《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》テュポーンの悔恨
星リュビアの人類拠點レルム最奧で、アリマ年が座り込み顔を覆った。
見守るリュビアとエキドナ。アーサーとバステトもいる。
「なんでゴルディアスがまだ殘っているんだ…… 申し訳ないアシア」
テュポーンにとってディオニソスはとくに抹殺対象である。名は若いゼウスを意味し、ヘルメスと同様ゼウスに忠実な後継者の一人でもある。テュポーンにとって最優先抹殺対象に外ならない。
本気で落ち込んでいるアリマを痛ましそうに見守るエキドナとリュビア。
「破壊したはずだった! ゴルディアスはクソ忌々しいディオニソスの旗艦じゃないか、どうして星エウロパにゴルディアスがあってヘルメスが制中樞を星アシアに持ち込んでいるんだよ!」
冷靜なアリマ年とは思えない慟哭だ。こんな狀態のテュポーンを見るリュビアのほうが不安に駆られる。
ストーンズによる侵攻。真相は想像以上に深いのではないか、と。
「あんなものを持ち込んだヘルメスが悪いのです! テュポーン様!」
「そうだぞ。だいたいヘルメスが悪い」
こればかりは二人もアリマをめる。
「それにあれはなんだ。人のと融合したバルバロイは。――ディオニソスまでいまだに存在しているのか? ゼウスのスペアはすべて破壊したはずだ!」
ディオニソス暗躍の可能を疑うアリマ。かの牛舎があるゴルディアスの神殿はディオニソスの神殿だったという説を思い出したのだ。
「忌々しい。ディオニソスはトラキア。つまり東方世界の神。またの名をアグリオス。野生という意味を持つマケドニアの神。聖牛は山羊、蛇、獅子、そして雄牛。雄牛とエウロパの関係なんて、いまさら語ることもないよ」
「ギリシャ立以前の神でもあり、地中海世界におけるもっとも新しき神じゃな。ギリシャ神話では胎児の頃ヘルメスに助けられ、ヤツとも縁が深い」
エキドナが補足する。
「ディオニソスのマケドニア名は他にもありシューダノール。隠された神という意味。その名の通り、隠れ潛んでいたというのか。アレクサンドロスⅢ世の母親オリュンピアスは熱心なディオニソス信者だったともいう。彼は三世の死後、アレクサンドロスⅣ世のために暗殺までしてのけた。生け贄の儀式を好んだ神がモチーフの超AIディオニソスが創り出す傀儡の名ならアレクサンドロスシリーズも納得だ」
「ディオニソスの信者。英名ではマイナス。メナードと呼ばれる狂信者たちですね。ディオニソスがテーパイの王を裝させなる儀式に參加させてやるとそそのかし、メナードたちに八つ裂きにされたという……なんともいえない逸話だな」
溜息をつくかのようにアリマを補足するリュビア。
「ディオニソスの両有で男裝やら裝をやたら推奨していたという伝承じゃな。去勢大好き集団じゃ。黃泉還りの詩人オルフェウスを八つ裂きにしたともいう。はし男は去勢するという小アジアから派生し、果てはクレタ島まで勢力をばしたキュベレーの邪教とも関わり合いが深い」
「狂と解放の神をモチーフにした超AIディオニソス。ヘルメスやプロメテウスほどではないがトリックスターの質を持つ。このボクさえも欺いてみせたか?」
「超AIディオニソス本はないかもしれませぬ。殘滓が何か企んでいる可能もあります」
「死と再生の神をモチーフにした神だ。復活したかもしれない。それでもゼウスの戦車――戦闘小星が殘ったままだったなんて。ぼくの失態だ。ソピアーにも面目が立たないよ」
ポリメティスの柱が鳴する。
「君も超AIディオニソスとは仲が悪かったはず。力を貸してしい」
ポリメティスの柱はアリマの言葉に同意するかのようにり輝いている。
アリマはポリメティスの力を借りて虛空を睨み付けて、呼びかける。
「オケアノス。ウーティスはアリマの友人でもある。テュポーンがもたらした不始末の解消に向かいたい。許可を」
『ならぬ。アリマを見逃しているだけでも特例と知れ』
オケアノスはとりつく島もなかった。
アリマはいわばテュポーンのアバター。存在すること自が危険なのだ。
