《社畜と哀しい令嬢》対峙

智子視點です

(ああ、こういう奴らは本當に予想通りの反応をするんだ)

智子は冷めた目で、目の前に現れた親子を眺めた。

相変わらず著ている服は高価なものだ。

これからも智子には縁のないブランドだろう。

なのに、このみすぼらしさはどういう事だ。

薄汚れているわけではない。クリーニングされ丁寧に整えられた服には一部の隙もない。

プロが整えた髪だって、智子の適當なセットとはまるで違う。

それなのに、一目見て“みすぼらしい”と思ってしまった。

もともと整っている雅紀や織、里の顔は今は醜く歪んでいる。

今まで本人たちに自覚すら無かったであろう醜悪さが完全に表に出ていた。

どれだけ人だろうが、良いものを著ていようが関係ない。

智子と玲奈を隔てるように、すっかり顔馴染みになった鷹司家の優秀な護衛の二人が立っている。

智子の隣には憲史と玲子がいて、憲人は智子が背後に隠した玲奈の手を握っていた。

もちろん彼らを守るために、彼ら専屬の護衛もついている。

だからこそ智子は落ち著いて宮森親子を眺めることができた。

「玲奈を返してもらおう。それは私の娘だ。あなた達のものじゃない」

「お父様!?何を言ってるんですか!せっかく玲奈を追い出したのに!そんな事より、早く私と憲人さまの婚約を結んでよ!」

「そうよあなた!こんな汚らわしい生きを戻すなんて正気じゃないわ!それより鷹司様、うちの里はとても気立てがいいでしょう?そんなおぞましいを、鷹司にれるなんて危険だわ」

織、里黙っていろ!!今は玲奈を返してもらうのが先だ!」

キリッとした顔立ちだった雅紀は、目をギョロリとさせてんだ。

あまりの剣幕に織も里も口を閉じたが顔は納得していない。

「おいそこの、玲奈をこっちに寄越せ」

鋭い眼で睨みつけられた智子は、怯える玲奈を後ろ手に優しくでた。

「それは出來ません。玲奈はもう宮森の娘ではなく、三條義之の娘です。それに玲奈の監護権は私にありますから」

「誰だお前は!」

「教える義理はありません。」

智子はきっぱりと言って冷笑を浮かべた。

「そもそも、あなたは玲奈を手放す際に“今後二度と三條玲奈とは関わらない。近付きもしない”と制約したはずです。萬が一、不當に玲奈に近づく場合には通報もあり得ると書いてあったはずです」

これは富永が絶対にれろと言っていた項目だ。

今後の事を考えれば、雅紀が手のひらを返して玲奈を狙うかもしれないと。

これには全員が同意を示し、殊更大げさに項目を埋めたはずだ。

雅紀は「そんな事があるものか」を鼻で笑ってサインをしたらしい。

「現時點で既に制約を破っておられます。法的にあなたはもう他人なんですよ」

冷靜な智子の言葉に、雅紀も思い出したのか一瞬言い淀んだ。

しかしすぐに瞳を濁らせて憲史に指を向ける。

「お、俺は騙されたんだ!こんな風になると分かっていたら玲奈を手放さなかった!」

「騙した覚えはありません。あなただってお判りでしょう?この世界、よほど信頼できる人間でなければ口約束でいてはいけないと。そもそも、口でも約束した覚えがありませんしね」

憲史は雅紀を威圧するように麗しい笑みを浮かべる。

人間に格の違いがあるとすれば、雅紀は全敗で勝ち目無しだ。

雅紀は怒りに顔を歪めると、不意にびるように玲奈に視線を投げた。

「そうだ。玲奈に選ばせよう!なあ、玲奈、俺がお前の実の父親だろう?の繋がりは俺にしかないんだ。こんな他人を信用するな。家族は俺だけだ。だから帰っておいで、玲奈」

雅紀の言葉に智子は怒りで目が眩んだ。

手を繋いでいない方の手で、玲奈が智子の服の裾を強く握ったのが分かる。

「斷る」

気付いたら智子はそう呟いていた。

「あんた、自分が玲奈ちゃんに何をしてきたか分かってるの?」

握られた玲奈の手を優しく離すと、智子はじり、と一歩前に出る。

「あんな場所に玲奈ちゃんを一人で閉じ込めて放置してたくせに笑わせんなよ、くそ野郎」

「くそ野郎!?」

突然の暴言に戸う雅紀を無視して、智子はにっこりと笑った。

「実の父親らしいこと何一つしてないのに、よくもまあ恥知らずな事が言えたもんだよね、笑わせる。母親を亡くした玲奈ちゃんにあんたは何もしなかった。それどころか唯一の支えだった憲人さまを奪った。本來ならあんたが守るべきなのに、最悪の形で崖の下に突き落とした。」

