《僕の姉的存在の馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜》第三話・1
──ある日。
いつもどおりに別室にると、北川奈緒先輩が一人で練習しているのを見かけた。
「やぁ、楓君。今日は一人なのかな?」
奈緒さんは、僕がってくるのに気がつくと微笑を浮かべる。
「あ、奈緒さん。はい、今日は一人です」
「そっか。子校の文化祭までまだ期間もあるし、練習する時間はたくさんあるから、無理しないでね」
「あ、はい」
「その日の場チケットを渡したいんだけど、あたしから渡したら香奈が困ると思うからさ。香奈からけ取ってほしいんだ」
「わかった。その日になったら香奈姉ちゃんからけ取っておくね」
「ホントはあたしから渡したいんだよ。…でも、誤解されてしまうから、その……ね」
たしか子校の文化祭の時に渡される場チケットには、深い意味があるらしい。
僕にはよくわからないが、男子校の男子たちがこう言っていたような気がする。
子校での文化祭を共にしたカップルは正式に人同士になり、一生幸せになるという。
には興味がないと言った奈緒さんでも、さすがにこの意味はわかるらしい。
「よくわかったよ。奈緒さんも大変なんだね」
「いや、別にそういう意味で言ったんじゃなくて、その……。バンドのことで──」
「うん、そうだよね。文化祭での披だよね? そのために練習しているんだよね?」
「…まぁ、間違ってはいないけどさ」
そう。今日は、あくまでもバンドの練習だ。
僕も、ベースを持っての練習目的である。
そういえば、奈緒さんの私服姿は初めて見たかもしれない。
今日は祝日なので、奈緒さんは制服ではなく私服だ。
可さを強調した洋服にミニスカートは、ボーイッシュな奈緒さんの印象からはかけ離れた服裝が意外というかなんというか。被っている帽子も、とても似合っていた。
すると、奈緒さんから──
「ところで今日のあたしの服裝だけど。…どうかな? 似合っているかな?」
恥ずかしげな表を見せ、そう訊いてくる。
なにやら自信なさげな様子。
普段は、そういう服は著ないんだろうな。
僕は、一も二もなく頷いた。
「大丈夫ですよ。よく似合っています」
「よかった。あたしなんかがこんな可い服を著ても似合わないかと思ったんだけどさ」
奈緒さんはそう言って苦笑いをし、自が著ている服を見る。
「何かあったんですか?」
僕は、思案げに首を傾げた。
すると奈緒さんは、僕の方に視線を向ける。
「いや、あたしの弟がね。『姉ちゃんは、いつも男っぽい服裝ばっかりでの子っぽさがない』なんて言われてね。この間の買いの時に、可い服を多く買ってきたんだ」
「なるほど。だからあの時、ショッピングモールにいたんですね」
「実はそういうことなんだ」
たしかに、あのショッピングモールの中で奈緒さんに會った時は、わりと地味な服裝で歩いていたな。周囲の視線もそんなに目立たなかったのは、見た目が男の子っぽかったせいかもしれないが。
「…でも、なんか、いざ『似合ってます』って言われると恥ずかしいな」
「そうですか? ホントに似合っていますよ。とても可いです、奈緒さん」
僕の飾りけのない率直なその言葉に、奈緒さんの顔が赤くなった。
きっと奈緒さんの“弟”さんにも、そんなことを言われたことがないんだろう。
「あ……。いや、その……。ありがとう、“弟くん”」
「いえ、お気になさらず」
ポーッと顔を赤くしている奈緒さんに、僕は笑顔で返していた。
しばらくすると香奈姉ちゃんが別室にってきた。
「やぁ、練習はかどってる?」
香奈姉ちゃんは、いつもの笑顔で僕と奈緒さんに聲をかけてくる。
「香奈姉ちゃん」
「香奈。うん、いつも通りだよ」
奈緒さんは、微笑を浮かべ香奈姉ちゃんに返事をする。
香奈姉ちゃんは、奈緒さんの服裝を見て驚いた様子だった。
「奈緒ちゃん、どうしたの?」
「ん? 何が?」
「いや、いつもの服裝じゃないから、どうしたのかなって」
「ああ、これかい? 弟に『の子っぽさがない』って言われてね。しょうがないから今日は、新しい服裝を試してみたんだよ。…どうかな? 似合っているかな?」
そう言って奈緒さんは、自の可い服裝を香奈姉ちゃんに披する。
