一通りの取り調べが終わり、カルローナはいま警備隊の治療施設にいた。

本來、結果が確定していない容疑者とその家族の接は止している。

証拠隠滅などを恐れているためだ。

だが、今回は一名に限り面會を許している。

捜査に協力し、裏切ることがないと判斷されたためだった。

もちろん、警備隊も同行した上でのことだ。

カルローナは、今眠っている。

グスターヴはしだけ老いた娘の頭を優しくでる。

疑われるところもあったが、カルローナはすべてを話したと言っていた。

途中、記憶がないことも伝えてある。

そこに関しては、他の報から警備隊及び王國の方で検討されるであろう。

信頼している右腕、グリセリムも今回に関しては刑の軽減願いを行わないと言っていた。

全て王國側などの判斷にゆだねるとのことだった。

それは無関心からではなく、家族の一員の行いに対する責任と権力の不正行使を疑われないための策だったことは、グスターヴはグリセリムの格からよく理解していた。

グスターヴはグリセリムに告げていた。

運営している店はすべて売卻することを。

當然ながら、ギルドや店の幹部からは反対の聲が上がっていた。

売卻先は、ギルドのグスターヴに協力的だった人にのみ譲るとして、幹部には納得してもらった。

ギルド長も辭任することとし、後任は話し合って決めてほしいと告げている。

自分が後継者を選んでしまうと、現時點では表面化をしていない派閥爭いが激化してしまう恐れがあったからだ。

次の時代を擔うものたちは自分たちで決め、その結果に従った方がよいとの判斷だった。

そういった問題を解決できない程度の新しい長では、その地位も長くは続かないであろう。

売卻したお金はもちろん、娘のカルローナの出した損害を賠償していく。

カルローナをまた家に戻してもよいと考えていた。

（……例え他の者たちがお前を嫌っていても、私はずっとお前の傍に）

優しく頭をでていた手を、眠るカルローナの頬にあてる。

すると、布の中から手を出してその手にれてきた。

「おとう……さま……」

「……起こしてしまったかの。カルローナ、合はどうじゃ？」

「……もう、すっかり良くなりましたわ」

そう言いつつも、時々その視點はれていることが伺える。

これに関しては、時間をかけてゆっくりと治すしかないと、治療施設の擔當者の言葉だった。

「全てが終わったら、町から離れた自然の多い場所で靜かに暮らそうぞ。……そうじゃ、も飼って畑も耕してまた楽しく暮らそう」

カルローナはその手を放さず、目をつむりその言葉に頷いた。

――　コンコン

ノック音がなり、扉近くに立つ警備員がドアを開ける。

どうやら、新たな訪問者のようだ。

しかし、家族の者は一名のみしか面會が許されていない。

だが部屋の警備員は、その者を部屋まで連れてくるように指示した。

し時間が経ち、複數の足音が部屋に近づく音がする。

「連れてまいりました」

そういって、案した警備員の後ろから人が現れる。

「……アイリスか？」

グスターヴは、目を細めてその姿を確認する。

ここまで案した警備員は、アイリスを部屋に通しドアを閉める。

部屋にいる警備員は、ドアの方を向き背を見せる。

「――俺は知らん、何も見ていない。目を離した隙に何が起きているからわからんのだ。ただ、持ち場を離れることはならぬのでこれで我慢してほしい」

そう、壁に向かって獨り言だと言わんばかりに告げた。

グスターヴとベットにを起こしたカルローナは、あちらからには見えていないが警備員に頭を下げた。

母からし距離を置く、アイリス。

その様子は、怯えているようにも見える。

きっかけを作るべく、グスターヴが聲を掛ける。

「アイリスや……こっちに來て座りなさい」

ベット橫の自分の隣にもう一つ椅子を置き、アイリスに座るように促す。

恐る恐る、ベットに近付き用意された椅子に腰を下ろす。

そこから、し長めの沈黙が続く。

グスターヴは、二人の間にある垣を払うにはどちらかが話し始めないとダメだとじている。

ここで下手に手を貸すと、この先ずっと二人の間にギクシャクしたものが殘ってしまうのだ。

そのグスターヴの心配は、徒労に終わる。

「ねぇ、アイリス……こちらにおいでなさい」

アイリスは聲を掛けられ、ビクッとが震えた。

今までにない、優しい聲の掛けられ方に張して構える。

席を立ち、ベットの淵までを移させる。

すると……

――！！！

カルローナはアイリスの手を引っ張りそのを引き寄せた。

引き寄せられるまま、その勢いで顔をカルローナのにうずめる。

「アイリス……私はあなたに酷いことをしてしまいました。親としてはやってはいけない行為です。もし……もし、嫌いになってないのであれば……もう一度、一緒に暮らしましょう……みんなで……ね」

