《ワルフラーン ~廃れし神話》想いは遠く 前途は難く

「何かファーカ、アルド様に近くない?」

「私はいいんですよ。だって、私はアルド様と一緒に向かうから。ね? アルド様」

アルドは目を伏せながら、を震わせる。

「アルド様、どうかしましたか?」

どういう訳か、ファーカの合が急に酷くなったような気がする。彼等に知られたくない準備の為、付いてきてほしくはないのだが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。

「ルセルドラグ」

「仰せのままに」

普段はどうしようもなく狂戦士バーサーカーなルセルドラグだが、こういう時には非常に役に立つ。さすがはナイツ最強、といった所だろうか。

「ファーカ、離れろとのお達しだ」

「……うー……嫌です」

余談だが、ナイツはある項目でそれぞれ最強である。

素早さはメグナ、耐久力はチロチン、攻撃力はディナント、行力はフェリーテ、制圧力はユーヴァン、隠力はルセルドラグ、捕獲力はヴァジュラ、魔力がファーカ。このナイツで最強というのは、全能力を鑑みた上で決まった―――所謂誤差なので、最強も最弱もあまり違いは無い。

ナイツ達は間違いなくファーカを危険と言うが、アルドからすればディナントの方が數倍恐ろしい。リスド攻略時、確かに魔力解放を行った事は……行ったが、あれは人類の強さが如何程か測りかねた故の対処なので、リスド崩壊時に使った魔力はゼロ。魔力を抜きにしても使った力は十五パーセント程度だ。

よく千里を駆け抜ける斬撃は比喩だと勘違いされやすいが、実は比喩でも何でもない。魔力抜きでも千里程度なら分斷できる自信がある。

だが、その千里を駆け抜ける斬撃を放ったとしても、ディナントは欠片たりともかす事は出來ない。魔力解放を行っても斃せるかどうかは怪しい所だ。

そういえば、ここ最近ナイツ達とは戦ころしあいをしていないな。

ファーカと距離を十分にとった後、アルドは出し抜けに言った。

「今からお前らに勵ましのつもりで攻撃するから、手段は問わん。躱すなり防ぐなり、してみろ」

殺す訳ではないし、手刀だけで十分だろう。と言っても、全力で放つが。

アルドが玉座から腰を上げると同時に狙ったのは、チロチンだった。

果たしてどう避けるか。

特に期待したきは見られない。チロチンは上を軽く反らし、手刀を躱す。速度を緩める事無く次の標的へ。狙いはフェリーテ。距離の関係上直で當てる事は出來ないので、ここは空圧正拳で行く事にする。

「當てに來んとは、舐められたものじゃのう」

フェリーテが鉄扇を開き、軽く仰ぐと、風は瞬く間に霧散した。この程度の攻撃は弱いと一蹴するその強さ、実に頼もしい。

さて……一人一人見るのもいいが―――時間は無駄に出來ない。位置的には殘りの六人全員が狙えるから、取りあえずは。

「散りゆくは終焉の空。我が恩讐は永久へと屆きたり。―――避けて見せろ。『殲天ロードオブワンス』ッ」

久々の詠唱に思わず苦笑しながら、アルドは拳を放った。

「それでは、行ってくる」

「アルド様、宜しいのですか?」

オールワークに呼び止められ、きを止める。振り返るとそこにはオールワークと———ワドフが居た。

『殲天』は別に只腕試しをしたかった訳では無い。ワドフをかに連れて行く為に気を逸らす必要があったのだ。主にフェリーテ対策で。

は人妖と呼ばれる類な上に、ファーカのようにそこまで酷い事は人間にされていないので、魔人の中では友好的な者……だが、念の為だ。無論、フェリーテが本気で知ろうと思ったなら、こちらにそれを防ぐはない。

「……私は留守番はなしと言ったからな。それは勿論ナイツ達に向けた言葉だが、彼に向けた言葉でもある。それに、私が隣に居なければ、誰が魔人から彼を隠すと言うのだ」

程」

答えを分かっているのではと疑うほど、のない『程』だ。

「所で、何故アイツは喋らないんだ?」

そう言ってアルドがワドフの方を見た。確かにここに來てからワドフは一言も発していない。聲こそ発したので言葉を発せない訳がないのだが―――

「……申し訳ありません。私は最善と言えるような答えは持ち合わせておりません」

「……そうか。では私は先に乗っているぞ。ワドフの隠れ場所も確保せねばならんのでな」

「いってらっしゃいませ。貴方の覇道に幸運あらん事を」

「そして願わくば―――我に終焉を」

ワドフの手を引きながら自らの船へと歩みを進めるアルドの背に、オールワークは掠れんばかりの聲で呟いた。

「貴方様がどんな道を進もうと、私は貴方様の一歩後ろを歩いております。どうか―――」

言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

後五分程もすれば殘りの三人が乗り込んでくるだろう。それまでにワドフの隠れ場所を何とかしなければならない。

を見渡す限りでは、抜け床が二つ、隠し部屋が一つ。かなり巧妙に隠蔽されているため気づかれないとは思うが、それもフェリーテの『探考法』の前では無力だ。

だから彼にはばれると仮定して、どう隠すかを考えよう。

「あの」

「……何だ、喋れたのか」

「……すみません。その……恥ずかしくて」

只の人見知りか、とも思ったが、良く考えれば當たり前だ。魔人しかいない所に突然放り込まれているのだから。たとえるならば―――そう。狼の群れの中に豚を放り込むようなものだ。