すると香奈姉ちゃんは、自信なさげな奈緒さんを見て自分のことのように喜んだ。
「うん。奈緒ちゃん、可いよ。よく似合っているよ!」
「楓君にも同じことを言われたよ」
「え? 弟くんにも?」
「やっぱり、男の子に『似合っている』と言われると恥ずかしいな。香奈の気持ちがしだけわかるような気がするよ」
奈緒さんは、そう言って微笑を浮かべる。
その言葉には、羨のが出ているような気がしたが気のせいだろうか。
「私なんて、いくら可い服裝を著てもそんな事言われたことがないんだけど……」
香奈姉ちゃんは、なぜか不機嫌そうな顔をして僕を睨んでくる。
──いや。そんな顔されても、僕には何のことだかわからないんだけど……。
「なんで、そこで僕を見てくるの?」
「さぁ、何でだと思う?」
そんな笑顔で聞き返されても……。
答えられるはずがない。
逆にその笑顔が逆に恐いんですけど……。
「え、と……」と僕が答えに窮していると、奈緒さんが微苦笑してこう言ってくる。
「まぁまぁ。やきもちを妬いたってしょうがないと思うよ。香奈も楓君も近い距離にいるんだし、お互い気づかないことくらいあってもおかしくないでしょ」
「それは、そうだけど……。だけどね、何か想くらいあってもいいんじゃないかなとは思うんだよね」
「そんな事言われても……。香奈姉ちゃんが著てるものは、なんでも似合っているし。特に言うことでもないかと思って」
「何よそれ。それじゃ、新しい洋服を著ても弟くんには無反応ってこと?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「それじゃ、どういうこと?」
「それは……」
僕は、答えに窮してしまう。
実際、香奈姉ちゃんが著てる服裝はお灑落だし、何を著ても様になってるじだ。
だけどそれを褒めたって、香奈姉ちゃんが素直に喜ぶかどうか疑問なのである。
この間みたいに『適當に言ってない?』と言われるのが関の山だ。
「まぁまぁ。楓君は、香奈のことを“姉ちゃん”と呼んで慕っているんだしさ。それだけでもいいと思うよ」
「それは、私が弟くんのお姉さんになるからしっかりしないとって思ってだよ」
「そうなんだね。あたしなんか、弟から“”と思われてないのか、あたしのことを『奈緒』って呼んでくるんだよ。あたしはもっと繊細なのにさ。あたしも香奈みたく、“姉ちゃん”とかって呼ばれてみたいよ」
「だから、そんな可い服裝で來たの?」
「そんなんじゃないよ。今日は著ていくものがなかったからさ。たまたま、この服裝で來ただけだよ」
「たまたま…ねぇ」
香奈姉ちゃんは、訝しげな表で言う。
きっと香奈姉ちゃんの中では、奈緒さんがに積極的になったと勘違いしているに違いない。
「あたしは、噓は言ってないよ。楓君に見てほしくて、この服裝にしたわけじゃないんだからね」
「なんか怪しいんだよね。奈緒ちゃんは、その辺は大丈夫そうなんだけどさ」
「心配しすぎだよ、香奈姉ちゃん。僕は、奈緒さんのことをそんな風には見ていないから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのかな?」
「いや……。香奈姉ちゃんが心配するようなことにはならないと思うっていうか、その……」
「ふーん……。一応、意識はしてるんだね」
「それは、その……」
奈緒さんも、一応の子だ。そのくらいの反応はする。そりゃ、“一応”ってのは失禮かもしれないが。
「なるほど。あたしは、対象外ってことでいいのかな?」
奈緒さんは、微笑を浮かべながら目の前でちらつかせていた綺麗な腳を組む。
その時にスカートの中が丸見えになっていたが、そこは奈緒さんだ。あんまり気にしてはいないんだろう。
今も、下著が丸見えである。
僕は、なるべくスカートの中を見ないようにして言葉を返した。
「対象外っていうか、僕も男です。誤解を招くようなことには注意するかもです」
「例えば、どんなことかな?」
「例えば、格好と服裝ですよ。そんな短いスカートでそんな格好したら、パンツが見えてしまいますよ」
「あら……」
奈緒さんは、気づかなかった様子でスカートの方に視線を落とす。
そして、恥ずかしいのかなんなのかわからないような笑みを浮かべ
