《社畜と哀しい令嬢》決別

玲奈視點です。

本日2回目の更新です。

智子さんからあの人達のことを聞いて、し立った頃だった。

私はいつものように鷹司邸で勉強を終えて智子さんの迎えを待っていた。

19時になれば智子さんは張しながらもお待たせと笑顔でやってきた。

そして智子さんが憲史さまと玲子さまと言葉をわしている時に、あの人達は現れた。

邸の外がし騒がしい。

何かが変だと視線を彷徨わせると、いつもの護衛の人が憲史さまに何かを告げた。

憲史さまが頷いて私をちらりと見て智子さんを顔をさ向ける。

「どうやら、招かれざる客が來たようだ」

そう呟いた憲史さまはいつもの和な笑みとは違う、鋭い顔つきになった。

「しかも護衛を押し退けてこちらに向かってるれしい」

「それはそれは。自分から墓を掘ってくれるなんて流石ですね」

智子さんは呟いてから私と視線を合わせた。

「玲奈ちゃん、宮森親子が來たわ」

ざわり、とが騒ぐ。

ヒュッと息をのんだ瞬間、智子さんはギュッと私を抱き締めた。

「ごめん。絶対に守るから一緒に來てほしい」

「は、い……」

ドクドクとが鳴ってうまく返事ができない。

「僕も一緒に行くから」

橫から憲人さまの聲がした。

智子さんが私から離れると、憲人さまがそっと私の手を握ってくれる。

「僕も側にいる」

穏やかに笑う憲人さまに、私はぎこちなく頷いた。

護衛の方を先頭に邸から出ると、よく知った顔が三つ並んでいる。

「玲奈!」

まるで私を思ってるような聲音でかつて父だった人間が私に聲をかけた。

智子さんはすぐに私を後ろに隠して間に立つ。

そうするとあの人は目をギョロギョロとかした。

「玲奈を返してもらおう。それは私の娘だ。あなた達のものじゃない」

かつては不要だと言い侮蔑するように見ていた目が、今はするように私を見つめる。

搦めとるような執著が見えて、ぞわりと鳥が立つ。

(これが、お父様?)

最後に會ってから四ヶ月も経っていない。

それなのにこの違いはなんだのだろう。

眼には隈ができて見開いて目が落ちくぼんでいる。が奇妙に歪んで、汗がすごい。

「お父様!?何を言ってるんですか!せっかく玲奈を追い出したのに!そんな事より、早く私と憲人さまの婚約を結んでよ!」

「そうよあなた!こんな汚らわしい生きを戻すなんて正気じゃないわ!それより鷹司様、うちの里はとても気立てがいいでしょう?そんなおぞましいを、鷹司にれるなんて危険だわ」

聞きなれた聲と言葉に今度はビクリとが震えた。

織、里黙っていろ!!今は玲奈を返してもらうのが先だ!」

あの人が何を言ってるのか理解できない。

私を不要だと、邪魔だと追い出したのはあの人だ。

それなのに私を返せだなんて意味が分からない。

里も彼の母親も納得していない様子だ。

だがこれだけ近くにいると、不意に向こうに引きずられるような覚に陥ってしまう。

震える私を落ち著かせるように憲人さまが繋いだ手に力をいれた。

それに気が付いて、私はそっと深呼吸をする。

(落ち著かないと…智子さんは守ってくれるって言ってくれたわ)

「おいそこの、玲奈をこっちに寄越せ」

言葉に震える私の頭を、智子さんの手がポンポンとでた。

「それは出來ません。玲奈はもう宮森の娘ではなく、三條義之の娘です。それに玲奈の監護権は私にありますから」

「誰だお前は!」

「そもそも、あなたは玲奈を手放す際に“今後二度と三條玲奈とは関わらない。近付きもしない”と制約したはずです。萬が一、不當に玲奈に近づく場合には通報もあり得ると書いてあったはずです。現時點で既に制約を破っておられます。法的にあなたはもう他人なんですよ」

智子さんの言葉に言い淀むあの人を見て、私はホッと息をついた。

けれどそれも一瞬で、すぐに瞳を濁らせる。

「お、俺は騙されたんだ!こんな風になると分かっていたら玲奈を手放さなかった!」

指を指された憲史さまは冷たく笑った。

「騙した覚えはありません。あなただってお判りでしょう?この世界、よほど信頼できる人間でなければ口約束でいてはいけないと。そもそも、口でも約束した覚えがありませんしね」

