《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第十五話
「この、クソ野郎がぁぁぁぁっ!!」
 自らのじた恐怖を振り払うように大聲をあげながら自らの腕を振り上げる宇野。彼の手の先には魔方陣が浮かび上がり、既に魔法を放つ準備が完していた。
(流石に速いな……だが、あの魔法では)
 構築速度こそ一級品だが、その魔方陣の中は見るべくもない。代わり映えのしない容に、ディーネは靜かに溜め息をついた。
「『詠唱:熱炎剣』!!」
『タネの割れたマジックは嫌われるぞっ、と!』
 先程とは同じ魔法なれども、ディーネの対応まで同じとは限らない。彼は難なく避けると、次いで盾の付いた左手を向ける。
『『詠唱:燐之風』』
 ディーネが唱えたのは風の攻呪文。すると寶に刻まれた線が緑に発し、その線から送られた魔力が自で魔方陣を紡ぎ始めた。
(なるほど、これなら確かに一定の戦力までは補うことが出來るな。平均の底上げには役に立ちそうだ)
 自らの魔力を全く消費せずに魔法が使えるというのは確かに畫期的である。余り強大な詠唱は使えそうにないが、実戦レベルの詠唱ならば暫くは問題ないだろう。突如現れた変なAIを除けば優秀な裝備だ。
『ムキー!! 変とは何よ変とは!!』
(忘れた頃にやってくるんじゃ無い)
耳元で響く聲に顔を顰めるディーネ。突如抗議の聲を上げた彼の姿が観衆に見えていないか、心中でややドキドキしながら目の前の敵に意識を向け直す。
 完した魔方陣から幾條ものレーザーのような攻撃が飛び出していく。しかしそれは宇野の近くにった途端、その力を失い消えていった。
(……なるほど、こいつが奴のスキルか)
「ハッ!! どうしたよ雑魚が。まさか怖じ気付いたのか!?」
『ああ!? 私の魔法がぁ!?』
 宇野はめげずに挑発するが、それは最早ディーネの耳に屆いていない。そんなことよりも彼には考察すべきことがあるのだから。AIの悲鳴? 聞こえないふりをしているんだろう。
 聞いたところによると、宇野のスキルは『魔力統括』というものらしく、自らのストックだけでなく、周囲にある魔力をもる事ができるという優れものだ。周囲にある魔力なら相手の魔法でもれるというのは、ディーネをもってしても驚きを隠すことはできない。
もっとも、優れものではあるが珍しいでは無い。放った魔法をそのまま返されるなど彼にとっては日常茶飯事、プラスして相手の魔法が上乗せされるという事態もよくある話である。加えて言えばそこから更に十人がかりで攻撃を仕掛けられるのも稀では無い。彼に取ってみれば、驚きはしても驚愕には値しない事だ。
『……その程度で調子に乗らないでくれよ。』
「っ!?」
ディーネは宇野に対して半になると、剣を腰だめに構える。
(……なんという。一分の隙もない見事な構えだ)
 メリエルは彼の構えをそう評価する。この観衆の中で唯一剣の道を修めようとしている者であるため、それに気付くのは必然と言えるだろう。
(……なんとなく。なんとなくだけど……今の薫は誰も突破できない気がする)
 そして観衆の一人であった春斗も、その類い稀なる覚でディーネの強さをじ取っていた。
「え、『詠唱:熱炎剣』!!」
 慌てて再度詠唱をする宇野。彼の掌から発的な炎が立ち上ぼり、再び巨大な炎剣が天を突く。今にも自らを呑み込みそうな熱気に、しかしディーネはただ一つのアクションで応えた。
 ザリ、と地面を踏みしめる音と共に僅かにディーネの左足がく。軸足を決めた彼は、高速でその腰を回し、そのきと連するように次いで自らの上半を振る。
 足、腰、と、を伝ってきたエネルギーはやがて腕に到達し、その力を発させる。弾かれたように飛び出した腕は、その先の手に握られた剣へと殘りのエネルギーを託し――
「――フッ!!」
 ――勢いよく振り抜かれる。
 そして次の瞬間。
 空間が、割れた。
◆◇◆
「――ハッ!?」
 一瞬吹き飛んだ意識が回帰し、試合はどうなったと慌ててフィールドを見渡すメリエル。
 視界にってきたのはなんの変哲もないただの練兵場だ。強いて言えば中央にはクレーターができているが、それは先ほどから付いていただ。ディーネによってもたらされたでは無い。
では一何が変化したのか。フィールドに立ち盡くすディーネに、向かいに立つ宇野。何も変わっていないように思える構図だが…。
「……ど、どういうことだよ」
宇野が聲を震わせつつ、ディーネに問う。明らかなその態度の変化に、メリエルは戸いを覚えた。
彼は虛勢を張る余裕も無く、ディーネに怯えたような聲を上げる。
『どういうことも何も……見たままが全てだよ。それが答えさ』
「だからって!! あり得る訳ないだろ!! お前が、お前ごときが……」
目の端に涙を溜め、けなくもディーネに問うその姿は、試合前からは考えられないほどけなかった。
「魔法の無力化を使えるなんて!!」
彼のその言葉に、練兵場にいた人々が皆目を剝いた。
魔法の無力化。文字通り発した魔法を無力化する技の事であるが、言うは易し、行うは難しである。魔法の発した地點に向けて、正確に、かつ注がれた魔力以上の魔力を込めて攻撃を放たなければならないという高度な技が必要とされる為、それを扱える者は滅多にいない。その為、能力で魔法を無効化出來る宇野のような存在は重寶されるのだが。
ディーネは観衆の驚きの中、やれやれといったように肩をすくめる。
『僕はそんなに難しいことはやってないよ。やったことはただ一つ――』
手に持った剣をちらりと掲げる。太のが反して、その刀が白に輝いた。
『――火を押しつぶすほどの風。それを起こしただけさ』
メリエルはその言葉に思わずを震わせる。
自分の見ていない間に何があったのだろうか? あの冒険者のが何か絡んでいるのだろうか? そして目の前に立つあの騎士は――
そこまで考えて、メリエルは首を振る。
(そんなはずは無い。大、彼が強くなって帰ってきたというそれだけの話じゃ無いか。何を深読みしているんだ自分は。これではカオル殿にとってあまりに失禮では無いか)
頭に浮かんだ邪な考え。二度とそれを考えつかないようにディーネ達へと改めて向き直る。
その考えが真実では無いと、自分の思い過ごしであると、そう願いながら。
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