《とろけるような、キスをして。》気持ちの変化と甘い夜(2)
「……その、眠れなくて……さ」
「……実は、私も」
「……リビング、戻るか」
「うん……」
なんだか、とても気恥ずかしくて。
お互い顔を見ないまま、リビングに戻る。
間接照明だけが付いたリビングは、うっすらと寂しさすらじた。
ソファに腰を下ろし、二人並んで無言で真っ暗なテレビを見つめる。
「……荷はまとめ終わった?」
「……うん。とりあえずは」
もう明日、東京に戻るのか。
次にこの街に來る時は、仕事を辭めて帰ってくる時だろう。
「……先生、寂しい?」
「……寂しいよ」
「私も、寂しい」
一人でまたあの孤獨としばらく戦わないといけない。
過ごしてみればあっという間かもしれないけれど、今の私にはそれがピンと來ていなくて。
先生にもまたしばらく會えなくなってしまうのが、とても寂しい。
この數日がとても楽しかったから、余計にそう思う。
ソファの上で膝を抱えるように座る。そこに顎を乗せて、テーブルをじっと見つめた。
「みゃーこ、おいで」
顔だけを隣に向けると、両手を広げてこちらに微笑む先生の姿。
「おいで」
もう一度呼ぶ聲が、とても優しくて。
寂しさに負けて、自ら先生のに飛び込んだ。
甘い香りが私の肺を満たす。それは安定剤のように、私の心を穏やかにさせた。
先生の元に當たる私の耳。そこから聞こえてくる、私よりも早い心臓の音。
ドク、ドク、ドク、ドクと短く早く。先生もドキドキしているのだろうか。
「……みゃーこ」
「……なに」
「俺、やばいかも」
「……なにが?」
「みゃーこの甘い匂い、やばい」
私の頭の上に顎を乗せて、一つ、大きな息を吐いた。
そして耳元で、微かな聲で囁く。
「───今日、みゃーこと一緒に寢たい」
その聲に、ピッタリとに付けていた顔を上げようとする。
しかし、先生が私の頭をぎゅっと押さえつけるように抱きしめるから、それは葉わなかった。
「俺も、明日からみゃーこがいないのがすげぇ寂しい」
「……うん」
「……でも、今みゃーこと一緒に寢たら、俺……この間みたいに我慢出來る自信が無い」
その言葉の意味を理解した瞬間。私は上手く呼吸ができなくなった。
……もしかして、木曜日の夜のこと、覚えてるの?
「っ……」
「ごめん。こんなこと言ったってみゃーこを困らせてるだけだって、わかってんだけど。……みゃーこが可すぎて、この匂い嗅いだらもう、理持たない」
その甘く切ない聲を発しているこの人は、今一どんな表をしているのだろうか。
どんな想いで、私を抱きしめているのだろうか。
そう考えたら、言葉に言い表せないがの奧に広がる。それは、何と言えばピッタリ當てはまるのだろう。
「……せんせー」
激しく脈打つ鼓に目を閉じて、の辺りを強く摑む。
「……私、先生は付き合ってもいない人とソウイウコトするような人だとは思ってないよ」
そして、私は寂しさを埋めるためだけに都合の良いになるつもりもない。そんなの、若気の至りだけで十分。
もう、余計な寂しさなんてじたくないから。
先生の気持ちがわからなくて、傷付きたくなくて。予防線を張った。
「……うん。俺も、自分のに負けてみゃーこを傷付けたくないし、それでみゃーこの信頼を失いたくない。……でもさ、俺思うんだよね」
先生の聲のトーンが変わった気がして、また心臓がどきりと跳ねる。
「俺、今のままじゃ、みゃーこにとってただの教師止まりなんじゃないかなって。それじゃ意味無いんだよ。教師は聖人君子なんかじゃないし、俺はただの一人の男だから。教師だからって、自分の好きなの前でまで"先生"でいる必要って、ないんじゃないかなって」
……今、なんて言った?
耳を疑う言葉に、無理矢理顔を上げる。
先生も、私の後頭部から手を離した。
私を見下ろす目は、甘くて滾るように熱い。
なのに、そこからは"おしさ"が溢れていた。
「またみゃーこを失って、後悔したくない。だから、決めたんだよ。自分の気持ちに正直になろうって。繋ぎ止めておかないと、またみゃーこが手の屆かないところに行きそうで怖いから」
瞬きを忘れてしまうくらい、ただひたすらに先生を見つめた。
「……みゃーこ。俺、みゃーこのことが好きだよ」
目を下げて、告げられた気持ち。
先生の言葉は魔法のようだと、今まで何度も思ってきた。
でもこれは、決して魔法なんかじゃない。
先生の、深山先生自の覚悟と決意だ。
それはスッと私の中に染み込んできて、そして頭を溶かすような甘さを殘す。
「みゃーこが正式にこっちに戻ってくるまで言わないつもりでいたけど。やっぱもう無理。我慢できない」
私の頰に添えられる手は、ほんのし震えていた。
先生も、張しているのだ。
「せん……」
「ダメ。俺今は先生じゃないの。深山修斗なの。二人の時くらい、修斗って呼んで。大和は"大和さん"なのに、俺だけ"先生"とか嫌だ」
いじけたような聲に、私は思わず先生と呼びそうになってしまう口を押さえた。
「……修斗、さん」
一度唾を飲み込んでから聲を出す。
「うん。もう一度呼んで」
「……修斗さん」
「うん。今度からいつもそうやって呼んでね。學校以外で"先生"って呼ぶの止」
「……修斗さん」
「うん。なーに?みゃーこ」
呼び慣れなくて詰まりそうになる私に、せんせ……修斗さんはとても嬉しそう。
「私。私……」
何を言おうとしているかは自分でもわかっていなくて。でも何かを言わなくちゃ、って。そう思っていたら勝手に口がいていて。
「あの……、えっと、えーっと」
驚きと焦りからしどろもどろになってしまう私の口を。
「……んっ……!?」
修斗さんのらかなが、塞いだ。
目を見開く私の數ミリ先には、目を伏せた修斗さんの顔。再び後頭部に回った大きな手が、私を逃すつもりはないと言っているように抑えていて。
キスをされている。
溫かくて、しカサついた。それが離れた時にやっと理解して。
その事実が、私の言葉を止めた。
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