しかし、これだけきっぱりと言われているのに、あの人は縋るような視線を私に向けた。

「そうだ。玲奈に選ばせよう!なあ、玲奈、俺がお前の実の父親だろう?の繋がりは俺にしかないんだ。こんな他人を信用するな。家族は俺だけだ。だから帰っておいで、玲奈」

あの人はそう笑って両手を広げる。

まるで私が選ぶと思っているような顔をしていた。

いと怒りに私は思わず智子さんの服の裾を強く握る。

お斷りしますと言ってしまいたい。

それなのに、何故か聲が出ない。

何も言わなければ智子さんが勘違いしてしまう。

私が戻ることをんでいると思ってしまうかもしれない。

いやだ、いやだ。

そんなのは、いや。

もどりたくない、

あんなところにいきたくない。

なのにどうして、こえがでないの。

はくはくを聲にならない聲を出そうとした時、智子さんの雰囲気が変わるのをじた。

「斷る」

低く力強い聲音だった。

「あんた、自分が玲奈ちゃんに何をしてきたか分かってるの?」

握った手をそっと離した智子さんは、じりっと一歩前に出た。

「あんな場所に玲奈ちゃんを一人で閉じ込めて放置してたくせに笑わせんなよ、くそ野郎」

「くそ野郎!?」

「実の父親らしいこと何一つしてないのに、よくもまあ恥知らずな事が言えたもんだよね、笑わせる。母親を亡くした玲奈ちゃんにあんたは何もしなかった。それどころか唯一の支えだった憲人さまを奪った。本來ならあんたが守るべきなのに、最悪の形で崖の下に突き落とした。」

智子さんは護衛の人をすり抜けて、あの人に向かって歩き出した。

「あんたがしらばっくれても、私は全部知ってるよ。あんたが玲奈ちゃんや沙耶さまを「會う価値もない」って切り捨てたことも、見捨てたことも全部知ってる。それを踏み臺にして、あんたや、そこの二人がいい思いしてきた事も知ってる」

智子さんの聲音は笑いを含んでいるのに、氷のように冷たい。

私にいつも向けてくれる暖かさなど微塵もなかった。

「あ…」

私は歩く智子さんの背中を見つめた。

外燈越しで逆になった智子さんので縁取られ、神々しく輝いて見える。

智子さんは背が高いわけではない。

それなのに、私には大きく見えた。

一歩踏み出すたびに、その大きさは増していき、私の中の不安を取り除いていく。

「そんなゴミみたいなヤツに私が玲奈ちゃんを渡すと思ってんの? 何が実の父親だクソボケ。お前なんか玲奈ちゃんの父親でもなんでもない。何が家族は俺だけだゴミクズ。お前はそこの人親子と勝手に自滅しろ自業自得だ。……っていうか、玲奈ちゃんの家族は私なんだよ死ね!!」

「ぐほっ」

ボグッと鈍い音がした。

智子さんがあの人を思い切り毆りつけたのだ。

「ーーっハッ」

私はヒュッ、と息を吸い込む。

この時、私の中で何かがパリンと割れた。

あの家から出て、厳重にかけていた鍵は解け蓋は開いた。

けれど無意識のうちに、私は自分を分厚いガラスの中に閉じ込めていたのだろう。

もしもの事があっても、自分を守れるように。

けれど智子さんはそのガラスすら、平然と破ってしまった。

破れたガラスのカケラたちはキラキラと舞って、私の上に降ってくる。

私を守ると言った智子さんの言葉。

義理なんかじゃない、同でもない。

智子さんは、ほんとうに心から私を守ろうとしてくれている。

涙が出そうだった。

私のために怒ってくれる人が目の前にいる。

私を家族だとんでくれる人が目の前にいる。

それが震えるほど嬉しかった。

じていた不安など、もうカケラも殘っていない。

もし私が連れ戻されたら、智子さんはを張って來てくれる。

絶対に私を見つけてくれる。

そう気付いた瞬間、噓のように恐怖が無くなった。

薄暗かった風景がキラキラと輝き出した。

その景の、なんとしい事だろう。

「やだ、すみません。不法侵した不審者が怖くて手がりましたわ」

智子さんはハッと我に返ったようにうふふと笑いながら私の前に戻ってきた。

「とにかく、こちらの返事はNOです。お帰り下さい」

「そうですね。もともと私はあなた方を招いた覚えはありません。お引き取り下さい」

「な…」

不法浸の自覚があるのか、暴力をふられて混しているのか、あの人は茫然として固まった。

「……なんなのよ……」

その時、くように聲を上げたのは、これまで大人しくしていた里だ。

「これはなんなのよ!!なんでお父様が玲奈を連れ戻すの!?なんで憲人さまがそっちにいるの!?なんであんたは生きてるの!?」

私をあの狂気に満ちた目で睨むと、里はびながらこちらに向かって駆け出した。

智子さんが立ちふさがるように構えた事に嬉しさと心配が過ぎったが、里が辿り著く前に護衛の人があっさり里を捕まえた。

それでも里はもがくように暴れてぶのをやめない。

「死ねよ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!それは全部私のものだ!全部私が持つべきものだ!!!お前が死ねばいいんだ!!」

