《ワルフラーン ~廃れし神話》人間と魔人
目を覚まして最初に気づく。の自由が利かない事に。
視線を巡らせると、寢臺に橫たわる自分の四肢には『魔力金剛アダマイト』と呼ばれる、非常に希な鉱石で作られた錠が掛けられている。念の為なのか腹部にも黃金の鎖が巻かれ、完全にきが取れない。かろうじてかせる場所は、首だけだ。
自分がどうしてこんな所に囚われているのか、冷靜に思考してみる。
『し死んでろ―――偽善者』
『えっ―――』
そう時間が経っている訳でもない様で、直ぐに思い出せる。自分はトゥイーニーと呼ばれる侍に首を斬られて……死んだ。回避する猶予などなかった。間違いなく首を斬られた。
なのにどうして、自分は生きている?
アレが異名持ちの斧だろうという事は予想がつくが、だとしても、エリを生かしておくメリットは?
―――考えていても仕方がない。唯一く首をかし、周囲の狀況の把握に努めよう。
まず、鎖と錠前によってのきは殆ど封じられている為に、向ける方向は右か左だけ。寢臺に居る以上後ろはありえない。そして左は只の壁だ。となると殘っているのは。
「えッ?」
跳ねようとしたは錠前に阻まれる。目の前の景はそれ程までに衝撃的だった。
「キリーヤ……ちゃん?」
隣には、自分とは違って拘束もされずに、気持ちよさそうに眠っているキリーヤの姿があるが……何故? 彼はウルグナが連れて行ったはず。今回の騒には、何ら関係がない存在の筈だ。
そんな彼が、どうしてここに。いやそもそも……この扱いの違いは何だ。
絶えず生まれる疑問に思考容量を圧迫されているからか、うまく考えがまとまらない。
「ん……」
そんなエリとは違って自由なキリーヤは、こちらに寢返りを打った後、ゆっくりと目を開け、上を起こした。
「キリーヤちゃんッ!」
寢起きだからかもしれないがキリーヤの反応は薄い。虛空を見據えたまま、口をだらしなく開けて、ぼーっとしているだけだ。
「私です、エリですッ。キリーヤちゃんッ、これを外してください」
「エリ……さん? 何やってるんですか?」
エリは知る由も無い事だが、キリーヤは事を知る側。エリから見れば彼の言は、全く狀況を理解していないようにも見えただろう。
「何をッ、呑気にしているんですかッ。早く、鍵か何かを探してッもらえませんかッ!」
「……あの……エリさん……」
「何ですかッ!」
「『魂魄縛フラッシュバインド』と『魔力金剛』の錠に、どうして縛られているんですか?」
「は? 『魂魄縛』? ……何を言ってるか理解しかねますが―――」
鎖はおろか錠前すらも傷一つついてはいないのを見ると、心の中にあった僅かな気力すらも萎えてしまう。
幸か不幸か、抵抗を諦めた事で、ありえない疑問が脳裏を過った。
「もしかして、キリーヤ……ちゃんも……魔人なんですか?」
そうあってほしくないと願いつつも、しかし尋ねずにはいられなかった。彼を信じていたから、彼を……敵ではないと思っていたから。
「そうなのか、そうでないか。それだけ答えてください」
今の自分の顔はきっと鬼のように恐ろしいモノなのだろう。キリーヤの瞳に滲んだ怯えのからそれは分かる。だがそれは仕方ない事だ。もしかすれば自分にこんな拘束をした犯人が彼かもしれないし、彼が魔人であるなら……自分の敵となるのだから。
「あの―――」
「魔人なんですか、違うんですかッ」
「あ……。えーと、『今は』違って、何というか、その……長くなると思いますが、それでも宜しいですか?」
エリが頷くと、キリーヤは自らの語彙を最大限に引き出しながら、説明を始めた。
説明が終わる頃には、エリは落ち著きを取り戻していた。それは疲れからくるものかもしれないし、キリーヤが敵ではないという事による安堵かもしれないし、或いはその両方かもしれない。
もう暴れようという気は起きない。エリは疲れ切ったを最小限かしながら言った。
「程……つまりウルグナさんは……アルドという訳ですか」
「はい。でも、その……あれもアルドさ―――アルドが魔王となる前の格らしいですから、決してエリさんを騙したわけではないかと」
「だからと言って、アルドを許しておけるはずがありませんッ。たとえ元地上最強と謳われた英雄だとしても、人類を滅ぼすなんて……!」
「じゃあどうして、人類は魔人を滅ぼそうとしたんですかッ」
を剝き出しにしたキリーヤに、エリはハッとした。そうだ。今は魔人で無いとはいえ、彼は元魔人。人類に躙されし種族だったのだ。
「……あ、すみません。こんな事エリさんに言っても、どうしようもないですね……」
「い、いえ。私こそ、今説明をけたのに、軽率な発言でした……」
