《やり込んだ乙ゲームの悪役モブですが、斷罪は嫌なので真っ當に生きます【書籍大好評発売中&コミカライズ進行中】》クリスと二人で応接室
父上と執務室で遅くまで話し合った翌日、僕は今、屋敷の応接室でクリスと機を挾み、向き合う形でソファーに座っている。
機の上には、メイド達が退室前に用意してくれた紅茶が湯気を立てている。
ちなみに、応接室にいるのは僕たち二人しかいない。
本當ならクリスが帝都から帰ってきた當日に話したかったのだが、帰ってきた當日はクリスが疲労で倒れて寢込んでしまった。
倒れたクリスは父上の配慮もあり、そのままバルディア家の屋敷の客室で休んでいた。
そのまま、當日は起きることがなかった。
翌日になると、彼は混した様子で起きてきたらしい。
メイドのダナエがし笑いながら「大分、慌てていらっしゃいましたよ」と言っていた。
のだしなみは大変だと思ったから、メイド數人をクリスの手助けをするように依頼していたが、大丈夫だっただろうか?
屋敷の者を通して、クリスに話が出來る狀態になったら教えてほしい。
応接室で帝都での報告を聞きたいと伝えた。
それからしばらくして、クリスが話せる狀態になったと連絡をもらって今に至る。
ちなみに、帝都での様子を聞く為で、聞かせられない話もあるからと、メイド達に席を外してしいと頼んだ。
すると、皆からし嫌な目で見られた気がする。
気のせいと思いたい。
「リッド様……すいません。帰ってきたら倒れて寢てしまうなんて……」
「いやいや、気にしなくて大丈夫だよ。疲れも溜まっていたと思うから。こちらこそ、今回の帝都の件は無理させてごめんね」
クリスはしシュンとしていた。
恐らく、最後の最後で気が抜けてしまったことを悔やんでいるのかもしれない。
シュンとしたクリスの顔をし見ると、目がし潤んでいる。
勵ますべきなのだろうが、その潤んだ眼とし落ち込んだ様子は普段の活発な彼とは思えない、違った魅力を醸し出していた。
さらに、「寢顔ドッキリ」で見た彼の顔もフラッシュバックして顔がし熱くなってくるのをじた。
すると、クリスが僕の顔がし赤くなり始めたことに気付いたようで「大丈夫ですか?」と聲をかけてくれる。
「う、うん。大丈夫だよ」と返事をすると、クリスは「ちょっと失禮致します」そういうと彼は自分の左手を僕の額にあてながら、右手を自分の額にあてた。
「……うん。熱はないみたいですね。無理をされてはダメですよ?」
彼は両手を下ろして、僕の鼻先近くまで顔を近づけて、可く微笑んだ。
「ボン!」と自分でもきこえるぐらい、顔が一瞬で赤くなった気がする。
だが、その瞬間、昨日の出來事が頭をよぎる。
笑顔の裏にとんでもない何かを醸し出していた、メルと母上の顔が脳裏に浮かんでくる。
サーっと一瞬での気が引いていく。
「リッド様、今度は青くなっていますよ? 大丈夫ですか? リッド様の調が悪いのでしたら日を改めて打ち合わせしたほうが……」
「いやいや‼ 大丈夫だから‼ この通り元気だから‼」
僕は橫に首を振ってから、ソファーから慌てて立ち上がり、腕をかしたり、屈運をして、健康な様子をアピールする。
クリスは怪訝そうな顔をしながら「大丈夫なら良いのですが……」と最後まで心配してくれた。
「そ、それより、皇后陛下とのやりとりはどうだったの? 父上からリンスと化粧水についての権利は確約してもらって、貴族達の橫やりもけん制してくれたって聞いたけど」
僕は強引に話題を帝都の話にしながらソファーに座りなおした。
するとクリスも顔を「キッ」としていつもの活発で凜とした表になり話し始めた。
しばらく僕はクリスの話を聞いていた。
①サフロン商會との連攜
②ローラン伯爵からの因縁、クリスの逆襲
③皇后陛下に化粧水とリンスの納品優先権の契約
