《ワルフラーン ~廃れし神話》貴方の気持ち
アルドはの扱い方が、自他共に認める程下手くそである。どんな事も直球で、一切の飾りをつける事無く無慈悲に。
実は謡や『皇』、オールワークにも指摘されていた事だがアルドはまるで聞く耳を持っては居なかった。必要ないと思っていたからだ。
しかし、その考えは酷く間違っていたと今は思う。こうしてファーカを傷つけてしまったのだから、當然の事だと思うが、どうしてもっと前に、気付く事が出來なかったのか。この事態はし考えれば簡単に予測できたはずだ。
これはもう責任転嫁とかそういう問題ではなく完全に自分の責任だ。周りを見ながらも個々をしっかり見る等、やはり不可能だったのか……
いや、無理ではない。自分は最強なのだ、出來ない事はない。それに―――個々が本當に大切なら、出來て然るべきなのだ。
謝らなければ。そして、気持ちを伝えなければ。
頼まれた訳でも、誰かが作った訳でもない。自らの意志で謝り、言葉を紡がなければ。
「お待ち。ってあれ、アイツは?」
「……悪いが棘、『この場』の管理は任せたぞ」
「ありゃ、アルド。彼に逃げられたじか?」
殺意をえて睨むと、棘は全を震わせながら、頭を振った。
「……噓だって。ほら、行って來いよ」
ファーカはこの森の出口を知らない。きっとまだこの森のどこかに居る筈だ。
扉が開くよりも早く、アルドの姿は見えなくなった。
アルドは頼まれでもしなければ、自分を見てくれない事が分かった。期待を裏切られたと思う反面、やはりそうかと思う自分が居る事に、ファーカは複雑な思いを抱いていた。しでも期待した自分が馬鹿だった。やはりアルドは、フェリーテやヴァジュラのような綺麗な人しか見ていないのだ。そうでなかったとしても、今だけはアルドと會いたくない。
「はぁ……はぁ……」
やはり呼吸法も走り方もいい加減では、直ぐに疲れてしまうらしい。ファーカは近くにあった気に手を突きながら、その場に座り込んだ。
その時、ファーカの頭に天啓が閃いた。
もしも、アルドに頼んだ人が善意でそうしたのだとしたら?
ファーカは友達はない方だが、いない訳では無い。だが、ほどほどに仲が良くてファーカに親切をしてくれる友達―――
チロチンしか居ない。だとしても疑問は殘るが、友関係の限り、彼しかいないだろう。
だとすれば、やってしまった。別にアルドから逃げなくても良かったのだ。ファーカはてっきり、誰かが嫌がらせのつもりでアルドに頼んだものだと思っていた。アルドは基本的に魔人を疑わないので、嫌がらせのつもりで頼まれたとしても、その意図に気づけずに承諾するだろうから。
ここは戻って謝るべきだろうか。そう思って、立ち上がったその時。
「ここ……どこかしら」
そういえばアルドと手を繋いでるという紛れも無い現実に戸っていて、ここまでの道のりを全く記憶していない。覚えていないという事はつまり、迷った。即ち、
「ちょっと……帰れないんだけど」
ここが『邂逅の森』ならば、なんてくだらない『もしも』を考える程、アルドは焦っていた。やはり適當に探した程度ではファーカは見つからないようだ。
王剣は持ってきていない為、『萬理/萬里眼』が使えるようになる魔力解放をする事も出來ない。こんな所で魔力開放などすれば、周辺の木々が全て腐るだろうが、ファーカを見つける為なら行使も吝かではない。しかし出來ないので、これもまたくだらない『もしも』になっている。
見つける方法……出來るだけ確実で、そして素早く。
 『複雑に考えれば考える程、単純な答えには辿り著けないものですから』
かつて自分がワドフに言った言葉だ。真実という言葉は事態を大袈裟にしがちだが、その実それは意外に単純である。
直ぐに思いついたので、アルドは急いでそれを実行に移した。果たしてそれが『急がば回れ』か『善は急げ』か。証明するとしよう。
