《ワルフラーン ~廃れし神話》それは何で出來ている

負けず嫌いここに極まれり。まさかこんなに早く『覚醒』するなんて。実は予想していたとかそんな事はなく、本當に予想外だ。だからこそかないという制約をわざわざ設けたのだが、これはさすがに厳しい。幾ら最強だろうと、かないというのは中々辛いのだ。

アルドがツェートを見據えていると、直後にツェートの姿が消えた。アルドの視界から一切寫らずに消えるなど尋常ではない。一何故―――

「アアアアアアアアアアアアア!」

背後で雄びが上がったので、振り向きざま左手で薙ぐと、こちらに刺突を放っているツェートがいた。

それを視認すると同時に再び消える。

これは―――

その質を理解してから程なくして、アルドの背中―――丁度心臓の位置に、木剣が突き刺さった。

弱いと言われる事が嫌いだった。馴染にも負ける強さなのは自分でもよく分かっている。それでも他人に言われる事が嫌いだった。

自分に師匠が出來てから、強くなれるかもと思っていた。師匠ならば、自分の事を弱いなんて言わないと思っていた。

でも違っていた。師匠は誰よりも誠実に、そして慘いまでに遠回しに、自分の事を弱いと言った。それからは自分の力に歯止めが利かなくなって、それで―――

俺は何よりも弱いと言われる事が嫌だった。もう誰にも言われたくなかった。だから俺は―――強くなる。強くなる。誰よりも。頂點に。

「……」

その刃はを抉りを穿ち、心臓を貫いた。刃は々に砕け散ったが、それでも致命傷を與えた事には変わりなかった。

その木剣からは意志の強さを確かにじる。理屈や合理ではなく、只弱いと言われたくないから強くなる。その意志がいかに強いか、それは刺突を喰らったアルドと本人しか分からないだろう。

さて訓練の結果だが、合格だ。これなら加減なしで訓練を施せるだろう。たしかに潛在能力は下だが、だからといって弱いとは限らない。何故かアルドの弟子はやたらめったら特異な質を抱えていたり、潛在能力が非常に高い出來損ないがきたりするため、弟子の中では最下位である事は変わらないが。

「……」

訓練は上出來。こんな狀況を停滯させた所で意味などない。そうそうに終わらせるとしよう。

「……上出來だ」

アルドは自分の鳩尾に何かを突き刺すように拳で叩くと、丁度臓が収まる部分が外側に膨張し発。アルドのの中心からは骨が出している上に、の向こう側まで見えた。大が開いているのだ。

しかし発が原因で、ツェートはアルドのから五メートル程離れていた。

「しかしお前、そんなに本気を出してしまったら、終わる訓練も終わらないよな」

アルドは拳を構え、ツェートを見據える。

「そんな優等生のお前に追加訓練だ―――実力の違いを見せてやろう」

ツェートがあの紅い魔力を纏っているとき、特殊能力は顕現する。能力の詳細は、おそらく『視界の外に飛ぶ事』だ。だからツェートを見た時、きの前兆すら見えずに移できた。能力さえ分かれば、対策方法は簡単。気配だけで位置を摑めばいい。仮に能力が視界ではなく、『認識の外に出る』ような能力ならば、五を切って予測でけばいいだけだ。

