《ワルフラーン ~廃れし神話》夜明けの前に

私の周りには無限に広がる荒れ地と、染めの空が広がっていた。ここが地獄であると言われてもなんら違和は無い。むしろ―――地獄であってほしいものだ。

私の目の前には空と陸がある。どこまでも頽廃的で無価値で、空しい景。なくとも見てて気持ちの良いものではないが、それでも背後の―――死のみで構された海を見るよりは全然耐えられるだろう。

この景に何の価値がある。誰も見た事のない唯一の景であるのは確かだろう。しかしながら、これが私が払った犠牲と釣り合うモノかと聞かれれば、私は絶対に首を振る。

私が払った犠牲は、背後の『海』。有象も無象も全てはこの死海の底に。

結局の所、強さに意味は無い。圧倒的強さは、私を尚孤獨にした。

認められたくて強くなった。

強くなったから認められた。

その果てに孤獨になった。

してくれる人は居る。をささげるべき人も居る。しかし……それでも。

私はずっと―――

自分の視界は、きっと闇に覆いつくされているのだろうが、アルドは特に暗さはじていなかった。未だに薄く景に重なる荒れ地が、疑似的な燈りとして働いているのだ。

を起こし、ベッドからを下す。今の狀態のままナイツ達には會いたくないのだが、魔王が姿を見せない訳には行かない。

「失禮します」

その音に応じて脇にあったローブを羽織り、己のを隠す。扉から顔を出したのは、オールワークだ。

「っ……失禮しました。目覚めになったばかりでしたか。では後程出直しますので……」

「待て」

再び閉まろうとする扉を、急いで摑み、オールワークを引き留める。死は見たくないので、彼を視界にはれない。

「……何か?」

「……『解放』の後癥が治るまで、私は部屋から出ないと、ナイツ達に伝えておいてくれないか?」

「仰せのままに。時間は如何程でしょうか」

「二時間だ」

オールワークは軽く頭を下げ、扉を閉めた。その直後に六十を超える魔法陣が扉に出現。ノブへと手を掛け軽く引くが、扉が開く様子が無い。

オールワークの計らいに謝しつつ、アルドは再びローブをぎ、ベッドへと―――

足元で、何かが蠢くような音がした。く音ではない。間違いなく生、それも人間のく音だ。

「……ん?」

ベッドの下を覗くが、暗闇ばかりで何も見えない。アルドが恐る恐る手をばすと、らかいのようなモノに當たった。そのに疑問をじつつ、そのラインを辿って、そのをなぞっていく。

「ん……あっ」

あ……え……ぎ…………?

ぎ聲ッ? アルドはその正を見極めるべくベッドを持ち上げた、と同時に。

アルドの脳に流れ込んできた記憶。ああそうだ。全て忘れていた。

、ワドフ・グリィーダを連れてきたのはオールワーク。そして、それを命じたのは自分ではないか。

どうして自分はリスド港という場所を思いつかなかったのか。もし過去に戻れるとするならば、団長と會う以前まで戻ってやり直したいところだが、時間旅行は終位の領域。エリには使えるはずもなかった。

だが結果オーライだ。港まで心強い味方が護衛してくれる事だし、もう気にしない事にする。

砦を出てから、二人はリスド港へと歩みを進めていた。エリのを心配してか、ワドフはオリヴェルが代わりに背負ってくれていた。

周期的な足音、消耗する力。リスド港までの距離は、遠い訳では無いが、近い訳でもない。だからまだまだこの時間は続く訳だが……何だろう。非常に無為な時間だ。

「オリヴェルさん」

「何でしょう」

「オリヴェルさんが言っていた最強と謳われし者って……アルド・クウィンツの事ですか?」

「―――知っているのですかッ?」

凄まじい勢いで振り返ってきた彼は、とても驚いている様子だった。

何をそんなに驚いているのかが理解出來ないが、きっとそれを聞いた所で、彼は教えてくれ

ないだろう。まだ會って間もないが、そういう人だという事は、雰囲気で分かる。

「いや……知っていたというか、言われて思い出したってじなんですが」

勢いに押されてエリは仰け反る。

「……程、『思い出した』ですか」

オリヴェルは何かを考えているかのように、天空を見上げているが、しして顔を戻し、エリに笑いかけた。

「……謝します、蔭で何かが分かりそうです」

その表は、無機質なものではなく、また冷酷なモノでもなかった。オリヴェルという人間の心から生み出された、暖かいだ。

「オリヴェルさん。恩著せがましいのを承知で、その人―――アルドについて教えて頂けると助かるのですが」

「ふむ……そうですね。アルド様もお喜びになるでしょうし、構いませんよ」

「有難うございますッ!」

エリは軽くお辭儀をして、その時を待った―――

「――――――説明が足りなかったようで、申し訳ありません。私は確かにお教えするとは宣いましたが、私は貴方の味方ではないし、それどころか敵です。必要以上に報は知られたくないので、質疑応答という形で、お答えはしますが―――」

