《ワルフラーン ~廃れし神話》貴重な休息
カテドラル・ナイツにおいて、最も危険な人は誰か。
勿論これは強さ的な意味合いではない。そういう意味なら一瞬で決まってしまうのだが、彼は生憎危険ではない。というか、対抗手段が確立されてる故、暴れようと大して危険ではない。ついでに言えば、最強など飾りで、殆ど誤差である。だから彼は除外していいだろう。
フェリーテはどうだろうか―――考えるまでもなく論外だ。彼は行力こそナイツ最強だが、理がある。アルドへの忠誠心は言うまでもないので、危険と言うかは模範的な臣下だ。除外。
メグナはどうか。確かに素早さはナイツ最強だが―――除外。
ヴァジュラは―――彼は一応ナイツ最弱だ。格から見ても危険とは無縁である為に除外。
それでは一誰なのか。
それを尋ねれば皆はこういうだろう。雀の魔人、つまりファーカだと。
雀などという可らしい名前に似合った長とは裏腹に、『狼』より鋭き牙を持っていて、『鬼』より殘忍な格。「雀というより隼だ」と言われるのも仕方あるまい。隼の魔人は絶滅しているため、魔しかいないのは分かっているが、それでも彼が最後の生き殘りなどと言われれば、皆信じるだろう。
何より彼は加嗜好者だ。アルドに対しては被嗜好者になるらしいが―――そんな事を暴されても困るし、第一そんな事は陣全に言える事。改めて言うような事では決してない。
男達(以降、羊と呼ぶ事にする)は、陣を舐めるように見た。足から腰、腰から、から顔。格で損している者もいるが、容姿は全員上等の類だ。
羊達が口元を吊り上げる。表は平靜を裝っているが、チロチンにも理解できるほどの底なしの煩悩がじられた。陣の周りに集まっている男達とは比べようもない煩悩だ。きっとこの羊達の主分は煩悩で構されているに違いない。
その手の特異能力も無いモノにすら理解できるのだ、『覚』があるフェリーテには何が見えているのだろうか―――想像したら吐き気がしてきたのでやめておこう。
羊は愚かにもファーカに狙いをつけた。そしてファーカに近寄り、何かを渡した。
「どうだい?」
ファーカは何かに手を突っ込み、中を取り出した。見るとそれは金貨のようで、戻す寸前チロチンへと見せつけてきた。
ファーカとは長い付き合いだが、その辺りは良く分からない。取り敢えず頷いておく。
その行を見たファーカは、男達に、にっこりと笑いかけた。
「ええ、構いませんよ」
「っへっへっへ。では參りましょうか、お嬢さん」
「はい。それでは―――ユーヴァン、ディナント。フェリーテ、メグナ、そして皆さん。私は々この方達の相手をしなくてはならないので……失禮」
「……ほどほどにの」
「あんたも好きね……」
ファーカはドレスの裾を摑み、頭を下げた。そして後ろを振り返り、「行きましょうか」と満面の笑みで羊達を促し、酒場を後にした。
「ご愁……」
「運がわりいなあおい……だが俺様には関係ないッ、俺は、お前に勝つだけだァァァァァァ!」
ユーヴァンのテンションにディナントは置き去りにされている。まあこの常に意味も無くハイなノリについていけという方が不可能なのだが。
「おおおおお、あんたらすげえなあッ、俺らも頑張るぞ! そこの嬢ちゃん、混酒なんてぬるいモンはいいから、蒸留酒を出してくれぇぇ!」
「は、はいぃ、―――きゃあっ!」熱気に気圧された店員の。焦ってしまったのか、段差すらない床で躓き、酒の殆どをユーヴァンの顔面に引っ掛けてしまった。
この時ばかりはさすがに熱気も収まり、靜寂が生まれた。
「あっ……」
「貴様……」
「申し訳ありませんでしたッ、直ぐに代わりを―――」
「最っっっっっっっ高に面白い事してくれたじゃないかフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
もはや人格崩壊を起こしている。誰か止めろよ。
「いいぞぉ、もっと持って來い、俺らも勝負だ!」
「フォアアアアアアアアアアア!」
どいつもこいつも狂気にあてられて狂い始めた。もう駄目だこの酒場は。どいつもこいつも正気を失っている。
「ユー……ヴァン」
ディナントは困ったような聲を上げたが、聞く耳を持つものはいなかった。可哀想に。だがこちらにも狂気が飛んでくるのは勘弁なので、視線を床に移し、思考を巡らせる。
そういえば、何故羊は奇妙な格好(酒場にドレス)でいる奴に聲を掛けようと思ったのか。百戦錬磨の強者なら絶対にあんな事はしない。
こんな事を言えば彼等が威勢だけの雑魚という事を証明してしまうが、事実なので仕方がない。すら見る目が無いとはいっそ哀れにも思える。
「……ふん」
聞こえる。死の足音が聞こえる。何処かで死神が鎌を振るっている。
――――――それにしても、ファーカも分かりづらい合図を出したものだ。あの時の金貨チラ見せの真意とはつまり、
「死処理宜しくって事ですか」
チロチンは呆れたように肩をすくめ、ため息を吐いた。
「曲は……『鳥葬』でよろしいかな」