こんな風に、対策をする事で意外にもこういった能力は防げる。それくらいの能力なのだ。

「ウアアアアアッ!」

「來い……ツェータ」

傍から見れば正気を失っているように見えるだろうが、ツェートは確かに戸っていた。

明らかに心臓の辺りにが開いているというのに、どうしてアルドは痛がるような素振りを見せないのか。いや、それよりもまず、何故生きているのか。

「そんな優等生のお前に追加訓練だ―――実力の違いを見せてやろう」

アルドはおそらく自分の能力に気が付いていない。ならば幾ら雰囲気が変わろうと勝てる―――

「ウアアアアアッ!」

「來い……ツェータ」

アルドがこちらを見ている事を確認した後、ツェートは一歩踏み出し、『飛んだ』。

視界の外に行けば、人間は基本的に反応できない。アルドは何故か超反応を見せたが、それでも再び自分を視た為、その更に外―――裏の『裏』へと飛んだ。

大丈夫、勝てる。

ツェートが背後へと飛び、再び木剣を突き立てんと逆手に持ち替えた瞬間、

「えッ」

そこにアルドは居なかった。

「能力を過信しすぎだ馬鹿者」

背後で『死』が蠢いたと思った時はもう遅かった。ツェートの背中は無防備、反応は不可能。『飛ぶ』事は―――出來る。

ツェートは再び『飛んだ』。これでアルドの背後に回る事が出來た筈だが―――ツェートの眼前にアルドは居なかった。

「まだ気づかないとは馬鹿を通り越して阿呆だな」

その聲に再び飛ぼうとするツェートだが、今度はそれよりも早く、そのに染みわたる衝撃が、ツェートのを貫いた。

「……ッ!」

その全に流れ落ちる衝撃にはぎすら許されない。ツェートはを限界まで反らしたまま吹き飛び、遙か奧にある大木へとぶち當たった。大木の元はものの見事に砕され、大木は隣の家屋の屋へと倒れ込―――む前に、『消滅』した。

「ア、ア、アア……」

が痛い。のあちこちに木片が刺さって出している。負けたのか? 自分は死んだのか?

いや、痛みをじているという事は、まだ生きているという事だ。生きている限りは負けはない。死んでさえいなければ、絶対に勝てる時は訪れるのだ。

「ア…………ウ……」

じる。鼓を。

じる。息吹を。

誓え。勝利を。

戦え。最後まで。

生きろ。死なない為に。

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」

負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない———負けない。

ツェートは一瞬でアルドとの距離を詰め、木剣を振り下ろした。

「面白い……!」

仏頂面とも言えたアルドの顔が僅かに高揚を纏った。遂に師匠の本気が見れる……!

ツェートが放った最狂最速の一撃に、アルドはまるで本の刃と相対するかの如く、凜とした佇まいでその刃を待っていた。そして徐に刃が近づいてくると……右手をばし、ツェートが握っていない部分、即ち柄の辺りを摑み、円を描いた。傍から見た景として、下にあった柄が上に、刃が下になっている。

「お前なんかに本気を出す訳がないであろう」

そう呟いた後、アルドは殘った左手の裏拳で刃を弾き、木剣をツェートの手から遠ざける。

自分の手から武が無くなった。その喪失は、たとえ無意識にじたものでも、それは一秒か半秒、確かにツェートのきを止めた。

そして、言うまでもなくそれは致命的な隙となる。

アルドの拳が、ツェートの顎を打ち抜いた。

目が覚めると、そこは自分の部屋だった。自分のに塗られた薬と、アルドが居る事を除けば、いたって普通の部屋である。

「馬鹿者。私に敵うと本気で思っていたのか」

「……俺はまだ負けてない」

「そう五月蠅いと、ここで踵落としをしてやっても良いのだが……お前が勝ちにこだわるべき相手は私では無いだろう」

「俺は師匠にも勝ちたい」

「何故?」

「戦って分かりました。あんたは戦闘の天才じゃないか。俺の特殊能力も短時間で看破した上、この有様。天才以外なんていうんだよ」

ツェートはし不貞腐れているようだった。それは自分に劣等を抱く者によくあるで、アルドとしても、気持ちが分からないでもなかった。

「十一萬三千七百五十人」

「え?」

「私の弟子になりたいと懇願してきた者の人數だ。そしてその、私をかす事が出來たのはたった八人だ。そしてお前で九人目。お前も落ちこぼれとは言い難い力だと思うぞ」

その気になればかなくても対処できたが、油斷していたのは事実。言い訳などする気にもならない。

自分がどんな狀態だろうと、ツェートは確かにかした。それは事実だ。

「師匠をかす事が俺に出來るなら、村の子供皆が出來るよ。良かったな」

「いいや、お前にしか出來ぬよ。特殊能力も無しに私をかせる者など、まあそこそこいるが、この村であれば、今一階で料理を手伝ってくれているフェリーテ、ヴァジュラ、ユーヴァンくらいだろう」