あまり踏み込みすぎるなという事だろう。しかし大して驚きはしない。あまりにムシが良すぎたからだ。むしろそのまま見逃されていた方が、エリは驚いただろう。

「どうぞご自由に質問を掛けてくださって結構ですよ」

その言葉を聞き、エリはしてやったりとばかりに、心の中で拳を握りしめた。

「そうですか。では―――アルドとオリヴェルさんは、只の従者と主で済む関係ですか?」

「……ええ、今の所そんな関係に落ち著いています」

「アルドの下に著いているのは、一何人程居るんですか?」

「……アルド様は現在、魔人の王、即ち魔王として活してらっしゃいます。ですから、部下は……魔人全てです。正確な數は分かりかねますので、その辺りはご容赦を」

アルド・クウィンツ。

フルシュガイド大陸 ジグリダ村出の騎士。生まれながらに魔人を超えうる魔力を保有しているが、魔の才能が無く、年期は目立った功績なし。しかし、青年期になって突然才能が開花。世界奪還作戦時に、百萬を超える魔人をたった一人で抑え込んだことから、人類史最強の男と呼ばれている。が、自演行為が発覚。二十八歳の時、火炙りの刑に処される。

 エリの知る限りのアルドは、名譽がしくてしくてたまらない卑しい人なのだが……それが今や魔人を率いる王。

「おかしいですか?」

エリの思っていた事を指摘され、ドキリとする。慌てて謝ろうとするが、遅かった。

「……意地悪でしたね。人類が保管する資料には、そう書いてありますし、普通の反応だという事は良く分かっています」

言葉こそ抑揚が無いが、どうやらオリヴェルを傷つけてしまったらしい。決して悪意を持っていた訳では無いのだが……アルド関連の質問は言葉を選ばなければ、きっと彼をまた傷つけてしまうだろう。

エリはおずおずと口を開いた。

「アルドは……いえ、魔人は、何が目的なんですか?」

「人類より世界の奪還をする事。アルド様は、それに協力してくださる唯一の―――いえ、これ以上は言わない方が良いでしょう。いずれ分かる事ですし……ね」

アルドの目的は世界の奪還。リスドをあれほどまでに容赦なく攻める事が出來るのなら、おそらく奪還とは、人類を絶する事も含んでいるのだろう。

むしろそれ以外は考えようがない。過去人類は魔人に躙されていたのだ。そして今は、立場が逆。ならば魔人がどうするかなんてわかってる。

だが、させてなるものか。

「人間を殺すのは、楽しいですか?」

知らず知らずのうちにエリのには怒りがこもっていた。當然だ。自分の種が淘汰されるのを傍観できる者などいない。それがどれ程當然の行だったとしても。

オリヴェルがこちらを、冷ややかな視線で見―――睨んだ。

「魔人を殺すのは、楽しいですか?」

「えッ」

遅まきながら自分の言葉の捉え方に気づくが、時既に遅し。オリヴェルの目は冷たく乾いていた。そこに優しさとか禮儀とか、そう言った暖かいモノは一切ない。その目が孕むは、純粋な怒りだった。

の投げかけた問いは、エリだけに向けられた言葉ではない。エリを含めた全人類に向けられた言葉だった。

それがどれ程の重みと、苦しみと、怒りと、憎悪を持っているか。それがおそらく膨大であるという事以外には、エリには分からなかった。

オリヴェルはエリの瞳を見據えていた。エリもまたオリヴェルを見據えていた。互いが互いを抜き合っているため、きが取れない。既にリスド港は目に見えているというのに、それでも二人はきを止めた。

「そんな風に考えるのですか」

「……」

「いえ、分かり合える筈もないのは知っているので別に驚きはしませんが、しだけ私えさせてもらうなら―――期待を懸けすぎてしまいましたね」

オリヴェルが港に歩き出す。

その言葉は、酷く蔑む訳でもなく、悲しむ訳でもなく、どこまでも空虛だった。

エリは急いでオリヴェルを追いかけたが、彼はどうしてもエリと肩を並べたくないようだ。エリが追い付けぬほどの速さで、オリヴェルはリスド港へとっていった。

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