智子は護衛をすり抜けて雅紀に向かって歩き出した。

「あんたがしらばっくれても、私は全部知ってるよ。あんたが玲奈ちゃんや沙耶さまを「會う価値もない」って切り捨てたことも、見捨てたことも全部知ってる。それを踏み臺にして、あんたや、そこの二人がいい思いしてきた事も知ってる」

雅紀の目の前に立って、智子は織と里をちらりと見やる。

そうして、やはり冷え切った笑みを浮かべた。

「そんなゴミみたいなヤツに私が玲奈ちゃんを渡すと思ってんの? 何が実の父親だクソボケ。お前なんか玲奈ちゃんの父親でもなんでもない。何が家族は俺だけだゴミクズ。お前はそこの人親子と勝手に自滅しろ自業自得だ。……っていうか、玲奈ちゃんの家族は私なんだよ死ね!!」

「ぐほっ」

ボグッっと拳に鈍い振がきて、智子は自分が雅紀を毆ったのだと自覚した。

暴力に慣れていない所詮はお育ちのいいぼんぼんの雅紀は簡単にもちをついた。

驚愕に目を見開き、言葉もなくわなわなと震えている。

シンとした空気が流れて、智子は我に返った。

(やってしまった……)

テレビを観てた時、智子はいつも「毆りてえこのクソ野郎を」と暴言を吐いては拳を繰り出していた。

目の前にいたら確実に毆る、急所を毆る。そう誓っていた。

そんな風に無意識に蓄積された怒りが、やはり無意識に暴走したのだろう。

一瞬で頭の冷えた智子は脳みそをフル回転させながらにっこりとほほ笑んだ。

「やだ、すみません。不法侵した不審者が怖くて手がりましたわ」

うふふふと言いながら智子は後ずさって、元の立ち位置に戻る。

「とにかく、こちらの返事はNOです。お帰り下さい」

かつて富永と雑談していた時「誤魔化せる事は誤魔化していい」と聞いたことがある。

イージーイージー、これは誤魔化せる、と智子は自分の暴言と暴力を無きものとして処理することにした。

自分のを守れるのが大人としての一歩なのである。

「……そうですね。もともと私はあなた方を招いた覚えはありません。お引き取り下さい」

憲史もまたにっこりと微笑みながら、智子の言葉に乗っかった。

智子の行に戸いながらも予定通りだと前に出る。

そもそもこの三人を不法侵させたのはわざとだ。

制約を無視した玲奈への接と、他人の、それも鷹司家の土地に不法侵したとなれば悪いのは100%雅紀たちだ。

これでいくらでも脅せるし法的手段に出ることが可能になる。

「な…」

不法侵の自覚があるのか雅紀は怒りにを震わせながらも反論はしなかった。

織は不思議なほどに「それで婚約は結び直せるの?」と雅紀に聞いて狀況を理解していない。

「……なんなのよ……」

そんな中、くように聲を上げたのは里だ。

ギラギラと目がって地団太を踏む。

「これはなんなのよ!!なんでお父様が玲奈を連れ戻すの!?なんで憲人さまがそっちにいるの!?なんであんたは生きてるの!?」

びながら里は智子を――玲奈を目指して駆け出した。

我を忘れているからか、きがとても速い。

思わず智子が立ちふさがるように構えたが、里が辿り著く前に護衛があっさり里を捕まえた。

それでも里はもがくように暴れてぶのをやめない。

「死ねよ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!それは全部私のものだ!全部私が持つべきものだ!!!お前が死ねばいいんだ!!」

