《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》最終話 幸福譚

公暦八年を迎えたアールクヴィスト大公國。公都ノエイナの國軍訓練場で、模擬戦が行われていた。

この日は毎年春の恒例として、國境警備要員を除く大公國軍人の大半が集結して冬明けの決起集會が行われた。集會の後にやはり毎年の恒例で行われる模擬戦は、軍の力自慢や指揮格の者たちが実力を競い合う、催しとしての合いも強い。

そして今、木剣を持って戦っているのは軍務長ユーリと、鉱山都市キルデの防衛を擔うダント・キルシュタイン士爵だった。

「ふっ!」

「ぐあぁっ!」

數分に及ぶ戦いの末、ダントが素早く薄しての當たりでユーリを転ばせる。ユーリは素早く立ち上がって勢を立て直そうとするが、その一瞬の隙を突いてダントが突きつけた剣が、ユーリの首元の手前で止まる。

これが真剣で、なおかつ本気で突き込まれていたらユーリは首を斬られていた。ダントの勝利であることは誰が見ても明らかだった。

國軍の実務最高指揮であり、多くの兵士たちにとって戦闘の師であるユーリの敗北に、一同はざわめく。

「おぉ、ついに長がダントさんに敗けたか」

「驚きだな。こんな日が來るとは……」

アレインは目を見開いて、グスタフも小さく片眉を上げながら言った。ジェレミーとセシリアの夫婦は國境警備で要塞都市アスピダに殘っているので、ここには不在だ。

「仕方ねえ、長ももう歳だ。人間、歳には勝てねえもんだろ」

「そう言いながらラドレーさんがいつまでも強いのは何なんすかね……」

腕を組んでうんうんと頷きながら語るラドレーに、やや呆れ顔のリック・ベイレフェルト士爵がそう突っ込む。ラドレーはユーリと數年しか歳が離れていないにもかかわらず、未だ全盛期と変わらない強さを保っている。大公國最強の稱號は、數年前からラドレー一人のものとなっている。

「長、大丈夫ですか」

「ああ、問題ない……まったく、五十歳も過ぎると駄目だな。ついにお前にも勝てなくなった」

「俺もこれで、今でも毎日鍛えてますから。白兵戦についてはそろそろ主役の座を譲っていただきたいと思ってましたよ」

ダントの言葉に、立ち上がったユーリは苦笑した。ユーリは今年で五十一歳。指揮をとる將としてはまだまだ働けるが、自ら剣を握っての戦闘においては第一線を退いて然るべき年齢になった。

「これからは最前での戦いは俺たちに任せてください。長は後ろでどっしり構えて、命令をくだされば」

「そうさせてもらおう。この歳になってあまり無茶を続けていたら、マイにも煩く言われるからな」

・・・・・

「ねえ、子供たちの留學準備、進めてる?」

アールクヴィスト大公國婦人會の事務所で、婦人會長のマイは部下たちに尋ねる。

「一応……必要だと聞いてるものは揃えます」

「でもぉ、ものは準備できても、心の準備がなかなかぁ」

それに答えたのは、バートの妻ミシェルと、ラドレーの妻ジーナだった。

今年の秋には、君主ノエインの継嗣であるエレオスが、見聞を広めるためにロードベルク王國の王都リヒトハーゲンへと留學する。しかし、一國の君主の子息が一人で異國に留學することはあり得ない。貴族たちの子も各家から一人ずつ、適齢の者が従者として同行する。

大公國貴族たちとしては、君主家から援助をけて我が子を大國の大都會に留學させ、多くを學ばせるまたとない機會。しかし、我が子と數年離れるとなれば、親としては寂しさもある。たとえ年に何度かは長期休暇で帰省してくれるとしても。

「まあ、確かにし心配ではあるけど……大公國の君主や貴族の子だからロードベルク王家も丁重に扱うでしょうし、大丈夫よ」

「それに、寂しいのは私たち親だけで、子供たちはただただ楽しみなばかりみたいですからね」

頬に手を當てて心配げな表のジーナに、マイとミシェルが言った。留學する子供たちは皆、エレオスよりもし年上。人も迫り、あるいは既に人し、神面での親離れもできている。

「……ちょっと前まではまだ赤ちゃんだと思ってたのに、子供の長って早いわねぇ」

「まったくね」

「ええ、本當に」

ジーナの呟きに、マイもミシェルも深く同意した。

・・・・・

大公家の屋敷、臣下用の執務室。そこに僚たちが集まっていた。

「それじゃあ、外務長としては魔導馬車の修繕費が追加でしいな。外裝はともかく、裝はし古びてきた部分もあったから……今は春だからまだ急ぎじゃないが、暖房の魔道を新調する予算も確保しておきたい」

「ああ、馬車に合わせて、廄の設備もいくつか新調したいですだ」

そう発言したのは、外務長を務めるバートと廄番の長を務めるヘンリクだった。

「あ、直営工房としては、爐を増設する予算をいただきたいです。工房の拡張予算も。昨年でまた鍛冶師が増えたので、し手狹になってきて」

続けて、大公家直営工房の実質的な責任者を務めるクリスティが発言する。名目上は最高責任者だが金勘定についてはからっきしであるダミアンは、この場に同席だけしてクリスティの橫でへらへらしている。

