《社畜と哀しい令嬢》年との約束

使用人に頼る事もなく、玲奈は自室で僅かしかないブランドもののワンピースに袖を通していた。

玲奈は基本的に沙耶の前でしか表を変えないため、を読み取る事が難しい。

しかしずっと観てきた智子には、玲奈の表が重いとじていた。

その表が自分が知る子どもとはかけ離れており、改めて宮森玲奈というについて考える。

この3ヶ月の間に玲奈は9歳から12歳に長していた。

その間、玲奈の環境は悪化の一途を辿っていた。

家ではいないものとして扱われる反面、厳しい教育が行われていた。

學校ではそのしさや変わらない表から孤立し、ご飯を食べると相手もいない。

しかも良家の子息子が通う學園には何故か里が通っており男子生徒を侍らせていた。

そしてその男子生徒達は玲奈を敵視しており、事あるごとに玲奈に嫌味を言っている。

玲奈の唯一の安らぎの場が母親の沙耶の元だが、智子にすると憤りが優って苦い顔で見てしまう。

いくらなんでも、沙耶は玲奈の実を理解してなさすぎる。

病気がちなのは知っているが、玲奈は守られるべき子どもだ。自分を置いといて使用人の斉藤をつけるべきだ。

斉藤にしても、沙耶を優先しすぎている。

以前二人が玲奈に「玲奈はしっかりもので、優しいものね」と泣いていたが、い子どもに甘えすぎだ。

もし、もし仮に沙耶が死ぬ病気だとしたら。

そう考えて智子はゾッとした。

沙耶も斉藤もなんの布石も打っていない。ただまんじりと過ぎていく日々を憂いているだけだ。

今でさえ居場所の無い玲奈は、いったいどうなるのだろう。沙耶は何か対策を考えているのだろうか。

もちろん苦しいのは分かる。けれど玲奈をしているなら立ち上がらなければならない。

沙耶が何故、三條家に助けを求めないのかは知らない。玲奈視點だけでは推測はできても真実は分からない。

もし何かしらの確執があったのだとしても、駄目で元々玲奈を救う手立てを考えるべきだ。

クマを作って笑う我が子の異変に気付くべきだ。

『大丈夫、頑張れる』

ポツリと玲奈は呟くと、キツく瞳を閉じた。

そして再び目を開いた時は、何かを決意したようにまっすぐ前を見る。

智子は何度か目にしたその表が痛くなった。

どうして12歳の子どもがこんな顔をしているのだとびたくなる。

社會人になってたくさんの失敗をした。それでもがむしゃらに頑張ってにつけた大人としての矜持。に付けるのにはどれだけ泣いたか分からない。

けれど、智子には家族や友人、気の合う上司や同僚がいた。

だからそうなれたのだ。

なのに、玲奈は一人でこうなってしまった。

それはとても歪んだ環境だ。

誰か、誰か。

ーーいっそ、自分が。

智子は現実とドラマの境目が無くなってきているのをじていた。

あまりにも玲奈を見過ぎだからだろうか。今までドラマでも映畫でもこんな風になった事などない。

観るのをやめなければ。そう思うのに止められない。

そんな風に葛藤していると、玲奈と雅紀が婚約者がいるらしき屋敷へ到著していた。

そこは國の重要文化財にでも指定されていそうな、立派な屋敷だった。

いや、正確にはまだ屋敷は完全に見えていない。屋敷までの道には立派な庭園や歴史のありそうな建が並んでいる。

玲奈と雅紀中は品の良いロマンスグレーの紳士の後に続いていた。

そうして屋敷に辿り著くと、雅紀は僅かに浮き立つように笑みを深めた。

玲奈は作りこんだ笑みで巨大な屋敷を見上げる。

紳士が二人を応接間らしき場所へ案すると、部屋には丈夫な青年と妖艶な、見目麗しい年、そして二人の使用人が待ち構えていた。

『お久しぶりです、宮森様。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます』

