《ワルフラーン ~廃れし神話》最強と勝利と
「ファーカ、起きろ」
「……すぅ」
そんな言葉など聞こえてないかのように、ファーカは安らかな寢息を立てている。
「起きなさい」
「……すぅ……ぅ」
寢返りを打った。
「これだから酒は飲ませたくない……」
自分はファーカの世話係ではないのにと、不満をらすも、彼のだらしない笑顔を見て、口元を綻ばせる。
やはり雀は卑怯だ。何よりも危険でありながら、何よりも人を惹きつける。種族だけで全てを判斷するのはありえないが、こんな格では種族詐欺と言われても仕方ない。
それにしても……
「寢顔だけなら……可いか」
チロチンは虛空に向かって言葉を放った。何故かファーカを直視出來なかったのだ。普段あまり人を褒めないからかもしれない。
時間を確認―――殘り十分。そろそろ皆もここ―――船に乗ってくる頃だろう。きっと今頃は、酒場で知り合った人間に別れを告げているに違いない。ああ、理的にではないはずだ。
殘り八分。ファーカは「大好き……」などとらしながら、枕を抱きしめて離さない。
その言葉から何を見ているかは分かったが、それはそれで不味い。起こしたら不機嫌になる事は確実だ。
「ん? あんたどうしたの?」
扉を開ける音もそうだが、予想しなかった人の聲にチロチンは揺してしまった。
「ッ……メグナか。別に何もしていない。ファーカが酒を飲んで眠ってしまっただけの事だ」
呆れたとばかりにチロチンは大げさに振りをすると、メグナはからかうような笑みを浮かべる。
「でもすごいじゃない。ファーカを怪我もなく運べるなんて。流石世話係ね」
「世話係ではないと何度言ったら分かる」
「あんたが世話係じゃなかったら、ファーカはこんな風に寢ないわよ」
「ん?」
意味が分かりかねた。確かにこうも無防備だとさすがに信用してくれているのは分かっているが、それが自分だけ?
「お前等だと何か違うのか」
「全くって言っていいくらいね。こんな風に笑わないし、後暴れるわね」
それは知らなかった。まさかファーカがそんな事をしていたとは。いつも遠方で報収集をしていたせいで、一番近な者の報収集を怠った事が悔やまれる。ファーカは他の皆と仲良くしていると思っていたのだが。
「ていうかどうするのよ。ファーカ凄い楽しそうだけど、起こさなくちゃ後で怒られるわよ」
「起こしても怒られる訳だが」
「どっちに怒られたいか選べばいいじゃない」
他人事だな、とチロチン。そんな質問、考えるまでもないじゃないか。
「……この曲はあまり得意じゃないんだが」
チロチンは龍笛を取り出し、吹き始めた。曲名は―――『覚醒』
機嫌を悪くしたファーカの姿が脳裏に浮かぶが、この曲が吹き終わった後、果たしてそれは現実のものとなった。
「それじゃ始めるとするかの……ん?」
甲板でフェリーテが見たものは、無表を崩さないチロチンにしがみ付きながら、ギャーギャーと何かを喚き立てるファーカ。
チロチンが一切表を崩さないのが、笑いをう。二人が先に船に乗ったのは知っていたが、一その時に何があったのだろうか。知らない方が楽しめる為、あえて『覚』は使わない。
その景に和まされつつ、フェリーテは改めて切り出す。
「それじゃ始めるぞ。まず聞きたいんじゃが、チロチン。この船は後どれくらいでフルシュガイドに著くのじゃ?」
「このまま進めば七時間くらいだと思うぞ」
「ふむ、そうか。然らばその間に次のきを決める事にするかの」
「偵察と言うのだから、城に乗り込もうじゃないか!」
治癒魔で酔いの醒めたユーヴァンがそう言った。敵の中心を見てこその偵察。端っこを見るだけでは偵察ではなく、傍観だ。言っている事は正しい。
しかし、フェリーテには気になる事があった。かつてアルドと一緒に五大陸を回った時を思い出す。
『この國には私を継ぐ者がいる。私がいなくても大丈夫だろう』
「それは無理じゃユーヴァン。この國には主様を継ぐ者がおる」
その言葉にはディナント、フェリーテを除く全員が固まった。
「どういう事?」
「妾がフルシュガイドの事を聞いたのは覚えておるか?」
全員の肯定を確認し、言葉を続ける。
「主様はフルシュガイドの騎士で『地上最強』と呼ばれていたのじゃから、周りの者は、主様に鍛えてもらおうと志願した。そして、その中の一人がアスリエル」
「何が言いたいんでしょう?」