「農務長としては、牛を五頭ばかり購したい。それと併せて有犂の追加購費も。農地がまた広がっているからな」

「エドガーさん。貸し出し用の鉄製農の追加も……」

「ああ、そうだった。それも頼む」

エドガーとケノーゼが、農業の責任者として要求を出す。

「家令として、屋敷の家事設備についても予算を多いただきたく思います」

「廚房の魔道とか、アレッサンドリ魔道工房製に新調したくて~」

「あと、ダフネさんが新開発したっていう、床のごみを吸い取っていく魔道も買いたいですっ!」

使用人の代表者として同席するキンバリー、メアリー、ロゼッタも意見を出す。

「はい、これで意見はだいたい出揃ったかしら……全員の要を全て葉えたとしても予算は余るでしょうから、これで概算を出してノエイン様に相談しておくわね」

そう言って場をまとめるのは、実質的に文の頂點に立つ財務長のアンナ。

この場の皆が話しているのは、ベトゥミア共和國から得られる賠償金のうち、軍部の必要経費を差し引いた上で余った分を補正予算としてどう割り振るかだった。

「それにしても……この國、本當にお金に困りませんね」

「確かに。今まで金欠に陥ったのは、第一次ベトゥミア戦爭の前くらいか?」

「あれだって、他所の領地と比べればましな方だったものね」

クリスティとバートの言葉に、アンナは微苦笑で答える。

アールクヴィスト大公國は貴族領時代から裕福だった。貿易で莫大な利益を上げるようになってからは、その傾向はますます加速している。

そこへ來て、それなりの額の賠償金が転がり込んできた。あぶく銭は使ってしまうに限ると、余剰分の扱いは僚に一任してくれるのがノエインらしい。

「今後當面は戦爭の心配もないし……あとは楽になっていくばかりね」

戦爭や災厄が起こるたびに、文たちも裏方として戦いをくり広げてきた。だからこそ、こうして勝ち取った平和を皆が心から喜んでいる。

・・・・・

大戦から年が明けた春。ノエインは平和な日常に浸っていた。

「それじゃあ皆、多くの提言をありがとう。今回も有意義な時間になった」

屋敷の會議室にて、ノエインは居並ぶ臣民にそう語る。ノエインの言葉に、アールクヴィスト大公國の平民社會における重要人たち――用商人フィリップや、建設業商會の長であるドミトリ、鉱山開発商會の長であるヴィクター、魔道工房を経営する職人ダフネ、大公立セルファース醫院の院長を務めるリリス、ミレオン聖教の司教であるハセルらが一禮する。彼らに見送られながら、ノエインはマチルダと共に退席する。

ノエインは大公としての治世をより良いものにするため、臣下たちとの定例會議とは別で、こうして定期的に臣民の有力者を集めて國家運営について話し合う場を設けていた。

「お疲れさまでした、ノエイン様」

「ありがとう、マチルダ」

マチルダと言葉をわしながら、ノエインは執務室へ戻る。

臣下との會議、領各所の視察、民との対話、書類仕事。平時の君主の仕事は地味なものだ。しかし、その地味な仕事を著実にこなし、國の中で臣下や民に囲まれて生きる日々が、ノエインにとっては最上の人生だった。

執務室にったノエインは、マチルダと共に今日の話し合いの容を確認し、まとめる。この作業が終わる頃には、時刻は夕方になっていた。この日済ませるべき仕事はもうない。

ノエインはマチルダと執務室を出る。屋敷の反対側、大公家の私的な空間となっている區畫にり、居間のソファに座る。

「あっ、父上。今日もお仕事お疲れさまでした」

「おつかれさまでした! ちちうえ!」

エレオスと、彼から本を読み聞かせてもらっていたらしいフィリアが駆け寄ってくる。エレオスはノエインの隣に、フィリアはノエインの膝の上に座る。

「ありがとう。二人とも、今日もよく勉強できたかな?」

「はい。今日は歴史を中心に學びました。やっぱり母上の歴史の授業は面白いです」

「わたしも、字をかくべんきょうをしました! もうなにもみなくても、じぶんのなまえをかけるの!」

エレオスは落ち著いた口調で、フィリアは元気よく自慢気に、それぞれ語る。

「あはは、そうか。それは良かった。二人とも偉いよ」

ノエインは小さく笑い、する子供たちの頭をでてやる。

「あなた、お勤めご苦労さまでした」

「クラーラも、今日もお疲れさま」

既に帰宅しているクラーラと、ノエインは微笑みをわす。

そこへ、マチルダがお茶を運んでくる。テーブルにお盆を置き、ノエインにカップを手渡す。

エレオスを挾んで左にクラーラが、そしてすぐ隣の右にマチルダが座る。する家族に囲まれながら、ノエインはほどよく溫かいお茶をひと口飲む。マチルダが淹れてくれた、ノエインの好みに完璧に合わせたお茶だ。

「……あぁ」

幸福だ、と心から思う。

すべき國、民、臣下、そして家族。全てが完璧な人生。それが今、ここにある。追い求めてきたものを、自分は手にしている。

ノエイン・アールクヴィストは夢を葉えた。ノエインは幸福を手にれ、守り抜き、そして幸福の中で生きている。これからも生きていく。

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