《僕の姉的存在の馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜》第五話・7

やはり今日の練習には、奈緒さんは來ていなかった。

しばらく出られないと言ったのだから當然といえば當然なんだけど、いないとなるとそれはそれで寂しい。

それでも僕たちは、できる範囲で練習している。

奈緒さんがいないことの埋めはできないけれど、それでもできることをやってるつもりだ。

「ねぇ、香奈ちゃん」

沙さんは、何を思ったのか香奈姉ちゃんに聲をかけた。

香奈姉ちゃんは、沙さんの方を振り返る。

「どうしたの、沙ちゃん?」

「昨日、楓君と一緒にいつものライブハウスに行ったみたいだけど、何かあったの?」

「え? なんのこと?」

「とぼけてもダメだよ。昨日、ライブハウスにっていく二人を見たんだから」

沙さんは、「私は、しっかりと見たんだからね」と言わんばかりの表で、香奈姉ちゃんにそう言った。

「あの……。その……。なんていうか」

香奈姉ちゃんは、困ったような表で僕を見る。

その目は、僕にヘルプを求めてきたのだ。

沙さんは、香奈姉ちゃんの仕草に妙なものをじたのか、僕の方にも同じような視線を向けてきていた。

たぶん奈緒さんを見つけたのは、香奈姉ちゃんが先だろう。

本當のことを言うべきなのかな、これは……。

「あの……。実はその……」

「理由はちゃんとわかっているわよ。奈緒ちゃんがライブハウスにっていったから、あとをついていったんでしょ?」

「っ…… ︎ どうして、そのことを?」

「理恵ちゃんから、大の事は聞いているからね。ちゃんとわかってるんだから。私に隠し事なんてできないってことだよ」

「大の事っていうと? やっぱり昨日、奈緒さんたちが參加していたあのライブは──」

まさかヘルプを頼まれていたとか。

それなら合點がいく。

今のバンドをやめて別のバンドに移るつもりなら、香奈姉ちゃんに一言あってもいいと思うし。

それがないから、移籍ということはなさそうだが。

理恵さんは言う。

「うん。大は、楓君たちが見たとおりだと思う。たぶん奈緒ちゃんは事は説明しないと思うから、わたしから言わせてもらうけど。──奈緒ちゃんね。ある人からヘルプを頼まれたみたいなの」

「ある人って、誰なのよ?」

と、香奈姉ちゃん。

ある人って、誰のことだろう。奈緒さんの知り合いだと思うから、きっと音楽関係に詳しい人なのかな。

「高藤さんっていう男だよ。聞いた話によると、その人は有名なバンドチームのメンバーみたい」

「あれ? 高藤さんって、隆一さんが結したバンドのメンバーさんじゃない。何でそんな人が奈緒ちゃんにヘルプを頼んでくるの?」

「詳しいことはわからないんだけど、奈緒ちゃんは高藤さんとは知り合いみたいでね。今回、ギター&ボーカルを務めるリーダーさんが不調らしくて、ギターだけでもどうにかならないかってことで頼んだらしいの」

「それで、奈緒ちゃんはオッケーを出したってわけなんだね」

「そういうことなの」

「なるほどね」

高藤さんのことなら、僕もよく知ってる。

本名、高藤慎二。

兄が結したバンドチームのメンバーで、僕と同じベース擔當だったはずだ。

──ということは、不調に陥っているのは僕の兄のことだろうな、きっと。

兄がスランプに陥っているからって、奈緒さんにヘルプを求めるなんて。高藤さんは何を考えているんだろうか。

理恵さんは、香奈姉ちゃんに訊いていた。

「香奈ちゃんは、どうするつもりなの?」

「まぁ、普通かな。黙って見守ろうかと思っているけど」

「どうして?」

「奈緒ちゃんも、前々からギターの腕をばしたいって言ってたからね。今回のライブは、ちょうどよかったんじゃないかな」

「いいの? もしかしたら、引き抜きにあうかもしれないよ」

と、沙さん。

──引き抜きか。

ヘルプとして奈緒さんに頼むくらいだから、ありえない話ではないと思うけど……。でも、それはないだろうな。

「その時になったら、その時考えればいいよ。とりあえずは、文化祭までには戻ってくるって奈緒ちゃんが言ってたから、私はその言葉を信用しようと思う」

「香奈ちゃんがそう言うのなら、それでもいいけど」

「とりあえず、私たちは私たちのできるところまではやっておこうよ」

「そうだね。香奈ちゃんの言うとおりだね」

「…そうね。その方がいいよね」

二人は、香奈姉ちゃんの言葉に納得したみたいでそう言った。

それなら迷うことはないはずだ。

文化祭までには戻ってくるって奈緒さんは言ってたんだし、それまでに僕たちが上手になっていればいい。

ただ、それだけの話だ。

僕たちは、いつものように練習を続けた。

──夜。

今日もいつもどおりにバイトに行って、平穏に終える。

いつもと変わらない。

その帰り道。

今日は、不思議と誰とも會わなかった。香奈姉ちゃんからの連絡もない。

久しぶりに、一人の時間を過ごせそうだ。

「ただいま~」

と、言って家の中にっていく。

誰もいないと思って居間の方に行ってみると、そこは明かりがついていた。誰かいるのか?

