《ワルフラーン ~廃れし神話》カテドラル・ナイツ その2
男が一歩、踏み出した。
「そうか……行け!」
號令と共に、キリーヤの母がきだし、男の方へと駆け出した。どこから出したのか、その手には斧ではなく、短剣が握られていた。
この世には五段階のランクがある。
下位、中位、上位、極位、終位。後に述べたもの程、強さが違ってくる。その中で、あの短剣はかなり強く、上位の部類にる。
第三兵士長以上より支給される位だ。あれを従魔に渡していいものか、悩んだが、己の力を誇示するのに丁度いい機會だ。そういう訳であの短剣を渡したのだが、
「……極位か」
「ほう、無知な魔人も、しはを知っているようだな?」
男の態度は変わらない。男の鎧は、確かに異様だが、結局は魔人。如何に優秀でも、作れるのは上位程度だろう。
それなのに、何故だ。この余裕は。
売れば、リスド金貨五枚は下らない代を見て、驚かない者が、果たしているのか。
「価値を理解してないのか」
口の中で呟き、勝手に納得した。それが、如何に愚かで、誤ったものだと知らずに。
「名ヲ『アーマーピアース』。名ノとお、鎧を貫く、の鋭さをもツ……」
迫り來る短剣に、男は何もしなかった。程なくして、に刺さる音聞こえる。
「思い知ったか! ……ん?」
何やら、様子がおかしいので、脇にずれて二人を見る。
の手がびている。その先には男の手がある。その男の手はの手首を返し―――の腹へと短剣を突き立てていた。
死なので死ぬ事はないが、問題はそこではない。
「何……?」それはアスリエルの常識では有り得なかった。「構わん、やれ!」
は武を捨て、首筋へ噛みつこうとするが、それよりも速く男の手がの首を摑み、を持ち上げた。の抵抗空しく、男は、そのままアスリエルへと、を投躑した。
「むっ」
アスリエルは、仮にも第三兵士長、急な狀況にも慣れている。
飛んでくる死を観察し、自分と接する部位を確認。それがと確認すると、出來るだけ素早く切斷出來る箇所を想定。
「ハァッ!」
鞘から剣を抜き放ち、一閃。死は両斷され、アスリエルの両側へと吹き飛んだ。
「ふぅー」
「ミゴ……とだ」
「ふん」
鼻を鳴らし、アスリエルは剣を納める。
「みくビっテい……コンオはオレ……アイて……」
お前をみくびっていた。今度は俺がお前の相手をしてやる……か。言っている言葉はどうにか理解した。
その上でアスリエルは剣を鞘に納め、敵意を抑え込む。
「……私と戦いたいのだろうが……殘念だな。それは葉わない願いだ」
「な、ぜ?」
「貴様のような雑魚と戦ってる暇はないのだ。大事な任務があるのでね。そんなに戦いたいのなら、そら」
アスリエルが合図をすると、草むらの中から、幾つもの影が立ち上がった。
それは、村にいた男達だった。どれも、頭を割られていたり、両腕を失っていたり、死因は様々だが、今ではのり人形と化している。
「アスリエル様、ご無事ですか!」
「なんですかこいつ? 変な鎧著てますね」
さらに、配下の者だろうか。兵士數十人が、と男を囲むように、駆けつけた。
「どうだね、この數は。従魔共は貴様と話している間に、こっそり喚んでおいた。それだけでも貴様からすれば大変だろうが、ここに私の部下を加えると、もう無理だ。やめてほしいか? 逃げたいか? 私の部下は、魔人に対して容赦はしない―――々生きられることを祈っているといい……やれッ!」
魔人に向かって部下が斬りかかっていくのを見屆けた後、アスリエルは背を向け、走り出した。
「お母さん……」
分かっていた。死となり、ディナントに、牙を向けたその時から、母が死ぬことは。
それなのに、何故だ。
悲しい。視界が歪む。目の辺りをると、ったじがする。ああ、自分は泣いているのだ。母が目の前で死んだのが、悲しくて、泣いたのだ。
「ス……まない」
「え?」
「ハハ……ヲ、マモれなかッあ」
困するキリーヤを一瞥し、ディナントは構えた。
「お前……ハまも……る」
「なんだ、これは?」
  村に戻ってから、アスリエルは違和を覚えた。
従魔がいない。部下がいない。それどころか、魔人達の死もないのだ。
數ではこちらが圧倒的だったにしろ、十人くらいはまだ抵抗していたはず。仮に十人が殺られたとしても、従魔と部下が消えるはずはない。
「教會が……」
教會の扉が開かれている。あそこは門番4人、巡回8人、子供への見張り3人と、計十五人で監視していた。部下の強さはアスリエルがよく知っている。自分に忠実である事も、そう簡単にやられるような連中ではない事も。
「何が起きているのだッ、クソ!」
吐き捨てるように言い、近くにあった米俵を蹴っ飛ばす。米俵は、妙に重かった。
興気味に教會へるも、やはり見えるものは変わらない。
……誰が逃がした?
