《社畜と哀しい令嬢》宮森雅紀 / 三條義政

全てが上手くいっているはずだった。

雅紀は目の前で涙を流して里と責める様に雅紀を見る織を前に、どこで歯車が狂ったのかを思い出そうとした。

だが雅紀には見當もつかない。

だって、鷹司家は、鷹司憲人は里を選ぶに違いないと思っていたのだ。

里は可くて完璧な娘だ。

玲奈という障害を除けば、全てが雅紀の思うようになるはずだった。

玲奈を無事この家から追い出して正式に織と結婚した後、雅紀は鷹司憲史に連絡を取った。

しかし、電話に出たのは憲史ではなく書の男だった。

里との婚約の件で憲史様とお話がしたいのですが」

『ああ、その件でしたら鷹司に一任されておりますので、私がお聞きいたします』

この時點で雅紀はムッと顔を歪めた。

大事な子の將來の話をなぜ書なんかに一任するのか理解できなかった。

「いやしかし、子供たちの將來に関する事ですからね。他人の挾むのもおかしな話ではないですか」

『鷹司からは、ご連絡があった際にお斷りするように申し使っておりますので、問題ないかと』

「は?」

雅紀は最初、言われた意味が分からなかった。

里さまとのご婚約の件を、正式にお斷り致します』

言い聞かせるように書の男が強く言った事で、雅紀は我に返る。

「どういうことだ! 玲奈を追い出せば里と婚約すると言っただろう! あの時言ったじゃないか! あいつさえいなければ話を考えると!!!」」

『ええ、ですから鷹司は「考えてみる」と言ったはずです。婚約をする、とは言っておりません』

「あの口ぶりは、婚約すると言っていたようなものだ!」

雅紀が折れずに返すと、を通して相手がため息をついたのが分かって余計に怒りがこみ上げた。

『宮森様、正式な書面もなく証人もいない狀態で、そんな話が通るとお思いですか? それとも鷹司に正式な場で抗議文を出しますか? こちらはそれでも一向に構いませんが』

冷靜な男の言葉に、雅紀は息を呑んだ。

「それは……!」

先ほどの勢いが失せて、雅紀は思わず口ごもる。

『そもそも最初から何度もお斷りしていたはずです。ですが貴方は何度もこちらに打診してきた。だから鷹司も貴方の出方を見ておりました』

「出方……?」

『母親を失った子供を自分の利益のために追い出す人間を、鷹司は好んでおりません』

「な……」

雅紀のがぐらりと揺れる。あの言葉が雅紀を試しているなど、しも考えつかなかった。

邪魔なものを排除して何が悪い、といつもならんでいただろう。

しかし雅紀は経営に関しては仕事の出來る人間だった。

鷹司に攻撃をする事は破滅につながる。

それほどまでに鷹司のパイプは太く広いのだ。

新參もので金あがりの宮森家など簡単に食いつぶされる。

『鷹司は、今後一切宮森とは関わらないと言っております。もちろん宮森家に関わる全てのもの、という意味です』

この意味が分かりますよね、という書の聲が聞こえた気がして雅紀はサアっと青ざめた。

宮森家に関わる全てのもの――それが意味するのは宮森が抱える企業や資産の衰退を示す。

鷹司家は宮森が関わる企業と一切取引をしない、そんな報が流れたら能力のある人間なら簡単に宮森から離れていく。

崩壊する事はないだろう。しかし今ある資産も収益も大幅に激減する事は間違いない。

「それだけは…許していただけませんか…」

『申し訳ありませんが、既に決まった話ですので』

すげなく斷った書は、思い出したように『それと』と言葉を続けた。

『ご結婚おめでとうございます。これからの人生が幸福に導かれますよう、お祈り申し上げます』

そうして電話は靜かに切られた。

その後、織に事を説明したが、どうにも事態の重要さを分かっていないようだった。

それよりも里の婚約が立しなかった事が問題のようだ。

ビジネスに疎いから仕方無い事だとは思っても、どうにも出來ないもどかしさで雅紀は困した。

そこにきて鷹司憲史と婚約が出來ないと知った里の荒れようは雅紀を疲弊させた。

大聲で泣きんで、近くにあるものを投げて破壊し始めた。

今まで里のむものは全て與えてきたから、思い通りにならない事が我慢ならないのだろう。

「どういうことよ! あの人と結婚できるのは私でしょ!! いやよ!! そんなのいやあ!!!」

使用人もあまりの剣幕に部屋を出てこちらの様子を伺っている。

雅紀自、何をどうしたらいいのか分からなかった。

織と結婚できない事を除いて、今まで全ての事がうまくいっていた。

今回の件だって、すぐに何かが崩れるわけではない。

分かっているのに、雅紀はすぐにく事が出來なかった。

―――――――

―――――――

