《【連載版】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺に気付かない〜婚約者に指名されたのは才兼備の姉ではなく、私でした〜》5話 婚約者に指名されたワケ
ヴァンの発言に頭が真っ白になったのは私だけではないようで、その衝撃的な発言。
行に、先程までの黃い聲が噓のように靜まり返ってしまう。
そんな中、どうにか絞り出すように口にされたアリスの言葉によって沈黙が破られる。
「……ぁ、あの、ヴァン公子?」
信じられない。
何かの噓ではないのか。
常に自分に自信を持つアリスらしくない様子だったから、姉がどういう事を考えているのかが手に取るように分かってしまった。
だが、アリスが思い浮かべているその可能は、今し方、三歩後ろで待機していた私の目の前で優しく微笑むヴァンの行が容赦なく否定している。
ヴァンが私とアリスを間違えたという可能は皆無と言っていいだろう。
だからこそ、アリスは余計に目の前の景を信じられなかったのかもしれない。
ちなみに私も信じられなかった。
『る程? 確かに、ヴァンはアイルノーツと縁を結びたいとは言ってたけど、アリスとは言ってない。何も噓は吐いてないって訳だ』
唯一冷靜だったハクが、この珍妙な景を見下ろしながら優雅に考察していた。
確かにそうなんだけど。
確かにそうなんだけども……!
(後で全部説明する)
どういう事なんだと目で訴え掛ける私を見詰めながら、口パクでヴァンが答える。
パーティーから抜け出しては、時折、エスターク公爵家の當主から逃げる。
その際に、音を立てず、時間を掛けずに意思疎通を何度も行っていた事もあって、アイコンタクトはばっちりであった。
「どうかなさいましたか、アリス嬢」
肩越しに振り返り、ヴァンがアリスの呟きに応じる。
「……失禮ですが、名前を間違ってはいらっしゃいませんか。とてもじゃありませんが、ノアがヴァン公子に釣り合うとは思えませんの」
アリスは、才兼備なアイルノーツの才を、ノア・アイルノーツと勘違いしている線を疑っているようだった。
『落ちこぼれ』『出涸らし』『出來損ない』
呼ばれた蔑稱の數は數知れず、そんな私がヴァンと釣り合う訳がない。
その気持ちは私としても分かるが、二年も頻繁にパーティーの招待をされておいて名前を覚え間違っていたという可能は、冷靜になればあり得ないとすぐに分かる事だろう。
だが、それを考えられるだけの冷靜さすら今のアリスからは削り取られていた。
「ヴァン公子のような素敵な殿方には、わたくしのような人間が相応しいに決まっていますわ」
そんな自信過剰が許され、罷り通る程にはアリスは完全無欠とも言える容姿。
そして、才を持っていた。
対して私は、パーティーでは決まって隅っこにて時間を潰し、友関係もかなり狹い。
才能言わずもがな、魔法の才は姉に劣るどころか、手も足も出ない始末だ。
容姿だけは、姉妹という事もあって似ているが、華があるのはアリスの方だ。
私がそんな事を思う側で、想笑いを顔にり付けていたヴァンが答える。
「確かに、貴は素敵なだと思います。容姿は端麗で、頭脳明晰。魔法の才能も突出している。家格も高く、人もあるようだ」
自分の方が相応しいと口にするアリスを擁護するように、同調する聲、仕草を見せていた他の令嬢達を見て、ヴァンは淡々と述べる。
「ただ、俺は(、、)ノアがいい。これはそれだけの話です。それに、彼を俺の婚約者として迎える件については、親父殿も賛同してくれています。ノアならば、文句はないと」
……初耳だった。
というか、私はパーティーから抜け出すヴァンの手助けをしていた張本人なので、かなり恨まれてる気がしてたんだけど、何故賛同してくれているのか。
ヴァンの出まかせだと思うが、もしこれが事実なら不気味極まりない。
いいしてるなと絞られる未來しか見えなかった。
「……カルロス殿が?」
ヴァンの発言に、お父様が驚きのあまり聲を上げていた。
きっと、まるでエスターク公爵が私の事を以前から知っているかのような言いが引っ掛かったのだろう。
カルロス・エスターク。
エスターク公爵家が主催するパーティーに何度も參加しているので顔はよく知っている。
格は、しだけ気難しそうな人。
武人気質、とでもいうべきか。
勿論、私は一度として話した事も、面と向かって顔を合わせた事もない。
「しかし、ですな。ヴァン殿には大変申し上げ難いのですが、うちのノアは」
恐らく、アリスの憂さ晴らしで勧められた縁談の事を持ち出そうとしたのだろう。
だが、待ってましたと言わんばかりにこのタイミングで被せるようにヴァンは聲を張り上げる。