「楓君のエッチ。そういうところはしっかりと見ているんだね」
と言う。
「なっ……」
呆気にとられた僕は、奈緒さんが短いスカートの裾を指でつまんでひらひらさせているのを黙って見ていた。
香奈姉ちゃんは、呆れた様子で「もう! 奈緒ちゃんったら……」と言ってため息を吐く。
奈緒さんはたしかにボーイッシュなイメージだが、普通のの子としての可さもしっかりと持ち合わせている。
香奈姉ちゃんは、黙って見ていた僕に言った。
「ダメだよ、弟くん! の子のスカートの中を見たら──。奈緒ちゃんも、それ以上のはやめてよ」
「してるつもりはないんだけどなぁ、あたしは。…ただ穿き慣れないスカートを穿いてるから、ちょっとね」
「それなら子校の制服はどうなのよ。あれだってスカートだよ」
「あれは、校則だから仕方なくだよ。普段の私服でスカートを穿かないあたしにとっては、ひらひらしててどうにもってじなんだよ」
「そんな事言っても、言い訳にはならないんだからね。弟くんが困るじゃない!」
「そうかな。まんざらでもなさそうだけど」
奈緒さんは、見られることに快を覚えたのか、さらにスカートを指でつまんでひらひらさせる。
これはもう、確実に僕で遊んでいるな。
僕は、すぐに奈緒さんから視線をそらし、ため息を吐く。
「奈緒さんの下著なんか見たって嬉しくないです。そんなはしたない事してないで、練習しましょうよ」
「そう? あたしのでも素直に喜んでもいいんだよ」
そう言うと奈緒さんは、下著をちらつかせしようとする。
あまりにも過激な行に、僕は呆然としてしまった。
しかし奈緒さんの行は、すぐに香奈姉ちゃんに阻まれてしまう。
「こらっ! 沙じゃあるまいし、そんなエッチなことはやめなさい」
「はいはい。香奈は、そういうことにはうるさいんだから」
奈緒さんは、やれやれといった様子でそう言った。
可い服裝だったから、いたずら心に火がついたんだろう。
普段の奈緒さんの格からして、そんなことする人間には思えない。
香奈姉ちゃんは、奈緒さんの行の真意を見かしたかのように言った。
「どうせ自分の今の服裝が似合っているかどうか指摘してくれる男の子がいなかったから、弟くんにしてもらおうとでも思ったんでしょ?」
「よくわかったね。楓君なら、誠実に答えてくれると思ってさ。いつもは著てこない服裝で來てみたんだ」
「もう! 男の子がいるからってそんなオシャレな服著て練習するかな──」
「でも、楓君は『似合ってる』って言ってくれたよ」
「そりゃ、弟くんは事に公平だし、噓は言わないけど……。はよくないと思うよ!」
「だったら、香奈もしてみれば? 好意があるんだったら、そのくらい余裕でしょ?」
「それは……」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうにもじもじしだす。
その仕草に何かを悟った奈緒さんは、にやりと笑い
「その顔は何かあった顔だね」
そう言った。
香奈姉ちゃんは、あきらかに揺した様子で言葉を返す。
「そ、そんな事は…ないよ。ねぇ、弟くん?」
「え、いや……。う、うん……」
そりゃ、一緒にお風呂になんかったら、人同士って疑われてもおかしくはないか。でもあれは、あくまでも香奈姉ちゃんが強引にってきたわけであって、僕がんだわけじゃないからある意味セーフだ。
「あたしはたしかにには興味ないけど、彼氏がいるってどんなものなのか実はしたいんだよね」
奈緒さんは、そう言うと僕の方に近づいて腕を組んできた。そして上目遣いで僕を見てきて──
「──どうだろうか? 楓君。あたしは、可いだろうか?」
「あ、えと……。その……」
もう一回同じことを言わせる気なんだろうか、奈緒さんは。
僕は、普段と違う可さの奈緒さんに戸い、香奈姉ちゃんを見る。
香奈姉ちゃんは、むーっとした表で奈緒さんを見て言う。
「そりゃ、奈緒ちゃんは素が可いから、そうやって言い寄れば簡単に彼氏だってできるんだろうけどさ……」
たしかに香奈姉ちゃんの言う通りだと思う。
僕は、奈緒さんと香奈姉ちゃんの二人の仕草に唖然としてしまい、軽くため息を吐いた。
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