《僕の姉的存在の馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜》第二話・5
僕は自分の部屋に戻ると、そこでも香奈姉ちゃんはそのマイペースぶりを発揮する。
まず僕のベッドに橫になり、その近くにあった音楽雑誌を読み始めた。
時間はもう夜。本當なら、明日の學校に行く準備などをしなきゃいけない時間でもある。
「香奈姉ちゃん。明日の準備はできているの?」
「うん。一度、家に帰った時に準備はしたから、もうしなら大丈夫だよ」
その“もうしなら大丈夫”という言葉の意味が、僕にはわからないんだけど……。
普段から、バンドもバイトも両立できているんだから、さすがは香奈姉ちゃんだと思う。
風呂にった後、特にすることもなかったので自分の部屋に戻ってきたが、まさか香奈姉ちゃんも來るとは思わなかった。
てっきり、家に帰るものかと思っていただけに、僕の心の中は穏やかじゃない。
見られて困るものはないけれど、それでも自分の部屋にの子──ましてや香奈姉ちゃんがいるとなると落ち著かない気持ちになる。
「學校の課題とかあるんじゃないの?」
「特にはないけど……。もしかして、弟くんの方で學校の課題とかあったりしたかな?」
「いや、僕の方も特に課題とかはないんだけど……」
「だけど、何?」
香奈姉ちゃんは、僕の方に視線を向けてきた。
ベッドに寢そべったまま思案げに僕の方を向くのは、さすがにっているとしか思えないような仕草だ。
いくら僕のベッドがフカフカだからって、それはやめてほしいな。
しかもスカートの丈が短いから、ちょっといただけで中の下著がチラリと見えてしまっているし。
「まだ用件があったりしたかな?」
「用件がなくちゃ、いちゃいけないの?」
「え、いや。そんな事はないけど……」
「用件といえば、デートの最後にしなきゃいけない事を弟くんはしてないよ」
「デートの最後にしなきゃいけない事? …それって?」
僕は、思案げな表になる。
デートの最後にしなきゃいけない事って聞かれても、特に思い當たるものがない。
どうやら、香奈姉ちゃんの中ではデートはまだ終わってないみたいだ。
香奈姉ちゃんはムスッとした表を浮かべ、ベッドから起き上がると僕に近づいてくる。
「もう! 弟くんは、どこまで鈍いのよ。こんなことの子にさせないとわからないのかな?」
「え……」
僕は、香奈姉ちゃんの次の行に唖然となってしまう。
香奈姉ちゃんは、半ば強引に僕を引き寄せてを押し當ててきた。
途端、ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。
これって、もしかしてキスか?
経験したことのない覚に、僕の脳はすっかりフリーズしてしまう。
「あ……。香奈姉ちゃん。今のって、一?」
「デートの最後にしなきゃいけない事をしただけだけど。どうだった?」
「ああ、いや……。なんというか。いい匂いがして、その……」
僕は、あまりの事に返答できなかった。
まさか、いきなりキスしてくるなんて思いもしなかったからだ。
「私の気持ちは、決まってるから。…あとは弟くんの気持ち次第だよ」
香奈姉ちゃんは、そう言うと僕の部屋を後にする。
僕次第って言われても、一何をすればいいのやら。
とりあえず、今できることは香奈姉ちゃんを追いかけることだけだ。
僕は、すぐに香奈姉ちゃんの後を追っていく。
「あ、えっと……。どこに?」
「今日はもう帰るね。…それじゃ、また明日」
そう言い殘すと香奈姉ちゃんは、そのまま僕の家を後にした。
言うまでもなく僕は、その場で香奈姉ちゃんを見送るしかなかったのだが、キスされた事が忘れられずに、つい自分のに手をれる。
まだ、あの時のらかいが殘ってる。
キスをする相手は、あくまでも好意を持っている相手にしかやらない行為だ。
それを僕にしてくるってことは、つまり……。
う~ん……。考えても埒があかない。
今日はもう、自分の部屋に戻ってさっさと寢ることにしよう。
──翌日。學校にて。
まず僕は、友人の慎吾に昨日のデートの事を説明した。
「──と、いう事なんだ。慎吾はどう思う?」
「俺に聞かれてもな。西田先輩とデートしたはいいものの、滝沢先輩たちと出くわしたのか。その後、滝沢先輩は西田さんに同行を斷られ、お前と一緒にランジェリーショップに行って下著を選んでいた…か」
慎吾は、「なるほどな」と言わんばかりの表でそう言った。
どこにも誤解がなくて、むしろ助かる。
僕は、慎吾の説明に納得がいき、しっかりと頷く。
「うん。端的に話せば、そういう事かな。あ、でも、下著は結局、香奈姉ちゃんに選んでもらったよ。サイズが合わなかったら大変だからね」
「なるほど。大はわかった。西田先輩は、お前のことが好きなんだな」
「いや。それは馴染だし當然だと思うよ。僕も香奈姉ちゃんのことは好きだし」
「そういう事じゃない。西田先輩は、お前を一人の男として意識してるんだって事だよ」
は?
