《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第449話 朗報

ベトゥミア共和國軍侵攻部隊、その主力の撤退戦は、酷いものになった。

ようやく帰還の希が見えたとはいえ、既に一週間以上も前から食料に困る狀況。ロードベルク王國の主力の追撃をけながら、四萬もの兵が秩序を維持して撤退するのは不可能だった。

軍を外れての逃亡。負傷者の放置。殘りわずかな食料や資の竊盜。さらには軍で別の部隊同士が食料を奪い合って殺し合うような事態まで発生。そこへロードベルク王國の主力が統率のとれた攻撃を仕掛けると、ベトゥミアの軍勢は火で炙られた雪が解けていくように端から消滅していく。

なんとかオストライヒまでたどり著いたときには、ベトゥミア主力の総數は二萬を割っていた。

そして、オストライヒに辿り著いても彼らは安堵できなかった。この橋頭保の東部、西部を守る部隊は既に壊滅狀態であり、中央主力とオストライヒを結んでいた輸送隊も敵の遊撃戦で盡くが無力化され、殘る兵力は一萬五千以下。

どうにか三萬にとどく兵力をもって、ベトゥミアの侵攻部隊はオストライヒを死守する制にった。

対するロードベルク王國の軍勢は、兵力でベトゥミアを圧倒している。

オスカー・ロードベルク三世が率いる中央主力が、追撃を続けて多消耗し、さらには王都との補給線維持のために數を減らしながらも三萬五千以上。

ルボミール・ガルドウィン侯爵とアンリエッタ・ランセル王率いる西部軍が、ほぼ全戦力を維持したまま二萬強。

ブロスニラフ・ビッテンフェルト侯爵とノエイン・アールクヴィスト大公率いる東部軍が、こちらもほぼ全戦力を維持して一萬五千。

さらに、異國からの援軍であるヘルガ・レーヴラント王の部隊や各地の遊撃部隊として活躍していた戦力が総勢およそ五千。

ベトゥミア共和國軍侵攻部隊の、実に二・五倍に及ぶ大戦力で、ロードベルク王國とその友好國はオストライヒを完全包囲した。

「諸卿。こうして互いに無事で合流できたこと、嬉しく思う」

包囲が完了した後、総司令部とされた本陣の天幕にて、各部隊の指揮が集結。彼らを見回してオスカーはそう語る。

國王たるオスカーと、王國四派閥全ての盟主。ランセル王國、アールクヴィスト大公國、レーヴラント王國の長あるいはその名代。それぞれの抱える大臣あるいは長級の重臣。

そうそうたる顔ぶれが、オスカーに向けて一禮する。

「どうだった、各所の戦いは?」

「……たわいもない、といったところでしょうか」

「ええ。七年前が噓のように、楽に勝利を得ることができました」

既に大まかな報告はけていたが、オスカーがあえて尋ねると、ビッテンフェルト侯爵とノエインが答える。

「……確かに、正直に申し上げて拍子抜けでした」

「遠く南の超大國がどれほどのものか構えていましたが、脆弱もいいところでしたわ」

ガルドウィン侯爵と、アンリエッタもそう語る。

「私たちが戦ったのは所詮は輸送隊でしたが……百人いてもあの戦いぶりでは、はっきり申し上げて相手になりませんでした」

そう評したのはヘルガだった。彼たちは今回の戦いで、今まで慣習やを理由に作られなかった獣人部隊が一定の狀況下では非常に有効であることを証明した。

「どの軍も申し分ない戦いを繰り広げたようだな。結構だ……さて、もはや我が軍の勝利は揺るぎないように思えるが、最後まで気を抜かずにいこう」

オスカーは笑みを浮かべて言った。

ロードベルク王國はもはやベトゥミアの侵攻部隊に負けはしないが、ベトゥミア本國でのアイリーンの政変がどうなったかはまだ分からない。アイリーンが勝ったか、富國派が勝ったかで、今後の対応も変わる。

おそらくはオストライヒに立て籠もっている侵攻部隊の司令も、本國からの救援を唯一の頼みの綱として粘っているはず。

もうしばらくはを保たなければならない。それは誰もが分かっていることだった。

・・・・・

地獄のような撤退戦を経てオストライヒに戻り、一週間以上が経過。ここまで戻ったところで狀況は全く改善せず、ベトゥミア共和國軍侵攻部隊は相変わらず飢えと戦いながらひたすらに耐え忍ぶことを強いられていた。

もはや兵士たちの士気は底をつき、走して勝手に降伏する者が続出。一夜明けるごとに兵士の數が減っていく。

そんな限界の狀況は、撤退から十日目にしてようやくいた。

「司令閣下! ベトゥミアの連絡船です! 沖合に船影が見えました!」

司令部に飛び込んできた士の報告に、その場にいた將たちがざわめく。一方のドナルドは大きな反応を示さなかった。

本國からの連絡船。それが富國派からのものか、政変に功した一派からのものか、それによって話は変わる。

「……報告ご苦労。連絡船を迎える準備をしろ」

ドナルドは指示を出しながら、自ら司令部を出て港の方へ向かう。將たちもそれに続く。

オストライヒの通りを進んで港に出ると、そこには多くの士や兵士が集まっていた。皆、喜びの表を浮かべている。裏事を知らない多くの者は、目の前の連絡船が本國からの救援を告げる先れだと信じて疑っていない。