『こちらこそ、ご招待頂きありがとうございます。玲奈も今日を楽しみにしておりましてね』

雅紀は白々しく笑ってそう言ってのけた。

はその言葉にらかく微笑むと、玲奈を見た。

思いがけずその瞳が優しくて、玲奈は戸ったように目を見開く。

『初めまして。わたくしは鷹司玲子です。どうぞくならず、仲良くしてくださいね』

『は、はい。私は宮森玲奈と申します。どうぞよろしくお願いします』

『僕は鷹司憲史です。よろしく、玲奈ちゃん』

『はい。どうぞよろしくお願いいたします』

玲奈は戸いながらも綺麗に禮を取って微笑んだ。

『そしてこれが息子の憲人だ』

ポンと憲史が年の背中を押すと、年はひどく嬉しそうに微笑んだ。

『初めまして、玲奈さん。僕は鷹司憲人と申します。これからよろしくお願いしますね』

『は、はい。よろしくお願いします』

品の良い親子だ、と智子は思った。

ガツガツした金のような雅紀とは大違いの落ち著きと風格がある。

はっきりと明言されていないが、鷹司家は華族なのだろう。

其の後はいかにもお見合い、といった會話が二、三わされて、やはりいかにもお見合い、と言うように憲人は玲奈を庭に案すると言いだした。

まるでドラマみたい。

そう思って観ていた智子はそもそもドラマだったと気付いて苦笑する。

どうにもこのドラマは調子が狂ってしまう。

憲人は玲奈の手を優しく取って、庭園を案し始めた。

最初はそれこそ季節の花々の話題だったが、憲人は急に言葉を切って玲奈を見つめた。

改めて見て気付いたのだが、憲人は目が青い。艶やかな黒髪と白い、驚くほど整った顔立ちに澄んだ青の瞳は蕓品のようにしい。

その瞳にじっと見つめられて、玲奈も戸ったように息を飲んだ。

『急に婚約だなんて、驚いたろう?』

『いえ、そんな……』

『実は僕は、君を知っていたんだ。二年くらい前かな』

憲人はらかく微笑んだ。それは両親の笑みと同じように、穏やかで暖かい。

『え……?』

『二年前、ピアノのコンクールに出ただろう?』

『ええ。コンクールにはできるだけ出るようにしております』

玲奈がコクリと頷くと、憲人は笑みを深める。

『従姉妹も同じコンクールに參加していてね。僕も観に行ったんだ。そして君を見た』

『まあ、そうなんですか?』

『うん。君はとても綺麗だった。でもどこか悲しそうで、ずっと忘れられなかった』

『憲人さま……』

『その後も何度もコンクールで君を見た。演奏は完璧で、笑顔も完璧だ。でもいつも君は悲しそうで、僕はそれがずっと気になっていた』

憲人の言葉に玲奈はゴクリと息を呑んだ。

それはそうだろう、と智子は思う。

玲奈は隠すことに慣れた子どもだ。自分を守るように培った仮面を剝がされた事など無い。

『なぜ悲しいのかは分からなかったけれど、僕は君が笑ってくれたらいいと思ったんだ。だからその、父に相談した。そうしたらいつの間にかこんな事になってしまって』

『そう、でしたの……』

玲奈の聲が震えていた。どうしたら良いのか分からない、そんなが見て取れる。

他者からこんな風に心配される事が無かった玲奈は戸っているのだろう。

そんな玲奈を見て、智子の心が溫かくなる。

誰か、誰でもいい。

この小さな頑張り屋のを救ってあげて。

智子がこの3カ月、願ってやまない事だった。

『でも僕はこうなってとても嬉しいんだ。……ねえ、玲奈さん。僕は君を笑わせたいんだ。もしダメならその時は斷ってもいいから』

憲人は玲奈の両手を取って包み込んだ。

玲奈はを噛んで憲人を見つめている。

『僕の婚約者になってほしい』

『……はい』

消えりそうな小さな聲が智子のに響いた。

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