《獻遊戯 ~エリートな彼とTLちっくな人ごっこ~》「俺としてみる?」5
私が張して固まっていると、彼はハッとした様子でスマホを引っ込めた。
「いきなり自分の趣味押し付けてごめん。男がこういうの読んでるって、変だろやっぱり。だから誰にも言えなかった」
「穂高さん……」
「日野さん素敵って言ってくれたから、つい。ごめん。気ぃ遣わせちゃったよな」
傷つけてしまった気がして、私は首を橫に振る。
「ううん。そんなことない。男の人が読んでもいいと思う。でも、その……どうして向けのを読むようになったの?」
「……好きなんだよ、こういう、のあるエッチが。男向けにはあまりないんだ。俺はこういうエッチしかしたくなくて」
恥ずかしそうにそうつぶやいた彼の表は、冒頭の颯斗のにギュンとくるものと重なった。
穂高さんが……こういうエッチをする人なのだとしたら。
それはもう、素敵すぎるとしか言いようがなくて。
想像するだけでが熱くなってくる。
私ったら、なにを考えてるんだろう。
べつに私とエッチするわけじゃないんだから、想像したって意味ないし、だいたい穂高さんに対して失禮だ。
でもさっき見た『ピュア♡ラブ』のエッチシーンが頭の中にしっかりと殘っており、それを勝手に穂高さんで再生してしまう。
ダメダメ、ダメだよ。
落ち著こうとすればするほど興が増して息が速くなってしまい、「ごめん酔ってるね私」とごまかしてみる。
「……俺も酔ってる」
そう言って答えた穂高さんも、心なしか私と同じ様子に見えた。
私たち、大丈夫だろうか。
どうなっちゃってるの。
まるで、佳と颯斗がエッチすることになるときの雰囲気にそっくりだ。
お互いの二の腕が、かすかに當たる。
足先もれた。
どっちかられあおうとしたわけでもないのに、離れていかない。
離れなきゃ。
もう頭の中で警報が鳴ってる。
「あれ?  莉。莉だろお前」
しかし、のれんを掻き分けてってきたその聲に、思考が停止した。
それは突然のことだった。
聞こえてきたのは雑な発音で呼び捨てられた私の名前、二度と聞きたくなかったはずの聲。
恐る恐ると目を向けると、そこにはやはり、耐えきれずに関係を絶った以前の人の顔が、のれんの隙間からり込む妖怪のごとく覗いていた。
「知り合い?」
すぐに穂高さんが小聲で聞いてくる。
一瞬で私からかすかな距離を取ったらしく、橫並びは不自然であるものの、適切な距離の位置に座っていた。
元カレ、と答えられなかった。
というより聲が出せない。
二年前、半年ほど付き合っていた元人、佐武淳司(さたけあつし)は、久しぶりに顔を見ても恐怖がわいてくるだけだった。
見た目も出會ったときの印象もごく普通の人のに、私に対する態度はどんどん橫暴になり、まるで王様のように振る舞ってくる。
のれんから覗く顔はクシャッと歪んだ笑みを浮かべ、背後にいた友人と思わしき數人の男が「先行ってるぞ」といなくなると、許可もなく個室の中へとってくる。
「久しぶりだなぁ莉。それ今の彼氏?」
無関係の穂高さんへ絡んでくるのではとゾッとし、思いきり首を橫に振って否定した。
穂高さんに迷をかけることだけは阻止したくて、聲を搾り出す。
「そんなんじゃない。って來ないでよ……!」
「うわ、なにお前。絶対遊ばれてんだろ」
淳司は穂高さんに目をやった後、そう言って私を嘲笑う。
いつも私を見下して、罵倒するのが癖になっている人なのだ。
なにを考えているのか私にはわかる。
言いなりだった私から別れを告げられた事実は、プライドの高い淳司は許せなかっただろう。
そんな憎い私が穂高さんのような人とふたりで飲んでいる場面に出くわしたのだから、私を罵倒して辱しめて、仲を引き裂いてやろうと考えているに違いない。
淳司はきっと穂高さんにはなにも言えない。
彼にとって、自分を誇示するために見下す対象は、常に私なのだ。
「用事がないならそろそろ出ていってもらえますか。今日はふたりで飲みに來たので」
穂高さんが助け船を出してくれる。
彼は敵意や怒りというはとくににせず、らかく、しかし強制力のある言い方で淳司に告げた。
淳司はそれが癪にったのか眉を潛めたが、やはり予想通り穂高さんと喧嘩をすることはできないらしく、相変わらず私に敵意を向ける。
「へぇ、アンタ彼氏じゃないの?  コイツ、けっこういいよ。マジでなんでも言うこと聞くから」
「淳司……!?」
「なにしても文句言わねぇドMだよ。痛くしてもよがってる変態」
やめて……。
最悪すぎて泣きそうだ。
どうしたらいいわからずにうつ向くしかできない。
こんな形で、過去のこと知られたくなかった。
付き合っていたとき、淳司がしたいと言うことをすべてけれていた。
斷って傷つけたくなくて、「気持ちいいよ」と泣きながら笑う時間が積み重なっていくたびに、私はエッチが怖くて、苦痛でたまらなくなっていた。
穂高さんには知られたくなかった。
隣で彼がどんな顔をしているのかはわからないが、不快になったに違いない。
もう嫌だ。
恥ずかしくて消えてしまいたい。
しかし涙を堪えてうずくまる私のすぐ隣から、「……うるせぇな」とボソリと低い聲がした。
 
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