走っているに森を出たが、見える景が街であるとは限らない。切り立った崖だという事もあるのだ。
ファーカは崖の縁に腰を掛け、足を放り出した。
やはりどう走ってもあの店に辿り著かない。アルドの見ていた紙から、適當に歩けば著くと思っていたし、アルドも適當に歩いていたように見えたが、どうやらそれは違ったらしい。
すっかり冷えた頭で、ファーカは打開策を考える。
店に戻れないとなると、後は城に戻るしかない訳―――今思いついたが、森を飛び越えればいい話である。が、問題はアルドとどう再會するかである。
自分が城に戻った所でアルドがいる可能は低いだろう。彼の格からしておそらく自分を見つけるまで森を離れる気は無いだろうし、自分が城に戻るだろうと考える可能も低い。
つまりアルドと會える一番の方法は森の中をうろうろしている事だが、それも飽くまで可能が高いだけであり、確実に會える訳では無い。
「どうしたらいいんだろ」
自分の早計な行によってアルドの手を煩わせてしまうなんて、ナイツとして最低の所業である。アルドはきっと、自分を嫌ってしまったに違いない―――いや、嫌うのが通常だろう。
自分の思い通りにかぬ部下など主からすれば邪魔者でしかない。故に排除する。當然の帰結だ。に対して絶対悪になりきれないアルドの事だから、排除まではしないだろうが、國外追放は免れない。
全く笑い話だ。好かれようとして、勝手に不機嫌になって、そして自する。ふさわしい結末だ。こんな愚かな奴には、これくらいの終わりが―――
「えッ」
その時だった。ファーカの足元が分解したのは。急いで向こう側に飛び移ろうとするが、間に合わない。ファーカのが重力方向に引かれ始める。
別に助かろうと思えば助かる事は出來るが、アルドに嫌われてしまうのなら―――生きていても意味が無い。
ファーカはゆっくり目を閉じた。
「……ファーカッ?」
直後、溫かくもしっかりとしたが、ファーカのを包んだ。
アルドが見つけ出した単純な答え。それは、全力で森の全域を走り抜ける事である。これ程広大な森ではあるがしかし、それは果てしない訳では無い。全てを駆け巡れば、確実に出會えるはずだ。
探索を効率化する為、自分の上にある崖みたいな場所は切り崩すに限る。武は持っていないが、これくらいの巖なら手刀で何とかなるだろう。
そんな思いを抱きながら、崖を切った―――
「ん?」
一度目をこすり、もう一度よく見る。やはり消えないので、今度は目を何度も瞬かせ確認する。白と黒の特徴的なドレス、銀髪、矮軀。
「ファーカッ?」
何時間かかるか等の予想は幾らか立てていたが、いきなり見つかると言うのはさすがに予想外―――いや、僥倖というべきだろうか。
アルドは急いでファーカの落下地點に腕を置く。やがてファーカのに乗るエネルギーがアルドに伝わるが、大した事はない。ファーカと再び會えた。それだけあれば十分だ。
「ファーカ」
優しく呼びかけると、ファーカは目を開き、自分の顔を凝視した。
「……アルド様?」自分が今置かれている狀況を理解したのか、ファーカは口を半開きにしながら、戸っている。
「本來は再會を喜びたい所ではあるが、話したい事がある」
「ええ……はあああ……どうしよう―――はいッ?」
戸っている場合ではない事に気づき、ファーカは口を閉ざした。
「まずは、その……軽率な発言と、お前を見てなかった事を謝りたいと思う。申し訳なかった」
「……いいんです。アルド様に見てもらえないのは、私に魅力が無いという事なのですから」
「いや、お前をそうまで卑屈にさせたのは、私のの扱い方の問題の筈だ。お前は凄く可い。私が持て余すくらいに」
その言葉に、ファーカは眉を顰めた。
「持て余す、ですか」
