《僕の姉的存在の馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜》第五話・1
いつもの學校帰り。
僕は、普段通りに家に帰ろうと帰宅準備をする。
ん? なんだか校門前あたりが騒がしい。
まぁ、そこに何があるのかわかってはいるんだけど。
僕は、それを知りつつも校門へと向かっていく。
そこには、いつもどおりに男子生徒たちが校門前に群がっている。
僕が近づいていくと、案の定、香奈姉ちゃんがそこにいて、男子生徒たちから聲をかけられていた。
基本的に香奈姉ちゃんはだから、他の男子生徒たちからしたら聲をかけずにはいられないんだろうな。
香奈姉ちゃんは、男子生徒たちからのナンパにも笑顔で応対していた。だけど、やはりどこか困っている様子で苦笑いを浮かべている。
それを見かねた僕は、香奈姉ちゃんに聲をかけることにした。
「香奈姉ちゃん」
香奈姉ちゃんは、僕に気づくと笑顔で近づいてきて腕を摑んでくる。
「あ、遅いよ弟くん。さぁ、一緒に帰ろ」
「う、うん」
僕は、周囲の男子生徒たちの視線に表をひきつらせながら、そう返事をした。
「やっぱり周防を待っていたのかよ」
「なんであいつばっかり……」
男子生徒たちは、羨ましそうな視線でそう言って僕を見てくる。
僕の顔を見て安心したのか、香奈姉ちゃんは迷うことなく僕の腕にしがみついてきた。
「え……。ちょっと……」
「しばらくの間でいいから。お願い」
と、香奈姉ちゃんは、みんなに聞こえないように小聲で囁くようにそう言ってくる。
──まったく。しょうがないな。
僕は、ため息混じりに
「…わかったよ」
と、言っていた。
いつも思うことだけど、香奈姉ちゃんの頼みを無下にできない自分がけない。
「ありがとう。…弟くん」
香奈姉ちゃんは、普段見せている笑顔を浮かべていた。
「──ところで、今日は奈緒さんは一緒じゃないんだね」
しばらく一緒に歩き、男子生徒たちがいないところで僕は口を開いた。
香奈姉ちゃんは、その事を気にしているのか不安そうな顔でギュッと僕の腕にしがみついてくる。
「奈緒ちゃんがいないとダメなの?」
「いや、そうじゃないけど……。いつも一緒だったから、どうしたのかなって思って」
「今日は用事があるって言ってたから、一緒には帰れないって言ってたよ」
「そうなんだ」
「なになに? この私が一緒にいるっていうのに、奈緒ちゃんの事が心配なのかな?」
「まぁ、バンドメンバーだしね。まったく心配じゃないって言ったら噓になるかな」
香奈姉ちゃんの言葉に、僕はそう返す。
すると香奈姉ちゃんは、とたんに不機嫌そうな顔になる。
「…弟くん。前にも言ったよね」
「何を?」
「弟くんは、私以外のの子を好きになったらダメだって──」
「うん。言われたような言われなかったような……」
そう言われてもなぁ。
僕にも、好きなの子のタイプってあるわけだし。
たしかに香奈姉ちゃんは、好みのタイプには當てはまるんだけど、高嶺の花っていうじだ。
どうやら、香奈姉ちゃん本人には、その自覚はないらしい。
「私、あの時、たしかに言ったよ。それなのに弟くんは他のの子の事を──」
「いや、もちろん香奈姉ちゃんと一緒に帰れて、僕は嬉しいよ」
「ホントにそう思ってる?」
「うん。普段は一人で帰ってるからね。香奈姉ちゃんが校門前で待ってくれているだけでも、嬉しいって思っているよ」
「──ホントに?」
「ホントだよ」
「だったら、毎日でも待っててあげるけど」
「ありがとう。香奈姉ちゃん」
「ううん。禮を言うのは、私だよ。──ありがとうね、弟くん」
香奈姉ちゃんは、そう言って腕を組んでくる。
恥ずかしげもなくそうしてくるのは、僕のことを弟のように思っている証拠だ。たぶん香奈姉ちゃんと人同士になるには、まだし時間がかかりそうな気がする。
「ところで今日の練習は、奈緒さんは來るの?」
「うん。練習には來れるって言ってたよ。『いつものあの部屋に集合だよ』って言ったら、『わかった』って──」
「そっか。それなら、いつもどおりに練習できるね」
「いつもどおりって言うけど、弟くんは大丈夫なの?」
香奈姉ちゃんは、怪訝そうな顔をして僕に聞いてきた。
何のことかさっぱりわからないので、僕は思案げに聞き返す。
「ん? 大丈夫って、何が?」
「最近、調子が良くないみたいじゃない。もし本番でもその調子だったらステージに出すわけにはいかないけど。大丈夫なの?」
「え? 僕は、どこも問題なくやれてるよ」
いつもどおりに練習してるだけなのに、変なことを聞いてくるなぁ。一どうしたんだろう。
香奈姉ちゃんは、「あれ? 気のせいなのかな……」っと言いながら、首を傾げている。
「もしかして、兄のことを言ってるんじゃないかな」
「え、隆一さんのこと? …一どういうことなの?」
「実は最近、兄はスランプ気味みたいでさ。あんまり調子が良くないみたいなんだよね」
「そうなの?」
「うん。兄の部屋から聴こえてくるギターの音がね、本調子じゃないって言ってるようなものだったんだよね」
「なるほどね。弟くんにもわかるようなじだったんだ」
「あれを聴いていたら、誰でもわかるよ。たぶん、香奈姉ちゃんが聴いたのは、僕のギターの音じゃなくて兄のギターの音だと思う」
「弟くんって、ギターも弾けたっけ?」