「ええ。ですから、こうして恙なく縁談の件を了承して貰えてホッとしています。この件については後ほど、父もえてお話させて頂ければ。それと、し彼と話がしたいのですが、お借りしても?」
にっこりと笑うヴァンの笑顔は、それはもう満面という言葉がピッタリだった。
お父様も、娘の嫁ぎ先は決まっていないと言質を取られた事。
可がっていたアリスではないとはいえ、エスターク公爵家と縁が結べる事。
それらに対して葛藤をしていたのだろう。
生返事となりながらも、「……ぇ、ええ」と肯定した事で、ひとまず私は想笑いを浮かべるヴァンに手を引かれ、この場から離れる事となった。
◆◇◆◇◆◇
「それ、で」
案された部屋の中。
ハクもれて二人と一匹となった空間で私は足を踏みれて早々、ヴァンに今回の件について訊ねようとして。
「さっきのアレはどういう事か説明────ぁいたっ!?」
おでこにデコピンを食らって悶絶する羽目になった。額をおさえる。
軽くの一撃だけど、痛い。
ちょっとヒリヒリする。
「……なん、で、デコピン」
「アレを説明する前に、まず俺の質問からだ。なんで、あんな無茶をしようとした」
「む、無茶……?」
珍しくヴァンが怒ってた。
でも、私には怒られる事に心當たりがなかった。目を丸くする私の反応を見て、心を見抜いたのだろう。
ヴァンはあからさまに溜息を吐いた。
「……家を出るつもりだったんだろ」
不機嫌な心境を隠す事すらせず、低くなった聲でヴァンは答えを口にした。
だけどやはり、怒られる事に覚えがない。
ヴァンには迷を掛けないように、自力で何とかすると伝えたし、そもそも家を出る事についてヴァンは賛してくれていた筈だ。
「……ヴァンも賛してくれてたじゃん」
「ああ、そうだな。これまでは賛してた。でも、今とこれまでとじゃ狀況が違うだろ」
「一年早いか、そうじゃないか?」
そこで、ヴァンが怒ってる理由を察した。
だからあえて、私はとぼけた。
「……縁談についてだ」
一年早いか、遅いかなど、誤差の範疇。
問題は、ヴァンの言うように憂さ晴らしでとはいえ、進められてしまった縁談の件について。
明らかに當てつけのような相手かつ、何人目かも分からない側室。
次とはいえ、侯爵家の令嬢に対する扱いではないだろう。
そこに対する嫌悪を責められている訳ではなかった。
責められているのはそれに対する解決方法。
「あのまま家を出て、どうなるかが分からないお前じゃないだろ。あのまま出ていたら、実家は勿論、辺境伯にまで恨まれてたぞ」
分かってる。
そうなった時、実家と辺境伯が私に対してどういう対応をする可能があったかについても、勿論。
でも、私にそれを斷る方法はなかったし、抗議しても無駄という事はよく分かってる。
だったら、何もかも割り切ってハクと一緒に人里離れた場所でひっそり暮らすのも悪くない気がした。だから、家を出ようと決めた。
「なぁ、ノア」
名前を呼ばれる。
……厳には、家を出る以外にどうにかする方法はある事にはあった。
既に進められた縁談をどうにかする方法。
それは、
「どうして、俺を頼らなかった?」
エスターク公爵家の人間であるヴァンに助けてと泣きつく事。
でも、私はそれをしなかった。
どころか、必要ないと手紙で送った。
「……だって、私の事でヴァンに迷を掛ける訳には」
「俺達は、友達だろうが」
────いかないから。
私が言い終わるより先に、ヴァンが言葉をかぶせた。
「困った時は、俺を頼ればいいだろうが。俺は、友に頼られる事を面倒とは思わない。寧ろ、心を許せる友人との時間を、こんな下らない事で失う事の方が問題だ」
決して冗談を言っている訳ではなく、そう口にするヴァンの表は真剣そのものだった。
「……流石に、やりすぎじゃ無い?」
姉からの嫌がらせで決まった縁談を実質的に白紙にさせる為とはいえ、これまでヴァンが執拗に拒んできた縁談というカードを切るのはやり過ぎのように思えた。
「元より、親父殿が婚約者を決めろと五月蝿かったんだ。ノアが俺の婚約者になればその件で口煩く言われる事もなくなる。だから、俺にとっても都合が良かった」
もしかして、私が気に病まないようにって気遣ってくれてるのだろうか。
「そっ、か」
本音を言うと、私としてもヴァンに迷を掛ける事は忍びなかったけど、実家と辺境伯から恨まれる人生は勘弁願いたかったのも事実だった。
だから。
「……ごめん。それと、ありがとうね。ヴァン」
「気にするな」
友達なのに、本音を打ち明けずに遠慮してしまった事に対する謝罪。