アイリスは驚く。

母親からの記憶で、これだけ優しく気持ちのこもった言葉を聞いたことはなかった。

まだ本調子でないだが、アイリスを抱き寄せる力がさらに増す。

それに応えるように、アイリスも自分の手を母親に回した。

「……かぁさ……ま……おかぁ……さん……おかあさん……！」

アイリスはい頃、母親を”おかあさん”と呼んでいた。

しかし、カルローナはそれを修正し”おかあさま”と呼ばせるようにしていた。

我が子からのその懐かしい呼び名に、弱っているカルローナのに力がる。

アイリスのを抱きしめて、赤子のように泣くその頭をゆっくりとでていた。

場所は変わり、ここは”霊と自然の恵み”亭。

ご主人はハルナ達の來店を喜び、今夜は貸し切りにしてくれた。

この場所にいるメンバーはハルナ、エレーナ、キャスメル、マイヤ、ティアド、ソフィーネそれにグリセリム。

ご主人はハルナ達に謝をしていたが、奧さんは未だ床に臥せている狀況だった。

意識が混迷していて戻らず、その理由も不明のようだ。

ハルナ達はひと段落したのでお見舞いがてらお店を訪ねたのだが、ぜひ食事をしていってほしいのとの要だったので、エレーナが斷ることもないだろうとのことでこのような狀況となっていた。