母さんでもいるのかな。それとも兄か。

まぁ、どっちでもいいんだけど。

僕は、迷うことなく居間にる。

そこには、何気なく家の雰囲気に溶け込んでいる香奈姉ちゃんがいた。

誰もいないと思っていたのに……。

香奈姉ちゃんは、僕の姿を見ても驚く様子はなく、いつもどおりの笑顔を浮かべていた。

「おかえりなさい、楓。本日のバイトも、ご苦労様」

「香奈姉ちゃん。…どうしてここに?」

「今日は何をするのか気になっちゃってさ」

「『何をするのか』って言われても……。僕も、今帰ってきたばっかりだよ」

「私も似たようなものだよ。自分の家にいても退屈だったからさ。楓が何してるか気になって、來ちゃったんだよ」

香奈姉ちゃんは、悪戯っぽく舌を出しそう言った。

先に言っておくけど、僕の家族と香奈姉ちゃんの家族とは、親な付き合いがある。

こうして香奈姉ちゃんが単獨で僕の家に來ることに対して、拒否はしていない。

だからこそ、香奈姉ちゃんが僕の家の留守番をしていても、不思議なことではないのだ。

僕は、がっくりと肩を落とす。

「來ちゃったって……。僕にもプライベートってものがあるんだよ」

「私は、楓の彼だよ。こういう時って、彼と一緒にいたいものじゃないの?」

「たしかに一緒にはいたいけど。…だけど、いつでもってわけじゃないよ」

「それなら、どんな時に彼と一緒にいたいの?」

「どんな時って言われてもなぁ。そんな簡単には答えられないよ」

人同士ならまだわかるんだけど。そもそもの話、何かあるんならメールか電話でも良かったんじゃないのかな。

個人的に思うことなんだけど。

香奈姉ちゃんは、不満そうな顔で聞いてくる。

「む~。私と一緒にいるのって、そんなに嫌なのかな?」

「別に嫌ってわけじゃないけど……」

僕は、そう言葉を返す。

斷じて嫌ってわけじゃない。

「それなら、別に構わないよね」

そう言うと香奈姉ちゃんは、「ぎゅ~」って言って僕に抱きついてきた。

「わわっ ︎ 香奈姉ちゃん。ちょっと待って……」

僕は、慌てた様子で香奈姉ちゃんを見る。

こんな時、無理に引き剝がすなんてことしたら怒るんだろうな。

とてもじゃないが、僕にはそんなことできない。

「待たないよ。こういうのはその場の流れも大事って言うからね」

香奈姉ちゃんはそう言って、さらにギュッと抱きしめてくる。

なんだか、すごく嬉しそうだ。

「そういうものなの?」

「そういうものなんだよ。私たちは付き合っているんだから、楓もちゃんとしないと──」

「ちゃんとしないと…か。僕には、難しそうだね」

「そんなことないよ。しっかりと私を抱きしめてくれればいいだけだよ」

香奈姉ちゃんを抱きしめるだなんて、そんな大それたこと、僕にはできっこない。いくら付き合ってるって言ったって、まだ數日しか経ってないし。

「そうだね。できそうな時にやってみることにするよ」

「それじゃ、ダメだよ。しくなった時に抱きしめないと」

「それは、さすがに難しいかなぁ……。人前で恥ずかしいと思う時もあるし」

タイミングが合えばできないこともないけど。

恥ずかしい話、香奈姉ちゃんがしいと思う時は、いつだってあるのだから。

「今なら、そこまで恥ずかしくないよね。私たちの他には、誰もいないし。楓も遠慮しないで、私のことを抱きしめてもいいんだよ。──もしよかったら、キスだって……」

「そんなの絶対に無理だよ。普段の香奈姉ちゃんなら、そんなこと言わないし、絶対にしてこないよ」

「ごめんなさい。私、男の子と付き合うって、どういうことをするのか、全然知らなくて……。相手が楓だから、いつものように振る舞ってしまっていたよ」

香奈姉ちゃんは、申し訳なさそうにそう言った。

わかってくれれば、それでいいんだけどさ。

だけど本能だけは素直なもので、抱きしめてくる腕だけは離そうとしない。

いつもの香奈姉ちゃんは品行方正で、こんな大膽なことなんて絶対にしてこない。

ただ僕に対してだけはすこし違う。

貓が甘えてくるような仕草で僕に近づいてくる。たぶん兄にも見せないような仕草だろうな、これは──。

「ううん。僕としては、一線を越えていなければ問題ないと思うよ」

「うん、そうだね。これからは気をつけるようにするね。私が気をつけなきゃいけないのに、いつの間にか一線を越える一歩手前までいってたよ」

香奈姉ちゃんは、反省したのか僕からゆっくりと離れる。

落ち著いたところで、僕はこう切り出した。

「とりあえず、まだ夕飯食べてないから、作らないと……。香奈姉ちゃんは、もう食べたの?」

「ううん。まだ食べてないよ」

香奈姉ちゃんは、そう答える。

それなら、することは一つだ。

「それじゃ、一緒に何か作ろうか?」

「うん」

僕の提案に、香奈姉ちゃんは笑顔で頷いていた。

冷蔵庫の中には、何がっていたかな。この間、學校帰りに買い出しに行ったから、食材はあるはずだ。

とりあえず、あまり時間がないので簡単なものでも作ろうかな。

うん。そうしよう。

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