《社畜と哀しい令嬢》再會
なんだかんだ、社會人の一週間は早い。
気付いたら花霞學園の一回目の研修當日になっていた。
「日永さん、資料は全部持ったよね」
「はい。松岡さんとも朝に最終確認しましたので大丈夫です」
問いかける上司の森川に智子は自分に言い聞かせるように頷いた。
いかんせん時間が無かったため不安は拭えないが、できる準備はすべて行ったはずだ。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
森川が社用車の運転席に乗り込むと、智子も後部座席に荷を置いて助手席にり込む。
準備は智子と松岡が行っていたが、當日の研修は課長の森川が主導で行う。
他にも他部署から人員を連れていく事もあって、アシスタントは一人でいいと言われ智子が志願したのだ。
複數の案件を抱える松岡は智子の申し出に瞳を潤ませて謝していた。
志願した理由はもちろん玲奈にあるが、この場合みんなが幸せなのでウィンウィンと言えよう。
「今日のスケジュールですが、室井理事長にご挨拶後、先生方と軽い打ち合わせをします。その後研修の流れですね」
「了解。基本は俺が話をするけど、グループミーティングの時は日永さんも見て回ってね」
「はい」
(もちろんですよ! だって玲奈ちゃんから無事研修にれたって連絡來ましたし!!)
心のテンションを抑えながら智子は冷靜に返事をする。
「短い期間でここまで仕上げてくれてありがとう」
「恐です」
「あ、そうだ。これが終わったらこの間相談された話を進めるから」
なんの話かを察した智子は咄嗟に頭を下げた。
「ありがとうございます。ご迷をおかけします」
「迷なんて事はないよ。日永さんにいなくなられた方がこっちのダメージだし」
「でも忙しい中ですし」
「そこをカバーするのが上司だからね。人も増やすし気にしなくていいよ。だから辭めないでね」
「はい」
智子は返事をしながらありがたさにを引き締める。
會社員として生きていく中で、良い上司にあたる、というのは本當に幸運な事だ。
世の中に理不盡な上司が多數存在する事は智子も知っている。
森川は大量に仕事を下すし無茶を言うこともあるが、部下の事をよく見ている。
相談をすればちゃんと対策を考えてくれるし、フォローも忘れない。
だからこそ智子も仕事を引きけているのだ。
「それに日永さんに酷いことしたら富永さんに殺されるし」
「え、富永さんですか」
智子は思っていない人の名前が出て目を見開いた。
「そうそう。脅されたからね」
語る森川の顔が悪いのは気のせいではないだろう。
森川もまた富永を恐れている一人だ。役職で言えば森川の方が上なのに完全に立場が逆転している。
他部署にも影響を及ぼす富永に、智子は謝しながらも恐ろしさにを震わせて花霞學園に向かうのだった。
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「今日から行われる研修の參加者はリストに乗ってる教室に行ってください」
擔任が言った言葉を聞きながら、私はドキドキしながらリストを確認した。
授業用の大きな端末のリストには智子さんの會社名が乗っていて、これが夢ではないのだと安堵する。
(もうすぐ智子さんに會えるんだ)
自然と頬が緩んで、私はそれを隠すように俯いた。
「え、この會社の研修に玲奈がいるの?」
よく知る聲が私の名を呟いて私は反的に顔を上げた。視線の先には數人の男子に囲まれた里が私を怯えた瞳で見ている。
「知ってたら選ばなかったのに……どうしよう、わたし怖い」
「大丈夫だよ里。俺たちがいるだろ? グループが違えば手を出すこともないよ」
「そうそう、あんな怖くないよ」
「本當?」
いつもの変わらないやりとりを私は冷めた気持ちで見つめた。
私が里をいじめる隙などどこにもありはしないのに、平然と嘯く里も、それが分からない彼らも私には理解できない。
「なに見てんだよ」
反論する気にもならず、私はため息をついて私は教室を出た。
研修の開始まで一時間はあったが、早めに行って席についていてもいいだろうと私は研修用の教室に向かう。
(ダメ。これから智子さんに會えるんだから我慢しないと)
ちくちくと心のどこかに小さな棘が刺さるのをじて知らず速足になった。
自分は悪くないと思っていても、ささやかな悪意は重なって人間を孤獨にする。
(直接會った時、智子さんが私を嫌ったらどうしよう)
そう考えたら途端に不安になってピタリと足を止めた。
教室はすぐそこなのに足が竦んでします。
(私、智子さんにも嫌われたら……)
考えただけで世界が暗くなるのをじた。端末を持つ手が震えて咄嗟に引き返しそうになる。
その時だった。
教室の戸が開いて一人のが出てくる。
その顔には見覚えがある。
二か月間、毎日見ていた顔だ。
「智子さん」
私の小さな呟きが聞こえるはずも無いのに、智子さんは真っすぐに私に視線を向けた。
ハッと、驚いたような表に、先ほど抱いた不安が脳裏を掠めて私は息を呑む。
しかし次の瞬間、智子さんは泣きそうな表で嬉しそうに微笑んだ。
まるでお母さまが私を見てた時のような、優しい顔で私を見つめていた。
その表に、気付いたら私は駆け出していた。
頬を濡らしているものが涙だと自覚もできずに、真っすぐに智子さんに手をばす。
智子さんは両手を大きく広げて飛びついた私をけ止めた。
しがみついた私に智子さんもぎゅっと私を抱きしめる。
泣きじゃくってしまった私をあやすように、智子さんは優しく私の頭をでた。
「玲奈ちゃん、今までよく頑張ったね。偉いね」
返事がしたいのに言葉が出ない。
私も會いたかったと伝えたいのに、言いたいことがたくさんあるのに嗚咽しか出なかった。
寂しかった。
苦しかった。
不安だった。
會いたかった。
ずっと、會いたかった。
會って、偉いねって、でてほしかった。
「これからは私が守るから。玲奈ちゃんを守るから」
抱きしめるの暖かさに、言葉の力強さに私は涙が止まらなかった。
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