謝の意がこもった食事が並べられる。

テーブルの上を、隙間がないくらいに食べで埋め盡くされる。

その味は、あのティアドも目を見開くほどの味しさにだったらしい。

自分の屋敷で定期的に調理を提供してもらえないなか、口説いていた。

食事も終わり、飲みとおつまみの時間帯となった。

話題に上がったのは、ご主人の家での二人を拘束した際の話しだった。

當時、あまり活躍していなかったがハルナとエレーナが霊使いだと聞いて驚くご主人。

「あの……もしよろしければ、なにかその……、霊的なものを見せてはもらえませんか？」

カウンターの向こうでお皿を拭きながら、自の好奇心を満たすべくお願いしてみた。

味しい食事とお酒で満足し調子に乗ったエレーナは、水をり箸の先から水を出してみせたり、複數の水の玉をくるくると回して曲蕓のようにってみせた。

最初はティアドもあきれていたが、次第にその場になじみ楽しんでいた。

し前の騒が噓のように、落ち著いた夜を戻ってきた。

翌日、ハルナ達は”霊と自然の恵み”亭のご主人と一緒に、警備隊治療施設にお見舞いにいく。

「……ねぇ。ちょっと……歩くの……早過ぎ……」

弱々しくいかにも”私、病人です”的に話すのは、エレーナ。

「誰が悪いの？夜中に大聲で歌うし、宿屋の廊下で寢るし……マイヤさんがベットまで運んでくれたんだからね」

「……そ、それは……もちろん……お姫様……抱っこ……よね？」

「えぇ。もちろんですわ」

「……んもぉ。それだけ、冗談が言えるなら大丈夫でしょ？ご主人をお待たせしてるんだから、早くいくわよ！」

「ちょ……強く引っ張らないで……気ぼぢ……わるぃ……から」

キャスメルは、本日王都に戻るため出発した。

迎えに來た騎士団長にも凜とした態度で接しており、初めてみた時の子供らしい所作ではなくなっていた。

ここでの経験が、キャスメルを一回り大きく長させていた。

ただ、やはり何も言わずに出てきてしまったことについては、何らかの罰をけるのだろう。

念のため、ティアドは來訪中の出來事を記し書簡を持たせた。

勿論、文末に”僭越ながら、あまりお叱りになられぬよう”という旨も付け加えて。

ハルナ達はご主人と施設の前で合流し、病室へ向かった。

カルローナとは違い、ここには警備員は常駐していない。

一般市民でもあり、被害者ではあるがさほど重要な位置にわけでもなさそうだと判斷したためだった。

「……あら……アナタ」

ベットから起き上がる力もなく、薄く開けた目でこちらを見る。

ご主人の後に続き、ハルナ達が部屋にっていく。

「こんにちは。ずいぶんと顔がよくなってきましたね！」

ハルナはエレーナの挨拶に心する。

自分の合の悪い狀態を抑えて、元気よく見せかけたこともある。

が、相手の狀態が良くないことを知りつつも、よくなってきているという趣旨の言葉で相手の心配を軽減しようということだろう。

気休めでも、この気遣いは見習いたいと思った。

「このような……狀態で……申し訳ありません」

息苦しそうにベットの上で、け答えをする。

「ご主人、こちらの花瓶は使わせて頂いてもよろしいですか？」

ご主人自が花を生けようとしたが、マイヤはそれを制し花瓶をもって部屋を出る。

「早く元気になって、またおいしいパンを食べさせてくださいね」

ハルナもあの元気な姿を見たいと、彼に告げた。

涙をこらえながら、訪問者に謝の念を伝える。

マイヤが花を生けた花瓶を持ってきて、ベットから見える位置に飾った。

すると、ハルナの元から聲がした。

「ハル姉ちゃん。どうやら、黒いものが取り付いているみたい……」

「――え？といいますと？」

「黒いものがこのお姉さんの、エネルギーを吸っているみたい。ずいぶんと深いところにいるけど」

「そ……そうなの？どうすればいいの？」

「うーん……先生がやったみたいに、消しちゃえばいいんじゃないかな？」

「それって、どうやればいいの？フーちゃんできる？」

「ちょっとやってみる」

フウカは姿を現し、ベットの上に浮かぶ。

「うーん……こうかな？」

フウカは掌をの部に向け、試行錯誤する。

すると、掌からが発せられを照らす。

照された個所から、黒い霧のようなものが蒸発しているのが見える。

――！！

ハルナは、の中から何かが持っていかれるような覚を覚える。

多分フウカが、いま行っている力を発揮しているせいだと理解した。

足の力が抜けそうな覚を気力で抑えた。

（――なに？何なのこれ！？）

エレーナは黙って見守っているが、今まで見たことのない霊の力に戸う。

自分にはできない、元素以外の別な力を発揮しているように思える。

しかし、今はただ黙ってその様子を見守ることにした。

を當てられているの意識は、淺い眠りのような狀態になる。

その表も先程とは異なり、苦しい表ではなく穏やかな表に変わっていった。

次第に黒い霧の量は減っていき、全て蒸発した。

「……ふぅー。これでいいと思うよ」

「で、消えたの？その黒いものは」

「うん、大丈夫だよ。お姉さんが、大切にしていたものの周りに黒いものがついてただけだから、楽に消すことができたよ！」

フウカの言葉を借りれば、”大切にしていたものが、黒いものの浸食に抵抗していた”とのことだった。

それに浸食された場合にはどうなるか？の問いには”みたことがないから、わからない”とのこと。

とりあえず、今はこれで良しとなった。

後日確認すると、この日を境にこのの力が回復し、再び食堂で二人で元気に働いているとの連絡があった。

一行は同じ施設にいる、カルローナへの面會も依頼した。

警備員が確認したところ、カルローナが面會を承諾したとのことで通されることになる。

家族ではないので、三人まとめてることにした。

そこにはグスターヴとアイリスがいて、さらにエレーナたちがると圧迫をじる程になった。

「こんにちは、カルローナ様。のお合はいかがでしょうか」

カルローナは橫になっていたを急いで起こし、エレーナたちに向き合う。

「この度はご迷をおかけし、誠に申し訳ございませんでした……」

カルローナはこの言葉だけでは謝罪し盡くすことはできないが、一杯のお詫びの気持ちでエレーナに告げた。

「とにかく、ご無事で何よりです。あの……事件については、これからいろいろとあるかと思いますが、ご協力できることがありましたらご連絡いただければと思います」

「エレーナ様のお心持ち、わたくしの方からもお禮を述べさせていただきます。わが娘のこと、何卒よろしくお願いします……」

隣にいたグスターヴと一緒に頭を下げるアイリス。

「アイリス……、あなたもよく頑張ったわね。また、ラヴィーネに來てね」

「お心遣い、謝致します……エレーナ様」

顔上げた時の表が、今までと変わっている。

ハルナは、気になることを小さな聲でフウカに聞いてみた。

（フーちゃん……アイリスに黒いものって……見える？）

（ううん……見えないよ）

あの時森の中で遭遇した際に、不思議な力で黒い霊を消していたので問題ないと思っていたが、念のためフウカに確認をしてみた。

三人は家族の時間にお邪魔したことをお詫びし、部屋を後にした。

最後に、スプレイズ屋敷に戻る。

破損した場所は二階の部屋の客間とのことで、生活するには問題がないようだ。

エレーナたちは、ティアドに挨拶をする。

「ティアド様、今回は大変お世話になりました」

「お世話になったのはこちらの方ですよ、エレーナ様。カルローナの件も、穏便にご対応頂き謝致します」

「……あの、ひとつ伺いしてもよろしいですか？」

「なにかしら？」

エレーナは一番気になっていることを、ぶつけてみる。

「ティアド様は、カメリア様のご姉妹とお聞きしております。そして、我が母は、カメリア様と一緒に冒険していたとも聞いております……」

ティアドはエレーナの顔をじっと見つめながら、言葉に耳を傾ける。

「……あのぉ……そのぉ」

言い出し辛そうに、言葉を探しているエレーナに聲がかかる。

「――私がアーテリアを嫌っているか……ですか？」

エレーナのに、鋭い痛みが走る。

相手に気持ちを読まれて、口にしてもらうとは……

しかし、ここまでくれば取り繕う必要もない。

エレーナは、ティアドの顔見て答える。

「……はい」