チロチンは仕方ないとばかりに腰の辺りからの開いた棒―――龍笛を取り出し、靜かに吹き始めた。彼の行を気に留めるモノは誰も居なかった。
「俺ノ……勝ち」
「ゥォァ…………負けぉぁ……俺様ぁぁ……負……気持ち悪……」
「ぐぁ…………」
「まだ……ま……だ……だ……グフッ」
ユーヴァンと男達が仲良く白旗を上げた頃、時を同じくして『鳥葬』が吹き終わった。今頃はきっと、文字通りの出來事がどこかで起きているだろう。
まあ、雀を騙る魔獣だと知らずに捕まえてしまった彼等は、決して無事では済まされない。烏葬を吹こうが吹くまいが、既に手遅れだろう。
耳を澄ませば、聞こえない。死を啄む音も、命乞いも何も。
「あら、皆さん、仲良くお潰れになってますね」扉が開き、ファーカがってきた。
「むぎゅう……わ(あ)、ファーア(カ)、お相え(手)終わったのか?」
「ええ、それはもうシコウの時間でした」
ファーカは艶やかな微笑みを浮かべている。の匂いが消えていないが、酔いつぶれている男達には気づかれないだろう。
「ファ……-カ、ちろ、チンに」
「ああ、そうでしたね」
ファーカはチロチンのもとへ向かい、階段の踴り場で止まった。
「手を取ってくれない?」
「何故」
「ドレスだと転びそうなの」
マントから片腕を出し、ファーカへと差し出す。ファーカはそれを取り、階段を上品(かはよく分からないが)に上る。
たった七段だというのに、果たして手を取る意味があるのか。
「形式じゃよ形式、深く考えるでない」
手すりごしにフェリーテを睨んだが、あちらはメグナと話しているだけだった。心を読まれたわけではなく、偶然だったようだ。
「ありがとう」
「死処理にも謝してもらいたいんですがね」
嫌味を言ったつもりだが、ファーカには通じていない。
「義務に禮を言っても仕方ないでしょう」
「ぎ、義務? ……………ああはいはい。そうですね」
味気ない會話が続く。ファーカとは仲が良い方ではあるが、如何せん日常會話自がなく、何を話していいか分からない。こんな風に二人きりで中のない會話をするのも、三か月ぶりくらいだろう。
彼は自分と話す時だけリラックスしているのか敬語をやめているが、それも話をしづらい原因の一つかもしれない。
彼は同郷の者なのだが、何故だろう。
「でも、ありがとう」
「もういいよ。それで、何か聞きたい事でも?」
「別に。ディナントからはお禮を言えと言われただけだし、日常會話でもしようかなって」
義務に禮をする必要が無いと言っておきながら、お禮を言えと強いられれば言う、と來たか。どうやらお禮とは、誰かに促されて初めてするものらしい。
ファーカは、後ろ手を組んで、チロチンの橫に並んだ。
「確かにこういう時間は今まで無かったな」
「アルド様の為に私達いてたしね。どうしても會話が任務やら必要な事を話すばかりになっちゃって、堅苦しかった」
「アルド様は、別に話すな、なんて言ってないけどな」
「でも私はやっぱりアルド様が好きだから、あの人の為ならって、堅苦しくてもずっと頑張ってる。チロチンも―――というか、みんなそうでしょ?」
こちらの顔を上目遣いで覗いてくるファーカに、チロチンは一瞬言葉を詰まらせた。
「それは……まあそうだが」
ルセルドラグですら、アルドの為ならば何でもするのだ。アルドの信頼は、なくとも、自分達と出會った時よりは、厚くなっている。
しかしながら、それはおかしな話だ。アルドは魔人のために魔王になっている。だが魔人はアルドの為にいている。これでは結局誰の為に戦っているか分からない。
こんな上下関係も中々無いだろう。
「ねえ、私ね、アルド様に振り向いてほしいんだ。人間から世界を取り返した後でもいいから、私に振り向いてほしいんだ」
「今のに好度を得ようと?」
「そういう事。だからさ、協力してくれない?」
ファーカは出し抜けにチロチンに抱き著き、肩に頬をくっつけた。長がもうし高ければ、チロチンも照れるなり突き飛ばすなり、何かリアクションはとれるが、『雀』は小さい。これでは兄弟に甘える妹のようだ。
「お前には難しいと思うぞ。『皇』を除けばフェリーテが一番アルド様と長く居るからな。それに、お前の長じゃな……」
「だーかーらー。アルド様の報最優先でくださいなっていってんのー」
  ん?
を摺り寄せてくるファーカだが、駄々をこねてる子供にしか見えないしそうじる。というか、何だか雰囲気がおかしい。
「……ま、いいか。気が向いたら教えるよ。ほら、だからその駄々をやめろ」
「えーやだー。私はい……とい……うまで絶対に―――」
そこまで言ってファーカは突然倒れた。反的に抱きかかえるが―――寢ているだけだ。
言い寄る男を葬る危険生、ファーカ。そんな彼も寢ている今は無力なだ。
「世話焼かせるなって……」
ファーカを背負い、チロチンは酒場を後にした。メグナとフェリーテがにやつきながらこちらを見ていたのには、気づいていない。
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