「で―――何だ?」

「あの……どうして貴方は私を?」

「……確認するが、お前は本當に記憶を失っているのか?」

アルドが鋭い眼差しでワドフを睨んだが、特に怯えた様子は見せない。

アルドは普通に人を睨んでいない。相手のを視ているのだ。なので噓を吐いているなら不安のが出るはずだが……まるでの起伏は見られない。この場合は―――本當の事を言っているか、自分の吐いた噓に何の慨も抱いていないかのどちらかだが、ワドフの格から察するに前者だろう。

「そうか。なら教えよう。……お前の為だ」

「……答えになっていませんよね?」

「後は気が向いたら教える。さあ隠れた隠れた。お前の存在が明るみに出ると厄介なんだ」

ワドフの肩を押しながら、アルドは隠し部屋へとワドフを連れて行った。

幸か不幸か、後癥狀態の時にワドフに出會えたため、『命刻』の契約容を知る事が出來たが、あまりにも馬鹿馬鹿しいというか恥ずかしいというか。そもそも『悪闢』のせいで記憶が消えてしまった為、真偽の程は分からないが、これがやりたい事……

契約時、想人アルドとやりたい事をやる。契約完了條件の一つとして、本人が満足するまで。

―――馬鹿な。ワドフがそのようなを持っている筈がない。自分も只、親しみはあったというだけで、そんなは一欠片も持ち合わせていなかった。

だからこそ否定したい。

人間と人間。種族上の違いは無いが、魔王と素人にが生えた程度の等、釣り合う筈がないのだ。いや―――ワドフに魅力が無いという意味ではない。只、アルドの価値観ではありえないのだ。

こんな契約は。こんな想いは。

契約上仕方が無いので、彼と行を共にするが、アルドは絶対に認めない。ワドフのようなが、自分を想う事などあってはならないのだ。

急いで普段の格好に著替えた後、船が出航した。ナイツの誰も、アルドの行を不審がるものはいなかった。

船の手すりに背中を預けていると、フェリーテが話しかけてきた。

「のう主様、この船を使う事は無いと妾は予想してたんじゃが、意外じゃのう」

この船は、アルドの所有する唯一の船である。名は特にないが、その辺りの商船にも負けない大きさと裝備の為、どこに行こうともこの船は目立つだろう。

「今回はし理由があってな。リスド港からは船は出さない事にした」

リスド港から船を出そうとした場合、リスドが魔人の手に染まった事を知らぬ他國の商船と鉢合わせになる可能がある。アルドはそれを避けたい。

程のう。その思考は確かに一理あるか」

『覚』のもっとも有用な使い方として、會話の進みが挙げられる。余計な事を言わずに済むから、詰まる事がない。

フェリーテがアルドの橫に並んだ。

「じゃがのう、主様。大事な事を一つ忘れているぞ?」

「大事な事……見當もつかないが、一何だ?」

「うむ、それはな―――」

直後、聞こえただろうフェリーテの聲を、ユーヴァンの聲が遮った。

「アルド様ァァァァッ、海賊船がこちらに來ますッ!」

「喧しいな」

「全くじゃ」

二人は互いに見つめ合い、微笑んだ。この船が、海賊に狙われていると知っていながら。

「どうしますかぁッ!」

海賊は別に大事という訳でもないだろう。一人一人の強さなどたかが知れているし、使う武や魔も然りだ。放置する訳には行かないので対処はするが、フェリーテの言う大事な事ではないだろう。

次の音は、アルドにも確かに聞こえた。この発のような火薬音は、大砲。つまりこちらに撃ってきたという事だ。

ユーヴァンが見えて、アルドの位置から見えない事を考えると、位置はアルドと対極の方向。(ユーヴァンは一番上に居る為どこでも視える)それも大砲が屆く距離で、それでいてアルドの視界に寫らない遠さ。

およそ十秒といった所か。

「ユーヴァンッ、何もするな! ここは私がやるッ」

「仰せのままにィィ! しっかりとアルド様の勇姿を記録します!」

「何にだッ」

「紙にでェす!」

馬鹿なのか。

何やら無謀な事に挑戦しようとしているユーヴァンに心の中で応援を送りつつ、アルドは走り出した。

歩數、歩幅、船の揺れ、空気の揺れ方―――全ての要素を計算して、彼が目的の方向に著いた時―――丁度手をばせば屆くような位置まで、砲丸が迫っていた。

「計算通り」

アルドは砲丸に軽く摑み、その力の方向を変える。勿論撃ってきた奴等の方だ。奴らは予想すらし得ないだろう。まさか金と目當てに狙った船に、魔王がいる事など。

砲丸は出時の三倍、いやそれ以上の速度で海賊船に直撃。ここからでもかなりの損害が確認できる。そんな狀況にあちらは只、混している・攻め時と呼ぶにふさわしいくらい完璧なタイミングだ。

アルドはし後ろに下がり助走をつけた。そして手すりに足を掛け―――海賊船へと跳躍した。

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