《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》0-1 エピローグから始まるプロローグ
0-1 エピローグから始まるプロローグ
「……以上が、お前の罪狀だ。よってお前には、最上級の極刑・無間牢の刑を言い渡す!」
頭の上から、高圧的なの聲が響いた。
「……ということだ。悪く思うなよ、“勇者殿”」
まるで汚でも見るかのような、冷たい目をしたが、鉄格子越しに僕を見下していた……が読み上げた容はほとんど頭にってこなかった。最後以外は。
「何か言いすことはあるか?」
「……」
黙っている僕を見て、はふんと鼻を鳴らした。
「すぐに処刑係の魔導士を連れてくる。お前たち、士が來るまで極力手は出すなよ。藪をつついて出てくるのは蛇とは限らぬ」
「はっ!」
武裝をした兵士たちが、いっせいに聲を揃えた。
は上等そうな絹のスカートをひるがえすと、カツカツとかかとを鳴らして僕の視界から外れていった。
後には僕と、僕にいつでも槍を振り下ろせるようにを固くした兵士だけが殘された。
(そんなに睨むなよ。何もしやしないって)
兵士たちは走らせた目をこれでもかと見開き、僕の一挙手一投足も見逃すまいとしている。僕が膝を抱えようとを丸めただけで、揺して鎧がカチャリと音を立てていた。視線がうっとおしくて、膝に顔を埋めた。すねまで浸かっている水がちゃぷりと波立つ。冷たく、嫌なにおいがする水がたっぷりズボンに染みているが、もう気にもならない。僕は、かぶっていたニット帽をぐいっと引き下げ、耳まで覆った。こいつ・・・を取り上げられなかったのは幸いだった。だからといって許せはしないけど。
(勝手な連中ばっかりだ)
瞳を閉じて、闇の中で一人ごちる。僕は奴らの都合でここに拉致され、奴らの都合で殺されようとしている。
僕は目が覚めると、見知らぬ城の中にいた。立ち盡くす僕を出迎えた人々は、僕のことを“勇者”と呼んだ。この國を脅かす存在と戦い、この國を救うのだ、と。
意味が分からないと思った。はっ、だいたいなんだ勇者って?
(いかれてやがる。ファンタジー小説じゃねぇんだぞ)
ようは別の國から人間をさらってきて、戦爭の取引材料かなにかにしようとしているってことだろ?とんでもない事を考える連中だ。
だが、それも最初だけだった。奴らはすぐに相を変えると、僕をこの井戸の底のような地下牢に閉じ込めた。理由は僕の“力”が、勇者にふさわしくないからだそうだ。
(馬鹿にしてる)
僕はただのクソガキだ。一人で國を救えるスーパーマンじゃないし、勇者と呼ばれる程の才能があるわけない。當たり前だろ?俺は英語だって喋れやしないんだ。いったい何に期待してたんだよ?あげく勝手に失し、勝手に殺すという。
(どうして、また・・こんな目に遭わなきゃならないんだ……)
今まで生きてきて、ろくなことがあった例ためしがない。あの時、全て終わったと思ったのに、どうして……
「お怒りのようですな、勇者殿」
思わず顔を上げた。辺りを見回しても、このかび臭い地下牢にいるのは、僕以外には、僕の突然の行に驚いている兵士たちしかいない。汚い水のたまった牢獄の中には、なにやらが見えるが、あれは恐らく過去の犠牲者たちだろう。當然、兵士も、死者も、僕に話しかけたりはしない。くものいったら、頭上に設けられた鉄格子の間かられる、たいまつの揺らめく明かりくらいだ。
(気のせいか?)
「いいえ。確かにここに」
っ!今度こそ聞こえた。空耳ではない。それも、こちら側から。つまり、僕のぶち込まれたこの牢獄の中から聞こえてきた。僕は視線だけを巡らせる。牢獄のなかには汚い布の塊や、白く細いもの……恐らく骨だ……くらいしかない。どう考えても、聲を発するものは見當たらない。
「おや、お気づきになりませぬかな?」
いや、気づくもなにも。このどこかに、聲の主がいるっていうのか?隠れているのかな……
「あいや失敬、これでは見えなくて當然ですな。このようなぶしつけな姿で話すことをお許しいただきたい。なにぶん、人と話す機會なぞ、とんと久しいものでした故、どうにも堪えがききませんでな」
僕はそろりと視線を上げ、兵士たちの様子をうかがった。兵士たちは僕がまたくんじゃないかと目をらせているが、それだけだ。おかしな聲に反応する様子はない。
「ああ、安心なされ。某それがしの聲は勇者殿にしか聞こえませぬ」
そうですか。もしかして地下牢の亡霊かな?
(……無いな)
これはきっと、僕の頭が作り出した幻聴だ。いよいよ僕も末期らしい。
「しかし、逆に疑問ですな。勇者殿にはなぜ、某の聲が屆くのでしょう」
(しらねーよ)
「そうおっしゃらずに。いままで數多の勇者様を見ましたが、話が通じたのは貴殿だけです」
(思考を読むな)
ほんとにめんどくせーな。僕の幻聴だから耳もふさげない。死ぬ前くらい一人で靜かに過ごさせてほしいんだけど。
「おや、勇者殿は死なれるおつもりですか。かく言う某も、とうに三途を渡らねばならぬのですが」
(……なんだって?)