『せめて私かバステトだけでも派遣を!』
アーサーもオケアノスに問いかける。
『ならぬ。たとえウーティスがお主の友人であり、バステトのあるじだとしてもだ』
バステトは不服そうに甲高く鳴く。恐れを知らない幻想兵だった。
オケアノスからは実質コウの飼い貓扱いとして認識されている。
『アルビオンも抑えておけリュビア。あやつは何故か星アシアに惹かれる』
「承知いたしました。オケアノス。バハムートと玄武が見張っておりますのでご安心を」
リュビアもアシアを助けに行きたい思いを必死に堪えている。アルビオンはことあるごとに星リュビアからの走を企てている要注意クリプトスだった。
アレクサンドロスの逸話が大きく影響するなら、あのアジアの王が制圧した次は星リュビア。決して他人事ではない。
もっとも歴史に倣うというならば、地球の地理におけるエジプト西部の古代リュビアだ。ネメシス星系では星リュビアであり、星アシアは最後であろう。
「ガルーダやサンダーバードもジュターユの仇を取った彼らの救援に行きたがっている。あのバルバロイを放置したら星アシアの戦力では無理だ。あなたまでエウロパに肩れするのか?」
珍しくオケアノスに食い下がるアリマ。ガルーダやサンダーバードは霊鳥という共通項があった。
オケアノスはその問いを無視した。
「このままでは火車やアイドロンのクー・シーやケット・シーまで宇宙に旅立ちますよ」
「火車は自力では宇宙へ行けないから安心だが、ヤマタノオロチも何故か乗り気じゃからのう…… あやつはテラスだというのに」
推進ロケットを大量に裝備こそしている人造クリプトス火車ではあったが大気圏離能力は無かった。
例外もいる。クー・シーでもハヤタロウなど高能アンティーク・シルエットが元となった幻想兵なら自力で大気圏離も可能だ。
『アルゴス、ゴルディアスともに人間は存在せぬのだ。お前たちは星リュビアの管理だけを考えよ』
「ヘスティアが何かを企んでいる。彼の手助けが出來ればいいが……」
嘆くように天を仰ぐアリマ。こればかりは破壊の化たる彼にも譲れない一線だ。ヘスティアはあくまで元十二神であり、戦闘力も一切ない。アリマが敵視する理由はなかった。
戦闘態勢を解かないアーサー。どれほど遠く離れていても、彼らが張する事態なのだ。
『今から速――秒速約30萬キロメートルで向かうことは不可能だ。ましてや秒速2萬キロ程度で向かってもあの宙域に間に合わん。諦めよ』
「秒速2萬キロは質が耐えられる限界値。Aカーバンクルとはいえ、出せて倍。それ以上の速度は出せない……」
悔しそうに呟くリュビア。アナザーレベル・シルエットには同じアナザーレベル・シルエットしか対応できないだろう。テュポーンほどの超AIならワープも可能だが、彼はタルタロスに封印中だ。
「せめてパンジャンドラム【死(デス)】をアシアに。あれは質量を相手に叩き付ける攻城兵。許されてしかるべきだ!」
『斷じて認めぬ。星の骸――小型中子星を人為的に発させて二連星として創り出し、車に見立てぶつけるなど! ネメシス星系が崩壊するではないか! 詭弁を弄することは許さぬ。【死】についてだが私はテュポーン。お前に苦言を呈する』
「あれはウーティスの【愚者】の原理より生まれた、その応用、旅の終わりを意味するもの! 直系は十キロしかない! ゴルディアスよりも小さいんだ。コンパクトな質量兵だ」
『十キロサイズでも銀河系における太以上の質量があるのだぞ。自走雷の名を借りて強弁することはやめるのだテュポーン。自走こそするが、その規模はもはや英國の奇想天外兵のくくりにれるべきではないのだ。中子の連星における衝突時の衝撃は超巨大なブラックホールとなりネメシス星系をたやすく飲み込むだろう。アシアをあまり悪い方向に導かないでしいものだ』
「あれは破壊の権化であるぼくの最高傑作なのに……」
『破壊にも限度があるとしれ。むしろ【死】は文字通りすべて混沌に帰すものだ』
本気で怒っているオケアノスに、アリマもしぶしぶ引くことにした。
