《社畜と哀しい令嬢》不安と幸福と決意
玲奈視點です
智子さんとの新しい生活が始まって二ヶ月が経った。
本音を言えば、目まぐるしい変化に私はしだけ戸っている。
朝起きた時におはようと言ってくれる人がいて、一緒に朝食を食べる。
學校に行けば大好きな人がいて、驚くことに誰も私を冷ややかな目で見たりしない。
それどころか好意的に接してくれて、生まれて初めて友人と呼べる人たちができた。
放課後はお稽古事で忙しいけれど、勉強は憲人さまと一緒にできるので楽しかった。
休憩時間では憲人さまと玲子様と一緒にお茶を楽しんで、19時になれば智子さんが迎えに來てくれる。
夜は智子さんと一緒にご飯を作って、テレビを観ながら食事をした。
智子さんは何度も「鷹司家の人たちには言っちゃだめよ。約束よ」と言っていた。
もともとニュース以外にテレビを観る習慣が無かったからとても新鮮だった。
食事の後は智子さんに今日一日の出來事を話した。
私がどんな話をしても、智子さんはニコニコ嬉しそうに聞いてくれた。
そうしていつも「今日も頑張って偉いね」と頭をでて、ギュッと抱きしめてくれる。
22時になれば寢る準備をして、自室に戻った。
以前智子さんは「一人の時間を大切にしている」と言っていたから、私が寢室にれば智子さんにも一人の時間が出來る。
そうすると智子さんは映畫を観ながら晩酌を始めた。
それをこっそりとみるのが好きだった。バレないように笑ったり泣いたりする智子さんを見ると、なんだか楽しくなるのだ。
それに満足すると私も図書室で借りてきた小説を読んだ。
い頃はお母さまが絵本を読んでくれたり、語を聞かせてくれて、私も本を読むのが好きだった。
それをしなくなったのは何時からだったろう。
追い立てられるように勉強やお稽古に勵んでいて、気付けば何も持たない私になっていた。
智子さんは私に、勉強以外のことも経験してほしいと言った。
『私は趣味のために仕事しているタイプの人間だからね。好きな事があると頑張れるし、人生に潤いが出るんだよ。んなものにれて、好きな事を見つけて。勉強が好き、って事ならそれでもいいし』
そんな風に笑う智子さんの言葉を思い出して、私は読みかけの小説を閉じた。
そうするとここしばらくの悩みが沸いてギュッと目を瞑る。
(幸せ過ぎて怖いなんて、贅沢な悩みかしら……)
そう、私は今とても幸せだ。
本當に幸せで、幸せで、幸せで、それが怖い。
嫌な事は心を閉じればやり過ごせた。
けれど幸福は制が難しい。
れた優しさや笑顔を、私はもう手放せない。
失う事を當たり前にしていた頃の私には、もう戻れない。
もう一度かつての生活に放り込まれたら立ち直る自信がない。
「私は弱くなったのかしら…」
いつもそんな風に思っているわけではないけれど、ふとした瞬間恐怖が私を支配する。
そんな時は、憲人さまとの約束を思い出した。
『一緒に大人になっていこう』
目を閉じればあの時のぬくもりが蘇った。
ギュッと手を握って、深呼吸を繰り返す。
「強くなりたい」
ちょっとやそっとじゃじない大人になりたい。
幸福をけ取るだけじゃなくて、誰かを幸福にできる人間になりたい。
この二ヶ月ずっと、そんな事ばかり考えていた。
――――――
「玲奈ちゃんに一つ言っておきたいことがあるの」
いつものように夕食を食べた後、同じソファに座った智子さんが私を見つめた。
「これから暫くは何をする時も一人にはならないでほしい」
「え?」
私はい頃から、拐などに備えて一人で行することが殆ど無かった。
それは今も同じで、學校の送り迎えも、鷹司邸から自宅に帰る時も同様だ。
日頃から護衛の人がいる狀態で、さらに気を付けてほしいと言われる事に違和を覚えた。
「それはもちろん気を付けますが……何かあったのでしょうか?」
私の問いかけに智子さんは顔を顰めた。
あまり私には言いたくない事なのかもしれない。
「んー……あのね、宮森家は今あんまりよくない狀況なんだ」
「え…?」
“宮森家”と聞いただけで私は無意識にに手を當てた。
あの家にいた頃は平気だったはずなのに、今では思い出すと機が早くなってしまう。
智子さんは私の様子に気付いたのか、グイっと私のを引っ張って抱きよせた。
そうして當たり前のように頭をでる。
「ごめんね。嫌なら話さないよ」
耳元で響く優しい囁きに私は目を閉じる。
らかで溫かい覚に、しずつ鼓は治まっていった。
「大丈夫です。知らないで後悔するのは嫌ですから…」
「……分かった。嫌になったら言ってね」
「はい」
そうして智子さんが話してくれたのは、私と憲人さまとの婚約破棄をきっかけにして、宮森グループの大口取引先が撤退している、というものだった。
鷹司が宮森との関わりを斷つ宣言をしたことでそれがより多くなったらしい。
「だから宮森側が玲奈ちゃんを逆恨みしないとは言えないんだよね。それに憲人さまとの玲奈ちゃんの婚約が正式に発表されたし里がどう思ってるか分からない」
「そうですね…」
父はともかく、里が私に向けるは激しい。
私が幸福な人生を歩んでると知ったら、なにをされるか分からない。
『あのね、あんたが死ねばいいんじゃないかと思ったの』
狂気に満ちたあの無邪気な笑顔は忘れられない。
里は本気で私に死んでほしいと思っているのだ。
ぶるりと震えた私に気付いて、智子さんは抱きしめる手に力を込めた。
「あいつらがくとしたら、たぶん近いうちだと思う。おめでたい脳みそしてるから堪え無いだろうしね。でも護衛の人は必ずいるし、私も一緒にいるから。玲奈ちゃんに指一本れさせないよ」
「はい…」
「むしろ向こうが勝手にいて自滅してくれるなら私にはちょうどいい。名実共に、私が玲奈ちゃんの保護者だって知らしめてやれるもの」
「……はい」
智子さんの言葉に涙が滲んで聲がれた。
「ね、玲奈ちゃん。今日は一緒に寢ない? ちょっと冷えるし湯たんぽほしいんだ〜」
「い、一緒に、ですか?」
「寒いんだよ〜。ね、今日だけ!」
お願い〜と頭をスリスリされて、私は戸いながら了承した。
その夜、智子さんは私が寢るまでと、頭をでてくれた。
その心地よさをずっとじていたくて、眠いのに寢るのを我慢した。
けれどあまりに気持ちよくて、気付けば寢てしまった。
翌朝智子さんにそれを言うと、「じゃあたまに一緒に寢よう。また寢るまででてあげるから」
と約束してくれた。
それが嬉しくて、その嬉しさが私に希をもたらす。
(私は絶対にこの幸せを手放さない)
そのためなら、いくらでも戦うのだ。
気付いたら、弱気だった私がしだけ強くなった気がした。
それからしして、智子さんの「あいつら堪えが無いから近いうちに來るだろう」という推測が正しかった事を知った。
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