《ワルフラーン ~廃れし神話》に舞う刃 後編1/2

リスドに、ナイツを超えうる人間が居るとは考え難いが、それでも可能はゼロではない。取り敢えずはアルドも向かうべきだろう。同じ王として、リスドの王にも一目會っておきたいというのもあるが、やはり前述したような心配が、大部分を占めるだろう。信用していない訳ではないのだが、信用しているからこそ、心配なのだ。

アルドは腰から鞘を外し、オールワークに渡した。

「抜きのままでよろしいのですか?」。

「抜きでなければこれが出來ないからな」

の如き輝きを持つ黃金の刃は、切れ味と度も然る事ながら、その『切り付けた者の束縛を斷ち切る』という特の異常さは、他のどんな魔すらも霞んでしまう程強烈だ。資格ある者が使うだけでも、大変強大な力を発揮するが、アルドはその限りではない。當然、『強大』という枠に収まらないという意味だ。

アルドのは異様だが、それは魔力の事を言っているのではない。確かにそのに余る魔力は異常だが、それは異様ではない。異様なのは、その魔力を一切引き出せないなのだ。

強さを求める上で魔力は重要なモノ。神話に登場するような戦士は神に勝る魔力やら、欠點無き才能やらのおかげで、その強さまでたどり著いているのが大抵。今現在地上最強と呼ばれている者も、異常な量の魔力を保有し、殆どの魔が使える。

萬能故の地上最強。難解な事は何もない、単純な式だ。

だがアルドはどうだろう。魔力は保有しているものの、その魔力は『影人』にならなければ碌に引き出せもしないし(あれは正確には自分をにした全くの別人の為、アルドが魔力を引き出している事にはならないのだが)、その質も相まって、彼自を碌に行使する事が出來ない。

しかし地上最強だ。極限まで磨かれた己の腕を以て、アルドは地上最強になっていた。それは歴史上初の事態故に、噓や誇張が重なっているのではないかと邪推されるが、確かな事実。

そんな彼が、魔力を引き出せるようになったら、果たしてどうなるのか。他の者と同様に、『覚醒』が出來るようになったら、どうなるのか。

アルドは自分の首に刃をあてがった。

「オールワーク。『皇』の仕事を押し付けるようで悪いが―――私のを支えていてくれ」

「……畏まりました」

強さを持つ者は、大抵はその強さに溺れ、驕ってしまう。そして、それ故に英雄は碌な死に方をしない。それはアルドにも言える事だが―――今回は話が違う。

人間が如何程の強さを持っているかははっきりしていない。もしかすればナイツに重傷を負わせられる者もいるかもしれない。そして、アルドはそれを可能な限り避けて見せる。

暖かくもらかいが、アルドの背中に伝わる。それに可能な限り重を預けると、アルドは一気に金の刃を引いた。

目が覚めた時には、全てが崩壊していた。

砦も、眼前にある扉も、瓦礫の隙間から見える景も。

街には火の手が上がっていて、心なしか民が恐怖する聲も聞こえる。あれほどの被害だ。自分が行った所で無意味だという事は分かっている。だがそれでも、行かないよりはましだ。

エリは扉を退けた後、自分の全を確認した。特にこれといった怪我は無い。あるとすれば服がし破けたくらいだが、これだけの被害の中、それだけで済んだというのは、むしろ僥倖というモノだろう。

エリが立ち上がり、部屋を出ようとした時、ふと何かを忘れている事に気づいた。

「そうだッ、ワドフさん!」

先程まで心配をしていただというのに、多の混で彼を忘れてしまうなんて。を翻し、ベッドを確認すると―――

「良かった……」

運の良い事に、ベッドとワドフは傷一つ負っていなかった。ベッドは相も変わらずワドフを乗せているし、ワドフはワドフで穏やかな寢息を立てている。こんな狀況でも目覚めない事から、なんらかの魔が作用している事は確定的だが、今はそんな事をきにしている暇はない。