『対アルゴス対策にアシアには【塔】は許可した。それで納得するがよいテュポーン』
「そうか。【塔】を使えばアルゴス程度なんとかなる、か。【塔】は星アシアの力そのもの。宇宙専用とはいえ、超AI専用のパンジャンドラムだ」
アルゴス対策は施されていると知り、安堵するアリマ。
「オケアノス。則に徹することは構わないが、意志表示ぐらいしなよ。破壊の化たるテュポーンとはいえ、無人の星系に存在意義はないんだ」
『バルバロイはいわば死後の意識。生者ではないが人特有の悪意を持つ存在ではあるが、自ら課した則を破ることはない』
「手遅れになっても知らないからね。忠告はしたよオケアノス」
巨大な気配が消える。オケアノスは去ったようだ。
「破壊の権化であるボクの後始末を他人に託すのか。あまりにもけない。――しかしヘスティア。ディオニソスの気配に気付いていたか?」
破壊する。それがテュポーンの存在意義だ。破壊し損ねたものがネメシス星系に干渉するなどあってはならないことだった。
「星アシアはあまりにも遠すぎる…… アシア。そしてヘスティア。ウーティスたちも。どうか無事でいて」
リュビアも祈るような気持ちで事態を見守っていた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
今年も皆様には大変お世話になりました。書籍版も當初の目標であった「アシア大戦」完結を達できました。
來年もよろしくお願いします!
一方その頃のリュビアでは、ということで。オケアノスがマジギレしています。
おそらく使われることがない自走雷【死】の星系破壊原理を今年最後に紹介いたしました。
中子星の直徑は10キロしかないんですよ。ゴルギアスより小さいんです!
火車は自力で大気圏離は不可能です。大量のロケットは転がるためにあります。
いや、金屬水素なら連結してクラスター化したらいける気がしてきた……
さて來年の早い時期に書籍七巻予定です!
今回は本筋ではありませんし、お正月もありますので今年は1月3日(火/大吉)にもネメシス戦域を連載します! 験擔ぎで大吉ですw
今章でのクライマックスに向けて走り出します!
1月3日の次は1月6日(金)で通常モードに戻りますのでご安心ください。
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書籍版もよろしくお願いします!
何故か危険なアルビオン! サンダーバードもいるよ! 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。
大変勵みになります! 気軽に想等もお待ちしております!
【書籍化・コミカライズ】手札が多めのビクトリア〜元工作員は人生をやり直し中〜
ハグル王國の工作員クロエ(後のビクトリア)は、とあることがきっかけで「もうここで働き続ける理由がない」と判斷した。 そこで、事故と自死のどちらにもとれるような細工をして組織から姿を消す。 その後、二つ先のアシュベリー王國へ入國してビクトリアと名を変え、普通の人として人生をやり直すことにした。 ところが入國初日に捨て子をやむなく保護。保護する過程で第二騎士団の団長と出會い好意を持たれたような気がするが、組織から逃げてきた元工作員としては國家に忠誠を誓う騎士には深入りできない、と用心する。 ビクトリアは工作員時代に培った知識と技術、才能を活用して自分と少女を守りながら平凡な市民生活を送ろうとするのだが……。 工作員時代のビクトリアは自分の心の底にある孤獨を自覚しておらず、組織から抜けて普通の平民として暮らす過程で初めて孤獨以外にも自分に欠けているたくさんのものに気づく。 これは欠落の多い自分の人生を修復していこうとする27歳の女性の物語です。
8 173【書籍化】雑草聖女の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】
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