里はただひたすら玲奈を見據えてんだ。

そこに理は無い。狂ったような里の様子に智子も息を呑む。

それは智子だけではなく、鷹司家の面々も、雅紀もそうだった。

織だけが一人「そうよね」と頷いている。

「お前は誰からもされてないんだ!お前が死ねばみんな喜ぶんだ!死ね!死ねよ!!」

これ以上こんな言葉を玲奈に聞かせたくはない。

智子はここから玲奈を連れ出そうと振り返った。

すると周囲が固唾をのむ中、玲奈は不思議なほど落ち著いた表を浮かべていた。

シャンと背筋をばして、全てを見かすように地に足をつけて里を見ている。

それは、智子が好きな玲奈の姿だった。

こんなの酷い、なんでこんなことを、そう智子が思う度に、玲奈はいつも自分の力で立ち上がった。

挫けて折れてもおかしくない過酷な環境の中で、花開くように立つその姿のしさに智子はいつも嘆していた。

今も玲奈はしい。

先ほどの怯えを消し去って、大きな黒い瞳は凜と輝いている。

智子の視線に気づいた玲奈は、小さく頷いて足を一歩踏み出した。

「私は誰からもされない――私も以前はそう思っていました」

冷靜な玲奈の聲は不思議なほどその場に響く。

んでいた里はぶのをやめて、フーフーと息を荒くして玲奈を睨んだ。

「今でもたまに思います。だって、その方が楽ですから。…でも、私をしてくれる人達はいる。ここに、います」

玲奈は智子の手をとって、ふんわりと笑った。

「私が悲しめば悲しんでくれて、私が笑えば笑ってくれて、なによりも幸せなってほしいと言ってくれる。……私も、みんなが幸せであってほしいし、私が幸せにしたいと思う。これがきっと、人をすって事だと思うの」

玲奈は靜かに瞳を閉じから、里をじっと見據えた。

「ねえ里、あなたは誰か、幸せにしたい人はいる?」

里は玲奈の問いかけにギリギリと歯を食いしばる。

「……うるさい! 私が幸せなら周りも幸せだろうが!そんなの知らないわよ!!」

恐らく玲奈がどれほど言葉を重ねても里には屆かない。

玲奈もそれをじたのか、諦めたように小さく息をついた。

「……分かったわ。あなたがそうやって生きていくのなら私は止めない。でも、私には二度と関わらないでほしい。たぶん私が死んでも、あなたの思い通りにはならないから」

「はああ?そんなわけない!あんたが死ねばうまくいくんだ!」

里、私とあなたの人生はもう違えたのよ」

言いながら、玲奈は雅紀に視線を移した。

雅紀は未だに地べたに座っている狀態で、恐ろしい生きを見るように里を見つめている。

「――お父様。いえ、宮森雅紀さま」

他人行儀な玲奈の呼びかけに、雅紀の視線が揺らぐ。

「先ほどのお返事ですが、私からも正式にお斷りいたします。私はあなたを父親とは思っておりません。お引き取り下さい。そして二度と私の前に現れないでください。他人であるあなたに、これ以上私の人生に関わられるのは迷ですから」

言い切ってから、玲奈は綺麗に頭を下げる。

この瞬間、玲奈は宮森家と完全に決別した。

雅紀や里がどう考えようと、道は完全に分かれたのだ。

だからこそ、彼らが玲奈に関わらないようにするのが大人の役目となる。

智子は玲奈の肩に手を置いて自分の方に引き寄せた。

「今回玲奈に會いに來たことは、先ほどの私の失態もありますので相殺にしましょう。ですが鷹司様の家に無斷で侵した事は私の方では判斷ができかねます」

毆った事を悪びれもせず相殺に、と言った智子は憲史に視線を投げた。

憲史はそれにこくりと頷いて雅紀を見據える。

「宮森様、私の願いは家族と玲奈さんの幸せです。そのために必要なら鷹司の力を全て使うつもりです。ですが、なにもあなた方を不幸にしたいわけではない。二度と姿を見せないでくだされば今回の件は公にはしません。――そうだ、宮森の経営はどなたかに引き継いで、海外にでも移住されてはいかがですか?」

“日本にいれば、経営も悪化していく一方でしょうしーー”

そう憲史が付け足すと雅紀は真っ青になった。

やんわりと言っているが、日本にいれば全てを失う羽目になるぞと脅している。

なんて恐ろしい、と思いながらも落としどころとしてはいいだろう。

今でこそ逆境の弱さから崩れている雅紀だが、経営者としては悪くないと富永も家守も言っていた。

妨害の無い海外で勝手に生きてくれれば、宮森も安泰、自分たちも安全、みんな揃ってハッピーだ。

遠い地に迷親子を連れ立ってくれれば智子もそれでいい。

話合いで解決しない相手とは真っ向から戦ってはいけない。

「わかり、ました」

雅紀は力なく呟くと、里の手を強引に引いて織と共に敷地から去っていった。

あっけないとは思ったが、鷹司の力はそれほどまでに大きい。

つくづく味方にいてくれて良かったと智子はホッと息をついた。

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