④皇后陛下とクリスティ商會の直販ルート開拓 ※クリスは皇后陛下のお気にり
⑤納品最優先権利については皇后陛下が使う1ヵ月分を最優先で用意。
市場販売は皇后陛下の納品分の確保後に行う。
皇后陛下からの追加注文は市場分より補う。
追加注文の場合、最優先権利は適用されない。
納品優先権の支払いは全額前払い。
クリスの話をまとめると大こんなじだった。
次は認識のり合わせの為にひとつずつ、確認を行うことにした。
僕は紅茶を飲み、口とを潤すとおもむろに切り出した。
「クリス、今回の帝都の件は本當にありがとう」
「いえ、私はリッド様の指示に従っただけですから。私自も帝都に一発毆り込んでみたい気持ちもありましたから」
彼は、はにかみながら、し恥じらうように言ったあと、眼のが一瞬消えて靜かに「…まぁ、次はいきませんけどね」と毒を吐いた。
その様子に僕は「アハハ……」と乾いた笑いで返事をしてやり過ごした。
そのあと、話題を変えサフロン商會について聞いた。
「でも、クリスはお世辭抜きに凄いよ。僕ではここまで、詰めることは出來なかったと思う。サフロン商會の連攜についても、了承をもらった認識で良いのだよね?」
「はい。サフロン商會は化粧水とリンス、両方の商品のアフターサービスについての代理店を是非させてほしいと言って來ています。それに、皇帝、皇后陛下両名にも話は通しています。健康に関わる部分でもあるので、知識を持たないものでは販売出來ないようにとお願いしています。なので、當分はサフロン商會とクリスティ商會で市場は獨占できますね」
クリスはにっこりと笑顔になると、紅茶を飲んだ。
「了解。そのうちにサフロン商會にも挨拶にいきたいな」
僕の言葉にクリスは「その時は私が紹介しますよ」と楽しげだ。
「でも、クリスってアストリア王國(以降:アストリア)の貴族令嬢だったのだね。それは、僕も知らなくて、父上から聞いてびっくりしたよ」
クリスティ商會を教えてもらった時も、ガルンは男爵令嬢とかその話は何もしていなかった。ガルンであればその報は必ず知っていれば教えてくれたはずだ。それなのに知らなかったということは、クリスは誰にも話していなかったのだろうか?
「実は……私も知らなかったのです」
「……へ?」
彼の答えは予想外のものだった。
詳しい話を聞くと、バルディア領から帝都に向かう途中でサフロン商會の使いが來たらしい。
その時に、本國にいるクリスの父親であるマルティン・サフロンが王國への貢獻と商會として功績が認められて、敘爵されることが決まったということだった。
なので、正確に言えば帝都に居た時はまだ「男爵令嬢ではなかった」らしい。
だが、サフロン商會に確認を取った結果、帝都で皇帝陛下に「男爵令嬢」と言ったとしてもタイミング的に問題ないという判斷に至った。
念のため、サフロン商會を通してクリスの父と本國に、マグノリアからの問い合わせがあった時には口裏をあわせるように依頼済みであり問題ないらしい。
「アストリアとマグノリアは協力関係にありますが、アストリアに関わる商會がマグノリアの皇族に直販ルートを作れる機會をアストリアが逃すわけがありません。口裏合わせの依頼は絶対に問題ありませんから、ご安心下さい」
彼は手に持った、紅茶の水面を見つめながら話してくれた。
言い終えるとクリスは紅茶を一口だけ飲んで、機にティーカップを置いた。
僕はクリスの強かさに、心慄いていた。
彼は「問題ない」と確信していたとはいえ、ブラフで帝國貴族を相手取ったのだ。
その膽力は驚嘆に値する。
「傑だな……」と思ったことを小聲で呟いてしまった。
「え? なんですか?」はっきりとは聞こえなかったようだが、クリスに呟きがし聞こえたようで慌てて話題を変えた。
「い、いや。なんでもない。それよりローラン伯爵にクリスが逆襲したって父上が喜んでいたけど、そこまでする必要あったの?」