「お久しぶりです、おじい様」

沙耶の葬儀で初めて見た孫の玲奈を見ても、義政のには何の慨も浮かばなかった。

せいぜいが、都合の良いコマが出來て満足だ、くらいのものだ。

「ああ、よく戻った」

義政は心の無関心を隠して玲奈に笑顔を向けた。

鷹司憲史の代理だという書が持ち掛けたおいしい話は、玲奈の存在が無いとり立たない。

だから今だけは優しくしてやろう。

―――

宮森からの援助が打ち切られるタイミングで、義政を訪ねてきたのは鷹司憲史の書で家守という男だ。

家守が持ち掛けたのは、孫の玲奈に関する事だった。

なんでも、鷹司憲史の息子、鷹司憲人は玲奈をいたく気にっているのだという。

どうしても結婚したいと言ってきかないが、宮森家が婚約を反故にしようとしているらしい。

なんでも、人の娘と婚約をさせると言うのだ。

義政は話を聞いて舌打ちをした。

人の娘を鷹司家にれればが汚れるのに、宮森雅紀はどれだけ愚かなのかと怒りがこみ上げる。

「ですから、玲奈さまを三條家の養子にして頂いて、正式に憲人さまと婚約をさせたい、と鷹司は考えております。もちろん、その際にはこちらも三條家の方に出來る事が多くなりますので」

家守は特に何かを明言したわけではない。しかし義政は言葉の裏をきちんと理解した。

鷹司と宮森の資産も繋がりも比べにならない。

今まで以上に景気が良くなるぞ、と義政は持ち掛けられたのだ。

そうと聞いて、否やは無い。義政はしたり顔で頷いた。

「ああ、し合う二人を離すのは私としても心が痛いしな。いい話かもしれん。宮森はクズだ」

「ありがとうございます。鷹司も安心いたします。ですが、玲奈さまを引き取るにあたって、いくつか條件があるのですが…」

「……なんだ?」

何か悪條件でも出すつもりかと義政が家守を睨みつけると、申し訳なさそうに家守は「條件」について話を始めた。

しかし話を聞けば聞くほど義政にとって都合が良い話だった。

―――

「今回の件ですが、本當にありがとうございました」

玲奈は義政を見て深く頭を下げた。なにが、と言わなくてもわかる。養子の件だ。

「なに、気にするな。悪いと思うなら、鷹司家の言う事にきちんと従え。わしから言えるのはそれだけだ」

「お任せください」

素直な玲奈の反応に義政は満足げに頷いた。

傀儡は義政の言う事にただ従順であればいいのだ。

義政はご機嫌で玲奈を見下ろして、玲奈の後ろに靜かに立つに目を移した。

かっちりとスーツを著込んだ若いの容姿は悪くない。ふん、と好で義政が見れば、張しているのかは固まって頭を下げた。

「初めまして。玲奈さんの教育係を擔當させて頂く日永智子と申します」

「お前が教育係か。ずいぶん若いな」

「はい。ですが、きちんと鷹司の方がフォローしてくださいますのでご安心ください」

「ふん。別に心配などしておらん。わしに迷がかからなければ好きにしてくれていい」

「ありがとうございます」

そこまで言って、義政の興味が完全に二人から離れた。場が違えばっただろうが、鷹司が用意した人間にては出せない。

「明日は正式に鷹司家と婚約をわすから、遅れるなよ」

「招致致しました」

「それでは失禮いたします」

玲奈とが出ていくのを見て、義政はにやりと笑った。

――今回の話は実においしいものだった。

義政がしたのは玲奈の養子縁組の書類にサインをすることだけだ。

宮森玲奈が三條玲奈に代わり、正式に鷹司家と婚約関係を結べば義政の都合の良いように全ては進む。

しかも鷹司家からの要で、玲奈の世話をしなくていいのだという。

なんでも、鷹司家にるための教育をけさせるために玲奈のを引き取りたいのだろ言う。

義政は深く考える事もなくこれを手放しで喜んだ。

正直な話、玲奈がどうなろうと義政の知ったことではない。

娘の沙耶ですらどうでも良かったのだ。利益さえ出してくれればどこで何をしていてもいい。

さっき頭を下げたに監護権を譲渡した事で、義政は鷹司家の財力だけを手にれられる。これ以上の話があるだろうか。

全ては玲奈に惚れてくれた鷹司憲人おかげである。

など愚かでどうでもいいものに振り回されて阿呆としか思えないが、それで安寧が手にるのならいくらでも肯定しよう。

鷹司家は「三條家の再興」を書面で確約した。

鷹司の傘下にることに心抵抗はあったが、三條家よりも格が高い鷹司ならば妥協できるというものだ。

渋って見せながらも義政はいくつかの書類にサインをした。

これで、全て安泰だ。

これからを考えると、義政は笑いが止まらなかった。

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