《社畜と哀しい令嬢》作業室にて
智子視點です。
「向こうはだいぶ準備が整ったみたいよ」
富永はそう言うと、お弁當の卵焼きを頬張った。
智子がいつも休憩を過ごす作業室には、最近は富永も良く顔を出す。
楽しく世間話をするためではない。お互いの進捗確認のためだ。
宮森家から玲奈を出すために現在智子も鷹司サイドもいているが、もともとの発案は富永が出したものだ。
その事もあってか、富永はかなり協力的だ。
しかもあの恐ろしい鷹司の書との連絡は殆ど富永がしてくれている。
富永曰く「あの男は主人の利益のためなら智子ちゃんを捨て駒にするのも厭わないタイプ」との事で、智子がうっかり不利な條件を出されて合意しかねないと判斷されたらしい。
智子としてはこれでも立派に社會人をしているのだからと思わないでもないが、會社で一目も二目も置かれる富永が家守を「要注意人」と評したので大人しく甘えている。
ただ、もとはと言えば智子の願いなわけで、忙しい富永に無理をさせている狀況に申し訳なさもある。
「ありがとうございますさん。なんか私が言い出したことなのに殆どさんと家守さん達にやってもらって」
智子が項垂れると、富永が笑う気配がした。
「バカね、智子ちゃん。この私がしたくない事をすると思ってるの?」
「思ってませんけど、さんって結局面倒見がいいじゃないですか。知ってるんですよ」
富永は本人の言う通り、本當に納得できない事にはたとえ上司でも反発する。
しかし同時に後輩想いで、文句を言いながらも自分を犠牲にするのだ。
だからこそ、富永がいた時には周りもきちんと考えて対処する。智子も同じようになりたいものだが、なかなかに難しい。
「あのね、世の中には適材適所ってあるのよ。智子ちゃんの役目は裏にいて馬鹿共を騙す事じゃないでしょ。玲奈ちゃんを守る大人であればそれでいいんだし」
「でも、さんがやっている事は大人として玲奈ちゃんを守る事です。私だけ楽するのはなんか…」
自分のお弁當に手を付けずにを尖らせる智子に、は呆れた表を浮かべる。
「智子ちゃんって、っからの社畜よね」
「なんっすかそれ!!」
突然落とされた言葉に智子は思わずんだ。
「っからの社畜って、そんな不名譽な稱號いりませんけど!?」
「だってこっちは役割分擔で仕事振ってるのに、全部の役割したいのにできないって落ち込んでさあ。どんだけ働くの好きなんだよって思って。ドMなのかなって」
「それとこれとは違います!!」
「同じことよ」
思わず反論した智子に、富永は首をふった。
「プライベートも仕事も同じよ。確かに智子ちゃんは玲奈ちゃんを守る事を選んだから、そこに責任は発生する。だからって一人で全てをする必要はないの。智子ちゃんが言ってるのは、企畫立案して、商品開発して、デザインして販促も作って、営業もしてくるって事よ。會社が各分野の専門家に分擔してやらせてることを、一人で擔うなんてできるの? 無理でしょそんなの」
「……ああ……なるほど……」
富永の言葉は智子のにすとんと落ちた。
智子が仕事で行っている企畫立案は、立案者として責任が伴う業務だ。失敗も功もダイレクトにくる部署だ。
だからこそ智子は頑張らなければならないが、それを作るのは智子の仕事ではない。
作られたものを生かすのが智子の仕事だ。
「確かに私、社畜がに著きすぎてました。仕事でも似たような事してしまいます…」
「知ってる。謙虛も謝も忘れたら駄目だけど、使えるものは使うって図太さも必要よ。今で言えば、鷹司家の事も利用していいのよ。だって向こうだって玲奈ちゃんが必要なのは同じで、関係は対等なんだから。なんなら玲奈ちゃんと接出來たんだしこっちが一歩リードよ」
「一歩リードなのかはわかりませんが、わかりました」
言われた言葉に目の前が開けたような覚になった智子は、呆けたように返事を返す。
だがそこに富永の追加の一撃が落ちた。
「それに、これから勤務時間減らすんでしょ? 今の事はよーーーく覚えておきなさい。いくら調整してくれると言っても、理不盡を要求される部署の一つなんだから。見えるのよ、帰宅前の急時に厄介ごとを引きける智子ちゃんが」