部下は自分に忠実なため、可能すら考慮していない。
潛伏していた魔人、というのは最も考えられる可能だが、アスリエルの部下一人にすら苦戦する魔人が、數十人の警備を突破出來るはずはない。さっきの大男も考えられるが、男は対極の方向から來た。考えられなくはないが、無理があるだろう。
 記憶の限りを辿り、その元兇を探す。
『もうすぐ、魔王様が來るわ! そうしたら、あんたたちなんてケチョケチョンよ!』
『アルドさ……マモレと……イアれた」
魔王……アルド……魔王……アルド……魔王アルド?
「主様が、どうかしたかの?」
に在るを刺激する、艶やかな聲。
反的に振り返ると、そこには妖艶ながいた。
腰辺りまでびた、この辺りでは珍しい黒髪は、吸い込まれそうな程に黒く、そして深い。ここまで髪の綺麗なも、そう居ないだろう。
勿論、それだけではない。さっきの男程ではないが、黒い布のようなものを著て、扇狀のモノをパタパタ仰いでいる彼も、十分に異様だ。
これは、『キモノ』というやつだろうか。何分、ジバルの資料がないため、何ともいえないが、その辺りで、見るようなものではない事だけは分かる。
それにしても―――
「貴様は人間ではないのか?」
このはどうみても人間だ。人間とは、つまり最強の種族である。そんな誇り高き人間が、魔人の味方をするなど有り得ない。あってはならないのだ。それが人間なのだから。
が、扇狀の何かを閉じ、米俵に腰を掛ける。
「妾が人間とな? 戯れ言はよせ。妾はそのような畜生と、同族になった覚えはないぞ」
……今、なんと言った?
「待て、貴様。今、人間を畜生と言ったのか?」
「妾は事実を言っただけじゃ、それとも何か、お主は自分を高等種族と思うのか?」
「當然だ」
「笑わせるのう。我が主様とは大違いじゃ」
嘲笑すらも、彼であればしい。の発言に、アスリエルは怒りを覚えていたが、やりにくさもじている。
しかし、服裝から察するに、は戦闘に向いてはいない。やりにくさも特に弊害にはなるまいと思ったか、アスリエルは剣を抜いた。
「……まあいい。貴様が魔人だという事は分かった。その上で聞くのだが、私の部下達はどこだ?」
は無言で、アスリエルが蹴っ飛ばした米俵を指す。
何の事だか訳が分からなかったが、蹴っ飛ばしたあの時、アスリエルはじた。米俵が妙に重いと。その時は苛立っていて気にならなかったが、何というか、重さが米にしては偏っている気がしたのだ。
「向かわんのか?」
言われなくてもわかっている。の脇を通り抜け、先程の俵へと向かう。注視してみれば、米俵が僅かにいている事が分かった。いや……そんな馬鹿な。
その予を否定したい一心で米俵を叩き切るが―――そんな希は、無にも打ち砕かれた。
脈する臓。その周りに巡る無數の管。無造作にくっついた四肢。溶けた眼球が、むき出しの筋に張り付き、その隣には、口まである。
おそらく、これを見た時の想は、共通する。
気持ち悪い。
この魔人とも、人間ともつかない生は、一? そもそも生なのか?
