《とろけるような、キスをして。》修斗の記憶(2)
學校に戻ってみゃーこの擔任と主任、教頭にも伝えてから帰る道が、あれほど苦しかったこともない。
それから一週間とし。
四ノ宮先生は數日してから出勤するようになったものの、みゃーこは學校に登校していなかった。
ロトンヌには俺から連絡しており、大和と雛乃も言葉を失っていた。
その後みゃーこ本人から一方的に"辭めさせてください"と電話があったらしいものの、しばらくはそのまま籍を置いておくと大和が言っていた。
みゃーこが次に登校したのは、それから二週間後の九月後半。
新學期を迎え、みゃーこの同級生たちは大學験に向けて本格的に追い込みにる時期。
そんな中、みゃーこは登校したものの、どうやら授業の時間以外は図書室にり浸っていたようだった。
"也子の様子を見てきてほしい"
四ノ宮先生にそう頼まれたのは、晝休み。
図書室に向かうと、いつものように窓の外を見つめていたみゃーこ。
その姿が、今にも消えてしまいそうなほどに儚くて。グッとが締め付けられるように痛んだ。
「……みゃーこ」
そっと呼びかけるものの、みゃーこは特に反応しなかった。
隣に並ぶと、窓の向こうでは紅葉が綺麗に付いていた。
「……ねぇ、深山先生」
「どうした?」
「……私、進學するの辭めて、就職する」
「は?だってお前ずっと……」
「いいの。……もう、いいの」
みゃーこは、電車で一本で行ける距離にある國立大學を験する予定だった。
そのために夏期講習も、その前の冬季講習も、もちろん毎日の授業も必死に勉強に取り組んでいたのを知っている。
その合間にバイトに明け暮れて、"毎日忙しくてここに來ることは減っちゃったけど、でも充実してる"って笑っていたのに。
窓の外を見つめるみゃーこの目からは、が消えていたように思う。
「もう、大學にも興味無くなっちゃったんだ」
それが本當か噓かなんて、わからなくて。
でもそれを追求できるほど、みゃーこが答える気があるとは思えなかった。
「……私ね、東京に行こうと思うの」
「……え?」
「……晴姉ちゃんにね、"一緒に住もう"って言われた。けど斷った」
「……」
「東京に行って、就職して働こうと思ってる」
向こうなら、多分高卒でも働ける場所があるから。
そう言ったみゃーこは、目は笑っていないのに口元は微かに笑っていた。
その時のみゃーこにとっては、それが一杯の笑顔だったのだ。
俺を安心させるために、歪に笑ったんだ。
"行くな"って。"一人が寂しいなら、俺が一緒にいてやる"って。"なんで一言だけでも相談しないんだ"って。どうしてあの時に、何も言えなかったんだろう。
どうして、力一杯抱きしめてやれなかったんだろう。
突然一人ぼっちになって、寂しくないわけがない。い子どもならまだしも、高校生という多な時期。人に頼るということを、躊躇してしまう年頃。
し考えれば、すぐわかったのに。
悩んでいる生徒の力になりたい。昔の自分みたいに、そっと背中を押してやりたい。そう思って教師になったはずなのに。
「……みゃーこがそう決めたなら、俺は何も言えねぇよ」
「うん」
「でも、俺はずっとみゃーこの味方だから、それだけは忘れんなよ。いつでも帰って來い」
「ありがとう、先生」
俺は結局、自分の教師という立場を失うことを恐れて、ありきたりなことしか言えなかった。
本當は、多分もっと前から、みゃーこのことが好きだったんだと思う。
俺は教師だから。みゃーこは生徒だから。
自分の気持ちに重い蓋をして、自分でも無意識のうちに気が付かないようにしていたのだろう。
そのことにようやく気が付いたのは、卒業式を迎えた後だった。
「先生、ありがとうね」
「……みゃーこ、俺は……」
無意識にばした手は、空を切って行き場を失った。
「あの時、先生がずっとそばに居てくれて嬉しかった。一人だったら、立ってもいられなかった」
「……」
その手に持つのは、卒業証書。
結局、みゃーこは一度も人前で泣かなかった。
四ノ宮先生は最後まで"一緒に住もう"とみゃーこを説得していたものの、みゃーこの意志は固く、キャリーケース一つだけを持ってそのまま飛行機に乗って行った。
拳を握りしめることしかできなかった俺は、教師として、みゃーこを送り出した。
そしてそれからというもの、俺は目に見えて抜け殻のようになっていたと思う。
四ノ宮先生に"深山先生がそんなに落ち込んでると也子が怒る"と言われてしまうほどに。
ロトンヌに行って、大和の淹れてくれたブレンドコーヒーを飲みながら底なし沼に沈むかのように落ち込む日々。
大和の家で酒を飲んだら悪酔いしてしまい、危うく出り止になるところだったこともある。
「薄々思ってたけどさ、お前、やっぱりみゃーこちゃんのこと……」
「……あぁ。失ってから気付いたってやつ?馬鹿みてぇだよな。まだ二十歳にもなってない生徒を好きになるなんて」
言葉にすると、余計に切なさと悲しみに飲み込まれそうになった。
「お気にりの生徒なんだろうなあとは思ってたけど、まさかそこまで本気になってたとは」
「俺も、こんなことになるなんて思ってなかった」
あの後も、みゃーこは地元に殘ると思っていたから。
近しい皆でみゃーこを支えていこう、と本気で思っていたから。
まさか、手の屆かないところに行ってしまうなんて。
誰が想像しただろうか。
「なら止めればよかったじゃねぇか」
「んなことできねぇよ。……みゃーこのあの目見たら、何も言えなかったんだよ……」
「……お前、それずっと引き摺るぞ」
「あぁ。もう死ぬまで拗らせる覚悟ですよ……」
そんな俺をもう一度い立たせてくれたのは、四ノ宮先生の存在だった。
note+ノベルバ+アルファポリス+電子書籍でエッセイ、小説を収益化しつつ小説家を目指す日記
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