この発言とは裏腹に、アルドは一切慢心していない。その事は、ツェートも分かっていた。

「それにお前が皆に負ける理由はその能力にある―――だから訓練すれば、お前は誰よりも強くなれる」

自分で心無い言葉とじたのカ、アルドは服をぎ、上半出させた。「これを見ろ」

「えッ……?」

その全には酷い火傷の痕があった。その広さからおそらく下半もそうであろうし、また火傷のせいで目立たないが、全には切り傷刺し傷と思われる古傷が、あちこちに刻まれていた。

そこでツェートは自分の発言を思い出した。

『あんたは天才』

彼は天才でも何でもなかった。只ひたすらに努力をして―――そう。弛まぬ鍛錬による強さだったのだ。

「私が剣を始めたのは四歳の頃だ。私はちょっとした質で落ちこぼれと呼ばれてな。よく隣の家の者達に馬鹿にされていた」

その気になればいつでもあえると思うのだが、何故かアルドは遠い過去を振り返るような目をしていた。

「それでも私は諦めなかった。英雄になりたくて、見返したくて。その時最強の條件ってのは魔も剣も両方こなせてこそって時代だった故、他の者は皆魔を學び始めた。私は―――生憎魔力を引き出せない質何でな。魔を勉強する事はしなかった」

「その、魔を習ったって奴等とは?」

「勿論同じ學校だったさ。『俺』は落ちこぼれって事でからも良くいじめられていた」

只一人の『馴染』を除いては。

「だがそれでも俺は諦めなかった。今考えると狂気としか思えんが、私は只英雄になりたかった。純粋な狂気とでも言っておこう。魔に対して剣はどうすれば勝てるか。魔と剣を混合させた魔剣にどう対処するか―――分かるか?」

才能の無い者だと言うならば、その時點で諦めている筈だ。こんなに負けず嫌いの自分だって、きっと諦めている。

「魔を勉強するとか、実は特殊な家系で別の能力があったとか?」

アルドは頭を振った。

「答えは只究極なまでに剣を極める事。他の誰も追いつけない位努力して努力して……剣だけを徹底的に鍛える事だった。そして十六年くらい経って……『俺』の努力は報われた、かもしれない」

「かもしれない?」

「―――し話が過ぎたか。それ以上は教えんよ。まあともかく、自稱才能の無いお前が私を超えるというのなら、『私』と同じくらい、それ以上の努力を重ねなくてはならない……いいか」

アルドの真剣な表に、ツェートが息を呑んだ。

「才能のある奴は只の努力で強くなれるが、そうでない奴は過酷で殘酷で究極的な努力を何十年間も積み重ねる事でしか才能のある奴に追いつけないんだ。さらに言えば、才能のある奴はその努力に妥協する事だって出來るが、反対の奴に妥協は無い。あってはならない。妥協したその瞬間から、今までの努力はゼロになり、イチから始まる事になる……そして、妥協を許さず訓練し続けた先に……」

アルドは服を羽織り、再び著裝する。

「最強わたしという英雄わたしが居た。……そういう事だ」

アルドは立ち上がって、扉に手を掛けた。

「もう傷は大丈夫だろう。さあ、そろそろ夕餉の時間だ。私は先に降りているぞ」

アルドの足音は、とても重かった。

「……」

自分もああなれるのだろうか。いや、なってみせる。そして奪い返して見せる、あの糞野郎から。絶対に。

それにしても、ツェートには気になる事があった。

アルドのには大が開いていたはずだが、一、いつ治ったのだろう。直せるような傷では無い筈だが……

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