里は私だけを見つめてんだ。

ひどい言葉を言われているのにはずなのに、私はとても靜かな気持ちでいた。

「お前は誰からもされてないんだ!お前が死ねばみんな喜ぶんだ!死ね!死ねよ!!」

里の言葉で私を案じた智子さんが私を振り返った。

私は大丈夫だと言うように頷いて、一歩前に出る。

お母様を、とてもしていた。

私も、お母様をとてもしていた。

けれど私にとってお母様は守る対象で、上手く甘えることができなかった。

それでも私はお母様を、お母様は私をしていた。

私は智子さんが好きだ。

憲人さまが好きだ。

憲史さまも、玲子さまも好きだ。

守られる事に慣れていない私は、甘えるのがまだし慣れない。

そんな私を彼らは大事にしてくれる。

守りたい、守られたい。

したい、されたい。

それをれるのは怖かった。

お母様のようにいなくなるのが怖いから。

失うのは怖いから。

でも違うのだ。

それすらもれて、私は彼らをしたい。

そのために、私は、私を大事にしないといけないのだ。

「誰からもされない――私も以前はそう思っていました」

私が口を開くと里はギラリと目をらせてふうふうと口を閉じた。

「今でもたまに思います。だって、その方が楽ですから。…でも、私をしてくれる人達はいる。ここに、います」

私は智子さんの手をとって笑った。

「私が悲しめば悲しんでくれて、私が笑えば笑ってくれて、なによりも幸せなってほしいと言ってくれる。……私も、みんなが幸せであってほしいし、私が幸せにしたいと思う。これがきっと、人をすって事だと思うの」

そうして私は問いかけるように里を見つめた。

「ねえ里、あなたは誰か、幸せにしたい人はいる?」

里は私の問いかけにギリギリと歯を食いしばる。

「うるさい!私が幸せなら周りも幸せだろうが!そんなの知らないわよ!!」

「……分かったわ。あなたがそうやって生きていくのなら私は止めない。でも、私には二度と関わらないでほしい。たぶん私が死んでも、あなたの思い通りにはならないから」

「はああ?そんなわけない!あんたが死ねばうまくいくんだ!」

どれだけ言葉を重ねても里が理解することは無いだろう。

里、私とあなたの人生はもう違えたのよ」

里には守りたい人も、幸せにしたい人もいない。

は自分の世界を自分のために創り上げる。

それはそれで幸せなのかもしれないが、私には哀れに思えた。

だから私はもう言葉をかけるのをやめて、一番さよならをしたい人を見據える。

「――お父様。いえ、宮森雅紀さま」

私の呼びかけに、あの人がこちらを見た。

「先ほどのお返事ですが、私からも正式にお斷りいたします。私はあなたを父親とは思っておりません。お引き取り下さい。そして二度と私の前に現れないでください。他人であるあなたに、これ以上私の人生に関わられるのは迷ですから」

言い切ってから、私は禮をした。

頭を下げながら、二度とこの人には會わないのだと、この禮でもって伝えた。

しして沈黙を破ったのは智子さんだ。

「今回玲奈に會いに來たことは、先ほどの私の失態もありますので相殺にしましょう。ですが鷹司様の家に無斷で侵した事は私の方では判斷ができかねます」

「宮森様、私の願いは家族と玲奈さんの幸せです。そのために必要なら鷹司の力を全て使うつもりです。ですが、なにもあなた方を不幸にしたいわけではない。二度と姿を見せないでくだされば今回の件は公にはしません。――そうだ、宮森の経営はどなたかに引き継いで、海外にでも移住されてはいかがですか?」

憲史さまの言葉にあの人は真っ青になって項垂れた。

「わかり、ました」

その後、抵抗する里を引きずるようにしてあの人達は邸を去った。

不思議と、これで全てが終わったのだと分かる。

ふと智子さんを見上げると、智子さんは瞳を潤ませて私を見ていた。

眩しいものをみるような視線が不思議だった。

首をかしげた私を智子さんは思い切り抱きしめて頭をグリグリと寄せる。

髪からは甘い香りがした。

「玲奈ちゃん、大好き」

「智子さん…?」

いながらも、らかさにを委ねる。

「幸せに、なろうね」

何かを堪えるような智子さんの聲が嬉しくて、幸せで、涙がこぼれた。

あとしでラストです。

もうしだけお付き合い頂ければ幸いです。

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