「ああいや、違うんだ……何と言えばいいか……私のせいでお前を怒らせてしまった。申し訳ない。私がもうし上手ければ……お前を喜ばせる事が出來た、と思う」
それがアルドの本音だという事は、『覚』を使えなくとも分かった。ここまで歯切れが悪く、そして自分の発言に戸うアルドは見た事がないからだ。心なしか顔も紅しているし、本當に恥ずかしいのだと思う。
普段はの欠如が著しい為、そんな景にファーカは思わず笑ってしまう。
「な、何だ?」
「ふふふ。アルド様、自分の発言に戸ってらっしゃるんですから。これ程おかしい事はそうありません」
「だ、黙れ……とにかく、お前の気持ちが理解できなかった事、本當に申し訳ない」
「別に気にしていません。私もアルド様の手を煩わせるなど最低の所業を」
「お前を捜すのが煩わしい訳があるか。別に気にしていない」
暫しの沈黙。二人はお互いを見つめ合って微笑んだ。アルドの顔は引き攣っているようにしか見えないが。
「ま、まあとにかく後でお詫びを渡すから、今は取り敢えず店に―――」
ファーカは頭を振った。
「お詫びなどいりません。ですが、その……してもらいたい事があります」
言うのはし恥ずかしい様で、ファーカは何度も視線を周囲に散らす。
「その……ですね。今は所謂お姫様抱っこですが、こういう風に、もうし腕を上げて頂いて」
ファーカの言う通りにすると、ファーカはこちらに向かい合うような形になった後、アルドの腰に足を絡めた。
「な、何だこれは?」
「そのまま―――抱きしめてください」
「……あ、ああ」
をどう抱きしめればいいかなど、アルドは知らない。どれくらいの力で抱きしめればいいかも分からない。だから―――ファーカの溫を全でじるくらい、強く抱きしめた。
心がけそうな程心地よい香りが、アルドの鼻を擽る。
―――ああ、ファーカ。
彼が戻ってきたのだという事を、アルドは改めて実した。
「おー、お二人さん、戻ってきたのか」
手を繋いで戻ってきた二人を待っていたのは、タケミヤ。その笑顔が下種なモノにしか見えない為、微妙に腹が立つ。
「な、な! 俺の言う通りだったろ? こいつらは戻ってくるってッ!」隣で棘が跳ねながら、自分を指している。
「待っていてくれた事、謝する。棘『管理』は大丈夫か」
「俺は頼まれたからにゃ何だってやるんだ、ほら、こっちへご案します」
今更な敬語に違和を覚えながらも、二人は棘に付いて行く。そこにはやはり料理はあったが、不思議なのがまるで出來立てのように煙を立てている事だ。
「な……ぜ?」
「竜のステーキは出來立てが味しいッつうのに、お前等行っちまうからさー。『止めておいて』やったんだよ。さあ、後はお二人で楽しみな。俺は戻るぜ」
棘は鼻歌を歌いながら、カウンターの方へと戻っていく。
「……アルド様の知り合いって、おかしな方が多いんですね」
「褒めてるのか? まあそう取っておくとして……確かに今回、頼まれたというニュアンスで間違いはない。だが、これは私の意思だ。それだけは分かってくれ」
チロチンがファーカの事を気にかけているのは分かっていた。それを兼ねてあの時、自分の所に來たのだと個人的に思っている。きっと主わたしなら、遠回しのお願いに気づいてくれるだろうと。
そういう訳で厳には頼まれていない。頼まれたと思ってアルドがったのだ。だから今回悪いのはチロチンではなく、自分。の扱い方を知していなかった自分。
アルドはを切りながら、笑顔でを頬張るファーカを見る。今、彼は笑ってくれているが、今後もこうであるとは限らない。
後で『謠』辺りから教わるべきだろうか。の扱い方。
一難去ってまた一難。災い転じて福となる。々な事があったが、こうして初めてのデートは終了した。
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