「さて、早速なのですがし寄りたい所があるんです。あまりお時間は取らせませんので、誠に申し訳ありませんが著いてきて頂いてもよろしいでしょうか？」

  料理も食べ終わり、僅かな呑んだくれの集まっていた酒場から抜け出した一同。唐突にドローレンがそんな事を言い出したのは、これからの方針を決めようとした時であった。

「早速好き勝手を始めたな貴様は……魔獣を討伐するのではなかったのか？」

  早速自らの用事に付き合わせようとしたドローレンに対し、フィリスは苦言を呈する。確かに、共に行する理由として魔獣の討伐を掲げている以上、彼の発言はそれにそぐわない。そも、この関係は一時的なであり、その中で彼が好き勝手するのもましい関係とは到底フィリスには思えなかったからだ。

  ……まあ、ドローレンの事が苦手というが多分に含まれているのは否定しようの無い事実ではあるが。

「確かに仰る通りではありますが……今日はこれ以上の魔獣討伐依頼がっていない為、それは不可能なのですよ」

「噓をつけ。ギルドのボードにはまだ幾つか討伐依頼が殘っていた筈だぞ」

「ああ、それならば既に対処してありますわ。ここに來る前にも々と回っておりましたので」

「……貴様の行力には敵わん」

  ドローレンは人をからかいこそするものの、噓の類は一切使わない。こうして笑顔で言った言葉も、恐らく事実なのだろう。驚異的ではあるが、彼の実力を持ってすれば不可能とは言えない。

「申し訳ありません、ですがこの村の教會の司祭へ挨拶に行くだけなんです。本當にすぐ終わりますので、下手に別行を取るよりは……と。本當にお嫌ならば私一人で行きますが……」

  そう言いつつもシュンとした表を浮かべ落ち込んだ雰囲気を醸し出すドローレン。一つ一つの表現が些か大げさともじられるが、これはわざとやっている訳では無く、完全に素の表である。ただ、そのがコロコロと変わりやすい為、表にもそれが現れ出てしまい、結果的にオーバーなリアクションに見えてしまっているだけである。

  それを証明するように、周りの水樹達が彼をめると途端に表を変え、先程とは一転した笑顔を浮かべる。この様な誤解されやすい質であっても彼が《聖》としてやっていけているのは、やはり本人の生まれ持った格のおだろう。

  フィリスは彼の難儀な質に溜息をつき、仕方なさそうに肩を竦める。

「……まあ別に著いて行く事は此方としても吝かではない。ただ、司祭に挨拶をする必要はあるのか？  貴様は仮にも《聖》なのだろう？」

「《聖》だからこそ、ですわ。信心深いスレイ教徒の皆さんにはしっかりと挨拶をしておかなければ失禮に當たりますので」

「る程、《聖》とやらも難儀なだな……まあいい。生憎、私はこの村に詳しくなくてな。教會に行くのならば貴様が道案をしろ」

「ええ。私が提案した以上は、しっかりと道案させて頂きますわ」

  にドンと拳を當て、自信をアピールするドローレン。その衝撃と同時にポヨンと跳ねた彼の巨大な部裝甲に、その気はなくとも水樹達の視線が吸い寄せられる。

  各々が自らのをチラリと覗き、再度ドローレンへ。試しに同じ様にを叩いてみるも、彼程の揺れは得られない。例えるならばドローレンが震度七。水樹と奏が大同じくらいで震度四。骸は何処までも広がる太平洋、といった所だろうか。

「……ま、まあは格よね」

「……キャラ被りの上、は上位互換だなんて……」

「……貧はステータスって言うよね」

  何か男には計り知れない攻防があったようだが、當の本人であるドローレンはそんな彼らに疑問の表を浮かべるだけである。これが勝者の余裕という奴なのだろうか。

  フィリスは彼らの様子を見て呆れたように肩を竦め、ディーネの元へと自然に近づく。

「……まだまだ行先は前途多難だな」

「まあ、退屈よりはマシじゃないですかね？」

  二人はそんな他の無い話をしながら、周囲にバレないように魔話を繋げる。長距離を繋げる場合はそれなりの魔法陣が必要となるが、この程度の至近距離であれば手のひらサイズの魔法陣で問題ない。

  その間も他ない會話は続けており、周囲から見れば何の変哲も無い二人組に見えるだろう。口と頭で別の事を考えるとい行為は、彼等にとってそう難しい事ではない。

『隨分と面倒な事になりましたね局長。いつもの集団を煽する力は何処にいってしまったのですか？』

『別に何処にも行ってねぇよ……チャンスがあれば持って行きたかったが、流石に確定した流れを強引に変えるのは無理だ』

  大衆を裏から煽するという行為は彼にとって朝飯前であるが、それはあくまで流されやすい大衆にとっての話。今回のように人數のない狀況においては、冷靜に考えられる人間が一人いるだけで機能しなくなる。出來る事といえば々自の思う通りに行くようそれとなく口を挾むのが限界であり、それすらも『薫』であるという縛りが妨害しているというのが現実であった。

『る程、つまりあの場において局長は役立たずだったと』

『……いや、うん。まあ確かにそうだな。事前準備が出來ないとはいえ、全く思った通りに事が運ばないってのは大分心に來る。腕鈍ったかなぁ……』

  冗談のつもりで何時もの毒を吐いたフィリスだが、それに対するディーネの落ち込み様が尋常ではない。隨分ストレスで心をやられているなと察した彼は、溜息をついて話を切り替える。

『……そういえば局長、潛させた工作員の件はどうなさいますか？　このままでは我々もきが取れません。犯人を捜すにしてもこの狀況では手がかりすら摑めないのでは？』

『ん、ああ……そうだな。その件にもしっかり対応しとかなくちゃな』

未だ若干聲が震えているが、なんとか思考を別の方向へと切り替えることで事なきを得る。幸いにして彼がふらついていた所は前の水樹達には見られなかったようで、彼らは変わらず教會へと歩を順調に進めている。

『と言っても、今すぐに対応とは行かないな。出來る時間があるとすれば深夜、早朝……要するに仲間に疑われない時間帯だな。活範囲も限られるが、背に腹は代えられん』

『追加の人員は如何なさいますか』

『先に投した人員がやられた事を考えると、こっちも余程の手練れが必要になるだろう。下手にこれ以上人員を失うのは避けたいな……當面は俺達だけでやるしかない』

『なるほど……今回は隨分と厳しい任務になりそうですね』

『仕方ない。敵地のど真ん中にぶち込まれてるようなもんだからな……っと、どうやらお目當ての場所についたみたいだな。教會はあまりに合わないが、腹を括るとしよう』

ドローレンが止まった場所は、こぢんまりとした何の変哲も無い教會である。木製の薄いドアをゆっくりと押し、一同は中へとっていった。