなんでもなく、割と積極的な格をしていたから、新しいチャレンジにとてもが躍ったのを覚えている。もしかしたら父さんの反応が嬉しかっただけかもしれないが。
でも、きっかけはなんでもよかった。これでアイスダンスを始めたら、俺もあのDVDのように、父さんと同じ舞臺に立てるかもしれない。立ったら父さんがもっと喜ぶかもしれない。だから……。
「お前には失した」
期待を嚙み締めていると、世界は暗転する。
窓の外は大雨で、軒先にあるはずの二本の木は消えていた。隣には姉もいない。部屋は夜のように暗くなっていた。
――いや。
いつの間にか場所が移している。ここは家じゃない。リンク? ペンギンさんスケートアリーナとはまた違って……。緑地スケートセンター? ああ、どうしてここに……。ここだけは……。
頭を抱えるような気持ちでいると、音もなく父さんが俺の前に立ちはだかった。
「父さん……?」
呟くように口にすると、彼はものも言わず、俺の頰を平手打ちにした。パンと音が鳴った瞬間に表ではカミナリが閃き、父さんの表を冷たいで照らし出した。
その顔は昔の父さんではなく、俺を見放したあのときの彼だった。俺のことごとくを否定し続け恐怖を植え付けた、ひどく酷薄な視線だった。
見つめられると竦むような思いが駆け巡り、が直する。
震えてその場に立っていると世界がそこで途切れ、次の瞬間には視界に暗い天井が飛び込んできた。五には現実的な覚が宿っている。
短い息を吐き出し、俺の頭は現実と夢とを區別した。そしていまこの瞬間を現実と認識すると、重く苦しい心配事が気のせいだったときのような、救われた安心が心を包んだ。それにしても……。
俺はふうと息をつく。
それにしても、悪い夢を見た。最悪だ。
起きて上を起こしてみると、シャツがべっとりと気持ち悪くって、冷たくにまとわり付いた。俺は頭をくしゃくしゃとかいて、気怠くそのシャツをぐ。
窓の外を見ると、世界はまだまっ暗だった。にはとろんとした眠気も殘っているし、ひどい熱が出たときのような寢覚めの覚だ。
俺は手探りでクローゼットを開け、そのまま寢間著を取り出して著替えた。そしてシーツを整え再びベッドに潛り目を閉じると、思索にふけった。
考えるのは、やはり記憶に棲み著いたあのとき。
いまはこうしてアイスダンスをやってるけど、もし俺があのタイミングで父さんを呼び止めなければ、また違った未來が待っていただろうか。あがり癥でもなんでもない、違うスポーツや文化系の部活をやっている俺。
【書籍化】ループ中の虐げられ令嬢だった私、今世は最強聖女なうえに溺愛モードみたいです(WEB版)
◆角川ビーンズ文庫様より発売中◆ 「マーティン様。私たちの婚約を解消いたしましょう」「ま、まままま待て。僕がしているのはそういう話ではない」「そのセリフは握ったままの妹の手を放してからお願いします」 異母妹と継母に虐げられて暮らすセレスティア。ある日、今回の人生が5回目で、しかも毎回好きになった人に殺されてきたことを思い出す。いつも通りの婚約破棄にはもううんざり。今回こそは絶対に死なないし、縋ってくる家族や元婚約者にも関わらず幸せになります! ループを重ねたせいで比類なき聖女の力を授かったセレスティアの前に現れたのは、1回目の人生でも會った眉目秀麗な王弟殿下。「一方的に想うだけならいいだろう。君は好きにならなければいい」ってそんなの無理です!好きになりたくないのに、彼のペースに巻き込まれていく。 すっかり吹っ切れたセレスティアに好感を持つのは、周囲も同じだったようで…!?
8 67【コミカライズ配信中】アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~
【コミックス1巻 好評発売中です!!】 平凡な冒険者ヴォルフは、謎の女に赤子を託される。 赤子を自分の娘にしたヴォルフは、冒険者を引退し、のんびり暮らしていた。 15年後、最強勇者となるまで成長したパパ大好き娘レミニアは、王宮に仕えることに。 離れて暮らす父親を心配した過保護な娘は、こっそりヴォルフを物攻、物防、魔防、敏捷性、自動回復すべてMAXまで高めた無敵の冒険者へと強化する。 そんなこと全く知らないヴォルフは、成り行き上仕方なくドラゴンを殺し、すると大公から士官の話を持ちかけられ、大賢者にすらその力を認められる。 本人たちの意図せぬところで、辺境の平凡な冒険者ヴォルフの名は、徐々に世界へと広まっていくのだった。 ※ おかげさまで日間総合2位! 週間総合3位! ※ 舊題『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、無敵の冒険者となり伝説を歩む。』
8 138ライトノベルは現代文!
ライトノベルが現代文の教育要項に指定された20xx年。 んなぁこたぁどうでもいい。 これは、ごくごく普通?の高校生が、ごくごく普通に生活を送る物語である
8 97神様を拾った俺はイケメンになれるそうです
「あなたの特徴は何ですか?」 こう問われたことはないだろうか。 一般的には「背が高い」や「運動が好き」などと答えるのが妥當だろう だがそこには恥ずかし気もなくにこう答える奴がいた。 「イケメンです」 この話は、ひょんなことから神様を拾った主人公の工藤春樹がリアル顔面チートでのんびり?高校生活を送る物語です
8 154山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません
エルキャスト王國北部、その山中で狩人を生業としている少年、ステル。 十五歳のある日、彼は母から旅立ちを命じられる。 「この家を出て、冒険者となるのです」 息子の人生のため、まだ見ぬ世界で人生経験を積んでほしいとのことだった。 母の態度に真剣なものを感じたステルは、生まれ育った山からの旅立ちを決意する。 その胸に、未知なる體験への不安と希望を抱いて。 行く先はアコーラ市。人口五十萬人を超える、この國一番の大都會。 そこでステルを待っていたのは進歩した文明による快適な生活だった。 基本まったり、たまにシリアス。 山から出て來た少年(見た目は少女)が冒険者となって無雙する。 これは、そんな冒険譚。 ※おかげさまで書籍化が決まりました。MBブックス様から2019年2月25日です。2巻は4月25日の予定です。 ※當作品はメートル法を採用しています。 ※當作品は地球由來の言葉が出てきます。
8 169死に戻りと成長チートで異世界救済 ~バチ當たりヒキニートの異世界冒険譚~
エリート引きこもりニート山岡勝介は、しょーもないバチ當たり行為が原因で異世界に飛ばされ、その世界を救うことを義務付けられる。罰として異世界勇者的な人外チートはないものの、死んだらステータスを維持したままスタート地點(セーブポイント)からやり直しとなる”死に戻り”と、異世界の住人には使えないステータス機能、成長チートとも呼べる成長補正を駆使し、世界を救うために奮闘する。 ※小説家になろう・カクヨムにて同時掲載
8 165