「さきほど、亡霊とおっしゃられたではありませぬか。それが適當かどうかはわかりませぬが」
そのとき、壁のそばに打ち捨てられていたぼろ布が、まるで誰かに引っ張られたかのようにずるりといた。
中にいたのは、一の骸骨だった。
「とまあ、こういうわけでして。いやはや、ここで腹を切ってからしばらく経ちますが、どうにも人しくなっていけませんな。死に顔を曬したくないと、最期に頭巾をかぶったのがいけませんでした。ねずみ共にかじられているうちに骨だけになってしまいまして。おかげで仏もできずにこうしている始末」
(……そんなことは、きいていない)
「おっと、いかんいかん。歳を取るとつい話が長くなってしまいます。元に戻しますと、なぜ勇者様には、某のような骸むくろの聲が聞こえるのでしょう」
(それは)
それは、僕がここにいる理由そのものだった。ここにれられる前、あの高慢ちきなに言われたことを思い出す。あのいわく……なんの冗談かと思っていたが……こんな普通の年の僕にも、どうやら“能力”とやらが備わっているらしい。そしてそれは、勇者たるものにはふさわしくない、邪悪な力だとか。その能力とは……
(僕が……死霊士ネクロマンサーだから?)
我ながら荒唐無稽だ。けどそう考えれば、一応骸骨と話せる理由はつく。
「ほほう。死霊ですか。それは確かに、勇者という印象からはちと語が悪いですな。ははは」
(うるさい)
ふざけるな。印象だけで、僕はこうして殺されようとしているのだ。まったく笑えない。
「しかし、なればこそ。勇者殿は、なにゆえ死さんとしておられるのか?印象で処罰されるのなら、印象でそしりを免れることもできましょう」
(……うるさい)
「ましてや、貴殿は勇者だ。力の使い方さえ間違えなければ、必ず」
「うるさい!」
僕の聲は地下の壁にうわんうわんと反響して、思ったより大きくなった。突然聲を発した僕に、兵士たちは転げそうになるほど驚いていた。どいつもこいつもうるさい奴らだ!
「もう面倒なんだよ!生きてどうなる!?この地の底から逃げだせたとして、帰り道もわからないんだぞ!」
正論ばっかり言いやがって。生きることを賛する連中は、生きることの苦しみを微塵も語ろうとはしないんだ。
(……もういいんだよ。疲れた。必死にあがいて野垂れ死になんてごめんだ。どうせ帰ったところで……僕はここでおしまい、これでいいんだろ)
本當に、余計なことをしてくれた。ここの連中にさらわれてこなけりゃ、僕はとっくに今頃……
「ふむ。貴殿の心は、なにやら隨分とこんがらがっているようですな。であれば、勇者殿」
(あ?)
チャプリ。その時、何かが水をかき分ける音が聞こえた。視界の端で何かがいている。別にどうでもいいので無視するつもりだった。しかし。
「いっそ、某が切ってしんぜよう」
その言葉に顔を上げると、目の前に骸骨が立っていた。
(けんのかよ)
僕が真っ先に思ったのは、そんなどうでもいいことだった。いや、どうでもよくはないか。幻聴の次は幻覚かもしれない。
(それより、切るだって?)
骸骨のには、剣の柄が突き刺さっていた。しかし、肝心の刃が見えない。骸骨はその柄をおもむろに両手で握った。きしり、と音を立てて剣が抜かれていく。すると、見えなかったはずの刃が、まるで奴のから引き抜かれるようにせり出していった。
シュルルーン。空気を震わせる音とともに、やいばが抜かれる。
それは、銅あかがねの刀だった。
「さて、勇者殿。いかがなさるか。この古兵ふるつわものの刃にかかるか、それとも己がさだめと首に縄を食らうか」
はっ。こいつもずいぶん無茶苦茶言いやがる。どっちみち死ぬじゃないか。どいつもこいつも勝手な奴ばっかりだ。僕はやけっぱちでんだ。
「……いいじゃねえか。切ってもらおうじゃん!やれるもんなら」
「その心意気や良し。あいわかった」
えっ。
ずっ。僕が言い終わらないうちに、骸骨は僕のに刀を突き立てた。そのまますうと橫に引くと、僕のはあっけないほど簡単に真っ二つになった。銅の刀がたいまつの炎に照らされて、のように真っ赤なのが、ひどくきれいだと思った。
(あ。僕、死ぬのか)
不思議と僕は冷靜だった。泣くとか痛いとかぶとか、そういうは出てこない。なんだかとても、それこそ今までの人生で一番くらい、清々しい気分だった。
(……こんな気持ちになれるなら)
今さらだけど、こう思わずにはいられない。
(もうし生きてみても、よかったかな)
いまわの際になってこんなことを思うなんて、ずいぶん皮な話だ。僕はわずかな後悔を噛みしめながら、ゆっくりと目を閉じた。
つづく
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読了ありがとうございました。
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