疑問は盡きない。だが、もっとも解決すべき疑問は、これが部下なのかという事だ。こんな塊になってしまった以上、個人の証明は不可能。の言葉を信じるしかない。
これが部下だったものとは、信じたくない。だからアスリエルはそれを証明しようと、俵を叩き切った―――
仮に。部下だとするなら。そう仮定するならば。
気づけば、へと斬りかかっていた。
「ハァァァァッ!」
怒りが込められたそれは、アスリエルの中でも最速の一撃だった。あの服裝ならば、避ける事は出來ないだろうと思って繰り出した。まさに必殺の一撃だった。
しかし、それはアスリエルの常識であって、世界の常識ではない。
剣が振り下ろされると、のはあっさりと割れて、まるで霧のように分散した。勢い余って、剣が地面へと突き刺さる。
まるで手ごたえが無かった。
「ほれ、どうした。その程度なのかえ、大帝國の騎士というものは。もっと妾を楽しませるのじゃ」
聲が後ろから聞こえる。反的に背後を薙ぐが、やはりの手ごたえが無かった。
「つまらんのぉ。せっかく妾が噓を拵えてやったというのに、何じゃ、そのきは? ふざけておるのか?」
「……噓?」
次々に出てくるを、アスリエルはひたすらに斬っていった。それでも、聲は途絶えないし、數も減らない。川の石を全て積もうとするようなものだ。到底終わらない。
「あのの事じゃ。あれは貴様の従魔、魔人の死の集合じゃよ」
「幾ら死といえど、同族で作ったというのか……まあいい。そうだとするなら、部下はどうしたんだ?」
「どっちにしろ戻っては來んよ。妾の虜になっておるからな」
次の一撃は、さっきまでとは違い、け止められた。刃の先には、の持つ扇狀の何か。今は閉じられているそれが、アスリエルの剣を防いでいるのだ。
只の裝飾品か何かだと思っていたのだが。まさかあれが……こいつの武だというのか。
アスリエルの剣は、極位相當の強さを持つ。生半可な武防では、防ぐ事すら葉わない。それなのには、右手に持つ奇妙な武で、その顔に余裕を浮かべながらけ止めている。
我慢ならなかった。自分の常識が通じないのが腹立たしかった。自分の強さが一切通じないのが、怖かった。
「ぬうう……」
「暑苦しいのう」
武が一瞬離れた。そう思った時には、既には、アスリエルの剣へ、武を叩きつけていた。あまりの早業に、アスリエルは自らの剣を、しもかせていない。
直後に破砕音。
アスリエルが、驚いて後退。叩きつけられた部分の刃は、完全に砕けていた。
「ほお、流石にいのう」
その発言に、アスリエルは初めて危機を覚えた。余裕が無くなっているのが、自分でも分かる。いや、自分だからこそ分かる。
ここは森の大男を部下が倒すまで、時間をばそう。
「し話をしないか?」
はし考え、やがて首肯する。
「いいじゃろう。何を話すんじゃ?」
「貴様らのボスは、どんな奴なんだ?」
「どんなやつも何も、魔王じゃよ。妾が生涯添い遂げようと決めた、しい人よ」
「そんな事を聞いているんじゃない、どんな魔人なのかと聞いているんだ」
は困ったような表を浮かべた。
「魔人ではないぞ?」
「何? では人間という事か?」
は、大きく息を吐くと、改まったように、アスリエルを見る。
「お主らは、死人の事を覚えているか」
唐突な質問に一瞬戸うが、し考えた後、最適と思われる答えを口に出す。
「過去の者など、覚える必要はない。そうだろう? 覚えていたところで何も利益はないのだからな」
「……そう思うか。ならば、歴史學者にでも聞いてみると良い。きっと誰か分かるじゃろう」
「そんな暇はない……どんな奴だ?」
「強いて教えるならば『亡霊』かのう。それ以上は言えぬ」
は、扇狀の武を開き、口元を隠した。
癪に障る発言はあったが、どうにか報は得られた。ちょろい魔人だ。後は大帝國に知らせるのみ。
任務は失敗したが、村を壊滅させ、化けと呼ばれる者の正も解明させたのだ。國中から稱賛をける事は、間違いないだろう―――
「気になっているんじゃが、どうしてお主は、ここから生きて帰れると思ってるのじゃ?」
「……え?」
そういえばそうだ。どうして自分はここから逃げられると思ったのだろう。今は危機的狀況だったではないか。
いや、それよりもまず―――報を持ち帰ろうなんて、自分はそんな事言っていないはず。どうしてそれが分かったのか。
中から変な汗が出始める。
「妾がタダで報を出すと思っておるのか? こっちにも目的があるんじゃ。でなければ、お主の隠すつもりがあるのかすらも分からぬ作戦なぞに、引っ掛かるまいて……っと、來たようじゃの」
の視線の先には、先程の大男―――ともう一人。
「時間稼ぎご苦労フェリーテ。さあ、私の左側へ」
「意に」
武を閉じ、が分散。男の左側に、移していた。
「いやはや、まさかこの大陸まで出張してくるとは。甚だ予想外だったよ。まあいい。自己紹介をしよう」
「お、レ……カテドラル・ナイツ……『鬼』、ま……ジ、ディナント」
「妾は『妖』と呼ばれる魔人で、カテドラル・ナイツの一人、フェリーテじゃ」
「そして私がアルドだ。魔人を束ね導く者、『魔王』とも呼ばれているよ」
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