「とりあえず……安全な場所へ」

エリはワドフを背負い、部屋を出た。背中にのしかかるらかな重量は、人の溫もりというモノをじる。

……そうだ。自分は何を忘れていたのだろう。自分はワドフを助けて國に見捨てられたのだ。それなのに、いざ國が危機に陥っていると聞くや、エリは國を助けようとした。お人よしにも程がある行為だが、それ以上に酷いのが、責任を放棄しているという事だ。

小を助けた事で大に裏切られたというのに、どうして小への責任を放棄して、大を助けに行くというのか。何かを助けたのなら、その助けた人の命の責任を持つのは自分だ。そしてエリはつい先ほどまで、それを放棄していた。

出來る事をしないで、出來もしない事をやろうとしていたのだ、自分は。

「どこに……行けばいいのやら」

砦は一部分を除けば損壊は皆無だが、そのにある城下町があの狀況では、ここも安全とは言い難いだろう。街に戻る事は自殺行為だから選択肢には含まないとして、砦の外は夜。下手をすれば城下町より危ないだろう。

「……本當にもう、どこに行けば……」

「エリよ、怪我人を背負って、どこへ行く気だ?」

エリはその聲に驚きつつも、急いで振り返った。

「団長ッ……一どうしてここに?」

団長―――ガレッダは一度にやりと笑うと、背中の槍に手をばし、エリの足元へ投げつけた。見るとそれは、取り上げられた『獅辿』。

死罪を言い渡された自分に武を與えてくるなど、一どういう風の吹きまわしなのか。

そもそも死罪が執り行われる者は大抵兇を持たせてはいけない程狂気的な人か、國に対して余程の狼藉を働いたかのどちらかだ。エリは恐らく後者に當てはまるのだろうが、ならばどうして武を返す?

如何に死罪を言い渡した人が無害だったとしても、規則であるのだから遵守するのは當然の事。

エリは獅辿を一瞥した後、訝るようにガレッダを見た。

「―――どういうおつもりですか?」

「どういうつもりとは?」

「私は死罪を言い渡されたです。そんな者に武を渡すなど言語道斷。一何をお考えなのですか?」

エリの視線に怯む事はない。それどころか、ガレッダは稽とでも言わんばかりに笑ってすらいる。

「何が可笑しいんですかッ!」

「―――エリ。見ての通りだが、街が襲われている」

ガレッダは懐から革紐を出すと、小手を外し、腕に巻き付けていく。

「街がこれではとても死刑執行など出來ないのでな、直々に私が刑を下しに來た、という訳だ」

その言葉が言い終わる頃には、既にガレッダの腕には革紐がきつく結ばれていた。『セスタス』という名のあれは、闘技場での戦闘を生業とする剣闘士の防で、主に拳の保護が目的だが……団長は武として使うようだ。

しでも魔が使えるならば、只拳を強化魔で強化するだけで良いのだが……何故?

団長は魔を使えない訳では無い。むしろ使いこなしている部類にる人間だ。その団長が、無駄としか思えないような事をしているという事は……異名持ちなのだろう。

先程の言葉と、異名持ちを持ち出す行。刑を執行するというのは、本當なのだろう。

エリはの震えをむりやり殺し、平靜を裝って言った。

「どうして……今なさるのですか? 街が襲われているなら、そちらに向かうべきでは?」

「……貴様の言う事はもっともだ。だが魔人が人間に勝てる道理など無い、そしてそれ故に私は気にしない。むしろ私が気にしているのはなあ、エリ。貴様のような奴がこの危機に乗じて逃げてしまうのではないか、という事だよ」

そこまで言って、ガレッダは歯をむき出しに、高らかにんだ。

「ここで今貴様を殺すという事だッ―――さあ、武を取れッ!」

「出來ません」

間髪れずに放たれたエリの言葉に、興していたガレッダは肩かしを食らった気分になった。エリの表は真剣そのもので、何もふざけてすらいないのが、尚腹立たしい。

「何故だッ? ここは武を取って、私に抵抗すべき所だぞ! 何故抵抗しないッ!」

「騎士である貴方ならば、分かる筈です」

騎士の心得その一。騎士は何事にも真摯で、そして潔くあるべし。

騎士と名乗る上で最も重要で、守らなければいけない心得。どこの出だろうと、騎士であるなら守り続けていなければならないし、破ってはいけない―――エリは心得を遵守しているだけに過ぎない。