二人はお互いに頭を下げた(エリは無理だが下げたつもり)。今ここで喧嘩していても仕方がない。というより、喧嘩に利益がない。
気まずい空気が生まれかけた時、扉が開き、呑気な聲が聞こえた。
「そうそう。魔人と人間。結局似るんだよな」
「全くその通り―――あ」
「え? え? 誰が來たんですか?」
エリはが固定されているため、その聲の方向を向く事は出來ない。只その方向を向くキリーヤに、尋ねるだけだ。
しかし反応は無い。確かに聞こえている筈なのに、キリーヤは何かに驚いているかのように、目を見開いたまま、固まっている。
仕方ない。
エリには見えないと言ったが、厳には見る方法が無い訳では無い。どうやって見るかは至極単純。目の良い者なら誰でも出來るだろう―――他人の眼の反を利用して、その景を見るなんて事は。
自慢だが、エリは三百メートル先の羽蟲を見る事が出來るくらいには目が良い……筈なのだが。
「え」
何も見えない。
「おいおい。俺を直視以外で視認しようとはいい度だ。どうだ、見れたか?」
幾ら目を凝らそうと、幾らキリーヤに呼びかけても、その正はまるで摑めない。
「貴方は誰なんですか、もしかして、私にこんな拘束をしたのは貴方ですか?」
「んー、まあそうなんだが、落ち著いてくれよ。今姿を見せるからさ」
木が軋む音が徐々に近づいてくる。それはやがてこの部屋にも伝わり、遂にその存在のつま先が見えた。
「お目覚めか。ま、俺って気づかないのも無理ないよなエリ? あんなおかしな喋り方をしてたんだから」
背中に木製のハープ。この辺りでは見かけない服裝……というか見た事すらない服裝。何より特筆すべきは、この世の者とは思えない、現実から外れているかのような奇妙な存在。
謡だ。
「貴方、普通に話す事が出來たんですね」
皮のつもりだったが、謡にはまるで通じていない。
「普通に話しているというか、あれは作ってるだけだ。俺は一応あいつらの味方だが、『人間』なんでね。あんな理解不能な言葉を使わない限り、仲間とは認めてくれない訳よ」
「自分でもあの言葉が分からないんですか?」
「分からないけど、アイツらは分かるみたいだぞ」
エリは驚きを隠せず、數秒の間固まってしまう。あれが普段の喋り方なら非難するつもりは無かったが、只演じているだけとは……一周回って凄すぎる。適當に演じるだけではあの変人は出ないだろう。
「頭がどうかしているのは分かっているが、そこまでしないと信用してもらえないんだよっと……ほら、解けたぞ」
鍵すら使わずにどうやって外したのかエリには分からないが、まずはが自由になったお禮を言うべきだろう。「あ、ありがとうございます」
「気にすんなよ、これもアルドに頼まれてる事だし―――っとああ、こいつの麻痺解くの忘れてた」
謡がキリーヤの頭を軽くでると、石像のようにかなかったキリーヤが突然き出した。どうやら麻痺している間の記憶は無いらしく、驚いたように謡を見ている。
「あっ、えッ」
そんなキリーヤを一瞥した後、謡がこちらに振り返った。
「キリーヤがお前に話があるってよ。というか、元々その為にお前を浚ったんだが」
「え?」
謡はひとしきりキリーヤの頭をくしゃくしゃと掻きまわした後、腕と足を組んで、壁に憑れる。
謡に背中を押されて覚悟が決まったのか、キリーヤは姿勢を改めこちらを見據える。
「あ………………………………………えーと、エリさん。私は元魔人で、貴方は人間ですが、世界の平和を願っているのは、きっと同じな筈です。ですから、その……私と一緒に、世界を変えてくれませんかッ?」
「―――それはアルドを斃す、という事ですか?」
もしかしてその為にキリーヤは種族を捨てたのか。だとするなら協力も吝かではない、むしろ願ったり葉ったりという奴だ―――
「いえ、魔人と人間が共存できるような世界に―――私は変えたいんです」
『し考えさせてください』。それがエリの答えだったが、キリーヤは返事に期待していなかったようだ。悲しそうに微笑んで、『分かりました』とだけ言い、船のどこかへ消えた。
エリは甲板で頬杖をつきながら、海を見遣る。
あの時、自分はどうすれば良かったのだろうか。あんな馬鹿げた事に協力などできないがそれでも今、自分は後悔している。
その選択は正しい筈。あんな馬鹿げた理想など現実の前では泡のように儚く脆い。遠回しの否定をして、正解だった筈だ。
なのに、どうして……
「よう」
背後の扉が開く音がした。振り返ると、そこには酒瓶を片手に笑う謡の姿。
「謡さんですか」
視線を再び海に戻し、ため息を吐く。謡がエリの橫で手すりに憑れた。