「ああ、それはですね……」
ローラン伯爵は確かに傲慢なところがあり嫌われている。
だが、伊達に伯爵をしているわけではない。
裏工作、商會の取り締め、利権確保など褒められるわけではないが、彼はこの手のきが非常に得意だった。
そのしっぽは、皇帝陛下を含めて、ほかの貴族達にも見せなかった。
ある意味では彼も優秀な帝國貴族の一員であったのだ。
そして、彼の工作により帝都から締め出されていたのが他國からの商會だ。
「サフロン商會」もそのうちの一つだった。
帝都で皇族や貴族相手に商売をしていくためにはいつかはローラン伯爵をどうにかしなければならない。
そんな背景が帝都の商圏にはあった。
初日のに、謁見の間で起きた出來事を帝都のサフロン商會のトップに伝え、ローラン伯爵に一泡吹かせる算段を考えたのだと言う。
「ローラン伯爵はしやりすぎてしまったようですね。良い言い方をすれば、自國の商會を守っていましたが、それは他國の商會との競爭力を失わせるものになります」
クリスはサフロン商會に所屬していた時に各國を回ったこともある。
國が自國の商會を優遇するのは當然だと思うが、守り過ぎれば他國との競爭力を失い、新たな流れに対応できなくなる。
そして、新たな波に一瞬で飲まれてしまうことがあることを彼は知っていた。
一度、波に飲まれてしまうと再起には相當の時間がかかる。
今回の場合「クリスティ商會」はバルディア領、つまりマグノリアの商會なので良かったが、もしこれが他國の商會だった場合、マグノリアの商圏は大変なことになっただろう。
クリスはローラン伯爵を追い詰めた時に見た、他の帝國貴族や皇帝、皇后陛下の様子を思い出して「フフ…」と笑った。
「あの様子だと、相當に帝國貴族でも嫌われていたようですから、今回の事でしばらくは表には出てこないでしょう。そのうちに他國の商會がローラン伯爵の庇護下にあった、腐れ商會達を一掃すると思いますよ」
「腐れ商會達を一掃する」と何気なく凄いことを言う彼は、冷靜に淡々言い放った。
「……クリスが味方で本當に良かったよ。バルディア領にクリスとクリスティ商會が來たことのめぐりあわせに謝しないといけないね」
「そう仰って頂けるのは栄です。でも、私もリッド様に出會えた幸運に謝しています」
そういうと彼は遠い目をして呟いた。
「……どんなに実力や才能があり、努力しても認められない、実らないことは多々あります。私の場合はリッド様に出會えて幸運だったのです」
彼は自分を卑下するようなし悲しい目をした。
恐らく、サフロン商會から獨立せざるを得ない狀況のことを指しているのだろう。
確かに、いくら彼に実力があってもバルディア領で0から商會をするのはかなり大変だったはずだ。
そこに、僕が現れた。
だから幸運だと言っているのだろう。
確かにそうかも知れない。
でも、クリスが……クリス自を卑下しているのが僕は凄く嫌だった。
「……確かに、どんなに実力や才能があって努力しても認められない。実らないことはあるかもしれない。でも、それでも足掻いて……足掻いて、藻掻いて、泥水をかき分けて、必死に努力して、最後まで、認められるまで頑張った人にだけ幸運は訪れると思う。クリスはそれだけのことをしてきたのだと思うよ。そうでなければ、バルディア領の執事が僕にクリスティ商會の話をするはずがないし、僕もクリスとこうしていないと思う」
僕の言葉を黙って聞いていたクリスは俯いて「ありがとうございます……」と聲を震わせて呟いた。
「あ、えーと、そうだ紅茶もなくなってきたしし休憩しようか」
予想外の反応に慌てた僕の言葉にクリスは俯いたまま靜かに頷いた。
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