『グオオオオッ！』

熊は我を視界へれた後、

餌を見つけたとばかりに猛突進して襲い掛かってきた。

その熊はゆうに五メートルはあろうかという巨大な格で、

並の人間ならそのうなり聲を聞いただけで卒倒しかねない。

「野生のにしては大きいな、

魔と思って間違いない筈だがなぜ我に気づかぬ？」

目前まで迫った熊の魔は大きな右手を魔王に振り下ろしてきた。

魔王はその熊の手を右手で摑む。

目の前の標的が自分の攻撃で床に倒れ伏すと、

確信していた熊の魔は目を見開く。

『グ、グオオオ！』

熊は離せ！　と言わんばかりに暴れて摑まれている手を引き離そうとする。

熊が暴れれば暴れる程に腕はミシ、ミシと音を立てて、

そのたびに熊の手に鈍い痛みが走りだす。

『グァッ……、グアアァ！！！』

痛みに耐え切れずその場にうなりながら片膝をつき始めた。

「クックック、無禮者めが、我を誰だと思っている」

魔王は左足で熊のもう片方の足を掬うように引っ掛けると、

熊はあっけなくひっくり返った。

「貴様、我の言葉が通じるか？」

右手で熊の手を摑んだまま、熊に問いかける。

だが熊は全く魔王の言葉が分からないようで、

痛みを堪えるようにうなり聲をあげるだけである。

ここで魔王は疑問に思うことが確信に変わった。

魔王は魔王の世界『アレルバレル』の地において、

全ての魔を配下におさめている。

魔王の言葉は契約において、

魔の種族に関わらず言葉を通じるようにしてあるので、

目の前の熊が自分の言葉を理解していないということは、

この地は『アレルバレル』ではないという事に他ならないのだった。

「……別世界？　ふむ、だから先程のアポイントも発しなかったのか」

『グオオ……グオオ……』

魔王が納得をしている間にも魔王の右手に摑まれたままの熊は、

そのたびにひっくり返っては痛みに聲をあげる。

「……おっと、すまんな」

ようやく魔王は摑んでいた熊の手に気づき手を離してやった。

解放された熊は自らの手をかばうように立ち上がり、

そして慌ててこの場から去ろうとする。

「待て」

魔王が呼び止める聲をかけると言葉がわからない筈の熊の魔は、

金縛りにあったように足がかなくなる。

そしてゆっくりと熊との距離をめるように歩いていき……。

――そして。

「跪け」

そういうと熊の魔は、魔王の數倍ある背を丸めてその場に平伏し始めた。

そして魔王がゆっくりと手を熊の顔の前にもっていくと何かを唱えた。

『え？』

すると、今までうなり聲しかあげなかった熊の魔の聲が、

魔王にも分かるようになるのだった。

「うむ、一時的ではあるが言葉を伝えられるようにした、

長期ともなれば契約が必要になるが、

ひとまずはこれで意思の疎通がはかれるだろう」

『……。』

熊の魔は自分より遙かに上の力量を持つ魔に、

もう逆らう気など一切起きなかった。

『お、お許しください。私の縄張りを荒らしに來た人間だと思ったのです。

貴方様が魔族の方とは知らず……、ご無禮をお許しください』

「何？　貴様、我が人間に見えると申すのか？」

『……はい、見た目は人間の子供のように見えます。』

魔王は訝し気に自分のを見渡してみると、

確かに人間の年齢で言うと十歳程の子供に見えない事もない。

「ええい、全を見てみたいが姿見などこんな森にはないだろうな、

貴様、この辺に魔が治める街などはないのか？」

『この辺一帯は我々『アウルベア』の縄張りでして、

この森を出ない限り他の魔族たちはおりませぬが、

この森を出た所に人間たちが住む町はございます。』

「……そうか」

人間の町に行ってみるか。

最初に聞こうと思っていたが疑問を思い出したソフィは、

アウルベアと呼ばれた目の前の熊に魔王の存在を確かめることにした。

「お前はこの辺一帯の縄張りの主らしいが、貴様ら魔たちの王……、

魔王といった者はこの世界におるのか？」

魔王がそう言うとアウルベアは、

首を捻ってし悩んだ素振りを見せてやがて口を開いた。

『ええ、い・る・とは思います。』

「い・る・と・は・……、思・う・？」

気になる言い回しをするので訝し気にアウルベアを見る。

『私たち辺境の片田舎に住む魔では、直接お目にかかったこともないので。』

どうやらいることは確かだが、

ここではこれ以上の報は得られそうになかった。

「ふむ、まぁよいか。では、我は人間の町へ行こうと思う」

『……そうですか。宜しければ私の縄張りに、

ご案しようと思っていましたが、殘念です。』

「うむ、貴様には悪い事をしたな。そうだ、これをやろう」

ソフィは何やら金で出來たメダルをアウルベアに渡した。

『コレは一……？』

「ああ、本來ならば我が認めた配下の魔族に渡す、

〝契約の紋章〟という奴で簡単に渡せないモノなのだが、

まぁこの世界では渡しても問題あるまい。

それを持っていれば我の力の一部を恩恵としてけ取ることができるし、

先程の疎通の魔法が切れても我と意思疎通ができるようになる」

『おお……！　ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか？』

「そういえばまだ言ってなかったな、我は魔お……いや、魔族ソフィという」

ソフィは魔王を名乗ろうかと思ったが、

この世界に魔王がいる以上言わないことにした。

『ソフィ殿ですね。同胞たちにも伝えておきますので、

今後森に來ることがありましたら、

是非我が同胞たちの集落に、お立ち寄りください』

「ああ、寄らせてもらうとしよう、それではな」

そういってソフィは人間の街の方へ向かって、歩を進めるのだった。

……

……

……