「別にお前の下した判斷は間違ってないよ。し考えさせろ……まあ、遠回しの否定だが、俺もお前の立場だったらきっとそう言うだろうし」
「……じゃあ、貴方が貴方の立場なら……」
「俺は『終焉見屆けし者エンディングベイランス』だ。どんな結末を迎えるにせよ、あいつには協力するよ。お前がここで、どんな決斷をしようともな」
酒を呷る謠。その意志には欠片も曇りは無いように見える。
「私、今まで自分が自分は博主義者だって、そう思ってきました。でも……実際はそうじゃなかった」
「ああ、そうらしいな。だけど……それって、普通の差別主義者にんげんと変わらないよな?」
「え?」
「だってそうだろ。お前以外にも魔人を嫌ってる奴なんてたくさんいる。自稱博主義者の奴なんか特にな。だからそんなの、別に悩む必要はない。俺がおかしいってだけでお前は全く普通の人間。おかしい所あるか?」
謡が再び酒瓶を呷るが、中が無くなったらしい。殘念そうに酒瓶を海へと放り投げた。
「謡さん。どうして魔人が好きなんですか?」
エリには理解できなかった。魔人は邪悪な存在。滅されて當然の存在であると教えられてきたから、わってはいけないと教えられてきたから。
だからこそ、謡と呼ばれる人間が理解できない。この男はさも當然のように、魔人に協力している。どこの國でもそんな教育は行っていないだろうし、行っているとしたら魔人の間でのみの筈。であるならば彼は魔人であると思うのだが、しかし人間。
一どういうことなのやら。
「いや、俺は魔人と言うよりアルドが好きだ。アイツは親友だし、困ってるなら助けてやりたい。俺だってアイツを助けてるし……それだけだよ、本當に―――なあ、種族何てどうでもいいと思わないか? 好きな奴は好きだし、嫌いな奴は嫌い。そいつと子を作りたいなら作ればいいし、殺したいほど憎いなら殺せばいい。そういうさ、お前には無いのか。種族が違うなら、問答無用で憎いのか、殺したいのか? そいつが如何に聖人でも、魔人なら殺すのか?」
「それ……は」
即答は出來そうも無かった。謡の言っている事は正しいし、筋も通っている。オリヴェルのような種族による価値観の相違だと、誤魔化す事すら出來ない。
「まあいいや。俺が何と言おうと決斷するのはお前だ。これ以上は言わんよ」
謡は手すりに憑れるのをやめ、船首へと歩き出した。「あ、これ返すぞ」
「え?」と謡の方を振り向いたエリの眼前に突き立てられていたのは、聖槍『獅辿』だった。
「……何故貴方がこれを持っているんですかッ?」
「そんな事を聞くより前に、お禮の一つでも言ってみたらどうだよッ」
謡はしだけ、ほんのしだけ嗤っていた。
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●見習い魔術師のエレナが、魔術の先生であるノムから魔術の理論を教わりながら魔術師として成長していく、RPG調ファンタジー小説です ●ノムから教わったことをエレナが書き記し、魔導書を作り上げていきます ●この魔導書の章と、小説の章を対応させています ●2人の対話形式で緩い感じで進行します 《本小説の楽しみ方》 ●魔術よりも、エレナとノムのやり取り(漫才)がメインです。できるだけスピード感がでるようにしたつもりですが・・・。ゆるっとした気持ちで読んでいただけるとありがたいです。 ●本小説の魔術の理論は、いろいろなゲームの魔術の理論を織り込み、混ぜ込みながら、オリジナルのシステムとして體系化したものです。できるだけ系統的に、各設定が矛盾しないように頑張った、つもりです。理論の矛盾點とか、この部分はこのゲームの理論に近いとか、イロイロ考えながら読んでいただけるとうれしいです。 ●本作は元々はRPGのゲームでした。この物語部を改変して小説にしています。それゆえにいろいろとゲーム的な要素や數値設定が出てきます。ゲーム好きな方は是非に小説を読んでやって下さい。 _______________________ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【★】創作ポータルサイト http://memorand.html.xdomain.jp/ キャラ紹介、世界観設定などの詳細情報はコチラへ _______________________ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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