僕を一人の男として意識してるって?
そんな冗談を、誰が信じるんだよ。
僕を一人の男として意識してるなら、僕のことを“弟くん”だなんて呼ばないはずだ。
「そんなはずないよ」
「どうしてだ?」
「香奈姉ちゃんは、僕の姉的存在の馴染だよ。僕のことも“弟くん”と呼んでるし」
「だけど、ショッピングモールでのデート中は“楓君”って呼んでたんだろ?」
「それは、そうだけど……」
「そして、西田先輩のことは“香奈さん”と呼ばせてたんだろ?」
「うん。でも、あの時は……」
あの時は、周囲の人たちの目もあったから、しょうがなかったんだけどな。
「だったら、決まりだ。西田先輩は、確実にお前に好意を持って近づいてきてる」
「え……。でも、そうと決まったわけじゃ……」
「だったら、試してみるんだな」
「試すって、何を?」
「今日の帰りは、西田先輩と一緒に帰るんだろ?」
「うん。そうだけど」
一応、香奈姉ちゃんとは一緒に帰るつもりで、男子校の前で待ち合わせの約束をしているけど途中までだ。今日はバイトがっているし。それに場合によっては無理なこともある。
沙先輩たちとの約束もあるから、來るかどうかもわからないのだ。
「それなら、試しに手を繋いでみろよ。それをやったらハッキリするぞ」
「そんな事できるわけないじゃないか! いきなりで香奈姉ちゃんに失禮だよ」
「まぁ、やるかやらないかは本人次第だ。今のままでいいって言うなら、無理にとは言わないけどな。ただし、周りの先輩たちが西田先輩を放っておくかどうか──」
「…わかったよ。やってみるよ」
僕は、深くため息を吐いてそう言った。
──放課後。
男子校の前には、約束どおり香奈姉ちゃんが立っていた。
子校の制服はこの辺りでは目立つのだろう。香奈姉ちゃんの周りには男子たちが多くいて、香奈姉ちゃんは嫌がることなく、いつもどおりの笑顔で応対している。
これはどうにも近づき難い。
僕が行くことで周りの和やかな空気を破壊しかねないほどの雰囲気だ。…でも、このままってわけにもいかないか。
僕は、一息吐いた後に香奈姉ちゃんに近づいていく。
すると──
「あ、弟くん。もういいの?」
香奈姉ちゃんは僕の姿にいち早く気がついて、聲をかけてくる。
この時の笑顔は、とにかくかわいい。
周りの男子たちの反応とは無関係に、僕は香奈姉ちゃんに笑顔を見せていた。
「うん、もう帰るだけだよ。香奈姉ちゃん」
「そっか。それじゃ、一緒に帰ろう。弟くん」
香奈姉ちゃんは、僕の腕を摑むと強引に引っ張って歩いていく。
「あ、西田さん。話はまだ終わって……」
一人の男子──滝沢先輩は、そう言って香奈姉ちゃんの腕を摑み引き止める。
香奈姉ちゃんは、嫌がる素振りを見せずにハッキリと言う。
「ごめんなさい。私は、あなたと付き合う気はないの。今日は、弟くんと帰る約束をしてただけだから。それじゃ、さようなら」
「そんな……」
香奈姉ちゃんの腕を摑んだ滝沢先輩は、唖然とした様子で立ち盡くし、摑む手を離す。
経緯はよくわからないが、ここに男子たちが集まったのは、香奈姉ちゃんを逃がさないためでもあるようだった。
そして、そこに滝沢先輩が華麗に現れて香奈姉ちゃんに告白しようと思ったんだろう。
結果はうまくいかなかったらしいけど。
當然だ。
何しろ、僕の兄貴が告白してもダメだったんだよ。うまくいくはずがない。
フラれた滝沢先輩には悪いけど、僕は香奈姉ちゃんと一緒に帰らせていただきますね。
香奈姉ちゃんは、俯いたまましばらく僕の腕を摑み歩き続けていた。
『手を繋いでみろ』
と、慎吾はそう言っていたけど、これは手を繋いでいるとは言わないよな。
「あの……。香奈姉ちゃん?」
僕は、思案げな表を浮かべ訊いていた。
香奈姉ちゃんには、わかっていたんだろう。
だから、こう言ってくる。
「お願い。もうしだけこのままで歩かせて」
「うん。わかった」
僕は、香奈姉ちゃんの気の済むまま歩かせることにした。
──滝沢先輩に何を言われたんだろう。
香奈姉ちゃんが、俯いたまま黙って歩き続ける姿などはめずらしいので、絶対に何か言われたんだ。
それが、僕のことなのかどうかまではわからないけれど……。
「…ねぇ、弟くん」
それは、今にも消えりそうな聲だったので、危うく聞き逃すところだった。
ここまで気落ちした様子の香奈姉ちゃんは見たことがない。
「何? 香奈姉ちゃん」
「私は、間違ってるのかな?」
「え? 何が?」
「だから私は、間違ってるのかな?」
何を間違ってるのかサッパリわからないんだけど……。
「何か間違ってることでもやったの?」
僕がそう問いただしても、香奈姉ちゃんは気落ちした様子で
「やっぱり間違ってるのかな?」
と言って、今度はため息を吐く。
ダメだこれは……。僕の話なんか聞いていないみたいだ。
「何を悩んでいるか知らないけれど、気にすることはないと思うよ」
「弟くん?」
「自分の信じる道を歩んでいけばいいんじゃないかな」
「自分の信じる道…か」
「香奈姉ちゃん、いつも言ってるよね。“自分の信じる道を歩むことは大事だ”って。だから、自分のバンドを結したんでしょ?」
「そう…だよね。自分の信じる道を歩むことは大事なことだよね?」
「そうだよ! それが一番大事なことだよ」
「わかったよ。だったら私自のも、自分のやり方で摑んでみせるよ!」
香奈姉ちゃんは、元気が出たのか軽くガッツポーズをしてそう言った。
香奈姉ちゃんの?