「うん。一応、ギターも弾けるよ。まぁ、奈緒さんほど上手じゃないけどね」
僕は、そう言って軽く息をつく。
香奈姉ちゃんにも言い忘れていたことだけど、僕も一応はギターは弾ける。
今回の場合、ギター擔當の人が香奈姉ちゃんのバンドメンバーにいたから、僕がベース擔當になってるだけなのだ。
「そっか。それじゃ、私があの時聴いたのは、隆一さんが弾いてたギターの音だったんだね」
「そういうことだよ」
おそらく、離れの別室から兄のギターの音が聴こえてきたのを僕が弾いたようにじたんだろう。あの時、たしかに家にあったギターを弾いていたから、香奈姉ちゃんは勘違いをしたんだな。
「隆一さん、そんなに調子が良くないの?」
「実は、そこまで詳しくはわからないんだよね。直接話しているわけじゃないから、スランプ気味って言ってもどうなのかなって」
「そっか。弟くんは、隆一さんと仲がいいわけじゃないもんね」
「うん……。兄は僕のことを邪魔者扱いしてるからね。兄が家にいる時は、あんまり家にはいないようにしてるよ」
僕は、愚癡のようにそう言っていた。
バイトを始めたきっかけだって、兄とのことが原因だし。
あんなことさえなかったら、兄との間に亀裂が走ることもなかったのに……。
「そうなんだ」
香奈姉ちゃんは、その事を知っているからなのかそれについては何も言わず、ただ相槌をうっていた。
家に帰ってくると、玄関先に兄の靴あった。正直、この時間に兄がいるのは、めずらしいことだ。
「ただいま」
僕はそう言って居間の方に行くと、兄は冷蔵庫の中から牛を取り出して、近くに置いてあったコップに注いでいた。
兄は、僕の姿に気がつくと、なぜかホッと一息ついて口を開く。
「なんだ楓か。お袋かと思ったぜ」
「母さんじゃなくて悪かったね」
僕は、ムッとしてそう言っていた。
聲が母に似ていたのか。間違えるにしても、言い方というものがあるだろうに──。
なんだか、イライラしてきたぞ。
兄は、そんな僕の心境など知ることもなく、聞いてくる。
「ところで、香奈のことなんだけどよ。あいつ、自分のバンドをやるって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「どうして僕に聞くの?」
「いや、楓の方が香奈のことについて詳しいだろう。だから──」
「バンドはうまくやれてるよ。兄貴が心配するような事は何もないよ」
「そうか。バンドをやるって言っても、形だけってこともあるからな」
「形だけって? それって、どういう意味?」
僕は、思案げに首を傾げた。
兄が言ってることの意味がよくわからない。
兄は、牛を一口飲み、軽く息をつく。
「そのままの意味だよ。バンドをやるにしたって、人間関係とかでトラブルになることがあるだろう。バンドなんてものは、ちょっとしたトラブルでも解散の危機になることもあるんだ。だから、香奈がそういったことで悩んでないか心配でな」
「まぁ、それ関係のトラブルは…特にないけど……」
人間関係のトラブルは、絶対にないと思う。たぶん……。
兄は、何を思ったのかおもむろに僕の方を見て、言う。
「それならいいんだが。もし香奈が困っているんなら、俺がなんとかしないと──」
「兄貴は、香奈姉ちゃんのことになると、見境がなくなるね」
「そりゃ、俺は香奈のことが好きだからな。お前と違って、俺はの子に消極的な態度はとらないんだよ」
自分のことは棚に上げて、香奈姉ちゃんのことには口出しするのか。それに、フラれた今でも香奈姉ちゃんのことが好きって……。まだ香奈姉ちゃんを狙ってるんだ。
「あの時は……。兄貴が彼にあんなことを言うから──」
「事実だろ。俺は、お前が連れてきた彼に事実を伝えてやっただけだ」
「事実って、何を?」
「お前は、の子の好意をけ止めてやれないだろ。だから、俺が代わりに引きけてやったんだよ」
「引きけたって、まさか──」
「おう。俺が、お前の代わりにあのの子と付き合ってやったんだよ。一日だけだけどな」
「一日だけなんだ……」
「ああ。一日だけだよ。好みのタイプでもなかったしな。やっぱ、俺が一番好きなのは、香奈だけだよ」
「そうなんだ」
僕は、相槌をうつ。
兄にとって、一番好きなの子は香奈姉ちゃんだけだもんな。
香奈姉ちゃんと比べてしまったら、他のの子たちは霞んでしまうか。
「お前は、どうなんだよ?」
と、唐突に兄からそう訊かれる。
「ん? 何が?」
僕は、思案げな表で兄に聞き返した。
兄は、真面目な顔で僕に言う。
「お前は、香奈のこと、姉ちゃんだと思ってるんだろ?」
「まぁ、小さい頃から面倒見てくれたからね。姉だとは思っているよ」
「そうだろう、そうだろう。だから、兄である俺が、香奈と人同士になれば、めでたいことだろうが」
「たしかに、それはめでたいね。人同士になれればね」
「香奈のやつ。俺が、勇気を出して告白したって言うのに、『好きな人がいる』って言って斷りやがったんだよ」
「好きな人がいる…か。それは興味深いね」
「きっと、俺に対する照れ隠しみたいなもんだろうな。あれは──」
「うん。そうだといいね」
僕は、これ以上兄の話を聞いてもしょうがないと思い、二階の自分の部屋に戻っていった。
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