果たしてあれはどちらの連絡船か。ドナルドがい表で見守っていると――

「……おい、あの後続の船は何だ?」

「ベトゥミアの軍艦じゃないぞ!」

「あの旗は……ろ、ロードベルク王國の旗だ!」

「なんでベトゥミアの船と一緒にいるんだよ!」

ベトゥミアの連絡船、その後ろに続いて現れたロードベルク王國の軍艦の群れを見て、士と兵士たちがざわめき出す。

「……駄目だったようだな」

ドナルドが呟く傍で、彼を囲む將たちの表は一様に険しい。ベトゥミアの連絡船とロードベルク王國の軍艦が行を共にしているということは、つまりはそういうことだ。

ロードベルク王國の軍艦が沖合で停止する一方で、ベトゥミアの連絡船はそのまま港。船から降り立ったのはドナルドたちも見知っている、國民派と繋がりを持つ數ない上級士の一人だった。

「ロードベルク王國侵攻部隊司令ドナルド・パターソン將軍閣下。ベトゥミア共和國暫定政府より、臨時首相ボラン・ウッドメル閣下のお言葉をお屆けにまいりました。お人払いをした上で、お話ししたく存じます」

暫定政府。臨時首相ボラン・ウッドメル。その言葉が聞こえる範囲にいた士と兵士たちが、より一層大きなざわめきを起こす。

「……分かった。ひとまず司令部へ場所を移そう」

ドナルドはため息を堪えながら、努めて落ち著いた聲で答えた。

この伝令の言葉を聞いて理解した。自分たちは負けた。富國派と、富國派の仲間である自分たちの時代は終わったのだ。

・・・・・

ベトゥミア海軍の輸送路上にて敵輸送船団を狩っていたロードベルク王國海軍は、軍務中、

単獨で行するベトゥミアの高速船を発見した。

おそらく連絡船と思われるこの船は、逃げるのではなく逆にロードベルク王國海軍の艦隊に接近。そこに乗っていた士は、自分たちがアイリーン・フォスター將軍と國民派による暫定政府の遣いであり、本國における政変が功したことを語った。

ロードベルク王國海軍はこの連絡船を警護して王國の沖合まで送り屆け、オストライヒに上陸させた。と同時に、自軍からもボートを一隻、オストライヒからはやや離れた海岸へ上陸させ、総大將オスカー・ロードベルク三世へと狀況を報告するための遣いを送った。

遣いとして上陸したのは、ジュリアン・キヴィレフト伯爵。護衛を引き連れ、地上の王國軍と合流した彼は、オストライヒ北側に位置する司令部天幕へと出向いた。

「キヴィレフト卿。厳しい任務だったと思うが、ご苦労だった」

「いえ、王國貴族として當然の務めを果たしたまでにございます」

ジュリアンの聲には多張のもあったが、その態度は概ね堂々としたものだった。オスカーの傍らで、他の將たちと共にジュリアンを出迎えたノエインは、異母弟の長した姿にあらためて心する。

「それでは報告いたします……まず、王國海軍の損害は軽微です。死者は歩兵と船乗りが併せて三十人ほど。また、病人は數で済んでおります。ベンダム王國は、ロードベルク王國海軍に対して協力的な態度を維持してくれています」

パラス皇國の東に位置し、ロードベルク王國とは友好関係を保っているベンダム王國。かの國が領有する島のひとつが、現在ロードベルク王國海軍に対して補給などの後方支援を擔ってくれていた。

「そして本題になりますが、ベトゥミア共和國で発生した政変は、アイリーン・フォスター將軍と國民派議員の勝利に終わったそうです。行政機関と國に殘留している軍は概ね掌握。共和國民の助力もあり、暫定政府の設置と勢力維持に功しているそうです」

「……そうか。フォスター將軍は政変に功したか」

オスカーは満足げに笑い、呟いた。

これでベトゥミア共和國軍の侵攻部隊は、敵地にて完全に孤立した。今まで敵がオストライヒを死守していたのは、本國から救援がくるという希があったから。それが潰えた今、敵がもはや戦うことはない。

「報告ご苦労だった。長い軍務で疲れたであろう。ひとまずし休み、海軍団長に私からの労いの言葉を屆けてやってくれ」

「かしこまりました。謝いたします、國王陛下」

ジュリアンは整った所作で一禮し、天幕を去る前にノエインへと視線を向けた。ノエインが無言で頷いてやると、ジュリアンは口元に微笑を浮かべ、退室していった。

「……さて、諸卿。我々の勝利は決まった」

オスカーは將たちを見回し、そう語った。

その翌日には、ベトゥミア共和國軍の侵攻部隊より、指揮同士での話し合いを求める使者が送られてきた。

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