「あああああ言葉が刺さります…」
智子は頭を抱えた。
玲奈を引き取るにあたり、智子は上司の森川に殘業の無い課に異願いを出した。
今まで一人で過ごしていた玲奈だったからこそ、夜に一緒にいてあげたかった。だが智子の部署柄、殘業無しが不可能だと判斷した。
だから異願いを打診するか、無理なら転職を考えていたのだ。
幸いにも會社のお給料が良い上に使う時間が無かった社畜の智子には貯えがある。
しかも玲奈のを案じる鷹司家がセキュリティ萬全の高級マンションを提供してくれたため、當面の生活には困らないという判斷だった。
しかし智子の話を聞いた森川が、智子に抜けられると大変になると、人數を増やすことで定時帰宅が出來るように會社に掛け合ってくれたのだ。
それでも、今までの経験を考えると富永の予言が外れない自信が無い。
「つい、申し訳ないと思ってしまうんですよ……」
「言ってることは分かる。確かに私たちは雇用されてるからお給料分働く義務があるもの。でも、これからの事を考えて、會社に利用されるだけじゃなくて、利用することも覚えないとねって事。一人の犠牲でり立つ業務なんか、破綻してしまえばいい」
新卒でった智子と違って、転職組の富永の會社に対する考え方は辛辣だ。
理不盡を當然とけ止めて潰れそうになっていた智子を、富永は何度も助けてくれた。
「思ったんですけど、私と部署違うのになんでさんは私に良くしてくれるんですか?」
ふと疑問に思って智子が尋ねると、富永は遠い目をして天井を見つめた。
「なんとなーく、新卒の頃の私と智子ちゃんがかぶって見えたからかなあ」
「え、さんがですか? 信じられない」
「々あったのよ。今度話してあげる。それより、さっさとお弁當食べないと晝休み終わるわよ」
「あ、しまった!」
「智子ちゃんが食べてる間、勝手に進捗話してるから。ただの報告だし返事はいいから食べてなさい」
「あざっす!」
元気よく返事をした智子がご飯を食べ始めると、富永は書類を何枚か取り出して説明を始めた。
先日、宮森雅紀が玲奈を三條家に養子に出すことが決定し、三條家側も鷹司家からの資金提供を換條件に養子の件を承諾した。
以前家守が語った沙耶の話を聞いて確信したが、三條義政は雅紀と同じクズだ。
そんな男に玲奈を差し出す事を智子は躊躇ったが、富永は「名前だけ借りればいいのよ」と言った。
三條義政はクズだが、それらは全て「金」に起因する。つまり金さえ與えておけば、義政をるのは簡単だと富永は笑った。
結果だけを言ってしまえば、富永の言う通りだった。
三條家は玲奈をけれたが、監護権――玲奈の面倒を直接見る権利を義政はあっさりと手放した。
鷹司家が一言、「鷹司家にるための教育のためだ」と言えば二つ返事だったという。
義政の質は、沙耶を宮森に売った時となんら変わっていないのだと腹が立ったが、今はまだ我慢の時だと智子は怒りを抑えた。
ただ、全くの他人で獨の智子に監護権を変更するのは、かなり難しいようだった。
しかしそこは「天下の鷹司家のご威でなんとかなるわよ」と斷言した富永の思通り事が進んだようだ。
それにしても、その「天下の鷹司家」の力を平然と要求する富永は恐ろしくも頼もしい。
余談だが、鷹司家のお力混みで富永が計畫を練る度、書の家守は殺気を放つ。
そうすると富永は笑顔で「お前の主人もんでいるんだよ」と遠回しに告げて、憲史がそれに同意する、という流れが出來ているらしい。
その時の景を想像するだけで震いがするというものだ。
話は逸れたが、最初に富永が言った通り、準備は方整ったようだ。
これから、玲奈は宮森から三條になる。
そして、智子の家族になる。
「舞臺は整ったわ。ここからは、智子ちゃんの出番よ」
富永はにやり、と悪だくみをするように笑った。
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