一、何を言ってるんだろう。
「香奈姉ちゃんの? それって……」
えーっと。よくわからない事柄が出てきたみたいだけど、何のことだ。
「私ね。最近、気になってるっていうか。好きな人がいるんだよね」
「そうなの?」
「うん! …っていうか、弟くんも気になる?」
「気にならないって言われたら、噓になるっていうか」
それは意外だ。
どんな人なの?
と、聞きたかったが言葉となって出なかった。
香奈姉ちゃんは、僕の顔を見て言う。
「その人はね。いつも遠慮がちでね。控えめって言ったらそのとおりなんだけどね。最近、私のバンドにってくれた人なんだよね」
「そうなんだ」
「それで、今も私のことを“お姉ちゃん”と呼んで私のことを困らせている人なんだ」
「え……。それってまさか……」
それって、僕の事じゃないのか。
「うん。私の好きな人は、弟くんだよ」
香奈姉ちゃんは、立ち止まり僕の方を振り返る。
突然の告白に、僕は唖然となってしまう。
「香奈姉ちゃんの好きな人って僕なの? どうして?」
「弟くんは、いつも私の側にいてくれるじゃない。私がすごく困っている時に近くにいてくれるから、私も頑張ろうって思えるんだよ」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしげもなくさらりと言う。
「そんな……。この間、兄貴に告白されてたじゃないか。しかもそれを斷って……。どうして僕なんかを……」
「それはね。弟くんが、一番私に相応しいって思ったからなんだ。そりゃ、隆一さんは、たしかにかっこよくて頼り甲斐のある人だよ。だけどね、私にはもったいないって思ったんだ。あの人は、私なんかが近くにいなくてもきっと功する人だって、直でわかるんだよね」
「それじゃ、僕は?」
「弟くんはね。たしかに頼り甲斐のない気弱な人なんだけど、私たちの事だけはしっかり守ってくれそうな人に見えたんだ。だから他のの子たちに目をつけられる前に、私が捕まえておかないと……。と思ってね」
「そうなんだ。香奈姉ちゃんは、僕の事をそんな風に見てたんだね」
「別に悪気はなかったのよ。…まぁ、弟くん自が他に好きな人がいるんなら、邪魔するつもりもなかったけど。ただ──」
「ただ?」
「できるなら、他のの子を好きになってほしくないなって──」
香奈姉ちゃんは、そんな風に僕や兄貴のことを見てたのか。
まったく、敵わないな。これじゃ、僕に好きな人ができるわけがないじゃないか。
「安心していいよ。僕には、今、気になる子や好きな人はいないから」
「ホントに?」
「噓は言わないよ」
「怪しいなぁ。ホントに好きな人はいないの?」
「うん。いないよ」
香奈姉ちゃんは、僕がそう言っても訝しげな表で見てくる。
噓をつく理由がないので、僕はあくまでも自然で香奈姉ちゃんを見ていた。すると──
「ズルいなぁ、弟くんは。そんな目で見られたら、信じるしかないじゃない」
「だって、ホントのことだからね」
「そっか。ホントのことか。それならしょうがないか」
香奈姉ちゃんは、そう言って再び僕の腕を摑んだまま歩き出す。
そろそろ、離してほしいんだけどな。
周りの人の視線が痛いんですけど。
「ねぇ、香奈姉ちゃん。いつになったらその手を離すつもりなの?」
「さぁ、いつまででしょう?」
「いつまでって……。これは、さすがに恥ずかしいよ」
「私は全然恥ずかしくないよ。弟くんと歩くんだもん。いつもどおりだよ」
香奈姉ちゃんは、嬉しそうな笑顔を見せて僕の腕を引っ張って歩いていく。
そんな笑顔を見せられたら、僕はもう諦めるしかない。
香奈姉ちゃんの気が済むまでそうさせてあげよう。
僕は、香奈姉ちゃんに腕を引っ張られ、街の中を歩いていった。
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