「……貴様はもう騎士ではないのだぞッ? 守る必要など何処にも」

「騎士としての教え、神は私の支えでした」

殺したいならば今こそ好機だろうに、ガレッダはエリを襲おうとはしなかった。目を細めながら、エリの言葉を待っていた。

エリはガレッダを見據え、徐に語り出した。

であるが故に馬鹿にされたエリは、同僚にもよくからかわれた。その揶揄いは最早迫害の領域であり、當時か弱き乙であったエリは、その悪戯に耐えられず、一時期は自害を考えた事もあった。

そんな彼を救ったのは、博の心に満ちた騎士道だった。

只真摯であれ、只潔くあれ。世界をすべき対象とし、萬は守れるものと心得よ。神話の英雄を現したようなその教訓は、すさんだエリの心を、鋼鉄で覆った。

以降のエリの活躍には、目を瞠るものがあった。二十歳を超えぬ間にリスドアード砦の指揮隊長、三年後には聖槍『獅辿』を授かった。昔エリを揶揄っていたものも、遂にはエリを馬鹿にする事は出來なくなり、いつしかエリを対等な仲間と認めた。エリ自も、それこそが本來の自分であると、錯覚した。

エリを救ったその殻は、いつまでも在り続けるだろう。もしもそれが無くなるのなら―――エリは殻の中で腐りきった心を、今度こそ失くすだろう。

「たとえ私は騎士をやめても、その心得だけは、守り続けます。ですから私は、団長とは戦えません」

「……つまり戦いには応じないと?」

「はい。私は、彼を安全な場所へ避難させなくてはいけませんから」

考えた結果だが、砦外は確かに危ない。だが、十キロほど先に農村がある事を考えると、どこに向かおうとも等しく危険な砦ないしは城下町よりは、安全だと思うのだ。勿論その十キロの間に危険が無いとも限らないのだが……その時はその時だ。

エリはを翻し、砦外へと歩き出した―――

「待て」

が、恫喝じみた聲で靜止を掛けられ、仕方なく足を止める。

「何ですか?」

「つまり、だな。お前の背負っている者が死ねば、お前は戦うという事だよな?」

ガレッダの方を振り向くと同時に、エリは大きく後方へと飛んだ。

予想通りと言うべきか、先程までエリがいた空間には、『獅辿』が突き出されていた。良く見なければ分からないが、槍は的確に心臓へと突き出されている。

ワドフを殺そうとした事は明らかである。

「貴様を甚振ろうと思ったが、気が変わった。まずはそこの……お荷を排除してからだァァァ!」

聖槍『獅辿』。を浴びれば浴びる程切れ味が増す能力に加え、突き刺した者のを矛先へ凝集させる力を持つ。

一瞬でもを穿たれれば、それで終わりだ。

「死ねェェェェェェッ」

突き出される刺突を的確に躱しながら、エリは後方との距離を図る。

殘りは十メートル。このまま躱し続けるだけではじり貧だという事は、馬鹿でも分かる。

しかしながら、今のエリは丸腰に加え、ワドフを背負っている狀態。槍を避けられている事すら奇跡に等しいというのに、さらに何かをしろというのはあまりにも酷い話だ。

突きを左に避けて躱したその瞬間、エリは見逃さなかった。ガレッダが槍を用に回し、こちらを切りつけようとしてくる事を。

無理やりな勢から回避にったからか、エリは無様に倒れ込んだ。頭上を『獅辿』の刃が通過した。

「死ねッ!」

「無旋アークスホーン!」

巧みな槍さばきから放たれた突きは、惜しくもエリに屆かなかった。ガレッダのが、砦の石と斥力によって吹き飛ばされ、距離が開いてしまったからだ。

土屬中位、『無旋』。姑息な手段でしかないが、間に合ったようだ。その証拠に、ガレッダの様子からは傷を負っているようには見られない。

「やっと戦う気になったようだな!」

「バカを言わないでくださいッ、あくまで防衛ですッ」

エリはふらふらと立ち上がって、再びガレッダに向き合う。

こんな狀況でも尚、目を覚まさないワドフだが、一どんな魔が掛けられているのだろう。一生眠ったまま―――という事は無いだろうが、それに匹敵するくらには、起床條件はかなり厳しいと見ていいだろう。

