《ワルフラーン ~廃れし神話》歪まぬ剣は鋼鉄で出來ている。

昔も昔、その昔の話だ。私は英雄というものに憧れた事がある。その圧倒的な力で全てを変え、人間を守ってきた英雄。私はそれに憧れ、そしていつしか目指すようになった。その時の私には今のような力は無く、勿論その夢を聞いた者は皆笑った―――子供に掛けるような笑みではない。嘲り笑う、つまり馬鹿にしたような笑みだ。

それでも私は諦めなかった。きっと達するとそう信じて。

私の意思はきっと鋼鉄や金剛とは比較にならないような強さを持っているだろう。しかし―――気づいていなかった。英雄とは目指したその日から……

いや、気付いてしまうのは良くない。それはきっと人を殺す事より重大な、夢を壊してしまう事に當たるのだから。

ツェートが家の中に聲を掛けると、奧の方から腰のらかそうな母親が出てきた。言っておいて何だが、腰がらかいのを特徴にする気はない。この大陸の殆どの大人―――いや、全ての大人はこうなってしまう。外來より訪れた者も一年も住めばこうなってしまう。というのも子供たちの気が荒いせいで、相対的に大人たちが穏やかになるのだ。

おかしな現象だと思うなら、この國では異端者だ。その発言は慎んだ方がいい……なんて、八年ほど滯在したアルドが言える事ではないのだが。

「ロッタさん、この方達は……新しい奴隷で?」

「私が奴隷に見えるような恰好か」

「心外だなぁッ!」

「僕の恰好は……まあ仕方ないか」

「何とも言えぬ気分よの」

背後の三人は複雑な表を浮かべている。

母親らしき人にツェートが唾を吐きかけた。

「おいおい、この男達は俺の師匠だぞッ! お前如きが話してよいような存在じゃないんだッ」

そう言ってツェートが母親を押し倒すと、そのまま馬乗りになり信じられないだろうが、母親を毆り始めた。認めたくないが、これがこの大陸の現実じょうしきだ。別の大陸で敬われている親に平気で暴力を振る。強さにび悩んだ騎士にありがちな行だが、彼は騎士ではない。それどころか何かの職にすらついていない。只の子供だ。親に養われていなければいけない年齢の年なのだ。

し話を昔へと遡らせよう。この國の王は、こんな事を言いだした。

『子供と親の権力を逆転させなさい。そして子供に何をされても反撃はしないようにしなさい。後……そうね。親は何があっても子供を養うのを放棄しない事』

この國に異常さが生まれたのはそれからだ。大人を子供が迫害し、好き放題に使って、でも大人は逆らえない。この言葉が発される前ならさして異常では無かった。しかし國民の誰しもがその常識を疑わない。常識の上書きという奴だろうか、非常に恐ろしい話である(何故かアルドは効果をけていないが)。

だからと言って、別にこの大陸の常識を変えたい訳では無い。変えようと思えば変えられるが、こちらに不都合であろうし、何よりする理由が無い。アルドは善人ではない。あの時のように無償で人助けをするような奴ではないのだ。

絶対に。

「このやろ、このやろ、このやろ、このやろ―――」

「やめなさい」

アルドの発した一言で、周囲の空気が冷えた。

「……え?」

「やめろと言っている。私は客なのだろう。ならば不快なモノを見せられた時、不快である、と言う権利がある」

「師匠、この國では普通ですよ?」

「そんな事は知っているが、私は異邦の者だぞ。この國のような文化で育っていない。今すぐやめろ」

それが殺意かどうか誰もが図りかねた。ナイツ達からしても、本気の殺意ならばこの周囲にいる生に裂傷が発生するはずだが、かといってこの雰囲気が冗談とも思えない。

ツェートは不満そうな表を浮かべながら、靜かに舌打ちした。

「分かったよ。師匠がそう言うならやめるよ」

「良い子だ。さあ、さっそく稽古をつけてやるから、庭に出ていろ」

「へーい」

ツェートですらこれだが、まだ禮儀がなっている方である。アルドが言ったあの言葉で、自分を敵視する年は多い。以前はかなりの數の敵を生み、寢込みを襲われたものだ。

その行為のせいで自分の死が確定したと知らない年が何人死んだか。

「あ、あの、有難うございました」

は恭しく頭を下げた。

「気にしないでください。ああいう年は、こうする事で恐怖を覚えますから」

「でも……大丈夫ですか? 子供達が徒黨を組んで仕返しにくるかもしれませんよ?」

の心配そうな顔に、アルドは軽快に笑った……気がする。したつもりだ。

「その件はご心配なく。子供達は絶対に私を殺せませんよ……絶対に、殺せません……」

その日がくる事を信じながら、アルドは庭へと歩き出した。

「ではまずは、お前の剣の腕を見るとしようか」

「え、剣なのか?」

「他の武がやりたいと言うならばそれでもいいが、剣が一番簡単だと思うぞ」

「じゃあ剣でいいや」

その聲を聞いた後、アルドは何処からか取り出した木剣をツェートに投げ渡した。只木を削っただけの

武骨な剣だが、稽古には十分な筈だ。

「それで、どうするんですか?」

「お前に三分間與えるから、その間に私に一撃を―――」

「やああああああッ!」

説明が終わるか終わらないかのに、ツェートがこちらに剣を振り下ろしてきた。その好戦的な態度は心するが、生憎このタイミングでは達人の剣だろうとアルドには當たらない。素人など以ての外だ。

アルドは右に軽く避けた。

「うわあッ!」

力任せに振り下ろしていたせいで、ツェートの剣は地面に突き刺さっていた。

「ほら、どうした」

「うああッ!」

ツェートは出し抜けに裏拳を放ってきたが、遅い。関節はびている。大振り。力任せ。し戦いに慣れてるものなら簡単に躱せるだろう。

アルドはびきった腕を取り素早く背後に回ると同時に、素早く関節を極め、そのままツェートを地面に抑え込んだ。

こんな蕓當は自分の弟子以外教えていないだろう。この技はアルドがジバルで得した技であり、この五大陸の中で知っている者は、おそらくアルドの弟子となった人の―――三人程だろう。ナイツでさえもおそらく知らない。

この技は気をつけてさえいれば、絶対に掛からないが、知らない者であれば絶対に引っ掛かる。初見を殺す究極の業である。

「くそッ、師匠攻撃すんのかよッ!」

「攻撃しないとは言っていないが―――放してやる」

思えばこの狀態ではツェートは何も攻撃出來ない。

腕を離すと同時に、ツェートが素早く立ち上がり、こちらに向き直った。

殘りは二分と言った所か。

ツェートは素早くこちらに近づき、木剣を振り下ろした。今度は片手な辺り、(木剣が軽い事に気づいた)學習したようだが甘い。アルドはあっさりと剣戟を躱した。

それから何度も剣を振ってきたが、アルドに當たるような太刀筋は一太刀も無かった。殘りは一分だが、これ以上続けてもアルドに當たる事は無いだろう。自信を無くされても困るし、ここは一つ仕掛ける事にしよう。

「待て」

「え、何だ?」

「お前にこれ以上やっても無駄だと判斷した。お前は弱い。だから殘りの一分は―――私はかない」

ツェートのような格のモノにはこういう煽りこそやる気を引き出すものだ。

アルドの狙い通り、ツェートの表が瞬く間に歪んで行き―――直後、紅い魔力がツェートのから放出された。

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