加えて、多強引だった気もするけど、今回の件についての謝を素直にしておく事にした。
「……で、なんだけど」
「うん?」
恐らく、ヴァンからの質問についてはこれで終わりな筈だ。
ついでに、今回の婚約の件も私の事を思っての行という事も分かった。
ただひとつ、大事な疑問が殘っている。
「この縁談に、ヴァンのお父さんも賛してたって言ってたよね」
「ああ、言ったな。言っておくが、出まかせじゃないぞ。正真正銘、親父殿はノアとの婚約に賛同してた。というか、そうでもないとこうして強行は出來なかっただろうからな」
もっとも、その時はその時でまた別の手段を考えただろうがな。
そう口にしてくれるヴァンは、頼り甲斐しかなかったが、彼はおかしい部分に気付いていないのだろうか。
私は、ヴァンのお父様と會話した事は一度もない。どころか、こうしてヴァンの將來を案じてパーティーを開催していたお父様の前で、抜け出していたヴァンの助力をしていた張本人である。
勿論、ヴァンも裁を考えて最低限出席はしていたが、私の存在は當主からすれば目の上のたんこぶだろう。
どう考えても歓迎されるとは思い難い。
それこそ、姉と勘違いしているのでは無いだろうか。
「……私、殺されたりしないよね?」
「殺、される……? く、くくっ、なんでそんな話になったよ」
飛躍に飛躍を重ね、そんな言葉が出てきた。
そして、ヴァンに笑われた。
「あぁ、それと黙ってたが、一緒にパーティーから抜け出していた件は二年前からバレてるぞ」
「いやそりゃ、ヴァンが抜け出していたのがバレてるのは當たり前……で?」
あれ。今なんか聞き逃しちゃいけない言葉が聞こえた気がする。
一緒にとか、なんとか言ってた気がする。
「そもそも、俺の力量で親父殿から逃げ切るなんて不可能だからな。俺が一人で抜け出してる訳じゃない事はすぐにバレた。で、その相手がノアって事もバレた。一応、親父殿も霊師だった曾祖母のを引いてるからな」
ハクの存在にヴァンが気付けるのだ。
確かに、それで當主が気付けない道理はない。
「……あれ。じゃあなんで私は五満足なんだろう?」
ヴァンのお父様の予定を滅茶苦茶に狂わせてた張本人なのに、怒られた記憶は一つもない。
「これは俺の勘違いだったんだが、このパーティーは俺が同世代の人間と誰一人として打ち解けてない事を心配しての行だったらしい。要するに、友関係を広げる為のものだったようだ」
思えば、パーティーには子息令嬢の參加が求められていた。
婚約者を探すだけなら、公と限定すべきだ。そうでないという事は……あぁ、そういう事か。
「だから、褒められた行為ではなかったが、ノアと共に抜け出していたのを一応、黙認していたらしい」
「……いやでも、結構私達追いかけ回されてなかった?」
「霊師とはいえ、曾祖母以外に遅れを取るのは親父殿のプライドが許さなかったのと、今後の事を考えても、次期當主ともあろう人間が毎度抜け出すのは看過できない。パーティーに出席して友関係を広げろ。という親父殿なりの訴えだったらしい」
前者はともかく、後者はもっともな意見だった。
「まあ、そういう訳で親父殿としては家格的にも問題はないし、曾祖母と同じ霊師であるし、と反対する理由もないから賛するってじだったな」
なんか々と軽い気がするけれど、その部分にこうして助けられた私が文句を言うべきではないだろう。
「だから、親父殿にそうビクビクする必要は何処にもないぞ」
そう言われて私は安心した。
「ただ問題があるとすれば……この後、だな」
「この後……?」
不穏な言葉に眉を顰める。
「今回のパーティーに招いた貴族達の前で、縁談の件を周知させる必要がある。だから、ノアにも前に立って貰う事になる」
ヴァン以上に貴族を苦手……というより、避けたがっている私にとってそれは、確かにかなりの大問題であった。
殆ど、仮のような婚約だけれど、それでも相手は公爵家の後継ぎであるヴァンだ。
なんでこんな奴が。
などと言われる未來はけて見える。
というか、私自でさえも、なんでこんな奴がって思ってるし。
「……確かに、それは大問題だね」
どうやって逃げるか────いや、今回は逃げられないんだ。ヴァンの面子を潰す訳には絶対にいかないし、考えるならどう耐え抜くかだ。
頭を悩ませながら考えていたからだろう。
私もヴァンも、先程から終始靜かだったハクが部屋の外────會場がある方角を険しい表で見詰めては、忙しなく視線をかしていた事にまだ気付けていなかった。
モチベ向上に繋がりますので、
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