こんな時にフィネアさんやウルグナさんがいれば。

本當にそう思う。ウルグナないしはフィネアが居れば、この狀況は容易く抜けられたはずだ。ウルグナは傭兵と言う稼業上、こちらに戻ってくる事はない事を考えると、フィネアに期待せざるを得ない―――

いやフィネアにもみは掛けない方が良いだろう。彼の出はフルシュガイドで、その上一記録係でしかないのだ。只ワドフに逢いに來るというだけでは、おそらく一生こちらには來られない。

……何故他人に頼ってしまうのだ。自分で解決しなければいけないのに。

「観念して戦えッ! そうすれば、私も『獅辿』を使わなくなるかもしれないぞ?」

「私は絶対に戦いませんッ!」

「ならばそいつ共々殺すまでだ!」

ガレッダが一気に距離を詰め、再び刺突を繰り出した。見切れない程の速度ではない。先程のように、避ければ―――!

え?

その瞬間、槍が分裂したように見えた。その數、実に六つ。

間違いない。これは―――奧義という奴だ。エリが遂に習得を諦めた、槍『天槍』。

時間が何倍にも引き延ばされたようにじた。こちらに顔を向ける刃も、自分のきも、勝利を確信したかのように表を変えるガレッダも、全てがゆっくりにじた。

騎士が死に際に見る景。出來れば見たくなかった景だが、見てしまったモノは仕方がない。ガレッダの勝ちだ。潔く負けを認めよう。

迫りくる刃に対し、エリはこうとはしなかった。それはまるで死期を悟ったかのように、悲しく、生きようというは、どこにも見られない。

ガレッダの顔に、深い笑みが刻まれる。

その直後の事だ。目にも映らぬ『死』突が、六つの槍を的確にはじき返したのは。

「……え?」

考えて、思考停止。自分の目の前には、きやすいように調整されている給仕服を來たが居た。その手にはかなり細の剣が握られているが―――只の細剣ではないだろう。エリは魔力が見えるような質ではないが、あの剣の剣先が存在する空間だけ、空間が歪んでいる所を見ると、尋常ではないまでの魔力が宿っている事が分かる。

ガレッダもそれを理解しているようで、迂闊にこうとはしない。

「貴様、この『獅辿』を弾くとは……一何者だッ!」

「最強と謳われし者の従者にございます」

は頭を下げる代わりに、腰を落として挨拶をする。どこか高貴な家で生まれたのだろうか、立ち振る舞いがとてもしい。

問題は何故ここにいるかだが、その可憐さ故、エリはその事をすっかり忘れていた。

「あ……あの」

おずおずと口を開いたエリに対して、はこちらを一瞥もせず反応する。「何か?」

「私を、助けてくれたんですか?」

「……いえ、私とある方より仰せつけられた事を守っているにすぎませんので、どうか勘違いなさらぬよう、お願い申し上げます」

「え、あっはい」

の突き放すような一言に、エリは心落ち込まざるを得なかった。助けが來たと思ったのに……そう思っていると。

出し抜けに彼がこちらに視線を向けてきた。

「えぁ?」

虛を突かれたからか、思わず素っ頓狂な聲を上げてしまうエリ。彼は心を見かしたような表で、丁寧に告げる。

「私が仰せつかった命令は、貴方を守る事ですので、ご心配なく」

「あ……はい」

は前方に視線を戻す。

「私は最強の方の従者でございます。貴方様に負けるつもりは頭ございませんので、さあどこからでもどうぞ―――ズタズタに切り裂いてあげますから」

凜とした瞳に、殺意が宿った。

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