《社畜と哀しい令嬢》斉木織
斉木織は、良くも悪くも「的な人間」だった。
庇護をそそる可らしい自分の容姿を自覚していたし、武にする事に躊躇もない。
い頃から甘やかされ、男の子からのウケもすこぶる良かった。
そして織はにするの典型だった。
高校に學して出會った宮森雅紀。
お金持ちで、整った容姿。周囲からの評判も良かった。
(私、あの人と結婚するわ)
今まで出會った男の子たちの中で雅紀は斷トツ一位だった。
どうやら婚約者がいるらしいが、政略結婚との噂だったから気にしなかった。
何よりも、織は三條沙耶が嫌いだった。
織とは違う儚げなしい。
績は優秀で元華族の家柄だと言う。
自分を優先されるのが當然だった織にとって、沙耶は邪魔でしかなかった。
そうして雅紀に近づいた織は、次第に本気で雅紀を好きになっていった。
自分にだけ弱みを見せて、素敵な贈りと一緒に賛辭をくれる雅紀が織には王子様に思えた。
いけないことをしている、という背徳も相まって、溺れるようにのめりこんでいった。
いつしか本気で雅紀を自分のものにしたいと考えた織は、沙耶から嫌がらせをけていると雅紀に噓をついた。
だらけの噓だったが、雅紀自が沙耶を疎んでいたことで簡単に信じた。
そうして雅紀が本気で婚約破棄を宣言するとこまでいったのだが、雅紀の父親がそれを拒んだ。
織も雅紀も宮森家の財力を捨てるつもりはなかった。
だからこそ雅紀も最後まで抵抗したが、結局は織を人としてけれる事で落ち著いた。
織も多不服だったが、実際に宮森家にってそれは無くなった。
冷遇される本妻の沙耶を橫目に、織には最高の環境が與えられたからだ。
(お金のために結婚したくせにみじめなものね)
織が沙耶に聲をかける事は無い。
嫌がらせをされて怖がっている設定だからだ。
その代わり、すれ違う時にはいつも嘲笑してみせた。
だが、織には一つだけどうしても許せない事がある。
沙耶の娘――宮森玲奈の存在だ。
あの娘は、雅紀の裏切りの産に他ならなかった。
傀儡を生ませるためには仕方ない事だとはわかっていたが、雅紀が沙耶とを重ねたのだと考えるだけで腸が煮えくり返った。
病気がちの沙耶を見かける事が減ったが、その代わり沙耶に似た玲奈を見かける事が多くなった。
沙耶よりも玲奈を目にすることの方が許せなかった。
なぜここの敷地を歩いているのかと問い詰めて、髪を摑んで振り回してやりたかった。
織のが伝わったのか、する娘の里は玲奈を嫌った。
織の代わりに里は玲奈を見るたびに攻撃してくれた。
それでも、沙耶や玲奈が忌々しい存在であることに変わりはなかった。
早くいなくなればいいとずっと願っていた。
神様は織の願いを聞いてくれたのだろうか。
沙耶が――死んだのだ。
しかも數年前に雅紀の父親は死んでいるから、邪魔する者もいない。
ああ、神様、ありがとうございます、と、思わず呟いても仕様がないだろう。
長年あった目の上の瘤が無くなったのだ。
「これで君と結婚ができる」
そう雅紀から言われて織はより一層燃え上がった。
これで名実ともに、宮森家の人間に、雅紀の妻になれるのだ。
「でもあの子はどうするの? 母親を失ってかわいそうに…」
心のは見せずに問いかけると、雅紀は冷めた目で笑った。
「あの役立たずは三條家に戻すんだ。鷹司家との婚約も破棄になる。そうすれば鷹司憲人が里の婚約者になれるからな」
「まあ。三條家ならきっと大事にしてくれるし良かったわ…。でも驚いた、里が鷹司家にれるだなんて夢みたい」
織の心は踴るように弾んだ。
沙耶の葬儀の時に、里は玲奈の婚約者の鷹司憲人に一目ぼれをした。
由緒正しい家柄で、織も驚くような貌の年だった。
それが玲奈のものだなんて、三條家は邪魔しかしないのかと呪いもした。
けれど、玲奈さえいなければ問題解決だ。
沙耶が死んだことで、織は全て手にすることができるのだから。
そうしてようやく斉木織は「宮森織」になった。
數日前に玲奈はこの家から去った。
荷もほとんどなく、お金の無さそうなスーツ姿のと一緒に消えていった。
清々する、とはこんなを表すのだろうか。
自分と雅紀を邪魔する者がいない、それだけで世界は花開く。
これで後は里が鷹司家と正式に婚約を結べば――そう思った矢先だった。
「どういうことだ! 玲奈を追い出せば里と婚約すると言っただろう!」
雅紀は怒鳴りながら拳を壁に叩きつけた。
「あの時言ったじゃないか! あいつさえいなければ話を考えると!!!」
雅紀の言葉の意味を察して、織は困した。
向こうの聲は聞こえないが、里と鷹司家の婚約の話だとすぐに分かる。
雅紀はしばらく怒鳴っていたが、それもすぼみになって電話を切った。
その顔が驚くほど白い。
「雅紀、どういう事なの…?」
「鷹司憲人は里とは婚約しないと言ってきた。しかも今後宮森家に関わることもないと…」
「そんな…どうして…!?」
「考えはすると言ったが承諾するとは言ってないと言われたんだ…」
「酷い、そんなの騙したのと変わらないわ。どうにかならないの?」
織が縋っても雅紀は眉を顰めてなだめる様に織の手を握る。
「確かに婚約の件を承諾したわけではないんだ。契約書があるわけでもないし、完全にやられた。第三者もいなかったからな…一族の力関係は鷹司家が上だから難しいだろう」
「でも、里は彼の事が好きなのよ!? する人と結ばれないなんて許せない!!」
織がこうして激昂することは殆どない。今までは織が懇願すれば雅紀も仕方ないなといてくれたが、雅紀は苦い表を浮かべた。
「こちらが下手にけば宮森家自が危うくなる。それぐらいの差があるんだ。いや、既に危ういかもしれない。鷹司の書は今後一切「宮森家と関わる事はない」と言っていた。もしそれを公式の場で鷹司が言えば、宮森の取引に影響が出るかもしれない」
「そんなの噓よ!」
織はわけもわからずイヤイヤと首を振った。
雅紀の顔は真っ青だが、里の件が理由ではないのだろう。
けれど織には何がそんなに大変なのか理解できなかった。
今はただ織のいう事を聞いてくれない雅紀に腹が立っていた。
自分たちは完璧に幸せで無ければならない。
幸せであったはずだ。
これから、もっともっと幸せになるのだ。
けれど、綻びはこうして始まったのだった。
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