「あの男は強さこそ大した事ないが、人間の基準で言えば相當の強さはあったはずじゃ。そしてそれは主様の答え。『昔訓練を志願された事がある』に繋がる。アスリエルが志願したくらいじゃ、他にもいるのじゃろう。これは妾が直接聞いたから間違いはないのじゃが、アルド様はこう言ったのじゃ。『私を継ぐ者がいる』。つまり―――」
「アルド様から手解きをけていて、且つ『勝利』を継ぐほどの強さを持つ者がいると、そう言いたいのか」
チロチンの言葉に、フェリーテが頷く。
『絶対はない。それが人なら尚更だ』。
人間を軽く見るような発言をする度、アルドは言っていた。人の可能という面において、絶対はないのだと。もしかしたら自分より強いモノがいるかもしれないと。
元人間のアルドの言葉は何よりも説得力があり、皆はそれをしっかりと聞いていた。
し間を置き、フェリーテが続ける。
「……主様の代わりを務められる程の強さを持つ者じゃ。門の警備など端っこの所に居るはずはない」
「……本拠チ、攻め、愚……かな事」
「なあるほどなあ。でも俺様達が勝てる可能だってあるだろ? 切り札もあるし」
「……數見、てモ……五分。切り札…………込み」
「うーんそうか」ユーヴァンはどんな表をすべきか迷っているようなじだった。
作戦が行き詰まりを始める。そんな人間がいるのなら、本拠地に行ったとしても直ぐに見つかるだろうし、それこそチロチンでもなければ偵察何て無理な話だ。
「―――いい方法があるぞ」
フルシュガイド大陸港。通稱賑わいの港。輸送船やら他の船やらはすでに停泊していた。
おそらくリスド港の三倍は居るだろうその度。何処を見渡しても人、人、人。
今は夜だというのに、この真晝のような活気は何だ。幾らカテドラル・ナイツが目立つと言っても、これ程の量と暗闇の前ではさすがに目立たない。
しかし、好都合だ。人によって生み出された隠。十分に有効活用させてもらおう。
「本當に良いのか?」
―――どうけばいいのか分からないなら、我らが主に聞けばいいのではないか。
彼の提案は決して無理な話ではないが、決して容易な事ではない。アルドが何処にいるかも分からないというのに、それを平然と実行しようとするチロチンには驚きを隠せない。
「飛行能力を低く見てもらっては困る。これでも大陸間くらいならば休憩なしで渡れる」
「しかしのう、その間は妾達は……何をしたらええんじゃ? まさか待っていろと?」
「出來るだけめ事は起こさない方が良いと思うが。存在を知られるのはまずいだろうし」
その意見は尤もだ。今カテドラル・ナイツの存在を知られる訳には行かない。せめて何かアクションを―――例えば國を落とすとか。そのレベルの事を行ってからでなくては、きにくくなってしまう。
「まあ、そうじゃのう。しかし……出來るだけ早く帰ってくるんじゃぞ? 時間が過ぎれば過ぎる程、ファーカやユーヴァンがき出しかねないのでな」
「ああ承知している。では、行ってこよう」
チロチンは雑踏へと足を向け、暗闇に姿を溶かした。
「気を付けてのう……」
フルシュガイド、城。クリヌスは彼の事を考えていた。全てを圧倒し、魅了した彼は、どこにいるのだろう。皆忘れてしまったあの人をクリヌスは忘れない。
認められなかった自分を評価してくれたただ一人。彼のおかげでクリヌスは地上最強の名と、『勝利』の異名を冠る事が出來たのだ。
しかしそんな彼ももういない。
全てに裏切られ、彼は居なくなった。もう誰もあの像が誰か覚えていないのだろう。
だがクリヌスだけは違う。全て知っている。クリヌスだけは全部知っているが、ここに居る。もしも彼が戻ってきた時、どんな形にしろ戦う為に。
そして打ち破るのだ。彼をこの手で倒さなければ、自分が地上最強とは言えない。自分が『勝利』の名を冠る事は出來ない。
彼に打ち勝つため、クリヌスは今日も鍛錬を行う。階段を下り、訓練場へと出る。
「……ん?」
この魔力は何だろう。
とても濃く、どこか懐かしい。方向は―――リスド大帝國!
実を言えば、この後の重大な儀式に、クリヌスは出席を促されているのだが、そんな事も忘れて、クリヌスはその方向へと向かった。とても懐かしい魔力。かなり遠いが、クリヌスならばたどり著けない所ではない。四日も掛からないだろう。
行くか。
自分の剣を差し、クリヌスは跳躍。街を抜け平原へと出た。
「クウィンツさん……!」
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