《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》ゴルディアスの結び目

眼前の聖櫃に為すもないアナザーレベル・シルエット【カラヌス】

コウたち三人はただ張をもって注視するしかない。

――たすけて

コウは幻聴のようにかすかな、か細い聲を聞いた。

舌っ足らずの子のような聲を確かに聞いた。

コウは視(み)た。

聖櫃にある、微かな突起が二つ。五番機のセンサーはその點を捉え拡大する。

五番機がコウに見るように命じたかのように。

の視覚でもっても看過できるとは思えない、大きさにして數ミリの點を。

「――」

コウはアシアに目をやる。この事実は決してアレクサンドロスⅠに悟られてはならない。

『ダメよコウ。それはプロメテウスの火をもってしても傷付けられるかどうか』

アシアの目は冷ややか。これは演技だと即座に見抜く。アシアはそれとしか言っていない。

されてもカラヌスのことを意味すると思うだろう。

『アレクサンドロスⅠが搭乗するカラヌスの裝甲と聖櫃は同種のもの。いわば世界の卵ともいうべきもの。あの様子では彼も破壊は困難ね』

カラヌスはきを止め、メインカメラで五番機を見據える。

足元にいるアシアに問いかけた。

「聞こえておるぞ。超AIアシア。アナザーレベル・シルエットの処理能力を舐めるな」

「でしょうね」

そのために聖櫃とカラヌスと同種に語ったのだ。

「この中にあるものはなんだ。これでは試すものも試せない。我は超AIアシアに回答を要求する。さもなくばそのシルエットから叩き斬る」

コウは無言。安い挑発だ。

「世界の卵。アシアを制するもの。貴様は何を知っているのだ。ヘルメスはエウロパ様から何を託されたというのだ!」

「そんなこともしらないとは、あなたは本當にエウロパの名代かしら?」

挑発するかのように嘲笑うアシア。

「黙れ。問うているのはこの私だ!」

そろそろ時間稼ぎも限界だと判斷するアシア。このままではブリタニオンごと破壊しかねない。

もとより中など教えても構わないものだ。

「機械脳はもできないのかしら? 仕方ないから教えてあげます。エウロパといえば雄牛でしょう? ゼウスの伝承によれば雄牛こそはかの神の系譜。聖櫃の中こそはゼウスの牛車と選ばれし者が搭乗する者席たる玉座――コックピットと制中樞。MCS以上の人間にある覚拡張を可能とし、超AI本に匹敵する処理能力を持つ演算処理裝置。意識あるAIは一切搭載されていない、空っぽの巨大コンピューターです」

「な……」

思わず剣を止めるカラヌス。中に傷一つでも付けたら、萬死に値する。エウロパが知ったらタルタロス送りであろう。

「私(、)が聖櫃解析に充てられていたのよ? ヘルメスが聖櫃の中で何をしたかはご想像にお任せするわ。――アレクサンドロスを名乗る者なら知っているでしょう。【ゴルディアス】の故事。ゼウスの啓示、牛車の名を」

「アシアの覇者を意味する――アレクサンドロスⅢが必要とは、このことだったか! ヘスティア!」

『中に関しては私も初耳です。ヘルメスはなんてものを持ち込んでくれたの!』

ヘルメスに対し激昂するヘスティア。東方世界アシアに関する逸話でも、もっとも危険な類いに屬するものだったのだ。

『それにアシア。もっと早く中を教えてよ。アークなんて意味ありげな言葉を使ったりして! アークはアークでも聖櫃じゃなくて方舟じゃない! 戦闘小星【ゴルディアス】。ディオニソスに関するだってことは薄々気付いてたけれど! まさか本人の旗艦だなんて!』

「もったいぶったわけではないんだけどね。ヘスティアには気付いてしかったかな?」

悪戯が功したかのように、薄く笑うアシアだったが眼が笑っていなかった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ゴルディアスの結び目とはアレキサンダー大王でもっとも有名な逸話。『結び目を解いた者こそ、アジアの王になるであろう』。その牛舎と結び目はサバジオス――東方におけるディオニソスの神殿とも言われる場所に置かれ、何人もこの複雑に絡み合った結び目を解いた者はいなかった。そしてマケドニア王アレクサンドロス3世が挑戦し、解いた」

アシアが厳かに地球の伝説を語る。

「その結び目を一刀両斷することで、な」

カラヌスでは不可能だろう。結び目そのものが認識できないのだ。

「ええ。後年、難題を明快に解決する比喩ともなった逸話よ。ネメシス星系においても大きな意味を持つでしょうね」

「ならば俺も斬るのみ」

「聖櫃の封印。ソロモンの結び目。またの名をゴルディアスの結び目。本來はただの四のループが四つあるモチーフで數學的には結び目ではない。しかし封印はソロモンの封印《ソロモンズシールノット》。高次元の結び目。MCSの助けもない貴方に解けるかしら?」

アシアは哀れみさえ漂わせてカラヌスを見上げる。MCSのサポートがないバルバロイでは、暗號の視覚化は不可能だ。

苛立ちを隠せないアレクサンドロスⅠ。

「結び目を斷つことで神代が終わり、新たな時代が到來する。我らこそが所有者に相応しい」

「そう思うなら結び目を斷ってごらんなさいな。私達は何もしない。貴方が新時代とやらを到來させればいい」

アシアは毅然として言い放つ。

「くそ」

今の彼では不可能に近い。また萬が一にも中に傷がつくなど許されるはずがなかった。

「私は優しいから破壊方法を一つだけ教えてあげるわ」

「教えろ!」

「反質を投すれば破壊可能よ。中まではわからないけれどね。理法則まではねじ曲げることはできないから、簡単な原理よ」

「くそ! バカにしているのか!」

「ばれた? 星開拓時代の電子砲も運用できない機械が、囀っているわね?」

人間サイズのアシアにも拘わらず、アレクサンドロスⅠにはシルエットも超える偉容を幻視した。

コウもこれほど挑発的なアシアは初めてで、困を隠しきれない。

「まったくテュポーンも困ったものね。ゼウスの寶を殘したままにするなんて。ゴルディアスの管理は地中海世界東方で信仰されていたディオニソス。超AIのくせに癖は悪いわ男癖は悪いわ。まったく良い印象がないの私。汚は焼卻してしかったものね」

『ゼウスの戦車。移星【ゴルディアス】。テュポーンによって破壊されたと思っていたわ』

「しぶとく殘っていたみたいね。あなたやポリメティスとは違い、超AIではなかったから乗り手の意志はないみたいだけど」

『まったくです。この時代になってわらわらと星開拓時代の殘骸がでてくるなんてね! 私含めて!』

「テュポーンの失態だね。貸し一つだから。アリマ」

アシアは誰にともなく呼びかけた。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!

というわけでようやく登場です。「ゴルディアスの結び目」。多くの読者様が予想されてました。バレバレですね!

牛舎とされていますが後年の絵畫では戦車で表現されるようになりました。

高名なアレクサンドロス三世と牛車では絵にならないからでしょう。ギリシャの戦車なら馬ですしね。

あえてテュポーンの名を用いたのはヘスティアとアシアなりの挑発と牽制です。

さてアシアのキラーパス(古い)をけて次回は星リュビアのアリマ君視點です。

それでは皆様、良いクリスマスを!

アレクサンダー多項式とは何も関係ない! アレクサンドロス一世はまったく絡んでいない! 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。

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